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ダム再生リーディングプロジェクト

~鶴田ダム再開発事業~


安 部 宏 紀

遠 山 哲 生


キーワード:ダム再生、流域住民との合意形成、飽和潜水、浮体式仮締切

1.はじめに
鶴田ダムは、図- 1 に示すように九州で2番目の流路延長を持つ川内川のほぼ中央にあたる河口から約51㎞に位置する洪水調節と発電を目的とした九州最大規模の多目的ダムである。
2006 年7 月豪雨により、川内川流域では、浸水家屋2,347 戸をはじめとする甚大な被害が発生したため、河川激甚災害対策特別緊急事業が採択された。
鶴田ダムについても激特事業と相まって川内川流域の洪水被害を軽減するために、2006 年12月に洪水調節機能の強化を図る鶴田ダム再開発事業が新規事業採択され、2007 年4 月建設事業着手し、2016 年4 月増設放流設備の完成により、事業採択から10 年という異例の早さで治水効果発現を果たした。その後、既設減勢工改造、右岸法面対策等の施工を完成させ、2018 年10 月をもって全ての工事が完成した。



2.2006年7月出水の状況
2006 年7 月豪雨により鹿児島県北部では、総雨量1,165㎜(西ノ野雨量観測所:7 月19 ~ 23日)と記録的な豪雨となり、流域内の雨量観測所25 カ所のうち、20 観測所で既往最高の総雨量を観測、また、全水位観測所15 カ所のうち、11 カ所において観測史上最高水位を記録し、特にダム下流の宮之城水位観測所(さつま町)では、11.66m の既往最高水位を観測、計画高水位を2.92m も上回る洪水となっている。
鶴田ダムは、最大で約2,000m3/s の洪水調節を行い、ダムから約13㎞下流の宮之城水位観測所で、最高水位を約1.3m 低下させ、最高水位に達する時間を約4 時間遅らせる効果を発揮した。しかし、これまで経験したことのない豪雨に対し、「計画規模を超える洪水時の操作」を余儀なくされ、最終的には、流入量とほぼ同量の放流操作を実施した。本洪水では、最大流入量は計画4,600m3/s に対して4,043m3/s と及ばないものの既往最高を記録し、総流入量は計画の1.6億m3に対して3.5億m3と約2.2倍を越す未曾有の洪水となった。
この洪水において、操作規則に基づく適正な操作を行ったダム管理所に対し、浸水被害が発生した下流域の地域住民からは、「鶴田ダムの放流により家が浸水した」等の厳しい批判意見が多く寄せられた。




3.鶴田ダム再開発事業の概要と課題
(1)目的
2006 年7 月洪水を受け、川内川では激甚災害特別緊急事業が採択されるとともに、川内川流域のさらなる治水安全度の向上を目指し、鶴田ダムでは洪水調節機能を強化する再開発事業に着手することとなった。
今回の再開発事業においては、洪水期において発電容量と死水容量を洪水調節容量に振り替え、洪水調節容量7,500万m3を約1.3倍の9,800万m3に増量するために堤体下部に放流設備の増設を行うこととした。
この再開発事業により、川内川に2006 年7月規模の洪水が発生した場合、甚大な被害を被った宮之城地点において、激甚災害特別緊急事業後(現在の川内川)の水位から、さらに約1.0m の水位を低下させることが可能となる。


(2)工事概要
再開発事業に伴う主な工事は、以下の5 つであった。
・洪水を調節するための放流管3 条を新たに設置する増設放流管
・増設放流管から洪水を流す増設減勢工
・増設放流管、増設減勢工を造るための地山掘削
・増設減勢工と同様の減勢方式とするための既設減勢工改造
・発電を行うための発電取水管2 条の付け替え


(3)課題
再開発事業には、多くの社会的考慮すべき事項と技術的な課題や懸念があり、1 つずつ解決を図りながら事業を進捗してきた。本稿では、以下の3つの課題についてその解決手法を報告する。
 1)流域住民のダム操作、情報伝達手法に対する懸念
 2)国内最大級となるダム堤体削孔
 3)貯水位を維持した上で最大水深65m での水中作業


4.流域住民のダムに対する懸念を払拭した合意形成手法
(1)被災直後の流域住民のダムに対する懸念
2006年7月洪水直後から、鶴田ダム管理所と川内川河川事務所は、下流被災地に対して住民説明会を地区毎(さつま町16 回、薩摩川内市3 回)に開催し、今回の洪水やダム操作の説明を繰り返し行ったが、「浸水被害はダム操作が原因」であるといった批判が相次ぎ、マスコミにも取り上げられた。住民説明会での主な意見は、「洪水調節時の操作方法」、「情報提供方法」であった。これは、地域住民にダムの効果や限界、操作方法、情報提供などが十分に理解されていなかったことが原因と考えられた。

