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AIを用いた洪水予測技術の開発について


房 前 和 朋


キーワード:人工知能、ビックデータ、AI、洪水予測、ディープラーニング

1.はじめに
近年、地球温暖化等の影響で降水量が増加し水害リスクが増大している。平成27 年には関東・東北豪雨災害を受け「水防災意識社会再構築ビジョン」が策定され,水防活動や住民の避難等の要となる洪水予測の重要性がますます高まっている。
平成29 年3 月には「第4 期国土交通省技術基本計画」が策定された。この基本計画では「人を主役とするIoT、AI、ビッグデータ等活用」を柱とし、河川水位予測等の技術開発を進めることが定められた。
このため九州技術事務所では九州地方整備局河川部と連携し最先端技術に関する研究体制を構築、防災用AIの技術開発を行っている。


2.人工知能(AI)とは
AIとは「知的な処理をする機械」のことで1950 年代に誕生した比較的古い技術である。近年急速に発達し様々な分野で利活用され、一部の分野では人間の能力を凌駕している。
例えばgoogle の囲碁AI「AlphaGO」は人類最強の棋士に3 戦全勝し、その後自分自身の複製と2900 万回もの対戦を行うことで自分自身を強化し人類では到達しえない強さを獲得した。
この急速なAIの発達の要因の一つが、九州技術事務所のAIにも搭載されている最新技術「ディープラーニング」である。



3.ディープラーニングとは
人間の脳は「ニューロン」と呼ばれる神経細胞のネットワークで構成されている。人工ニューラルネットワーク(以下、従来のAI)は人間の脳を模倣した構造をしており「入力層」「中間層」「出力層」の3 層で構成されている。


入力層から入ったデータは中間層で処理され出力層から結果が得られる仕組みである。人間の脳の構造をまねた機械に知的な作業を行わせるアイデアは非常に優れているが、従来のAIでは3層よりも複雑な構造にすることができなかった。
近年のコンピュータの高性能化や技術開発により、4 層以上の複雑な構造を持ったAIを創ることが可能となった。これがディープラーニングである。複雑な構造になったことで従来のAIでは対応できなかった問題に対しても有効となった。またディープラーニングを用いることで、人間では取り扱えない膨大なデータである「ビックデータ」を自ら読み解き、「データのどこに注目すべきか」を自ら判断し、「人間では気が付かない細かな特徴」すら把握し判断できるようになった。



4.九州技術事務所で開発したAIについて
九州技術事務所では以下のAI等の技術開発を行い、良好な結果を得た。
 (1)レーダ雨量とディープラーニングを用いたダム流入量予測AIの開発
 (2)レーダ雨量とディープラーニングを用いた中小河川水位予測AIの開発
 (3)AIと物理モデルのハイブリッドモデルによる、中小河川の縦断的な水位予測モデルの構築
 (4)高密度水位計を用いた縦断的予測水位の補正手法の開発
 (5)洪水を経験することで自己学習を行い、自動的に精度向上を行うAIの開発


5.ダム流入量予測AIについて
(1)予測手法
ダム流入量予測AIについては、予測精度向上を比較検討するため以下の3 種類を作成した。
 ①レーダ雨量+ディープラーニングAI
 ②地上雨量+ディープラーニングAI
 ③レーダ雨量+従来のAI
対象流域は、筑後川水系の下筌(しもうけ)ダム流域とした。流域面積は185km2であり、雨量観測所が4 地点、水位観測所が3 地点に設置されている(図- 4)。


検討対象洪水として、レーダ雨量の入手できる2006 年以降の22 洪水を抽出した。(表- 1)予測対象は、下筌ダム流域の雨量データを入力データとして、10 分~ 60 分後までのダム流入量とした。


雨量データについては、地上雨量を用いた場合と、レーダ雨量を用いた場合とで2 通りの入力データを作成した。レーダ雨量については、図-4 に示すような下筌ダム流域内の11 の小流域ごとに平均雨量を作成し、モデルの入力データとした。地上雨量については、4 か所の地点雨量をそのまま入力データとした。

