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しらすコンクリートとその施工性能

鹿児島大学工学部海洋土木開発工学科
助教授
武 若 耕 司

1 まえがき
鹿児島県を中心とした南九州には,今から2~10万年前に形成されたカルデラより噴出した火砕流が堆積,溶結してできた発泡状の物質,いわゆる『しらす』が大量に存在しており,鹿児島県だけでもその堆積量は優に600億m3を越えると推定されている。このしらすの地層は,集中豪雨時には地滑り災害の元凶となって毎年のように多大の被害を与え,その対策に苦慮しているが,一方では,低迷の続く南九州の産業構造の変革と活性化を図る上から,この大量のしらすを有効に活用する手立てを真剣に模索している状況でもある。そして,その期待は特に大量の土石を利用する土木・建築の分野に対して大きく,中でもその付加価直を高めることのできるコンクリート用材料としての利用が最も注目される。
そこで著者は,このしらすのコンクリート用材料への利用可能性について6年前より検討に着手し,これまでに,しらすを細骨材として使用したコンクリート(以下,しらすコンクリートと称す)に関しては,このコンクリートが十分に実用できること,さらに通常のコンクリートには見られない特殊な性能も有していること等を明らかにすることができた。1)~4)本報告は,これらの研究成果の内,しらすコンクリートの最大の問題点の1つであるその施工性能についての検討結果を示す。

2 しらすの概要と細骨材としての問題点
しらす堆積物中には,ミクロン単位の微細粒子から数10cmにも及ぶ軽石塊までが含まれている。今回用いるしらすは,細骨材としての利用を検討するため粒径5mm以上の粗粒子については除去したが,シルトに分類されるような微細粒子分についてはあえて除去せずにそのまま活用することを考えた。その理由は,①微細粒子分の除去は粗粒分の除去に比べてはるかに手間がかかること,②出来上がったしらすコンクリートの性能,特に化学抵抗性能や耐久性能としらす微細粒子分の混入とが密接に係わっており,この混入によりこれらの性能の大幅な改善が見込まれることが明らかになったこと,等による。
表ー1は,鹿児島市内の2箇所の地山で採取されたしらすの比重および吸水率を幾つかの試験方法で測定した結果である。この内JISに規定された細骨材の試験では,細骨材の表乾状態をフローコーン試験によって判定するように定められている。ところが,しらすの表乾状態をこの試験により判定した場合には明らかに乾き過ぎの状態であることが確認された。これは,しらす中の多量の微細粒子分を除去していないこと,および写真ー1で見られるようにしらすの粒子表面は川砂に比べて多くの凸凹を有し,しらす同志の噛み合わせが生じること,などによって表乾状態を過ぎてもコーンが自立しているためである。
この表乾状態に関する問題は,しらすを細骨材として使用する場合の実用上の大きな障害となる可能性がある。そこで著者らはまず,しらすの表乾状態をより正確に把握するために,フローコーン中に締め固められたしらすの内部摩擦角を測定し,この値が川砂よりも8~12゜程度大きいという結果を得た。次にこの測定結果を考慮して従来75°の角度を有するコーン側面の傾斜を90゜としていわゆる円筒形のフローコーンによる表乾状態の判定を行った。表ー1中にはこの結果得られた比重および吸水率についても示してある。この方法による測定結果は,表乾状態の定義に従ってしらすを乾燥させる過程で手に水分の付着しない最初の状態を基に求めた比重および吸水率の値と極めて近く,しらすの場合にはJIS法よりもこの円筒フローコーン法が表乾状態の定義手法としてよさそうであるとの結果が得られた。従って以下の検討では,取り敢えず手あるいは円筒フローコーンで測定された表乾状態を基にして得られた比重および吸水率を使用した。

表ー2には,その他のしらすの物理的性質に関する試験結果を川砂と比較して示した。また,図ー1には,今回細骨材として使用したしらすの粒度分布を示した。これらより,しらすは0.15mm以下の粒子を全体の30%近くも含む,極めて微細粒分子の多い材料であることを確認できる。

