ヤギ・羊・ロバ・ポニーECO大作戦
長崎県 島原振興局 建設部
河湾課 港湾漁港班 主任技師
河湾課 港湾漁港班 主任技師
井 手 哲
1 はじめに
日本の社会資本の「荒廃」が取りざたされている。
ピーク時に80兆円超あった建設投資は、今後は減少を続ける見通しで、近い将来には社会資本の新設はおろか、維持管理や更新も不可能になり、劣化した施設や構造物があふれることが危惧されている。しかし、国と地方の財政状況は、ますますひっ迫しており、さらに少子高齢化や人口減少を迎える状況下では、公共投資額が増加に転じることは期待できない。
「荒廃」の予兆は、すでに身近に現れ始めている。しかしながら、多岐にわたるその予兆を乏しい維持管理予算と限られた人員で解決するのは極めて困難で、未解決のまま放置される問題は少なくない。もはや、社会資本を行政だけで維持管理・更新していくのは不可能なのかもしれない。まちを歩いていると、そう感じざるを得ない事例に数多く遭遇する。
今、社会資本の維持管理・更新の新たな手法が求められている。
本小論は、島原振興局と島原農業高校が協働で取り組んだ維持管理の一つの試みを紹介するものである。また、そこから始まる一つの「まちづくり」活動の展望を述べるものである。
2 島原振興局港湾漁港班の抱える問題
今回紹介する一つの試みは、公園に繁茂する雑草問題、砂浜に流れ着くアオサ問題の解決策を島原農業高校に相談した日から始まる。
島原港霊南地区の島原海浜公園は平成4年度の供用開始以来、地域住民の憩いの場として利用されてきている。しかし、その歴史が長くなるとともに、施設の老朽化はすすみ、使われなくなった施設、現在のニーズにそぐわなくなってきている施設が目に付き始めている。また、予算不足から満足いく維持管理が行えておらず、施設の魅力を十分に発揮できていない状況にある。
その中でも、雑草対策、アオサ対策は非常に頭の痛い問題である。
雑草除去作業はどこの公園も同じだと思うが、毎年必ず必要になる厄介な作業だ。島原海浜公園では雑草除去に昨年度約50万円を費やした。
また、島原海浜公園横の砂浜には毎年4月末頃から大量のアオサが流れ着く。流れ着いたアオサは砂浜に堆積し、腐敗し、異臭を放つようになる。さらに、景観悪化も著しい。このため、隣接する観光ホテル、近隣住民からの苦情は年々大きくなってきている。この撤去には昨年度約150万円を費やした。アオサ被害は国内外を問わず、他所でも大きな問題になっているようだ。問題解決への取り組みを取り上げた文献は多い。しかし、どれも根本的な解決には至っていない。
島原振興局港湾漁港班は常々この問題を何とかしたいと思っていた。さらに、維持費が削られていく中、危機感すら感じていた。
こうした中、ある日の新聞で「島原農業高校、廃棄物の堆肥化で特許申請」という記事を見つけた。私は「これだ!」と思い、島原農業高校を訪れた。
3 ヤギ・羊・ロバ・ポニーECO大作戦
当初は、アオサ堆肥化の可能性を探るために島原農業高校を訪れたわけだが、塩分除去の問題等から、すぐの実現は難しいかもしれないとの回答を堆肥担当の先生から受けた。しかし、動物担当の山田先生より「ヤギ・羊の飼料にどうでしょうか?」という提案がなされた。曰く「ヤギ・羊は砂漠に生息するラクダと同じく、塩分を体内に蓄積することが可能なため、海草の塩分も問題にならないかもしれない」。
ヤギ・羊の飼料としての利用可能性を示す文献もあり、試してみる価値は十分にあると考えた。さらに、公園の雑草をヤギ・羊に食べさせてみたら、との意見が出た。面白いと思い、早速、公園に一頭のメス羊を連れて行くことになった。
公園で羊を放すと非常に旺盛な食欲を示してくれた。雑草問題の解決への手応えを感じた私たちは、アオサ飼料化の前段として、山田先生が指導する社会動物部の生徒たちの協力の下、ヤギ・羊を用いた雑草除去を試みることにした。なお、作業は高校生の部活動らしく「ヤギ・羊ECO大作戦」のタイトルの元、実験形式で行うことになった。このタイトルは生徒たちの提案による。また、具体的な実施方法も生徒たちに委ねた。実験概要を図-1に示す。
実験の結果から、ヤギ・羊が活動時間の大半を雑草摂取に費やすということがわかった。また、実験中に公園を訪れた子供たちにも好評で、たくさんの笑顔を見ることができた。
実験後、群れで囲った場合、夜間に放した場合の実験も行いたいとの申し出があり、現在までに群れで囲った場合の実験が終了している。なお、実験データの解析は生徒たちの手で行われ、その結果及び今後の展開は9月末の『全国山羊サミット in 鹿児島』でも発表された。
一方、アオサについては、ヤギ・羊以外にロバ・ポニーも食欲を示してくれた。これは予想外のことであったが、アオサ飼料化の実現をさらに期待させられる事実であった。アオサ飼料化を実現させるためには、解決しなければならない課題が数多く残っている。今後も山田先生と生徒たちと実現に向けての検討を続けていきたい。
4 今後の展開
現在、島原農業高校と島原海浜公園で『ふれあい動物園』を開催する準備を進めている。
実験中に訪れた子供たちの笑顔を見て、公園を『地域の子供たちが動物に触れながら学べる総合学習の場』として再生できるかもしれない、と想ったからだ。
さらに、維持管理費不足のため利用されていない水路を高校生・地域住民の花壇として再生できないかの検討もすすめている。
これらの取り組みで、雑草・アオサの問題を解決するのみでなく、公園を『高校生の社会活動の場』、『地域の子供たちが動物と触れながら学べる総合学習の場』、『地域住民の新たなふれあいの場』として再生することができないかと考えている。
そして地域住民が公園の再生を主体的に担う一つの「まちづくり」活動に発展していくのではと期待している。そのイメージを図-2に示す。
5 終わりに
今回の取り組みを通して、これからの社会資本の更新・維持管理は住民との協働が欠かせないということを深く認識させられた。そして、今後取り組んでいきたいテーマがみつかった。
それは、時代の変化に取り残され魅力を失いつつある社会資本をいかに再生させるか、そして、そのために地域の人々との協働体制をいかに作り上げていくか、という2つのテーマだ。
大切なことは、とにかくスタートを切ること、そして、たくさんの実績を住民と積み重ねていくことだ。そうすることで、最初は小さかった効果が、静かな水面にしずくを落としてできる波紋のように広がっていき、ついには地域の活性につながっていくと期待する。
まずは役所から外に出て、たくさんの人と話をしたい。そして、まちの未来ために自分ができることを探していきたい。それを考えることはワクワク心躍ることであるし、それに携われる仕事を選んだことに幸せを感じている。