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VR技術を用いた災害情報の共有について


房 前 和 朋


キーワード:VR、360°カメラ、クラウド、物理エンジン、ゲームエンジン


1.はじめに
VR とは「遠く離れた場所の出来事」や「コンピュータ上に作られた世界」をあたかも現実のように知覚させるシステムです。
2000 年代の初めから軍事訓練などに使用されていましたが、人間を「別の場所にいる」ように錯覚させるには不十分でした。
ところが2016 年にソニー、サムソン等IT 大手企業がVR 市場に参入し、現在ではFacebook、Google、Microsoft、Apple 等、多くの企業がVR市場に参入しています。莫大な投資が継続して行われることや、これらの参入企業が保有するAI、クラウド、ビックデータ、Iot 等の技術と融合することで急速に技術が発達しています。


2.他分野におけるVRの活用
1)報道分野
NHK 等ではVR を用いたニュース報道が行われています。インターネットの「NHKVR/AR」では、「全校児童が津波で避難した小学校」等をVR(360°静止画・動画)で体験できます。
たとえば、ニュースで「全壊家屋200 軒」という情報を読む・見る・聞く場合と、VR でその被害状況を疑似体験するのでは、ニュースに対する考えやその後の行動が大きく異なる場合もあると思います。従来の報道は「知識」が主体でしたが、VR を用いることで「体験」を記録・伝達・保存することが可能となったことは非常に大きな変化だと考えます。


2)ものづくり分野
たとえば車や飛行機を設計するためには、風洞に模型を入れて「模型がどう風の影響をうけるか」などを調べる必要がありました。こうした実験装置は高価で、大きさなどの制約もあります。そこでコンピュータの中に「仮想の世界」をつくり、そこで実験を行うという手法が広く用いられるようになりました。雨や風等の条件も自由に設定できる上、いつでも実験可能で、コストや時間も大幅に削減することができます。「ものづくりの前に仮想世界で実験や確認、体験」することは土木分野においても有用な手法と考えます。


3.九州地方整備局におけるVRの取り組み
1)360°カメラを用いた情報共有
九州地方整備局では平成30 年度に九州技術事務所において360°カメラの実証実験を行い、令和元年度から九州内の21 の事務所等に360°カメラを配備するとともに、専用の情報共有クラウドの運用を開始しました。また360°カメラを用いた防災訓練を実施し、災害発生時の速やかな情報共有の体制づくりを行っています。

1-1)360°カメラとは
360°カメラは「表と裏に2 枚のレンズ」をもち「平たい棒」の形状が主流です。このレンズは1 枚に付き180°以上の画角(撮影範囲)を持つため、一回の撮影で全方位を切れ目なく撮影することができます。
表- 1 に整備局で使用している機材のスペックを示します。



1-2)耶馬溪山崩れにおける試験運用
2018 年4 月11 日に大分県中津市耶馬渓町において大規模な土砂崩れが発生しました。九州地方整備局では即座にTEC-FORCE によるドローン撮影のため職員を派遣し、併せて360°カメラの試験運用を行いました。このとき現地から360°カメラで撮影した写真を電子メールで送信、九州技術事務所で受信し災害対策車両の配備に役立てることで的確な指示を実施することができました。


写真- 1 は実際の耶馬溪山崩れで撮影した360°写真の一部を切り出したものです。各組織の配置や作業状況,重機の数や種類,法面をタイヤで移動可能か,敷鉄板が必要かなど,多くの判断に必要な情報が1 枚の写真で入手可能です。

1-3)北海道胆振地方東部地震における試験運用
2018 年9 月6 日には,北海道胆振地方東部を震源とした震度7 の地震が発生しました。
九州地方整備局では、TEC-FORCE として災害対策機器を迅速に現地に派遣しました。写真- 2は現地の写真です。平坦な土地にたくさんの重機が動いている事がわかります。
このとき通常のデジタルカメラで撮影した写真では現場で何を行っているか理解できなかったのですが、360°カメラで撮影後の写真のアングルを左右に動かして周囲を確認することで、撮影位置が「道路ではなく橋梁」であり、「河川が周囲の土地とレベルになるほど閉塞」しており、下流側を見ることで「どの程度の深さで土砂が堆積しているか」を理解することができました。また「何台の重機がどう配置されているか動いているか」については通常の写真では重複や撮影もれが生じやすいのですが360°カメラでは簡単・確実に把握することができます。



また写真- 3 は同じ場所で24 時間経過後に撮影した写真で、作業の進捗が一目でわかります。360°カメラはどこに向けているかに関係なく同じ位置でシャッターを押せば、同じ写真が撮影できるため、現場の変化や施工の進捗などが非常にわかりやすいという利点があります。

