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九州技報 第40号 論文

土砂災害による被害の防止軽減を図るための技術開発の状況

~土木研究所の重点プロジェクトの成果から~

独立行政法人土木研究所 寺田 秀樹

 

はじめに
ここ数年激甚な土砂災害が多発しています。 平成16年には、過去最多の2,500件を超える土砂災害の発生が報告されています。これらは、梅雨前線や10個を数える台風の上陸に伴う豪雨、新潟県中越地震などによって発生したものです。平成17年には、福岡県西方沖地震や台風14号による記録的な豪雨により、九州地方を中心に大きな被害が生じました。
平成18年も、九州・沖縄地方だけで見ても、梅雨前線に伴う豪雨による沖縄県中城村での地すべり災害、台風13号に伴う豪雨による佐賀県伊万里市や唐津市などでの土石流災害等の土砂災害が発生し、大きな被害をもたらしました。
本報告では、土砂災害の誘因である昨今の豪雨の状況と今後の見通しを概観したうえで、土木研究所の重点プロジェクトとして実施してきた土砂災害に対する研究開発の成果について紹介させていただこうと思います。
 
1.昨今の豪雨の状況と今後の土砂災害
昨今異常気象という語句を良く目にしますが、土砂災害の主な誘因となる降雨条件はどうなっているのでしょうか。
アメダス雨量の分析によると、1時間降水量が50mmや100mmを越すような集中豪雨が増加する傾向にあります。平成8年から17年までの10年間の年平均生起回数は、昭和51年から60年までに対して、それぞれ、1.4倍、2.1倍に達しています。
また、気象庁の異常気象レポートによる と、大雨(日雨量200mm以上)の出現日数は、最近30年間の生起日数が20世紀初頭の30年間に対し1.5倍に増加したと述べられています。また、例えば平成17年の台風14号だけを見ても、九州、四国、中国及び北海道の61地点で日雨量記録が塗り替えられています。
九州地方は台風の襲来が多い地方です。そ こで、気象庁の統計から、1951年以降の上陸時(直前)の中心気圧の低い台風について見てみます。これによると、最近10年間の台風として上位10位までに記録されているのは、平成16年の台風18号の一つだけ(第10位)です。台風の襲来が多いせいか、最近の台風の方が強い(気圧が低い)ようなイメー ジがありますが、実際はそうではないということがわかります。気圧の低さは、直接雨量には結びつきませんが、台風の強さという意味では、過去日本を襲って いた、しかし最近我々が体験していないような、より強い台風が今後十分あり得るということになります。
それでは、強雨の増加傾向は将来的にも継続するのでしょうか。例えば、気象庁は水平解像度20kmの地域気候モデルにより、A2シナリオ(経済重視で地域志向が強まると仮定したシナリオ)に基づ く100年後(1981年~2000年に対する2081年~2100年の変化)の予測計算を行っています。これによると、最大日降水量では東日本の日本海 側から山陰にかけての増加が大きいのが特徴的で、新潟や福井などでは現在に対し150%を超えるような降水量となることを予測しています。九州について見ると、山陰地方ほど明瞭ではありませんが、九州北部で2割程度の増加が予想されています。
降雨強度や降雨量が増えると、崩壊などの発生数や発生土砂量が増えることが予想されます。国土技術政策総合研究所砂防研究室が、平成15年に土砂災害が発生した熊本県水俣地区を対象に、降雨波形を水俣災害時の実績降雨波形の150%として与えたモデル計算によると、崩壊箇所が4倍になるとともに斜面崩壊の発生時刻が45分早くなるという結果とな りました。したがって、被災箇所と範囲が増え、防災対策の初動時間の余裕が減り、より迅速な対応が求められるということになります。
ここで、土砂災害の危険箇所の状況を見てみます。国土交通省によると全国の土砂災害の危険箇所は、土石流、がけ崩れ、地すべりを合わせると、人家が1戸以上ある箇所だけでも46万箇所(九州・沖 縄では9万箇所)で、将来新規の住宅地の立地が見込まれる箇所を含めると52万箇所以上(同10万箇所)にも達します。これらの危険箇所に対する砂防えん堤などの施設が整備されている箇所の状況を見ると、人家戸数が5戸以上である21万箇所(同4万箇所)に対してでも、2割程度に過ぎないということです。 なお、九州地方の県別の危険箇所数等は国土交通省のHPをご覧下さい。
ここまで、主に豪雨による土砂災害について述べて来ましたが、新潟県中越地震や福岡県西方沖地震、雲仙普賢岳や三宅島の噴火に見られるように、地震、火山噴火に伴う土砂災害も激甚な被害をもたらしています。
こうした状況から考えると、近年に見られるような激甚な土砂災害の発生は、今後もむしろ深刻さを増しながら続くものと考えられます。