(2)予測結果の評価
予測流入量と実績流入量とのRMSE(RootMean Squared Error)による精度評価の結果を図- 5 に示す。なお、ここでは精度評価期間は流入量ピークの前後2 時間とした。また、時刻ごとの予測流入量と実績流入量のグラフを図- 6に示す。
図- 5 より、①レーダ雨量+ディープラーニングが最も精度が良い。続いて、③レーダ雨量+従来型AI、②地上雨量+ディープラーニングの順となった。60 分予測の精度を見ると、①の予測流入量のRMSE が70m3/s 程度である。


図- 6 の洪水ピーク流量1465m3/s に対しての5% 程度の誤差にとどまっており、ダム操作などへの実用に向けても十分な精度だろうと考えられる。また、洪水波形の立ち上がりやピークの最大値など、防災上の観点で重要な部分も良く再現できている。また①と②の比較により、ディープラーニングは、地上雨量よりもレーダ雨量を入力データとした方が精度が高くなる。
同様に①と③の比較より、ディープラーニングは従来型AIよりも精度が高くなる。
上記の結果からレーダ雨量+ディープラーニングはダム流入量予測において有用な技術であることが明らかとなった。



6.中小河川における水位予測AIについて
対象河川は、筑後川水系城原川とした。城原川の流域面積は64.4km2、幹線流路延長は31.9kmである。上流域は山地に囲まれており、中下流は市街地に囲まれている。
中流域の神崎町仁比山付近は扇状地が発達し天井川となっており、横流入河川が少ない。下流域はゼロメートル地帯のはん濫地形で、3.0k にあるお茶屋堰より下流は感潮域となっている。
また、城原川中流域の9.0k から佐賀江川の合流地点までの区間と、佐賀江川から筑後川本川への合流地点までの区間にあわせて、洪水観測に特化した簡易水位計(以下、高密度水位計)が18基設置されている(図- 8)。高密度水位計の設置間隔は基本的に1km のピッチで、加えて重要水防箇所・野越し箇所などにも設置されている。
上流の雨量データを入力値として、日出来橋の流量を予測するディープラーニングを用いたモデルを構築した。レーダ雨量には、国土交通省のCバンドレーダ(同時刻合成レーダ雨量)を用いた。モデルの入力データ作成に当たっては、上流域の小流域ごとに流域平均雨量(10 分間の雨量強度)を求め、それらをモデルの入力データとした。小流域は国土数値情報の流域界データを用い図- 9に示す8 流域とした。



モデルの構築には、国交省の同時刻合成レーダ雨量が入手できる2006 年以降で、日出来橋において氾濫注意水位を超えた23 洪水を用いた。各洪水のピークから12 時間前~ 8 時間後までを1洪水とし、全部で20 時間分の10 分データ× 23洪水=2783 セットのデータを用意した。
予測モデルによる10 分後~ 60 分後予測の結果を図- 10 に示す。予測結果は過去の流量実績を十分に再現していることが確認された。このことからダム流入量予測と同様にレーダ雨量を用いたディープラーニングは有用な技術であることが明らかである。


7.AIと物理モデルのハイブリッドモデルによる、中小河川の縦断的な水位予測モデルの構築
対象河川は筑後川水系城原川とし、構築したディープラーニングを用い検討を行った。

(1)縦断的な水位予測モデルの構築
縦断的な水位予測モデルの構築を目的として1次元不定流モデルを構築した。一次元不定流計算の基礎式として、連続式および運動方程式に基づく漸変開水路流れを対象とした式を用いた。モデル化対象範囲は、ディープラーニングの流量予測地点である日出来橋(8.0k)~柴尾橋水位観測所(1.8k)までの6.2km とした(図- 8)。
一次元不定流モデルの精度を確認するために再現計算を実施した。再現対象洪水は、高密度水位計データが観測されている平成28 年6 月22 日~ 23 日の洪水とした。
再現計算結果を図- 11 に示す。図に示すように、1 km毎に設置された高密度水位計のデータと計算水位が良好に整合していることが確認された。

(2)ディープラーニングによる予測流量を用いた一次元不定流計算
ディープラーニングおよび一次元不定流モデルの精度が確認されたため、ディープラーニングによる予測流量を用いて不定流計算を実施し、縦断水位の再現性を確認した。具体的には、平成28 年6 月の洪水を対象に、ピーク周辺で高密度水位計の欠測がない6 月22 日19 時20 分の予測流量(10 ~ 60 分予測)を用いて計算を行い、実績水位の再現性を検証した。予測流量は予測時間に応じて適用(60 分予測の場合は18時20分から予測流量で計算)した。