1-4)360°カメラの問題点とクラウド導入
耶馬溪・北海道での運用で、360°カメラの有用性は確認できたものの、いくつかの課題があることがわかりました。
1 点目はメールでの画像伝送です。メールは現地と九州技術事務所など、1 対1 の場合では大きな問題は生じませんが、多数との共有には不向きです。
2 点目は、360°写真は、撮影後の写真を自由に動かすことができる特殊なソフトウエアをインストール必要があります。
3 点目は写真のサムネイルが使いづらいことです.360°写真を強制的に四角に表示するため、写真中心部はよいのですが、周辺部に非常に大きな歪みが生じるため、求める情報が周辺部にある場合サムネイルで確認するのは困難です。(写真-4)。


このため、九州地方整備局では,専用のクラウドを構築することでこの問題を解消しました(写真- 5)。クラウドを用いることの利点は以下の通りです。


a)クラウドを用いることで写真の閲覧にソフトウェアが不要となり、インストール、アップデート等の作業も不要となる。
b)PC やスマートフォン、タブレットなど様々な機種で閲覧、登録が可能となる。
c)現地からスマートフォンで簡単にクラウドに登録できる。メールと異なり個別にデータを送信する必要がない。
d)自動的に写真に組み込まれたGPS データを用いて地図(任意に航空写真に切り替え可能)上に整理されるため、整理に要する作業が不要。
e)データの管理はクラウドが行うため、バックアップや機器故障でデータが失われることがない。
f)クラウドは写真を無制限の枚数を保管できるため、記録容量を気にする必要がない。
g)災害で情報共有に使用した後は、そのまま360°写真の災害アーカイブとなる。

1-5)360°動画共有に向けた技術開発
現在までの技術開発で、静止画像の共有については実用レベルとなりました。次のステップとして、「動画共有」を目的とし研究開発を行っています。
災害現場での使用を想定しているため天候・気温・湿度・埃・衝撃等の悪条件でも長時間安定動作する事が必須条件です。
現在でも運用が可能な4G 回線を用いた試作1号機、5G 次世代の通信技術を用いた試作2 号機を用いて実証実験を行いました。



試作1 号機は現在使用可能な技術を用いて360°動画をリアルタイムで共有する装置です。360°カメラに4G の通信装置、大容量バッテリーを組み合わせたもので、20 時間以上安定して動画を送信することができます。
しかし4G 回線を用いることから、通信能力がネックとなりフルハイビジョン相当の画像しか送信できません。通常のビデオカメラであれば十分ですが、「360°全方位をすべて記録しその一部を表示する」という特性から、画面に表示されている実質的な解像度が低くなってしまいました。
試作2 号機は次世代の通信技術である5G を用いているため、ネックであった通信能力が数十~百倍程度に向上しました。このため4K 動画についても問題なく共有できます。しかし、当然ながら5G の通信エリアがまだ我が国にはないため、現在では実運用はできません。
この2 種類の試作機での実証実験結果から、現時点では4G ベースの技術で動画共有を行い、5G 普及後は速やかに高品質の動画共有に移行することが技術的には可能と考えます。

1-6)ドローンを用いた360°写真の活用
九州地方整備局では、災害現場の把握のためTEC-FORCE によるドローン撮影を積極的に行っています。そこでドローンに360°カメラを搭載することで、災害現場をリアルに死角なく把握できるのではないかと考えました。
撮影を行ったところ、想定通りの結果にはなったのですが、多くの360°写真から自分のニーズに合った写真を選ぶのが非常に困難であるという問題が判明しました。とくにドローンからの360°写真のサムネイルはどれもよく似ているので、選択が非常に難しくこのままでは実運用はできないと判断しました。
この問題を解決する手法の開発として、九州技術事務所では、360 度写真内の任意の場所に移動できるドローン版のストリートビューを試作しました(写真- 7)。写真内の白い点をクリックするとその場所に移動できる仕組みのため、簡単に目的に合った位置の写真を選択可能です。
画像内の白い点をクリックするとその位置に移動します。ドローン撮影の際に、メッシュ状に飛行することで災害現場上空の任意の箇所から全方位を確認できます。



2)VRによる災害のアーカイブ
アーカイブ( archive) とは、重要記録を保存・活用し、未来に伝承することをいいます。従来のアーカイブは、文字や写真、音声等の「知識」が主体ですが、VR を用いることで「体験」をアーカイブすることが可能となりました。
現在VR のアーカイブは、基本的には360°カメラで撮影されたものがほとんどです。仮想空間に3D モデルを構築して災害現場を記録した事例はほとんどありません。
そこで災害記録の新しい手法の開発として、九州技術事務所では航空機によるレーザ測量や航空写真、その他デジタルデータを用いて震災直後の阿蘇地区を仮想世界に再構築しました(写真- 8)。


