しらす工事における新材料の応用
工 博
九州産業大学教授 工学部
九州産業大学教授 工学部
山 内 豊 聡
1 土木工事におけるしらすの問題点
1960年代から,しらす地帯での土木工事量は著しく増加し,それに伴ってしらすの基礎的ないし応用的研究も顕著に発展した。それらに基づき筆者なりに,しらすの土木工事,特に土質構造物の工事において,理解しておかねばならないしらすの特性を要約すると次のとおりである。
しらすの物理的,化学的及び植生上の特性は
① 内部侵食を含み,しらすは著しく侵食性したがって洗掘性であり,いちど侵食を起こすといわゆる浮きしらすとなって遥か遠くまで流下する(写真ー1(a))。
② 地山しらすでは,自然斜面と切土斜面であるとを問わず,決して円孤せん断すべりを起こすことがない。起きるのは,樹木を含む表層土のすべりか,さもなくば引張り破壊である。
③ しらすはガラス質粒子の集まりであるため植物の根は非常に成長しにくい。地山しらすでの樹根の成長はしらすを軟弱化させるだけであり,樹根のせん断強度も地山しらすのそれを上回ることはない,ことである。
しらすの盛土工及び切土工については,これまでの工事実績に基づいて次のことがいえる。
① しらすによる盛土は,表面及び盛土内の排水を十分に施せば,通常土斜面の設計方法(傾斜角45゜,高さ7mごとに小段)を適用しても長く安定性を保持する。その好例は,1976年に開通した自動車道である(写真ー1(b))。
② 地山切土斜面もまた,同様の原理に立脚して,伝統的な垂直に近い急しゅんな崖,あるいは傾斜角60°程度の急勾配よりは,傾斜角45°の緩傾斜のほうが,排水施設を十分に施すかぎり優越する。この好例もまた,上記自動車道である(写真ー1(b))。このような自動車道の設計法は住宅団地の築造にも影署を与え,条件が許してそれを採用したものは問題を起こしたことがない。
1986年7月に鹿児島市内で発生したしらす災害は,台地縁部の急しゅんな自然斜面の表層すべり状の崩壊が原因である。この認識は重要である。
2 土質構造物のための新材料
近年,盛土,擁壁あるいは地山の工事といった土質構造のための新材料が数多く開発されてきている。本稿は,それらのうちのいくつかをピックアップして,しらす工事にどのように応用できるか論じようとするものであり,対象とする新材料は次のとおりである。
(1)ジオグリッド
(a) 材料
ジオグリットはいわゆるジオテキスタイルの一種であり,最も新しい開発製品である。ジオテキスタイルなる用語は,まだ混乱して使われているが,表ー1に示すように大別すれは,実用上ほぼ不自由がないと著者は考えている。
ジオグリッドは,ジオネットを飛躍的に発展させた樹脂製グリッドであり,主として土質構造物に応用するものである。一方向延伸材(名称SR)と二方向延伸材(SS)とがありその大きな特長は,①ヤング率は軟鋼に及はないが,それに匹敵する引張り強度を持ち,②その耐久性は半永久的で,イギリスは110年の耐用年数を考えている,③一方向延伸材は独自の構造(写真ー2)をもち,従来にない新しいタイプの土質構造物の築造を可能にすることである。
ジオグリットは,三井石油化学工業㈱及び三井石化資産㈱(旧社名 東京ポリマー㈱)から供給される。商品名はテンサーである。
(b) 応用法ーその1(補強盛土,石籠)
一方向延伸ジオグリッドを使用することによって,土を巻き込んで急勾配の補強盛土が築造できる(図ー1)他,箱形に組んでその中に砂礫を充填できる(図ー2)。後者の工法をジオグリッドマットレスあるいはジオグリット石籠などと呼んでいる。ジオグリッド石籠を適宜積み重ねることによってジオグリッド石籠擁壁の築造も可能である。
樹脂材に固有なクリープは,このジオグリッドでも考慮しなければならないが,盛土のように変形がある程度許容できるものでは,極限クリープ引張り強度の60%を,擁壁のように変位か厳しく制限されるような用法では40%を採ることをイギリスでは提示している。
ジオグリッドによる補強盛土は,表ー2に示すような4種類が,イギリス人のアイディアによって提案され,すでにそれらは先進諸国で普及しつつある。
日本でも,ジオグリッドの応用実績は多数に上っているが,1984年いらいのことである。このように注目を集めているのは,工事の迅速性,急しゅんな盛土工の可能性などによるものであり,それらは材料費のコストを超越するものである。
比較的大規模に応用された巻込み式補強盛土を1つだけ紹介すると、写真ー3に示す,福岡市西区今山の災害復旧工事である。
(c) 応用法ーその2(補強土擁壁)
