荒瀬ダム撤去工事の概要について


堀 内 眞 二


キーワード:ダム撤去、土砂処理、環境モニタリング

1.はじめに
荒瀬ダムは日本三大急流の一つである球磨川(幹川流路延長115㎞、流域面積1,880.)の河口から約20㎞に「球磨川地域総合開発計画」に基づき建設された発電専用ダムである(図-1)。昭和29 年に発電を開始し、建設当時はその発電量が県内電力の約16%を占め、熊本県経済の発展に大きく貢献し、50 年以上にわたり電力を供給してきた。しかし、近年は県内電力に占める割合も低下し、地元から撤去要望があったことなどから、平成22 年3月31 日の水利権失効に伴い発電を停止、平成24 年度から6 ヵ年をかけて撤去を行うこととしている。
本稿では、全国初の本格的なダム撤去となる荒瀬ダムについて工事の概要を紹介する。


2.荒瀬ダムおよび藤本発電所の概要
球磨川の豊富な水を利用し、電力の安定供給、かんがい用水の確保、洪水被害の軽減を目的として、昭和26 年に球磨川に7 つのダムと10 箇所の発電所を建設する「球磨川地域総合開発計画」を策定、その一環として荒瀬ダムを建設している。12 名の尊い犠牲と延80万人もの建設従事者の懸命の努力により1 年10 ヶ月という短い期間で完成(写真-1)、昭和29 年12 月には発電を開始し、平成22 年3 月まで50 年以上にわたり熊本県の経済発展に大きく貢献してきた。


荒瀬ダムは堤高25 m、堤頂長210.8 mの重力式コンクリートダムで、総貯水容量は1,014 万m3である(図-2)。
ダムから約600 mのトンネルで藤本発電所に導水し、約16 mの落差を利用して発電を行い、年間約7,500 万kWh(一般家庭約2 万世帯の年間使用量相当)の電力供給を行なってきた。


3.ダム撤去に向けた取り組み
荒瀬ダムの撤去は国内初の本格的なコンクリートダム撤去であり、将来のモデルとなる事業である。そのため、安全・的確な撤去工法を確立するとともに、治水面や環境面などへ配慮した工事とする必要があった。そのため、学識経験者等で構成される「荒瀬ダム対策検討委員会」、「荒瀬ダム撤去技術研究委員会」を設置し、治水や河川環境に配慮したダム撤去となるよう検討を進め、最新の知見やダムを取り巻く環境等の変化を踏まえ、平成22 年12 月に荒瀬ダム撤去計画を策定した。
この撤去計画を基本に、除却申請を行い本年度から工事を進めているところである(図-3)。


4.撤去計画
4.1 撤去範囲
撤去範囲については、ダム建設以前、左岸には洲が発達しており、将来的にはそのような姿に復元することを目指し、ダム建設当時の元地形から2 mの深さを基準としてコンクリートを撤去することとしている(図-4)。


4.2 施工期間
荒瀬ダムの撤去工事にあたっては、「荒瀬ダム対策検討委員会」において漁協など地元の意見を踏まえ河川環境(球磨川の代表的な魚類であるアユの生息成育等)に配慮して、河川内の水に触れる部分の工事については、11 月中旬から2 月末までとし、河川工事の撤去期間を6 段階(6 ヵ年)と設定している(表-1)。
なお、河川外で実施可能な洪水吐ゲートの撤去工事等については通年施工を行なうこととしている。


4.3 撤去手順
ダム建設当時の河川の状況では、左岸側は洲が発達し、右岸側がみお筋部(流れの中心)であったことから、撤去後、より早くダム建設前の河川の姿に近づけるため、右岸側から撤去する「右岸先行スリット工法」を採用した。手順を図-5 に示す。第1 段階(1 年目)の右岸のゲート撤去および水位低下設備の設置、第2 段階(2 年目)ゲートおよび右岸門柱、管理橋の撤去、第3 段階(3年目)ゲート及びみお筋部の撤去(この段階から自然流下)、第4 段階(4 年目)は右岸部を撤去、第5 段階(5 年目)は残る左岸門柱と管理橋を撤去、最終年度となる第6 段階(6 年目)には左岸部の堤体を撤去、その後覆土し河床を整正して完了となる予定である。
ここで、本年度の水位低下設備について説明する。設置の目的としては、次のとおりである。
①ダム貯水位を低下させることで、下流河川や工事現場内の安全性を向上させる。
②撤去工事の際に仮排水路として利用する。
③放流工から自然排砂を促す。
水位低下設備は、堤体にトンネル状に設置する放流工と、放流工の掘削を行う際の仮締切りも兼ねて上流側に設置する仮締切りゲートで構成されている。流量等の関係から幅5 m高さ4 mの放流工を2 門設置することとしている(図-6)。
ダム本体コンクリートは周辺環境等に配慮し、騒音や振動を抑えた「制御発破」により撤去する。撤去したコンクリートは、長期的な導水トンネルの安全性の確保やコスト縮減も図られるため、ダム上流側の河川内ヤードで小割り再生し、工事用仮橋を経由し、右岸の導水トンネルに運搬し埋戻すこととしている(図-7)。