(2)鶴田ダムの洪水調節に関する検討会
住民説明会を開催しダム操作についての説明を行ってきたものの、住民のダムへの不信感は根強く如何にしたら納得・理解して頂けるのかが課題であった。
そのため、九州地方整備局は、地域の方々にダムの操作や洪水調節容量には限界があることなどについて十分説明してこなかったことを反省し、鶴田ダムの操作(特に鶴田ダムの洪水調節に関する操作方法)及び情報提供のあり方について、様々な視点から意見を聴取することを目的として、「鶴田ダムの洪水調節に関する検討会(以下、検討会と称する)」を設立した。
検討会は、住民代表者、自治体、学識者、報道機関及び河川管理者から構成され、2007年2月から2013年2月までに計12回開催、その間、別途意見交換会や技術検討ワーキングも開催しながら、鶴田ダム洪水調節の検証、洪水調節方法の見直し、情報提供のあり方といった課題について議論を重ねた。この検討会は、学識者が住民と行政の間に立ち主導的に議論をリードすることで、住民の意見を行政へ反映すること、また住民のダム操作等への理解を深めていったことが特徴といえる。



(3)検討会の取り組み成果
ダム操作への不信もあり検討会は大荒れとなったが、「洪水に備えダムの水位を更に下げる」といった操作に関する意見、「防災情報をわかりやすく提供する」といった情報に関する意見などに対して1 つずつ可能な範囲で解決を図り、討議することで少しずつ被災住民との距離を縮めていき、関係の改善と信頼の回復に努めていった。
検討会の結果、洪水調節及び情報提供のあり方に関して決定した取り組みについて主なものを以下に整理する。

1)洪水調節方法
 ・異常洪水時の操作開始水位を8 割容量水位から7 割容量水位へ見直し
 ・計画規模を超過する洪水時、流入量のピーク後に貯水位条件から放流量を逐次低減する方式を採用
2)情報提供のあり方
 ・防災無線で河川・ダム情報の放送
 ・放流量を増加させる時にサイレン・音声放送
 ・マスコミと連携しダム情報のテロップ表示
 ・計画規模を超える洪水時の操作時は半鐘音を吹鳴

以上が検討会の取り組み成果であるが、やはり一番の成果は、洪水調節について地域住民の方と一緒に議論することで、ダムの操作と限界について一般の方の理解が深まったことにあると考えている。その結果、地域の協力が得られ、再開発事業を円滑に進めることができた。
現在では、被災当時の記憶を風化させず、後世に語り継ぐことを目的に、「ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会」と名称を改め、毎年1 回開催している。


5.国内最大級となるダム堤体削孔の実現
(1)国内最大級となるダム堤体削孔
本事業では、最低水位の低下に伴い、現在の放流施設では放流能力が不足するため、既存の放流施設より低い天端から65m 以深に放流設備を増設する必要があり、また、増設放流管(直径4.8m、幅6.0m ×高6.0m)3 本、付替発電管(直径5.2m、幅6.4m ×高6.4m)2 本と、ダム堤体に国内最大級のトンネルを貫通させる必要があった。
堤体削孔は、構造安定性に大きな影響を及ぼすことが想定されたため、断面に欠損が生じることに対する安定性の検証、開口部周辺の応力状態の検証をおこなった。


(2)堤体削孔に伴う削孔周辺部の安全性確認
堤体削孔については、一般的に削孔径が堤体1ブロック幅15m の1/3 の5m 以下であれば、堤体コンクリートに発生する引張応力は大きくないと考察されている。しかし鶴田ダムの場合、削孔幅が6m と大口径であるとともに、設計水深が60m を超えていることが過去に例の無い規模であった。そのため、設計段階においては堤体削孔に伴いコンクリートに発生する引張応力について詳細な解析的検討及び事前試験施工を行い、あらかじめ安全性を確認してから本施工に着手した。
工事中並びに工事完成後の発生応力を3 次元FEM 解析により詳細に検討した結果、削孔形状については円形に対して最大発生応力の小さい矩形断面を採用した。



推定された引張応力は、既設堤体コンクリート強度を下回るものであったが、施工時の安全性をさらに担保する観点から、事前に既設堤体を用いて3 次元FEM解析の結果1.86MPa と同レベルの応力を再現できる位置・形状を検討し、クラック発生の有無を確認する実証実験を行った。
これらの実証実験の結果、削孔部と同レベルの引張応力が発生した状態でも、削孔面に引張りに伴うクラック等が発生することはなく、削孔に対する堤体コンクリートの安定性を確認した。

(3)無振動貫通工法の採用
削孔時においては、振動がゲート等周辺設備への影響に配慮する必要があり、発生する振動は貫通時に最大となることが類似の事例から報告されていることから、貫通時の振動の影響を回避するために無振動工法を採用した。
無振動工法は、堤体貫通部をワイヤーソーでブロック状に分割切断しながら貫通させる方法で、本工事では使用するクレーンの能力と貫通部の大きさから16 分割(4 列× 4 段)とした。

(4)一般部削孔における振動速度の評価
工事に伴う堤体コンクリートへの悪影響を防止するために、振動速度の規制値として2 ~ 5kine(1kine = 1㎝ /s)程度を設定することが一般的であり、今回工事においても規制値を2kine 以下と設定した。今回、堤体削孔にあたっては、自由断面掘削機を使用したものであるが、切羽と堤体上流面の距離が80㎝程度となっても、計測された振動速度の最大値は規制値の2kine よりも小さかった。また、離隔距離80㎝の振動のL10 値は、最も大きい場合でも0.4kine 程度であり、これらを踏まえると、削孔に伴う振動が堤体コンクリートに及ぼす悪影響はなかったことが確認された。