高精度な測量データとハリウッド映画などで用いる、物理エンジン(ゲームエンジン)を用いることで「映画画質」を実現し、HMD(VR 体験用の眼鏡状の機器)を使用することで、震災直後の阿蘇を自由に歩く体験が可能です。
また、あわせて復興後の未来の阿蘇地区についても仮想世界に構築しました(写真- 9、10)。



将来的にはこうした大規模災害の復興を議論するうえで、復興後の世界をVR で体験することはより迅速かつ確実な合意形成に役立つものと考えています。また被災を受けた方の希望にすこしでもなれば良いと考えています。


3)災害現場の3Dモデル化
災害現場においての測量は非常に重要で、復旧にのためには欠かせません。特に3D モデルがあれば、設計や積算を精度良く行う事が出来ます。
しかし従来の技術では測量の実施から3D モデル化を行うにはかなりの時間を要するため、災害現場の3D 化は行われていませんでした。
そこで九州技術事務所では、ボタン一つで災害現場を3D 化する試作機を用いて実証実験を行い、迅速に3D モデルの作成が可能か検証を行いました。
試作機は360°カメラとレーザスキャナ、高性能のタブレットを3D プリンタで組み合わせたものです(写真- 11)。この試作機は、ボタンを押すと360°水平方向に回転しながらレーザ測量と写真撮影を行い、その後自動で3D モデルを作成します。1 回の測定は約70 秒です。測定対象が大きい場合は、できるだけ死角がない位置に装置を移動しボタンを押すと、自動的に複数の測定結果を合成して3D モデルを作成します。


従来の技術では、レーザ測量データをフィルタリング(ノイズを除去)し、レジストレーション(点群の位置合わせ)、メッシュ化(点から面を作成)、テクスチャマッピング(面に切り取った写真を貼り付ける)をすることで3D モデルとなります。この試作機は、ボタンを押すだけでこれらの作業を自動で行います。また従来であればデータを事務所等のPC で処理する必要がありますが、この装置は現地ですべての処理を行う事が出来ます。
写真は九州最大のポンプ場である蒲田津排水機場の3D モデルです(写真- 12)。このような巨大な施設でも装置を移動しながら18 回ボタンを押すだけで3D モデルが完成します。作成に要した時間は2 時間程度です。


また、写真- 13 は九州技術事務所内に作成中の実物大堤防模型の施工中のデータです。ボタンを1 回押すだけで、レーザ測量を行い、3D モデルが作成できます。作成に要した時間は10 分程度です。


条件にもよりますが、災害現場を想定した場合では、従来の数十倍の早さで3D モデルの構築が可能となると考えられます。
この技術が実用化されれば、迅速かつ高精度な3D モデルを用いることで、手戻りが少なく精度の良い復旧が可能になると考えています。


4)VRを用いた合意形成
現在、合意形成には図面やパース図が用いられています。しかし図面から構造物を正確に理解できるスキルをもつ人は少ないのが現状です。また設計をデジタル化しても、パース図にする際にアナログとなり、合意形成後さらにデジタル化するなど、効率化の観点から問題がありました。
そこでVR を用いることで、「一連の作業をすべてデジタルで行い」「できあがる前に仮想世界で体験する」ことでより迅速・正確に合意形成がはかれると考えました。
そこで整備局で実施した外部委員を含むワーキンググループでVR を用いて「ものを作る前に体験・議論する」試みを実施しました(写真- 14)。


右目と左目に正確な視差を計算した別々の画像をVR 用のHMD を用いて見ることで、脳の中で正確な大きさが体験できる仕組みになっています(写真- 15)。


委員の方々には仮想空間で堤防の上や周辺から体験いただき、議論していただき、大変わかりやすいと好評でした。
特に災害対応など、迅速かつ正確に合意形成を必要とする場合など有効と考えます。


4.まとめ
現在、VR は様々な産業で実用化されており、今後も急速に技術が発達すると考えられます。
他分野と比較すると土木分野での活用は少ない状況ですが、土木、特に災害対応の分野で有用な技術であることがわかりました。またVR は汎用性の高い技術であり、九州技術事務所等では研修や遠隔操作機器の操作など様々な分野での活用をめざし研究開発を進めたいと考えています。
また今回の執筆に当たり、貴重な資料や情報をいただいた日本建設情報総合センター、日本工営、富士通、富士通コネクテッドテクノロジーズ、株式会社リコーの皆様に感謝の意を表します。


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