以上の様なしらすの物理的性質を総合すると,しらすは,川砂などに比べてその比重がかなり小さく,多くの空隙を含み角張りを持った粒径をしており,また,粒度構成中には微細粒分子を多量に含むものである。このような特徴は,しらすコンクリートのまだ固まらない性質に明らかに大きな影響を及ぼし,その検討はしらすコンクリートの実用化にとって避けることは出来ない。
なお,しらす自身の特徴としては上記の他にも粒子自身の強度が著しく小さいこと,あるいはその化学組成中に占める火山ガラスの割合が非常に大きいこと等,硬化コンクリートの諸性質に大きい影響を及ぼすと予想される問題点も幾つかあるが,これらの検討結果についてはここでは割愛させて戴くので,別報を御覧戴きたい。例えば,3)

3 しらすコンクリートのまだ固まらない性質
図ー2~8はいずれも,しらすコンクリートおよび熊本緑川産川砂を用いたコンクリート(以下,川砂コンクリートと称す)についてそれぞれまだ固まらない性質を比較検討した結果である。なお,粗骨材としてはいずれも最大寸法20mmの砕石を使用している。これらの結果を取りまとめると概略次のようになる。
(a) しらすコンクリートで所定のコンシステンシーを得るために必要な単位水量は,同じコンシステンシーを有する川砂コンクリートに比べ大きく,例えば,水セメント比50%の場合でその増加量は約10%である。ただし,単位水量の増加に伴うスランプ値の直線的な増加傾向は,しらすコンクリートも川砂コンクリートと相違がない(図一2)。
(b) しらすコンクリートでは単位水量一定の法則は成立せず,単位水量が一定であっても水セメント比の増大に伴ってスランプ値は直線的に増加する(図ー3)。
(c) しらすコンクリートにおいても最適細骨材率が存在する(図ー3)。またその値は,川砂コンクリートと同じ様に水セメント比の増加に伴って大きくなるが,値自体は川砂コンクリートの場合に比べて10%程度小さくなる(図ー4)。
(d) 空気連行に伴う最適細骨材率の変化の程度およびコンシステンシーの改善効果の割合はいずれも,しらすおよび川砂コンクリートともにほぼ同程度である。ただし,しらすコンクリートでは所望の空気量を得るためのAE剤量が川砂コンクリートの2~2.5倍必要である(図ー5,6および7)。
(e) 細骨材の粗粒率とまだ固まらないコンクリートの性質に関する広範囲の検討結果から,しらす使用の場合でも,その粗粒率とコンクリートの最適細骨材率あるいはスランプ値の関係が,川砂使用の場合における関係の延長線上にあり,直線関係として現されることが明らかとなった(図一8)。
以上の結果を総合すると,しらすコンクリートのまだ固まらない性質はしらす中に多量に含まれる微細粒分子の影響を非常に大きく受けているようであるが,一方で,しらすを使用して通常の施工性能を有するコンクリートを打設することも十分に可能であることが明らかとなった。表ー3は,これらの結果を基にして作成したしらすコンクリートの配合設計資料である。ただし,この配合設計で使用されるしらすの比重および吸水率については,JISの方法とは異なる上述の表乾手法を基に求められる値を用いることにしている。