6.貯水位を維持した上での最大水深65mの水中作業の実現
(1)ダムの現有機能を維持しながらの施工
再開発事業の特色として、ダムを運用しながら改造工事を行う必要があることがあげられる。貯水池内の設計・施工計画を検討するにあたり、本来、貯水位を可能な限り低下させて実施することが望ましいが、発電事業者との協議を重ねた結果、発電への影響が最小限となるような水位設定条件を基本とし、水位制約期間中においても発電が継続できること、及び水位低下期間は短期間とすることとなった。
上記の内容を踏まえ、原則として貯水池内の工事は、非洪水期(10 月16 日~ 6 月10 日)のうち10 月16 日~ 5 月31 日に通常よりも貯水位を下げて行うこととした。
上流仮締切施工時においては、発電のために最低限必要な水位である標高133m の貯水位にて施工した。


(2)大水深下での飽和潜水による水中作業
大水深下での主な作業内容は、浚渫や岩盤掘削、フーチング撤去、水中型枠設置、台座コンクリート打設等が必要であった。また、水中での最大作業水深が65m となり通常の空気潜水での水中作業では、作業員の減圧時間の関係により極端に実作業時間が制限されることが懸念されたため、潜水士の安全確保と作業の効率化を図るため直轄事業では施工実績が少ない「飽和潜水」を採用した。
飽和潜水とは、船上で高圧環境を実現するための加圧タンク及び高圧環境を維持したままで加圧タンクから湖底までを往復するためのベル(潜水鐘)を使用して、1 日の作業時間は6 時間、1 クールの作業期間は実作業24 日間と減圧4 日の28日を基本とし作業を行った。この工法は作業後の減圧時間を設けないもので、潜水士が作業水深と同気圧空間内で約1 ヶ月間通常の生活を行うことにより、1 日約6 時間の作業時間が確保できるものであり、今回安全で計画的な作業の実施に併せ大幅な工期短縮が図られた。



(3)浮体式仮締切工法の開発
水中作業による台座コンクリート施工は、不確定要素が多く、当初予定していた施工能力が著しく低下し、工程の遅延、コストの増加が懸念された。
そこで、施工業者(土木・機械)、一般財団法人ダム技術センター、発注者において検討を重ね、新たな方法として台座コンクリートを必要としない「浮体式仮締切」を開発し、3 号増設放流管施工時の仮締切に採用することで、問題解決を図った。浮体式仮締切の主な特徴は、扉体に浮力を持たせる構造にあり、空気を入れ浮く状態にして、陸上部ではなく貯水池内で組立を行い一体化した状態で運び、順次沈降させることで、ダム本体にが出来るため、水中作業を大幅に軽減することができた。
なお、本工法は、国、鹿島建設(株)、日立造船(株)、一般財団法人ダム技術センターの4 者により5 種の特許を取得した。さらに、第16 回(2014 年度)国土技術開発賞において最優秀賞を受賞した他、第6 回(2015 年度)ものづくり日本大賞において、内閣総理大臣賞を受賞し、今後も広く技術活用が期待されている。





7.まとめ
国土交通省は、限られた既存ダムを有限な資源として捉え、次世代に有効に使い引き継いでいくための相応の継続的な投資とこれを支える技術開発の加速化を目指し、2017 年6 月に「ダム再生ビジョン」を策定した。我が国の厳しい財政状況や環境問題への関心の高まり等を鑑みると、既存社会資本の有効活用であるダム再生事業の必要性は、今後ますます高まることが予想される。
鶴田ダム再開発事業は、地域住民の方々の強い要望と期待を受け、早期の事業化が実現した背景ら、一刻も早い治水効果の発現を目指し、安全面を確保しつつも、常に効率的な施工方法、施工計画を模索しながら進捗してきた。その結果、地域住民の方と約束した期間で治水効果を発現することができ、また、その過程では国内最大級のダム堤体の削孔の実現や、貯水位を維持した上での大水深での水中作業の実現など、ダム再生技術の飛躍的な発展をもたらし、ダム操作に対する地域住民の方の疑念の払拭という最も難しい課題解決も行うことができた。
以上のことから、本事業の果たした役割は非常に大きく、ダム再生のリーディングプロジェクト」となり得たものと考えている。本稿が今後のダム再生事業の一助となることを祈念している。


参考文献
[1]久保朝雄
  鶴田ダム再開発の計画と設計施工、2012.8
[2]川野晃
  地域に親しまれる鶴田ダムへ~管理開始から半世紀の歩み~、ダム技術、No.37017.7
[3]加治賢祐、川元壊二、山田信一郎
  鶴田ダム再開発事業における浮体式上流仮締切、ダム技術、No.339、2014.12
[4]髙山善光、岩元隆太郎、山田信一郎
  鶴田ダム再開発事業~増設放流設備~、ダム日本、No.859、2016.5
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