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五ヶ山ダム(経年貯留ダム)への期待


株式会社ヤマックス 相談役 藤 井 利 治


博多駅筑紫口前の国道385号を起点の福岡県柳川市に向かっていくと、佐賀県東背振トンネル 有料道路の手前に五ヶ山ダム(福岡県那珂川町) が建設されている。
私が、この五ヶ山地区に初めて足を踏み入れたのは1970年である。当時の福岡市の水事情は、急増する人口と生活水準の向上で需要量に供給量が追いつかず、南畑ダム、江川ダムの通水では足りず、水資源開発が緊急の課題であった。このため、背振ダムの調査に入っていて、同一水系の五ヶ山ダムと比較検討することになった。背振ダム(有効貯水量440万㌧)は集水面積が狭いため、非灌漑期に貯留し、灌漑期のみ取水する福岡市の水道専用ダムである(図-1参照)。
五ヶ山ダムは福岡県那珂川町にあって、湛水区域内には佐賀県東背振村(現在は吉野ヶ里町)がある。その字(あざ)名は、右岸が東背振村小川内、左岸が那珂川町東小河内と微妙に似ている。川幅は10㍍足らずしかないのに、川は国境(くにざかい)であり、両集落民が行き来する橋は明治時代まで無かったという。また、右岸の山裾では、那珂川流域の水を、成富兵庫茂安が造った「蛤(はまぐり)水道」で分水嶺を越えて佐賀県側へ流域変更されている。
地元では「黒田藩は将軍より木材の供出を要請されたが、黒田藩内には木材は無いと。隣にいた鍋島藩がそれでは我が藩から供出しますと云って、蛤岳の分水嶺を越えて黒田藩内から木材を伐採し出荷した。その地に、鍋島藩は武士を住ませ、木材と水を確保した。廃藩置県の際、佐賀県東背振村に編入し小学校を開校した。」と語られている。
五ヶ山ダムをポール測量しボーリングした結果、五ヶ山ダムは背振ダムよりダムとしては優位であったが、東背振村立小川内小学校や佐賀県天然記念物の親子杉を移転させることは、歴史的背景を加味すると、とても福岡市では解決出来ないと判断し、福岡市は早良郡早良町域の背振ダムを建設することにした。早良町は背振ダム建設を契機として1975年福岡市に編入した。


1978年、福岡市は未曾有の大渇水となった。
筑後川導水事業も建設中であったが、水資源開発に喘ぐ福岡市への支援策として、建設省河川局は経年貯留ダムと水利用高度化事業を創設した。経年貯留ダム(水備蓄ダムともいう)とは、集水面積に比して貯水容量を大きく採れる地点にダムを建設し、異常渇水時に水を補給するダムである。
福岡県は那珂川総合開発計画を見直し、洪水調節容量800万㌧、福岡市の渇水対策容量1,390万㌧等を含む有効貯水量3,970万㌧の県営五ヶ山ダムを、1983年実施調査、1988年建設開始した。その後、2002年損失補償基準を締結し25所帯48人が那珂川町と吉野ヶ里町に移住し、現在、五ヶ山ダムは2017年完成を目指して鋭意工事が進められている。

五ヶ山ダムの福岡市渇水対策容量1,390万㌧を貯めるのに、約4年を要する。ダム不要論があるなか、こんな効率の悪いダムを造る理由は何か。
1994年、福岡市は100年に1回の異常少雨年とは云え、295日に及ぶ給水制限を再経験した。給水制限は市民生活と経済活動に支障をもたらし、水道局はその対応に追われ、水道料金は減収となり、費用の補填と水資源開発のため水道料金は値上げされ、市民は多大な出費を強いられる。
この給水制限期間中に河川やダムから取水出来た水量は、許可水利権量の54%であった。水利権とは10年に1回の確率で発生する渇水において、安定取水出来る量を河川管理者が与えるもので、筑後川水系におけるダム開発の場合は、1960年を基準年として水利権を与えている。しかし、この1960年は過去45年間(1956年~2000年)で水文検証すると31番目の渇水年であって、2年に1回の確率で発生する渇水にしか対応出来ない状況になっている。近年、地球温暖化は集中豪雨や大型台風を頻繁に発生させるため多雨傾向にあるように思えるが、渇水をも多発させているのである。因みに、福岡市の場合、既得水利権の利水安全度1/10(45ヶ年の5番目渇水年)の安定取水率は61%で、利水安全度1/45(45ヶ年の最大渇水年)の安定取水率は44%である。
既得水利権は10年毎に更新申請されるが、その水が使われている限りそのまま更新され、水利権量の見直しは行われない。このため、渇水が頻度を上げて発生していても、既得水利権量は取水可能量を過大表示したままで変わることはない。
新たな水利権の許可を申請する場合はどうか。
河川法施行規則第11条に基づいて申請することになるが、使用水量の算出の根拠で、将来需要量が現有供給量を上回らないと申請出来ない。現有供給量とは既得水利権量であるから、現有供給量は既得水利権の過大数値を計上することになる。
一方の需要量は節水によって減少しつつある。
図-2は一人一日平均給水量の経年変化を示すが、福岡市の単位量の低さと、何れの都市でも単位量が近年減少しているのが分かる。この結果、将来需要量が現有供給量を上回る都市は激減している。近年、水道界は水道料金の減収、老朽管の取替等で水道経営のあり方が問われ(例えば、大阪府営水道と大阪市水道局の統合)、水源開発による新たな水利権の取得など考えられない状況にある。単位量の減少が、ダムは要らない根拠に繋がっている。


利水安全度を見てみると、我が国の場合1/10であるが、英国、オランダ等は1/50、米国では既往最大渇水年で1/100である。我が国では、地震や洪水の確率値はその都度見直されてきたが、渇水の見直しはなく旧態として1/10である。
現有供給量は筑後川水系等のフルプランの改正では、安定取水率の考えが採用されているが、慣行水利権である農業用水を含めて水利権の在り方については議論されるべきである。

五ヶ山ダムは新たな水利権量を確保するのでなく、既得水利権の補完をするダムで、福岡市が水利権を持つダムの水道容量を38%増加させる。
約400年前に成富兵庫が干ばつに喘ぐ鍋島藩のために「蛤水道」を造った地に、渇水対策のための五ヶ山ダムが旧黒田藩民のために建設される歴史的な出来事に思いを馳せながら、一刻も早い五ヶ山ダムの完成を願っている。

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