計算結果を図- 12 に示す。いずれのケースにおいても良好な再現結果が得られた。本計算ケースの計算時間は約2 秒で、リアルタイム性も十分であると思われる。



8.高密度水位計を用いた縦断的予測水位補正手法
対象河川は筑後川水系城原川とし、構築した縦断水位予想モデルを高密度水位計で補正する手法を検討した。

(1) 水位補正の概要
水位の予測においては、実績流量はH - Q 式から換算された流量であり、H - Q ループなどの誤差が含まれる。また、洪水などによる河床変動等によってH - Q の関係に変化があった場合にも誤差が発生する。
本検討では、このように入力(境界)条件となる流量に誤差がある状況を想定し、高密度水位計の観測水位を用いて予測水位を補正する手法を検証した。

(2) 水位補正手法
計算水位の補正は、日出来橋の観測水位がはん濫注意水位に達した際に、当該時刻の高密度水位計観測水位と計算水位のRMSE が0.2m 以上であったときに行うこととした。補正は、境界条件であるディープラーニングの予測流量を増減させることによって行った。具体的には、流れの伝播速度を考慮してRMSE が0.2m 以上となった時刻の1 時間前からの実績流量および予測流量を1%~ 20%の割合で増減させたケースで再度計算を行い、最もRMSE が小さくなる補正割合を補正係数として採用し、当該時刻の1 時間前からのディープラーニングの予測流量に乗じることによって行った。
検証は平成28 年6 月洪水のデータを用いて行い、ディープラーニングの学習データには、生じうる誤差を想定して、平成27 年のH - Q 式で換算した流量(図- 13)を用いた。実績流量と平成27 年H - Q 式換算流量では、ピーク流量に約43m3/s の差がある。事前の検証計算によって、予測水位補正を適用した場合の計算時間は約15 秒で、リアルタイム性が保たれていることが確認されている。


(3) 補正計算の実施
補正計算結果を図- 14 に示す。図に示すように、高密度水位計の観測水位との誤差を小さくするように流量を補正しているため、補正によって予測水位の精度が改善されている。また、補正流量についても実績流量とほぼ同様の値となっており、本補正手法の有用性が確認された。このことから、実績流量および予測流量に誤差が生じた場合でも、高密度水位計の観測値を用いることで、精度向上が向上できることが確認された。



9.自己学習機能の構築
検討対象は下筌ダムの流入量予測モデルとし、人工知能が洪水を自動的に学習し予測精度を向上させることができるか検証を行った。
仮想的に2006 年に予測モデルを構築したものとし、その後10 年間にわたり自己学習を続けた場合を模擬した精度検証を行った。
学習事例数が増えるにつれて精度が向上しており、8 事例程度までは精度向上の明確な精度向上の効果が見られる。学習事例をさらに増やした場合については、精度はほぼ横ばいである。最終的に全19 出水を学習し終えたところで最も高い精度を示している。このことから、ディープラーニングの自己学習機能は適切な効果を示したと考えられる。



10.おわりに
九州技術事務所では、我が国初となる、レーダ雨量を用いたディープラーニングによるダム流入量予測AI・中小河川水位予測AIを構築し十分な精度であることを確認した。
また我が国初となる、ディープラーニングと物理モデルを組み合わせた河川の縦断水位予測システムを構築し十分な精度であることを確認した。また中小河川ではHQ等が十分整理されていない場合もあるが高密度水位計を用いることでリアルタイム補正により十分な精度をえることが可能であることを確認した。
さらにAIの自己学習により、AI自らが経験をもとに洪水予測精度を向上させることが可能であることを確認した。
現在、九州技術事務所ではAIが今後の土木を支える重要な技術になりうると考えAIの活用をさらに広げ、河川管理施設の操作をAIに学ばせる、リアルタイムの防災データをAIで瞬時にチェックする、インターネットなどで入手可能なレーダ雨量などからAIが水害リスクを算定する、など前例がない技術開発に積極的に取り組んでいる。
最後に、快く九州までAIの講義に来ていただいたJFE エンジニアリング株式会社、富士通株式会社、日本工営株式会社のAI技術者の方々、また貴重なアドバイスをいただいた国土技術政策総合研究所河川研究部水循環研究室に感謝の意を表する。
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