コンクリート分野における近年の技術動向
~乾燥収縮ひび割れについて~
~乾燥収縮ひび割れについて~
渡辺博志
キーワード:ひび割れ、骨材、乾燥収縮、コンクリート
1.はじめに
近頃、コンクリートのひび割れについての議論が多くなったと実感する。技術相談を受けるテーマの多くは、ひび割れに関連したものである。コンクリートのひび割れは、今に始まったことではなく、古くから認識されている問題である。コンクリートの引張強度は、圧縮強度に比べて1/10程度にとどまるとともに、伸び能力も小さいことから、コンクリートにはひび割れが生じやすい。
ひび割れの発生を根絶することはほとんど不可能であるとも言われる。
では、ひび割れはどれほどコンクリート構造物の強度に悪影響を与えるものであろうか。鉄筋コンクリート部材では、引張力に対しては補強鋼材を使用し、コンクリートの引張力の負担を無視して部材の曲げ強度の算定が行われるので、ひび割れの発生はある程度は織り込み済みである。ひび割れが問題となるのは耐久性の面であろう。コンクリート構造物に対する要求性能は多様であるが、このところ耐久性が重要度を増す状況にあり、これにあわせて、ひび割れも問題視されることが増えた気がする。
さて、ひび割れの原因は非常に多岐にわたり、荷重作用によるもの、温度ひび割れのように材料に関わるもの、打ち込みや締め固めといった施工に関わるもの、など様々である。ひび割れの発生時期や発生方向などから、発生原因を推定することになるが、確実に原因が特定できるかというと、なかなか難しく、原因がはっきりしないことも多い。
その中で、コンクリートの乾燥収縮は代表的なひび割れ発生原因のひとつである。乾燥収縮は、このところコンクリート工学の分野で重大な関心を呼んでいる。特に、コンクリートの乾燥収縮が使用骨材と密接な関連があることが指摘されて以降、問題が一層複雑化してきたと思われる。また、コンクリートの乾燥収縮の実態が次第に明らかになるにつれ、設計で用いる乾燥収縮ひずみの在り方も議論の的となっている。
本稿では、コンクリートの乾燥収縮と骨材の関係や、ひび割れが鉄筋腐食に及ぼす影響について述べることとする。
2.コンクリートの乾燥収縮について
2.1 コンクリートの乾燥収縮のとらえ方
コンクリートの乾燥収縮には、コンクリート表面から逸散する水分が関与している。このため、コンクリートの乾燥収縮量を左右する環境要因として相対湿度がある。当然のことながら、相対湿度が小さいほど、コンクリートの乾燥収縮ひずみ量は大きくなる。また、部材形状の観点からすれば、コンクリート体積に対する表面積の大きさも乾燥収縮の大小を左右する要因となる。すなわち、厚みが薄く露出面積が大きい部材ほど乾燥収縮量は大きくなる。
建築分野では壁部材など薄い部材が多いことから、コンクリートの乾燥収縮には敏感である。日本建築学会のJASS5によると、超長期耐久性の確保が求められるコンクリート構造物に対して、原則として、コンクリートの乾燥収縮量(6ヶ月材齢)を8×10-4 以下とするように示している。
すなわち、構造物に高耐久性が要求される場合には、圧縮強度と並んで乾燥収縮ひずみもコンクリートに要求される性能項目として規定される。
土木分野では比較的マッシブなコンクリート構造物が多いことから、若材齢時のひび割れ照査としては乾燥収縮よりもセメントの水和発熱に伴う温度ひび割れが取り上げられることが多かった。
乾燥収縮ひび割れは、施工条件、すなわち湿潤養生の良否に関連して扱われるか、もしくは、コンクリート中の単位水量が過大といった配合上の問題に帰着することが多かった。
コンクリート構造物の設計基準類では、乾燥収縮は荷重の一種として考慮されてきた。不静定構造物における不静定力の算出や、プレストレストコンクリート部材のプレストレス損失の算出に、設計用値としてコンクリートの乾燥収縮ひずみが規定されている。この場合、過大な乾燥収縮を示すコンクリートでは、設計用値との乖離が大きくなることから、注意が必要となってくる。例えば、土木学会コンクリート標準示方書設計編(2007年版)では、試験もしくは実績に基づきコンクリートの乾燥収縮ひずみ量を把握し、これを設計に用いることを原則とされた。乾燥収縮ひずみに関するデータがない場合は、従来の乾燥収縮ひずみの設計用値を1.5倍にして用いることが示された。
ここで難しい判断を伴うのは、コンクリートが過大な収縮を示すかどうかの判定である。コンクリートの乾燥収縮を左右する主要因について、次に考えてみたい。
2.2 コンクリートの乾燥収縮を左右する要因
コンクリートの乾燥収縮は、コンクリートに含まれている単位水量と密接な関係があり、単位水量を減らすことにより乾燥収縮ひずみを低減するとの考え方が定着してきた。例えば、図-1はコンクリートの乾燥収縮量と単位水量の関係を示すものとして広く知られているものである。