テールアルメは周知のとおり,コンクリートブロックを壁面として,それに連結した金属ストリップを摩擦材として裏込めに敷き込むものであるが,裏込め材の選択にはかなり制限をうける。ジオグリッド補強擁壁は,テールアルメに倣って築造するもので,岡三興業㈱の開発によるものである。この新工法は,裏込めの土性に制限をうけることが少ない点で大きなメリットがある。工事の方法は写真ー4のとおりである。イギリスでの評価の高い新工法である。
(d) 応用法ーその3
ジオグリッドは舗装の補強にも応用される。すでにイギリスを初め,二,三の国では,路床,路盤の補強の他,アスファルト表層の補強にも応用されているが,日本ではその応用例は殆んどない。イギリスではさらにソイルセメント基層の補強に応用することを行っているが,アスファルト表層の補強と同じく,ひびわれ防止が目的である。
(e) 応用法ーその4(コンクリート吹付併用材)
切土斜面の在来的コンクリート吹付けには,金属製ラスを定着したうえで行われるが,ラスの代りにジオグリッドを使用するときは,腐食の懸念がない。すでに一部で実績をもつが,新しい工法であるといえる。今後の普及が期待される。
(2)軽量盛土材一発泡スチロール
発泡スチロールの英語は、expanded polystyreneであるので,EPSとも略称される。その密度は土のそれの1/80ないし1/100であることが特徴であり,軟弱地盤上の軽量盛土材として,ノルウェーが10数年前から道路の工事に応用してきている(山内,1987)。
日本での最初の施工例は,1985年の札幌市のピート地盤上の橋梁の両アプローチの工事である。施工例は漸次増加しているが,まだすべて小規模である。なお札幌市の工事では,EPSでなくXPS(extruded polystyrene)を用いている。
ノルウェーでのEPSの材質基準は,表ー3に示すとおりである。
EPSの引張り強度は圧縮強度の約3倍にも及ぶ材料であるので,σ~τの関係は,土のように第一象限ではなく第二象限で表わされるべきである(浜田,山内,1987)。このことは,発泡スチロールが抗引張材であることを意味するものであり,これを圧縮材として用いる軽量盛土工法は力学的には矛盾するところがないわけではないがその軽量性のメリットはその矛盾を超越する。
一方,静的及び繰返し荷重下のEPSマスのディフレクションと荷重分散特性も著しく明らかになりつつあるが,繰返し荷重のもとではディフレクションの累加が著しいので,道路盛土に使用するときは,ノルウェーが行っているように,輪荷重の分散のため,鉄筋コンクリート版をEPSマス上に打設して,輪荷重に対するスラブアクションを与える必要がある。しかしこれは,EPSがもつ,折角の軽量性を削減するものであるといえる。
EPSは,橋台アプローチにも応用される。土圧力の軽減には著しく有効であるが,ノルウェーでは段差の防止をも効用にあげている。しかし、著者らによる上記,繰返し荷重下の挙動から考えると,やはり接続部では何らかの圧縮沈下防止は必要であろう。なお,EPSを裏込めとするときの土圧は,ノルウェーでは10KN/m2(≒1tf/m2)として,深さ方向に変らないものとして設計している(山内,1987)
EPSは,ノルウェーでは,急しゅんな山嶽道路やフィヨルド横断道路に,その作業の簡単,迅速性を利用して広く応用されている。
(3)軽量盛土材一発泡セメントモルタル
従来,泡コンなどと呼ばれていた発泡セメントモルタルは,1986年に小野田ケミコ㈱により,土の密度の約1/10の材料が開発された。EPSと対比して,発泡セメントモルタルの性質を示すと,表ー4に示すとおりである。
発泡セメントモルタルは,EPSが現在では工場製品のブロックに限っているのに対し,現場ミキサー車によって作られ,ポンプホースによって打設されるが,型枠を使用して行う必要がある。
発泡セメントモルタル材についてのσ~τ関係は,土やソイルセメントのように,その第一象限の問題として取り扱われ得る。
(4)透水性ソイルセメント
ソイルセメントは,舗装における路床・路盤の安定処理から使用され始め,近年は地盤改良など各種地盤工事に応用され,その量は膨大である。在来のソイルセメントは不透水性的であり,それによる問題を生ずることがある。透水性ソイルセメントは,新日鉄化学㈱の開発によるもので,10-2cm/s程度の透水係数と,約20kgf/cm2程度の一軸圧縮強度を備えている。発泡材としてアルミ粉,固化剤としてセメントの一種であるエトリンガイト結晶をつくる材料とを用いて透水性としたものであり,その性質は表ー5に示すとおりである。
3 しらす工事におけるジオグリッドの応用
巻込み式急勾配補強盛土は,わが国では鹿児島市星が峰団地の道路斜面で,鹿児島開発公社により,1984年に初めて応用された(山内他,1985)。この工事は,詳細な観測と解析を行っている点でも特長のある実績である。