5.土砂処理計画
ダム撤去に伴い、泥土(シルト)、砂、礫など貯水池内に堆積している土砂が洪水により流下し、これらがダム下流河道へ堆積すると、治水面及び環境面への影響が懸念されるため、ダム撤去に伴う河床の変化をシミュレーションし、影響が最小となるような土砂処理計画を策定している。
5.1 泥土(シルト)処理
ダム湖に堆積した泥土が出水時、短時間に大量に流出・堆積すれば、下流河川の河床状況の変化が懸念される。球磨川の代表的かつ重要な水産資源であるアユの産卵場所も荒瀬ダム下流に確認されているため、これまで継続的に図-8 に示す箇所の泥土除去を進めてきた。第3 段階(3 年目)みお筋部の撤去までには確認されている泥土について全量除去、新たに確認された場合は速やかに除去することとしている。
平成22 年に泥土除去を終えた球磨川支川の百済木川では、写真-2 に示すとおり自然環境の回復が見られる。


5.2 砂礫処理
土砂処理計画においては、貯水池に堆積した砂礫約70 万.のうち、ダム撤去開始までに5 万.除去、ダム撤去工事中に5 万.除去(計10 万.去)することを基本とし、砂礫の除去を段階的に進めている(図-9、写真-3)。10 万.を除去することにより、下流河川の水位変化が制御できる。
除去する砂礫は、球磨川流域及び八代海域に還元するとともに、公共事業等への有効活用を図る方針であり、現在は覆砂事業(県漁港漁場整備課)に工事間流用しており、アサリの稚貝の増殖効果の報告もなされている。


6.環境モニタリング調査
荒瀬ダム撤去に係る環境影響については、平成16 年度に実施した現況調査の結果を踏まえ影響の予測及び評価を実施し、ダム撤去方針における「環境保全措置及び環境モニタリング調査」とし てとりまとめている。
荒瀬ダム撤去にあたっては、貯水池内の泥土の除去や制御発破の採用といった、撤去工事の影響を低減するための措置を講じるとともに、治水面及び環境面のモニタリングを実施して、定期的に開催する「荒瀬ダム撤去フォローアップ専門委員会」において評価・検証を行うこととしている。必要に応じて各分野の専門委員から技術的指導・助言を頂いており、より環境に配慮したダム撤去を実現させる体制をとっている(図-10)。
調査ポイントは、図-11 に示すダム撤去により直接的な変化が及ぶと考えられる荒瀬ダム下流の遙拝堰から上流の瀬戸石ダムまで(生物多様性保全回復モデル地域に指定)とし、ダム撤去前、撤去中、撤去後にわたる影響の把握を目的とした大気汚染、騒音・振動、水象・水質、底質、動植物、基盤環境、景観のモニタリング調査を行うこととしている。


7.おわりに
荒瀬ダム撤去は、本格的なダム撤去としては国内初となる工事である。現場や治水上の安全はもちろんのこと、流域の環境にも配慮した工事を進め、全国のモデルとなるように撤去の過程もしっかりと記録し、残して参りたい。図-12 は荒瀬ダム建設の前後を比較した航空写真、図-13 は地元の方々がダム建設前の球磨川の姿を思い起こし作成した平面図である。そこには建設前には存在していた球磨川の瀬や淵が確認でき、多様な生物環境が存在したことが想像できる。球磨川が自然の力で将来的にはこのような姿に戻っていくことを期待し、撤去工事を進めていきたいと考えている。