 
2.重点プロジェクト「のり面・斜面の崩壊・流動災害軽減技術の高度化に関する研究」
土砂災害から、国民の生命・財産を守るためには、砂防施設や道路防災施設などの着実な整備と災害による被害を最小限に食い止めるための予測技術の開発が求められています。そこで、平成13年から17年まで、土木研究所の重点プロジェクト研究「のり面・斜面の崩壊・流動災害軽減技術の高度化に関する研究」として実施された技術開発の成果の一部を紹介します。
本重点プロジェクト研究では、土砂災害による災害被害の軽減技術のうち、集落及び道路を保全対象として、災害危険度予測技術の開発、のり面・斜面保全工の最適配置・設計手法の開発、新技術を導入 したのり面・斜面の調査・モニタリング技術の開発、道路斜面リスクマネジメント技術の開発を行うことを研究の範囲として実施しました。達成目標を以下に示 します。
①危険箇所、危険範囲の予測と総合的なハザードマップの作成技術の開発
②数値解析によるのり面・斜面保全工の最適配置・設計手法の開発
③GIS、ITを用いたのり面・斜面の調査・モニタリング技術の開発、道路斜面リスクマネジメント技術の開発
これらの目標を達成するため、土質チーム、地質チーム、火山・土石流チーム、地すべりチーム、雪崩・地すべり研究センターが分担して研究を実施しました。
 
3.主な研究成果
2.で示した各達成目標毎に主な研究成果の一部について紹介します。
①火山活動の推移に伴う降灰範囲や厚さなど流域特性の経時変化を考慮した泥流発生危険度評価手法の提案
火山噴火に伴う降灰の影響を受けた流域では、火山活動の推移に伴い降灰範囲や厚さなど流域特性が経時的に変化していきます。火山灰堆積後に降雨があると泥流災害の発生の危険度が高まりますが、その危険度はこうした流域特性の影響を受けます。このため、火山活動の推移による流域特性の変化を考慮した泥流発生危険度評価手法を提案しました。
噴火後の流域で支配的な流出形態であるHor-ton型表面流(降雨強度が地面の浸透能を上回った場合に発生する表面流)の発生に着目した総合的な流出解析モデルを開発しました。(図-1)に浸透特性の空間分布のイメージ、(図-2)に飽和透水係数を3段階に変化させた時の水の流出の再現計算結果を示しました。飽和透水係数の値は、Run1が 1*10-4(cm/s)、Run2が2*10-4、Run3が1*10-5です。 飽和透水係数の違いによって計算結果が大きく変化することと、RUN1が実測結果を良く再現していることがわかります。従来の手法では、流出係数を設定するためには、実際の降雨流出を経験することが必要でしたが、このモデルにより、堆積した火山灰の透水係数などの物理特性を把握することで、水と土砂の流出を追跡することができるようになりました。

 図-1 浸透特性を分布させたイメージ

 

図-2 水の流出の再現計算結果
  
②地盤の物性値と杭材の物性値を考慮した地すべり抑止杭形式の合理的な選定手法の提案
地すべり抑止杭の設計には、杭背面の地すべり土塊からの地盤反力の大小に応じて、くさび杭と抑え杭の設計式が用いられていますが、地すべり土塊と杭が変形することは考慮されていません(図- 3)。実際には、地すべり抑止杭は、地すべり土塊の変形係数と杭の曲げ剛性に応じてその変形形状が変化することから、その設計にあたっては、それらを考慮する必要があります。そこで、地すべり土塊の変形係数と杭の曲げ剛性を考慮した杭形式の合理的な選定手法を提案しました。
本調査では、FEM解析を用いた検討を行 いました。(図-4)に解析結果を示します。地すべり土塊の変形係数と杭の曲げ剛性による特性値β、地すべり土塊内の杭長によるlの積β・lを指標として 見ると、くさび杭の式はβ・lが3以下になると曲げモーメント比が1より小さくなり危険側になること、その場合β・lが概ね1.5以上であれば、抑え杭の設計式を用いることで安全側の設計とすることができることがわかります。
以上から、くさび杭と抑え杭の適用範囲が明らかになり、杭形式の合理的な選定が可能になりました。
現段階では、3次元FEMを用いた設計は既往の設計手法に比べて解析コストと時間を要するため、設計費相当のコスト縮減が見込める大規模地すべりや、既往設計手法では設計することが難しい地すべりの平面形状や地すべり層厚が左右非対称な地すべりで適用していくことが望ましいと考えられます。

  

図-3 くさび杭と抑え杭の模式図

  

図-4 β・lと最大曲げモーメント比の関係 

 
③道路防災マップを用いた道路斜面の評価技術の開発
道路災害の発生件数は防災対策の進展に伴って年々減少の傾向にある一方で、事前通行規制の区間数・延長および事前通行規制回数は減少していません。このため、事前通行規制の区間数・延長の縮減および規制基準の緩和を図るため、従来の点検結果に加え、災害の要因、履歴、対策等の情報、事前通行規制等の道路管理情報等を重ね合わせ明示した道路防災マップの作成技術、これらの情報に基づく防災対策の効果を評価する技術等の開発を行いました。
道路防災マップの作成過程は、地域特性の把握、災害地形判読、安定度調査箇所の選定、斜面の安定度評価とその整理等の段階に大きく分けることができます。このうち点検結果の整理の際には、マップには道路への危険度の評価とそれに対する対応を帯表示や色分けでわかりやすく表示しています。その他、スクリーニングにおける抽出根拠、評価の判断基準なども併せて記載しています(図-5)。
図-5 道路防災マップ
 
