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ムンテラ

(財)建設工法研究所
 理事長
佐 藤 幸 甫

書店で「ムンテラ」という題名の新書版の本を買ったのは,もう10年程前のことだったろうか。この珍しい題名に興味をひかれてページをめくってみると,間中喜雄氏という医師が書いた随筆である。医師の診断を患者にわかり易く説明することを「ムンテラ」ということを初めて知った。文章もお上手でウィットに富み,出てくる挿話がなかなかおもしろい。「ムンテラ」の語源は定かではなく,和製ドイツ語らしい。もっとも,2~3人の知り合いのお医者に「ムンテラ」のことを聞いてみたが,いずれも御存知なく,「ムンテラ」は現在のお医者さんにはあまり膾炙かいしゃされていないようである。風邪や食当りならともかく,尿や血液や心電図などいくばくかの検査の後の医師の説明ほど心配なものはない。医師はこのような患者の心理を充分承知のうえで説明なさるのだろうが,重大な徴候がある時の説明はベテランの医師でも慎重に言葉を選んで,患者に心理的な負担をかけないよう配慮することはよく見聞きする事例である。「ガン」告知の問題も,巷間さまざまな議論がなされているが賛否あい半ばしているようである。小生は盲腸以外に手術をしたことがなく,定期健診でも血圧が若干高いことの外は特段の異状はなく幸い健康に恵まれているので,自分自身,医師から深刻な説明を受けたことがないのだが,「ガン」を始め重大な病気の説明を受ける患者の気持を想像するに難しくはない。
前置きが長くなったが,医者でもない健康にも自信がある小生がなぜこの本を買ったのか。当時,小生は九州地建にあってダムや堰などのプロジェクトについて,地元関係者に説明して理解と協力を得る立場にあった。職業は医師とは全く違うけれど何かムンテラと相通ずるものがあり,何かの参考になればと思ったのだった。建設プロジェクトを企画する側とそれに対応する地元との関係を,医者と患者の関係になぞらえることなど不謹慎だとお叱りを受けそうだが,地元関係者を患者に置きかえることなど毛頭考えているわけではない。ただ専門の知識に関することを一般の方々にわかり易く説明して正しい理解を得るという所に共通の関係があると見たのだ。
ところで最近,長良川河口堰の問題がマスコミをにぎわしている。小生も筑後大堰で数多くの貴重な経験をさせられたので大いに関心をもって報道に注目している。小生の体験からすると,この「堰」という言葉がそもそも問題のようである。「堰」イコール「堰止める」すなわち「下流に水が流れない」という連想を生むのだ。筑後大堰の地元説明の時も,「川を堰止めても水位が少し上るだけで,上流から流れてくる水は全部堰より下流に流れます。堰を利用して取水する量だけ下流への流量は減ります」という説明を何度繰返したことか。ただ,これだけのことなら大方の理解を得るのにそう時間はかからないが,これに続いてダム貯溜制限流量,取水制限流量の説明に入ると,これはなかなかむずかしい。これらの説明に多大の日時を要したのは,ひとえに小生の「ムンテラ」の至らぬためであった。ムンテラの著者はいみじくも書いておられる。ムンテラとは医者と患者との「心のつながり」を作る手段であると。

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