4 しらすコンクリートの施工性能とその改善
配合資料作成のために行った上記の検討によると,しらすコンクリートの施工性能,特にコンシステンシーを川砂コンクリートと同等に確保するためには,川砂コンクリートに比べて単位水量を10%程度増加させ,最適細骨材率を逆に10%程度小さくする必要がある。しかし,単位水量の増加については,乾燥収縮等の問題を考えると決して好ましい状況であるとはいえず,また細骨材率の問題については,しらすの比重が川砂等に比べてかなり小さいことと合わせて考えると,材料分離に対する懸念が生じてくることになる。
そこでここではまず,しらすコンクリートの単位水量が高性能減水剤等の利用によってどの程度まで改善できるかについて検討を行った。さらに,所定の流動性を有するしらすコンクリートの型枠への充填性能あるいは施工時の材料分離の傾向についても若干の検討を試みた。以下にこれ等の結果を取りまとめて示す。
(1)単位水量の低減に関する検討結果
図ー9は,高性能減水剤および高性能AE減水剤のしらすコンクリートに対する減水効果について示した一例である。今回の結果からしらすコンクリートの減水に関する基本として,次のことが明らかとなった。
(a) スランプ値10cm程度を考える場合には,高性能減水剤単独の利用で20%程度,また,高性能AE減水剤では30%程度までの減水は可能である。
(b) 高性能減水剤量が単位セメント量の3%程度までは,配合のいかんにかかわらず混入量の増加に伴って一定割合でスランプ値も増加する。
(c) 川砂コンクリートと同様の減水率を得るためには,高性能減水剤は川砂使用の場合の3倍程度必要となる(後述表ー4参照)。

なお,上記の結果はしらすコンクリートにおける減水の限界を探る目的で実施した実験の結果であるが,一方,過去に今回と同系統の高性能減水剤を使用し,減水率15%程度までにおける減水剤の効果を後添加により検討したことがある。その結果の一例を図ー10に示す。この場合にはしらすコンクリートにおいても川砂コンクリートと遜色のない減水効果が現れており,このことを考え合わせると,しらすコンクリートにおける高性能減水剤の効果は,添加方法や減水の範囲によってかなり異なることが予想され今後とも十分な検討が必要であろう。

(2)材料分離性改善手法についての1提案
しらすコンクリートにおいては,細骨材率が小さいことから流動性が高まると材料分離傾向もかなり強まると予想される。また図ー11は,高性能減水剤を混入したしらすコンクリートの細骨材率とスランプ値の関係について示した結果の一例であるが,この図中に示されているように,しらすコンクリートの場合にはスランプ値がおよそ15cmを越えるとスランプ後もコンクリートが自然流動するために,スランプ試験による流動性能の判断がしづらくなる傾向も見られ,この現象にも細骨材率が大きく関わっているものと思われる。しかし,一方では,図ー12に示すように細骨材率の増加に伴って高性能減水剤の効果は大幅に減少するため,細骨材率の大幅な増加がしらすコンクリートの施工性能改善にとって決して適切な処置であるとはいえない。

ここで,図ー13はコンクリート中の混入全骨材の粒度分布を示したものであるが,しらすコンクリートでは2.5~5mmの範囲の骨材の全混入骨材に対する割合が極めて少なくこの部分で粒度分布が不連続となっており,これが材料分離性とある程度の関連があるとも予想された。そこで,この骨材粒度分布に連続性を持たせるため,一部粗骨材を2.5~5mmの細粒砕石に置き換えることを考え,図ー13に示すように粗骨材の30%をこの細粒砕石で置き換えることによって骨材粒度の連続性をほぼ得ることができた。また,この細粒砕石の混入に伴うまだ固まらないコンクリートの基本的な性質の変化については,図ー14に示すように,細粒砕石の混入によってかえってコンクリートの空気連行性能が増し,このため高性能AE減水剤のように空気連行性のある混和剤を混入した場合には,その流動性低下の割合はそれ程大きなものとはならないようである。

(3)しらすコンクリートの型枠充填性能
しらすコンクリートの型枠への充填性能を表一4に示す配合のコンクリートに関して検討を行った。なお,検討に用いた型枠を図ー15に示すが,この型枠の配筋状況は現行示方書を満足する中でも特に密に設定したものである。また,締め固めには棒状内部振動機を使用しだ。この結果次のことが明らかとなった。
(a) しらすコンクリートを型枠に完全に充填し終わるまでに要する施工時間は,スランプ値が同じ川砂コンクリートに比べ2/3の時間ですむ。また,細粒砕石を混入したしらすコンクリートの場合においても川砂コンクリートよりも幾分短い時間で充填を完了することが出来る。