しらすを用いて行うジオグリッド補強盛土を行う場合は,その傾斜面の緩急を問わず,斜面に沿う部分には植生に適した土のうを巻込む必要があり,星が峰団地でそれが採用された。
1986年7月の鹿児島市内のしらす災害の復旧工事は,すべて地山まで切り込んだうえで,フリーフレームや三角フレームを施し,のり先にコンクリート擁壁で腰固めをしている(写真ー6)。
この復旧工法はかなり剛であるといえるが,ジオグリッド巻込み式補強盛土工法を応用してもよかったのではないかと思われる。この工法はかなり柔であることと相まって長期安定性も優れているだけでなく,工期が短かい利点をもっているからである。
ジオグリッド補強盛土は,疑いもなく,斜面の復旧工事に応用性が高いが,星が峰の工事例から分かるように,新しい斜面工事に応用することが推奨される。星が峰と違って長大斜面となれば,小段の採用によって,自動車道の盛土の設計に近い工事が可能であると考えられる。
4 しらす工事における軽量盛土材の応用
もともと軟弱地盤対策としての発泡スチロールを,しらす工事に応用する必要はないように思われるが,暫定工事には適していると判断される。
盛土であると切土であるとを問わず,しらすとコンクリートのような剛な材料との間には,後日必ず空洞を発生するので,むしろ発泡セメントモルタルのほうが,その親水性や吸水性のゆえに,しらすと性質が急変しないマス材料として,いくつか恒久工事への応用法があるように思われる。しかし,復旧工事や暫定工事には適用性がとぼしいと判断される。
5 しらす工事における透水性ソイルセメントの応用
しらすは上記のように,剛な材料との間に空洞をつくりやすいので,透水性ソイルセメントは,一種の緩衝材的役割を考えて,その応用法はかなりあるように判断される。しらすはもともと,ソイルセメントの母材として,硬化の効率が優れているので,しらすを母材とした透水ソイルセメントの試験研究が必要である。その応用法は,土や地盤の改良,側溝それ自体の築造,コンクリート周辺材などが考えられるが,ジオグリッドを定着したうえで施す,透水性のしらすコンクリート(正しくはソイルセメントであろう)吹付けは実用性があり,それによって,従来のコンクリート吹付けと異なって,かなりグリーン化にも寄与できるであろう。しかし,耐用年数については検討が必要である。
佐藤工業㈱が最近,開発した透水性コンクリート(透水係数は1×10-3cm/s)は,コンクリートにしらすを用いるものではないにせよ,透水性しらすコンクリートの吹付けと類似した工法であり興味がもたれる。この工法も,斜面のグリーン化を意図している。その耐久性は,もちろん,透水性ソイルセメントの吹付けよりも明らかに優れている。
6 まとめ
本稿は,土質構造物のための新材料のうち,数種を取りあげて,それぞれ材料の特徴や用法について紹介論述したのち,しらす工事における応用法,特に適用性を考察したものであるが,決して結論を得ようとするものではないことをお断りしたい。
しかし,それら考察結果を,一応,しらす工事の種類と適用性の関係において取りまとめると,表ー6のようになる(◎適用性が高い,〇適用性が普通,ー無関係)。
広義の土質構造物では,地山,特にその斜面の補強工法に使用するその他の新材料や,新しいタイプの排水パイプも,新材料に加えるべきであるが,本稿では紙数の制限のためそれらを省いている。
上述の材料の多くは既製品である。既製品を土質構造物に応用して築造することは,“インテグレート(integrate)の概念”に基づくものであるが,インテグレートとは,“諸要素を統一体にまとめあげる”ことであり,それによって,従来の工事を著しく合理的・能率的に遂行し得るだけでなく,新しい形式の土質構造物をも出現させ得る効用をもち,ひいては長期にわたる工費を低滅させる効果を伴うものである。それはまた,先進諸国における世界的傾向でもある。
参考文献
1)古谷俊昭(1986):第2回超軽量盛土工法研究会資料,福岡
2)浜田英治・山内豊聡(1987):盛土材としての発泡スチロールの荷重・変形・強度特性,第22回土質工学研究発表会講演集,新潟
3)山内豊聡・福田直三・尾曲伝吉・池上正宏(1985):ポリマーグリッドを応用した急勾配補強盛土の設計と実際,第30回土質工学シンポジウム,東京
4)山内豊聡・池上正宏(1986):ポリマーグリッドの応用法,福地協昭和60年度講演資料,福岡
5)山内豊聡(1986):ジオテキスタイル,研究展望,土木学会論文集,No.370/Ⅲー5
6)山内豊聡(1987):軽量盛土材とその問題点,福地協昭和61年度講演資料,福岡
付記
本稿は,1987年3月に,建設省鹿児島国道工事事務所で行った講演内容が主体になっており,本号に発表することについて了承を与えられた。付記して深甚の謝意を表するものである。