平成18年7月の川内川豪雨における鶴田ダムの操作について
国土交通省 九州地方整備局
筑後川ダム統合管理事務所 所長
(前所属:九州地方整備局
鶴田ダム管理所 所長)
筑後川ダム統合管理事務所 所長
(前所属:九州地方整備局
鶴田ダム管理所 所長)
今 井 徹
1 はじめに
川内川は、熊本県球磨郡あさぎり町の白髪岳(標高1,417m)に源を発し、鹿児島県北部を東から西に向かって流れ、羽月川、隈之城川等の支川を合わせ川内平野を貫流し薩摩灘へ注ぐ、幹川流路延長137km、流域面積1,600km2の一級河川である(図-1)。
平成18年7月、総雨量1,000mmを超える記録的な豪雨により、川内川の上流域から下流域まで広範囲にわたり浸水家屋2,347戸にも及ぶ甚大な被害が発生した。
この出水において、川内川のほぼ中流部、河口から約51km上流にある鶴田ダムは、洪水調節を行いダム下流域の被害軽減に努めたが、鶴田ダムで確保している洪水調節容量では不足する記録的な大出水であったため、「計画規模を超える洪水時の操作」として、放流量を流入量とほぼ同量となるまで徐々に放流量を増加する操作、いわゆる「ただし書き操作」に移行、ダムは洪水調節容量のほとんどを使う結果となった。
当時、鶴田ダム管理所では、商用電力、一般電話回線、管理用光ファイバー、水道などのライフラインが切断され、更には管理所へのアクセス道路3ルートが全て遮断されるなど、非常に緊迫した状態でダム操作を実施した。
ここでは、今回の記録的豪雨における鶴田ダムの操作状況と洪水後の対応について報告する。
2 鶴田ダムの概要
鶴田ダムは、洪水調節と発電を目的とした流域面積805km2、堤高117.5m、堤頂長450m、総貯水容量1億2,300万m3、有効貯水容量7,750万m3の重力式コンクリートダムである(表-1)。
鶴田ダムは、昭和41年4月に管理を開始しているが、昭和44年、46年、47年と大規模な出水が頻発したため、昭和48年3月に川内川工事実施基本計画を改定した。改定に伴い、鶴田ダムの共同事業者であり、ダム使用権を有する電源開発株式会社の理解と協力のもと、発電容量の一部を買い取り洪水調節容量を4,200万m3から7,500万m3に変更している。
なお、この改定により洪水調節容量を増強したが、クリーンエネルギーである水力発電の有効利用のため、(図-2)貯水池容量配分図のとおり、平常時は貯水位を制限水位以下で保ち発電を行うことができる予備放流方式を採用した。洪水の発生が予測された場合は、予め定められたルールに従い貯留水を放流することで予備放流水位まで貯水位を低下させ、所定の洪水調節容量を確保している。
さらに、鶴田ダムの洪水調節方式は、ダム下流河川の改修状況を踏まえ、中小洪水にも効果がある多段式一定率一定量方式を採用している(図-3)。
3 気象、水象の概況(速報値)
平成18年7月21日、北部九州に停滞していた梅雨前線がゆっくり南下を開始し、22日~23日にかけ、活発な梅雨前線の影響で鹿児島県北部地方に記録的な大雨をもたらした。川内川流域においても多量の降雨が長時間にわたり継続し、降水量の多い観測所では、降り始めからの降水量が1,000mmを超え図-4のとおり青木観測所(大口市)では、1,036mmに及んだ。
この豪雨により、川内川流域に設置されている雨量観測所全25観測所のうち、20観測所で既往最高の降雨記録を更新、水位観測所全15観測所のうち、11箇所で既往最高水位を上回り、7観測所で計画高水位を上回った。特に、宮之城水位観測所(さつま町)では、11.66mの既往最高水位を観測、計画高水位8.74mを2.92mも上回った。
鶴田ダムへの流入量について、過去第1~2位の洪水と比較した。最大流入量は計画には及ばないものの既往最高を記録(図-5)、総流入量は既往最大で計画の約2.1倍となる記録的な洪水(図-6)であった。