(b) 充填型枠中の骨材の分布状況について調査した結果(図ー16,17)によると,スランプ値10cm程度のしらすコンクリートでは,ほぼ均一にコンクリートは充填されているが,スランプ値が15cmを越えると骨材の沈み込みが大きくなる傾向にある。
(c) 一方,細粒砕石を混入したしらすコンクリートでは,スランプ値の大きな場合においても,型枠へほぼ均一充填される。

(4)しらすコンクリートの材料分離性の検証
表ー4に示したコンクリートの一部については,材料分離の傾向についてより具体的に検証を行うために,断面20×40cm,高さ90cmの型枠内に棒状内部振動機で締め固めを行いながら連続的にコンクリートを打設し,硬化後のコア採取によりコンクリートの粗骨材分布および圧縮強度分布を調査した。図ー18にその結果を示すが,この結果より次のことがいえる。
(a) 川砂コンクリートには施工時における粗骨材の分離傾向は認められないが,最上部において明らかにブリージングの影響によると思われる強度低下が生じる。
(b) しらすコンクリートでは粗骨材の分布状況に材料分離の傾向が明確に認められ(図ー19),特に粗骨材の集中する下部において明らかに強度が低下する傾向にあった。これは,本検討では施工および締め固め時間をいずれのコンクリートにおいても同じに設定したためしらすコンクリートでは幾分過振動となったことにも一因があるが,しらすコンクリートのスランプ値が15cmを越える場合にはその基本的な問題点として施工に十分な注意を払う必要のあることを示唆するものである。
(c) しらすコンクリートに細粒砕石を混入することによって,粗骨材の分布状況はかなり改善され,また,強度分布については非常に変動の少ないコンクリートを打設することが可能である。

5 まとめ
これまでにも,しらすをコンクリート用細骨材として利用する試みは幾度となくなされているが,その配合の設定および施工性能については種々問題が残され,なかなか実用化にまでは至らないのが現状であったように思われる。ここでは,地山のしらすをほぼそのままの状態で使用する場合においても,基本的には通常のコンクリートと同様の方針で配合設計が行えることを明確にした。また,スランプ値10cm程度のしらすコンクリートを 作製する限りにおいては過振動さえ与えなければその施工性能に特別な配慮が必要でないこと,15cmを越えるスランプ値の場合には,施工中の粗骨材沈下を防止するためにコンクリートに2.5~5mmの範囲の砕石を混入するなどの工夫が必要になってくること等,しらすコンクリートの施工時の特性についてもある程度明らかにさせることができた。
さらに,しらすコンクリートの配合上の問題点の1つとして,単位水量が大幅に増加する点が挙げられ,その改善策の1つとして高性能減水剤について検討を加えた。ただし,この単位水量の問題については,水セメント比が増すに従って通常のコンクリートと単位水量の差がなくなってくることおよび,しらすコンクリートの場合には高水セメント比であってもその使用環境によっては耐久性に優れたコンクリートとなり得ること等4)しらすコンクリートの性質を総合的に考慮して対処することが十分に可能であると思われる。

参考文献
1 武若耕司・松本進・川俣孝治:しらすのコンクリート用細骨材への利用に関する検討,コンクリート工学年次論文報告集9-1,1987.7
2 武若耕司・松本進・川俣孝治:しらすを細骨材として用いたコンクリートの実用性に関する検討,コンクリート工学年次論文報告集10-2,1988.7
3 武若耕司・松本進・川俣孝治:しらすのコンクリート用骨材への有効利用に関する研究,KABSE土木構造・材料論文論文集,1989.1
4 武若耕司:しらすの利用によるコンクリートの耐久性改善に関する基礎的研究,コンクリート工学年次論文報告集11-1,1989.7
5 武若耕司・久見瀬順一:しらすコンクリートの施工性能に関する実験的検討,土木学会西部支部研究発表会公演概要集,1990.3

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