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「わが国の土木の進むべき方向性について」

鹿児島大学 工学部
 海洋土木工学科
中 崎 豪 士

日本が大戦後荒廃した国土を復興し,昭和30年代~昭和40年代にかけての高度経済成長期を経て,現在に至るまで土木技術は電気,上下水道,鉄道,交通道路網,住宅地造成など社会基盤構造物の整備をもって,国民生活の経済性と利便性の向上に貢献してきた。また平成16年における建設業許可業者総数は約55万社,就業者数は約600万人と全就業者総数の約9パーセントを占め建設業は日本の一大産業ということができる。しかし主要幹線道路の整備,瀬戸大橋,青函トンネルなどの完成により大規模な社会基盤整備はほぼ完了したように見える。防災についても戦後間もなく日本を襲った枕崎台風,ジェーン台風,伊勢湾台風による被害の教訓から高潮,洪水などの災害から国土を守るため,様々な対策を施してきた。防波堤や護岸による防災能力向上と台風の予報の精度が向上したことで,台風,高潮による被害はかなり抑えられるようになった。
この現状を踏まえこれからの土木はどうあるべきか。大きく分けて3つの方針を目指していくべきだと私は思う。まず1つ目は既設の構造物の維持,補修,改善である。エネルギー問題,環境問題への関心の高まりを考えると今までのように新しく大規模な構造物を造ることは難しくなるだろうと思う。したがって現在ある構造物を出来るだけ長く使用できるようにすべきである。そのために維持補修が必要となる。また改善についてであるが整備された都市は水害に弱い。防災のために施工された防波堤が海岸侵食という新たな災害を引き起こしたこともある。環境と防災とを天秤にかけ,今までの社会基盤整備の過程で発生した問題を解決できるのはやはり土木だけであろう。
2つ目は持続可能な開発である。補修を続けても永久にその構造物が使用可能なわけではない。いずれ既存の構造物を壊し新しく構造物を建設することになる。これは新しく構造物を建設する際の方針である。製鋼スラグやフライアッシュなど産業副産物だけでなく下水汚泥やごみ焼却灰などは人間がいる限りなくならない。これらにはその品質にばらつきがあるなどまだ問題が多いが,これら再生利用量を増やし,天然資源投入量を減らすことは土木における環境問題への積極的な貢献になるだろうと思う。
しかし上述したように日本においては大規模な新規建設ラッシュはもうないだろう。では国外ではどうか。近年の東アジア諸国地域の経済成長は著しく,日本と合わせれば世界の第3の極と言われるほどになっている。またその経済成長に伴い,都市部では渋滞や大気汚染,無秩序な開発など様々な都市問題が発生している。これでは日本が通ってきた道を繰り返すばかりではないかと私は思う。日本は先に経済成長,社会基盤整備を行った国としてその経験から技術的なアドバイスや指針を示すべきではないか。防災面では日本が技術的指導を行った防波堤が昨年のスマトラ沖で発生した津波からモルデイブ国の首都であるマレ島を守ったという。他国の都市整備における環境問題解決にももっと貢献できるはずである。土砂崩れや河川氾濫を防ぐために山肌や河床をコンクリートで覆ったり,土砂収支を考えずに防波堤を建設することが何を引き起こすか日本は知っているし,改善も施してきた。産業副産物を使った建設材料を用いて新規建設を行うことも今の東アジア地域なら不可能ではないと思う。またその建設において生じた結果を,メリットもデメリットもあるだろうが,日本国内における新規建設に生かすのである。こう言ってしまうと東アジア諸国をまるで実験場と扱っているようだが,環境問題は国家の枠を越えて取り組まねば解決できない。私はこれからの土木は国内と国外とを行き来しながら人間社会の持続へ向かっていくべきだと考え,以上2つの方針を提案する。
日本の技術者が海外で仕事をし,日本の技術でその国の建設が行われると予期せぬ事態が生じた時にやはり問題ともなろうが,少なくとも技術者についてはJABEEによって保証されつつある。JABEEの目的である技術者の質について国際的な同等性を確保することとは,まさにこういう機会のためのものではないか。
昨年は台風上陸数が観測史上最多の10回を数え,1時間に50mm以上の降雨,いわゆる集中豪雨の発生回数も無人雨量観測網であるアメダスが稼動して以来,ここ数年増加傾向にある。土木は河川の氾濫を防ぎ,地面に降った雨を排水するための下水道を整備するがその時に用いられるのが降雨観測データである。対象とする地域には年間どれくらいの雨が降り,それは観測上どの程度の頻度で起こるのか,そういった経験的な要素が土木事業にはある。ゆえに計画された降雨量を上回れば都市水害がたちまちに発生する。まさに「文明が進めば進むほど天然の暴威である災害がその激烈の度を増す」のである。しかし1872年に函館の気象観測所から始まったわが国の近代的気象観測はたかだか130年程度の歴史である。しかもその間にも世界の環境は変わってしまった。地球温暖化と集中豪雨の因果関係についてはまだ明かされていないが,地球環境が変わりゆく以上,ここに住む我々に影響を与えるのは間違いない。これからも「史上最多」は更新されていくだろう。これからの土木が目指すべき方向の最後の1つは気象観測及び地球システムの解明過去に学ぶだけでなく未曾有の事態に対応できる先を見る目を養うことである。
私は神戸で育った。ポートアイランドという人工島には頻繁に行くし,明石海峡大橋の完成も間近で見た。土木構造物の素晴らしさは幼いころから理解しているつもりである。逆に阪神淡路大震災においては土木構造物の脆弱さも見た。自然の大きな力の前には人間の業など無意味なのかもしれない。またその困難を越えたとしても私は土木はなかなか報われない仕事だと思っている。道路や鉄道,水道に至るまで社会基盤というものはあるのが当たり前で,人はそのありがたみに気づきにくいからである。また上述したように計画降雨量を上回る降雨量が都市水害を引き起こせば土木としては「想定外だった」と言うしかなく,とかく批判されがちだからである。だがそれでも私は「民衆のための工学」を学んでいる以上災害や地球環境から目を背けるわけにはいかない。報われない仕事だとしても一人の人間として人間社会の持続に貢献していきたいと思っている。まだまだ知識が浅く,具体的な方法については何も述べることができないが,これらの方針が将来の土木に何らかの影響を与えることを願っている。

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