なお、本報告の気象、水象データの一部は精査前のものであり、今後の精査により修正される可能性がある。
4 鶴田ダムの操作状況
今回の洪水対応としては、7月19日22時40分に予備放流を開始し、洪水調節容量7,500万m3を確保したうえで7月20日22時過ぎに洪水調節を開始した。その後流入量はやや減少したが再び増加し始め21日15時頃から本格的な洪水調節に入り、ダム上流域で時間雨量約50mmの非常に強い雨が降った22日9時以降、流入量が急激に増加したため、一定率放流による洪水調節を継続していた。
しかし、22日10時に気象協会から入手したダム流域平均の雨量予測(毎正時)において、それまでの予測をはるかに超える予測となり、この雨量予測データに基づく、洪水調節の予測シミュレーションでは、同日14時頃にただし書き操作開始水位であるEL155.60mに達し、更に操作規則どおり洪水調節を継続すれば満水位EL160.00mを超え、同日18時頃にはダム天端高であるEL162.50mに達するとの予測であった。
このため、ダム下流自治体等の関係機関に対し、10時45分、ただし書き操作に移行する可能性がある旨を通知、13時30分にはただし書き操作に移行する旨を通知した。この間、11時、12時、13時の雨量予測に基づく予測シミュレーションを実施して、ただし書き操作を回避できないか検討したが、ただし書き操作への移行は不可欠であると判断、13時過ぎに「鶴田ダムただし書き操作要領」の規定に基づき九州地方整備局長の承認を得た。
その後、ただし書き操作開始水位に達した14時40分からただし書き操作に移行、流入量とほぼ同量の放流量となった18時16分から翌23日19時40分までの間、流入量=放流量の操作を継続した。
23日19時34分から貯水位を低下させる放流を行い、26日13時30分にゲート放流を終了、実に予備放流開始から6日と14時間50分という長時間にわたる操作であった。
今回の洪水における最大流入量は、ただし書き操作に移行した約1時間後の22日15時28分に記録した4,043m3/S,そのときの放流量は2,758m3/Sであり、1,285m3/Sの洪水調節を行っている(写真-1、図-7)。
5 洪水調節等の効果検証
今回の洪水では、ただし書き操作に移行したものの、ダム下流約13kmに位置する宮之城地点(さつま町虎居地先)の水位をダムが無かったと想定した場合と比べ、最大で約2.5m、ピーク時で約1.3m引き下げ、また、ピーク水位に達する時間を約4時間遅らせるとともに、水位上昇の時間的な割合も緩やかにする効果があったと推定している。
この時間帯にダム下流のさつま町では、住民の避難と役場・消防・警察及び自衛隊による救助・救出活動が行われており(写真-2、3)、住民の避難行動を支援するうえでも大きな役割を果たしている(図-8)。
6 ダム管理所の孤立
7月22日15時55分頃、ダムサイト右岸下流の道路を含む山腹法面において大規模な崩壊が発生し、鶴田ダム管理所の商用電力、一般電話回線、管理用光ファイバー、水道などのライフラインが寸断された。
更に管理所へアクセスしている左岸上下流の道路も被災し、アクセス道路3ルート全てが遮断され、管理所は一時孤立状態となった。
(1)電気関係(商用電力)
停電後、直ちに非常用発電機に切り替え、ダム操作等を継続した。鶴田ダムの非常用発電機は、ガスタービン、200KVA×2台を設置しており、停電した時点で5日分の燃料を保有していた。