ところが、コンクリートの乾燥収縮ひずみと単位水量の関係について、最近実施された調査結果によると図-2の通りである。確かに、コンクリートの単位水量の増加とともに乾燥収縮量が増加する傾向が認められる。しかし、その傾きは必ずしも大きくなく、ばらつきも大きい。このことから、これまで信じられているほどには、単位水量が乾燥収縮を大きく左右する支配因子ではないことが分かる。
コンクリートが乾燥収縮を生じる理由は、セメントペースト部分の乾燥に伴う収縮が主であると考えられてきた。この前提に立てば、骨材はセメントペースト分の収縮を拘束する骨格の役割を果たす。単位容積あたりの骨材の使用量や、骨材そのものの弾性係数がコンクリートの乾燥収縮に影響を及ぼすと考えられる。ただし、コンクリート中の骨材量は、通常の配合条件ではそれほど大きく変化するものではないので、骨材の弾性係数の方が影響度は大きいものと考えられる。図-3は10㎝×10㎝×40㎝のコンクリート角柱供試体の乾燥収縮ひずみ(相対湿度60%、6ヶ月材齢)と、そのコンクリート供試体の動弾性係数の関係を示したものである。コンクリートの配合条件は、単位水量165kg/m3、水セメント比55%で一定とし、粗骨材以外の使用材料はすべて同一としている。コンクリートに用いる粗骨材の弾性係数を直接評価することは困難であるため、コンクリートの動弾性係数として間接的に表現している。超音波伝播速度の測定値から動弾性係数を算出している。
この結果から、コンクリートの動弾性係数が大きくなるほど乾燥収縮ひずみ量は小さくなる傾向が確認できる。ただし、使用した骨材の種類についてみると、砕屑岩とそれ以外では回帰直線が異なっていて、弾性係数のみが説明変数でないことが想定される。
これまでの研究から、粗骨材そのものも、乾燥により収縮することが、知られている4)。この収縮量がはたして無視し得ないほどの大きさを持っているのかどうかが問題となる。そこで、骨材の収縮特性の影響度を把握するため、粗骨材自体の乾燥収縮ひずみを測定するとともに、その骨材を用いて作製したコンクリートの乾燥収縮ひずみとの関係を調べた。図-4は粗骨材を相対湿度60%の気中に保存し、長さを安定させた後、水中に13日間浸漬し、その後再び相対湿度60%の気中で乾燥させる操作を行い、その間の粗骨材ひずみの経時変化を測定した結果を示したものである5)。使用した骨材粒は25mm以下のものである。グラフの縦軸の符号は、膨張を+としている。なお、粗骨材ひずみの測定方法は次の通りである。粗骨材粒を切断して平滑面を作製し、この平滑面にゲージ長3mmのひずみゲージを貼付した。図-4より、乾湿繰り返しに伴う骨材自体のひずみ変化は決して小さいものではないことが分かる。
図-5は、粗骨材の乾燥収縮ひずみと、その骨材を用いたコンクリートの乾燥収縮ひずみの関係を示したものである5)。粗骨材自体の乾燥収縮ひずみとこれを用いたコンクリートの乾燥収縮ひずみの間には相関性が認められる。このことから、粗骨材粒の乾燥収縮ひずみを測定し、その結果に応じて使用骨材の選定をすれば、製造されるコンクリートに過大なひずみが発生するのを防ぐことが可能であると考えられる。ここで、図-4からも分かるとおり、測定に用いた粗骨材粒の最大寸法が25mm以下であれば、数日の内にひずみがほぼ一定の状態に達しているので、判定に要する期間は短くて良い。
3.ひび割れが鉄筋腐食に与える影響について
3.1 検討の概要
ひび割れが、コンクリート中の鋼材の腐食に与える影響については、これまでにも多くの実験や検討がなされてきた。その概要については、例えば今本5)によって総括されている。ひび割れがコンクリート中の鉄筋腐食に及ぼす影響については、研究者により見解が必ずしも一致しておらず、その理由も含め、実証試験が必要であると考えた。
このような背景から、曲げひび割れを導入した供試体の暴露試験を実施し、ひび割れが塩分浸透、鉄筋腐食に与える影響を検討した。2006年5月に暴露試験を開始しており、本稿では28ヶ月後(約2.5年後)の解体調査を紹介する。供試体の暴露場所は飛来塩分量と平均温度が異なる、沖縄・新潟・つくばの三箇所としている。
配置した鉄筋はD13で、鉄筋のかぶりは20・30・50・70mmと設定した。供試体の概略を図-6に示す。導入したひび割れ幅は、0.2mm以下、0.3mm程度、0.5mm以上の3パターンである。
3.2 試験結果(鉄筋の腐食状況)
供試体から取り出した鉄筋の腐食面積率を指標とし、ひび割れ幅による影響を調べた。図-7はその結果を示したものである。