また、ハザード評価の支援ツールとして、地形量(傾斜角、ラプラシアン、平均曲率)を重回帰分析によって斜面の壊れやすさ(フラジリティ)を区分し、それぞれの区分毎に雨量に対する崩壊確率(フラジリティーカーブ)を算出する崩壊発生危険度評価手法を開発しました。さらに、崩土到達範囲予測手法として、DEMを用いて表層崩壊の崩壊源からの崩土の到達範囲を解析、表示、保存する機能を有するプログラムである「崩土到達範囲シミュレーション」を開発しました。崩壊発生確率と崩土到達範囲予測手法を組み合わせ、斜面が崩壊し崩壊土砂が道路へ到達する危険性の評価を行い、GIS上に表示することで、道路に対する斜面崩壊の危険箇所を視覚的に把握することが可能となりました(図-6)。  

図-6 斜面が崩壊して崩土が道路へ到達する確率の分布(降雨量別)
 
対策効果の評価手法として、防災点検における要対策、カルテ対応等のカテゴリー毎に年間・延長あたりの災害発生件数(災害潜在性原単位(図-7))を求め降雨との相関曲線から防災対策の効果を評価する手法を提案しました。(図-8)で目標水準と現時点の規正区間の曲線が交わる点が規制雨量値となります。規制解除であれば、規制指定をしていない山地部の一般区間の災害潜在性などから設定することになります。
本プロジェクト研究では、上記の他にも、表層崩壊(光ファイバー)、岩盤斜面(エアトレーサ、震動計測)、地すべり(光ファイバー)を対象とした各種モニタリング技術を開発しました。これらを含む成果の一部は既に現場での適用が始まっておりますが、さらに各種指針等へ反映することで普及を図って行くことにしています。

図-7 災害潜在性の概念

図-8 対象規制区間の降雨相関曲線


4.新たな重点プロジェクト
先に述べたように、多くの土砂災害が発生し甚大な被害が発生しています。さらに、人家に関わる箇所だけで52万箇所もの土砂災害危険箇所が存在していますが、砂防設備等の施設整備は2割程度にすぎない状況です。今後も財政の制約などから考えると、整備状況の大幅な改善は期待できないと思われます。そこで、土砂災害対策の重点的・効率的な実施を支援するために、土木研究所では、平成18年度から、新たな重点プロジェクト「豪雨・地震による土砂災害に対する危険度予測と被害軽減技術の開発」として、①豪雨に対する危険度予測技術、②地震に対する土砂災害危険度の予測技術、③土砂災害応急緊急対策の支援技術の開発を行うことにしています(図-9)。

 

図-9 豪雨・地震による土砂災害に対する危険度予測と被害軽減技術の開発の概要
 
①豪雨に対する土砂災害危険度予測技術では、対策事業の重点的効率的な実施を支援するために崩壊・土石流の発生危険箇所の抽出と危険度評価手法、また台風14号に伴う豪雨により宮崎県別府田野川流域で崩壊土砂量が105~106m3規模の深層崩壊が発生しましたが、そうした深層崩壊の危険箇所の抽出手法や土砂災害による道路の通行規制時間を短縮するための雨量に基づいた崩壊の発生危険度と道路防災施設の効果を統合した被害予測手法の開発を行います。
また、新潟県中越地震は地すべり地の密集する地域で発生した直下型地震でした。この地震により多数の地すべりや崩壊が発生するとともに、大規模な河道閉塞が発生し社会的に注目されました。
そこでこうした地震による地すべりへの影響の解明や地震により多数の地すべりや崩壊の発生した流域からの生産・流出土砂量の変化を予測する技術を開発するため、②地震に対する土砂災害危険度予測技術の開発を行います。
③土砂災害応急緊急対策の支援技術の開発では、発生した土砂災害箇所での被害の拡大を防止軽減するための技術開発を行います。河道閉塞土塊の監視システムや末端開放型の地すべり下方など立ち入り困難な箇所での応急緊急対策の安全確保のための遠隔監視技術等の開発を行います。また、地すべり変動のため詳細な調査が困難な地すべりに対して、排土工や盛土工等応急工事の状況と変動計測とから地すべり面を逐次推定することで応急緊急対策を最適化する技術を開発することを目標としています。
 
おわりに
これらの技術開発により、土砂災害による被害の防止軽減対策を支援していきたいと考えています。また、重点プロジェクト等に関する詳細な情報については、土木研究所のHP等をご覧下さい。
 
 土木研究所 HPアドレス  http://www.pwri.go.jp/
 参考文献
 ・気象庁:異常気象レポート2005、平成17年10月
 ・気象庁:地球温暖化予測情報第6巻、気象庁HP、2005年3月
 ・小山内信智、野呂智之、柳原幸希他:降雨特性変化が防災体制に及ぼす影響について、平成17年度砂防学会研究発表会概要集、平成17年5月
 
 
 
 
 
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