しかし、商用電力の復旧の見込みがわからないこと、梅雨前線による降雨であり今後の雨量予測が極めて難しいことなどから、ゲート操作ができなくなる事態を危惧し、消費電力を極力抑制する工夫を行った。具体的には、所内冷房を停止し、室内の照明等も必要最小限としたうえで、ゲート操作が必要でないときは非常用発電機1台を停止させた。
商用電力の供給については、24日夕方、九州電力がヘリで空輸した送電線(6,600V)をダムサイト右岸直上流にあるヘリポートに空輸し、別ルートからダム天端に送電線を通して管理所に接続、仮復旧が完了した。
なお、この送電線は高圧であるため、その後ダム監査廊内に移設している。
また、本復旧はダムサイト右岸道路復旧に合わせて行う予定とのことであるが,仮復旧しているルートも継続しつつ商用電力の2ルート化について、九州電力と協議中である。
(2)通信関係(一般電話回線、管理用光ファイバー)
一般電話回線の不通により、ダム下流関係機関へのダムの操作状況等の通報に苦慮した。
通常は、FAXに登録された複数の関係機関へ一斉通信により通報していたが、1件毎に番号を入力したうえでマイクロ回線により他事務所へ送信、そこから一般電話回線で通報先へ送信する「自公接続(マイクロ専用回線~一般電話回線)」方法で通報した。
また、光ファイバーによる画像配信についてもマイクロ回線へ転換して対応したものであり、改めてマイクロ回線の重要性を認識させられた。
(3)道路関係(アクセス道路)
鶴田ダム管理所へのアクセス道路は、日頃ダムサイト右岸町道を利用している。その他、左岸下流と上流の道路からアクセスできる状況にあったが、3ルート全てが被災し、不通となった。
食料及び飲料水の補給輸送については、下流左岸道路の不通区間が徒歩により通行可能と判断して、不通区間の両端までを車で運搬し、不通区間を徒歩により人力輸送することで、必要最低限の物資を搬送した。
7月27日、左岸上流道路が仮復旧を完了し、鶴田ダム関係車両の通行が可能となり、鶴田ダム管理所の孤立は5日間で解消された。
なお、本復旧完了は、左岸下流道路が平成19年4月、左岸上流道路が平成19年9月、右岸道路が平成19年度未の予定である。
7 ダム操作への批判とその対応
洪水直後から「浸水被害はダム操作が原因であるのではないか」といった鶴田ダムに対する批判がダム下流域の被災者の方々などから寄せられた。
これは、ダムの洪水調節方法や洪水調節容量に限界があることなどについて、これまで地域住民に対して十分な説明をしてこなかったことに加え、ダム下流域で浸水被害が発生しているという状況下で、鶴田ダムがただし書き操作に移行し、流入量以下とはいえ放流量を増加させたことなどが要因と考えられる。
鶴田ダム管理所では、川内川の河川管理者である川内川河川事務所と連携して、平成19年2月6日に「鶴田ダムの洪水調節に関する検討会」を設置した。
検討会は、鶴田ダムの洪水調節方法について理解を得るとともに鶴田ダムの洪水調節方法及びダム・河川情報提供のあり方について、様々な視点から意見を聴取し、検討することを目的としている。委員は、ダム下流被災地区住民代表、ダム下流自治体首長、学識者、報道関係者、河川管理者である(表-2)。
今後、検討会での議論及び地域住民との意見交換会を通じ、可能な限り地域住民の意見を取り入れた鶴田ダムの操作等にする予定である。
8 おわりに
今回の洪水では、不測の事態に対処できる危機管理への備えを更に充実させることや日頃から地域住民・報道関係者等に対してダムの情報を発信しながら対話を行うことなどが、ダム管理上、極めて重要であることを再認識させられた洪水であった。
近年、異常降雨が頻繁に発生しており、計画規模を超える洪水時のダム操作を再度実施する可能性は大きい。
今後、今回の洪水の経験を踏まえ、地域住民・報道関係者等に対して、日頃の情報発信等を充実していくとともに、より的確なダム管理に努める所存である。