この結果から分かるとおり、ひび割れ幅の大きい方が腐食面積率も大きい。また、もっとも塩害環境の厳しい沖縄で鉄筋の腐食面積率が大きくなっている。
図-8は、図-7と同じデータをプロットしたものであるが、点の凡例をかぶりの大きさによって変えたものである。供試体表面でのひび割れ幅と腐食面積率の関係を示したものである。この結果を見ると、同じひび割れ幅であっても、かぶりが大きいと腐食面積率は小さくなることが分かる。
ただし、今回の暴露試験結果は、いずれも腐食面積率による評価であり、鉄筋の腐食減量による評価ではない。腐食減量を求めるには暴露期間が不足しており、もうしばらく暴露試験を継続する必要がある。すなわち、ひび割れが鉄筋の腐食速度に与える影響については、今後の課題である。
4.まとめと今後に向けた課題
本稿では、コンクリートの乾燥収縮の影響要因について述べると共に、コンクリートのひび割れに着目し、その影響について暴露試験の途中経過について紹介した。
コンクリートの乾燥収縮については、骨材の影響が相当大きいことが理解頂けたと思う。また、暴露試験については、開始後数年間のデータではあるが、その影響についてある程度実感して頂けたと思う。少なくとも、ひび割れ幅だけではなく、かぶりの厚さもひび割れの影響に関わっていることが分かる。
さて、これらの事実がなぜ大きな意味を持つのであろうか。この点について、今後の課題として、最後に触れておきたい。
それは骨材が大きな影響を持っていることが理由のひとつである。コンクリートは、多種多様の天然骨材を用いて作られる材料であり、地域特性があること、地産地消を原則としていること、鋼材と異なり材料特性の変化が避けられないことが基本である。
収縮特性が明確ではないコンクリートを用いる場合に、設計で用いる荷重作用すなわち乾燥収縮に対して、いわゆる大きめの荷重係数を導入することは合理的であるとも思われる。しかし、このことは乾燥収縮ひずみだけにはとどまらない。ヤング係数やクリープ係数、さらには熱膨張係数など、天然資源を用いているコンクリートであればこそ避けられない物性値の変動は他にも多く存在する。これらをすべて事前に把握すること、あるいは不明であることを理由に何らかの部分係数を導入することが、果たして合理的な判断であろうか。ヤング係数などは測定値を得るのにさほどの苦労はないであろうが、乾燥収縮の測定結果を得るには半年を要する。クリープ係数までとなると、試験可能な施設は極限られてくるであろう。
この変動が骨材に起因するものとすると、骨材の厳選を行う選択肢もあろう。もちろん、良質な骨材をコンクリート材料として利用することは、好ましいことである。しかし、骨材の厳選が行き過ぎて、はるか遠方より骨材の供給をはかることも、社会システムの面から見てどうかと思われる。
しかし、ひび割れがコンクリート構造物の性能に甚大な影響があると言うことであれば、対策を講じなければならない。現状の照査システム、あるいはコンクリート材料そのものの根幹を見直さなければならない。
要は、ひび割れ防止のために払うべき努力・労力と、それによってもたらされる耐久性上のメリットのバランスをどうとるかが問われていると考えられる。今後、ひび割れに対してどう立ち向かってゆくか判断の鍵を握るのは、やはりひび割れがコンクリート構造物の性能に及ぼす影響の明確化である。
なお、コンクリートのひび割れに関する特集は参考文献7でも扱われている。非常に参考になる考え方が示されていて、一読をおすすめする。
参考文献
- 1)米国開拓局編,近藤泰夫訳:コンクリート・マニュアル,第7版,p.15.
- 2)全国生コンクリート工業組合連合会技術委員会:平成21年度 乾燥収縮に関する実態調査結果報告書,新技術開発報告,No.35,2010.
- 3)片平博,渡辺博志:コンクリートの乾燥収縮率を推定するための簡易評価指標に関する実験的検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.32,No.1,pp.467-472,2010.
- 4)山田宏,片平博,渡辺博志:コンクリートの乾燥収縮率と骨材の乾燥収縮率の関係、コンクリートの収縮特性評価およびひび割れへの影響に関するシンポジウム論文集,日本コンクリート工学協会,投稿中.
- 5)今本啓一:ひび割れ幅の許容値,コンクリート工学,Vol.43,No.5,pp.67-74,2005.5.
- 6)土木研究所構造物メンテナンス研究センター:コンクリートひび割れ部の塩分浸透性と鋼材腐食に関する暴露試験,土木研究所資料第4130号,2009年1月.
- 7)特集いま再びひび割れを考える,セメント・コンクリート,No.761,2010.7.