遠賀川・直方らしい川づくり
              九州地方整備局 松木 洋忠
 
 1 はじめに
 福岡県直方市を流れる遠賀川では、平成16年度から、複断面河岸の形状を改築し、全体を緩傾斜の河岸とする河川改修が進められています。河川事務所による設計としては、治水安全度の向上を図るだけでなく、にぎわいや生きものへの配慮を組み込んだ河岸の形成を意図したものです。しかし、この設計に至るまでには、地域住民や直方市役所との協働による、およそ十年間の構想練り上げの情熱を反映させたものなのです。ここでは、地域住民の取り組み、市役所の積極的な関わり、学識経験者の専門的なアドバイス、完成後の河道特性の観点から、本事業の特徴を紹介します。
 
2 遠賀川水辺館
 遠賀川と彦山川が出会う地に「遠賀川水辺館」があります。この情報発信・交流施設は、平成16年10月にオープンしました。ここは、川づくりとまちづくりについて、考え、学習し、行動する拠点施設です。水辺館では、地域の自然や歴史を学習する場を提供しているだけでなく、水生生物調査、体験カヌー、ミミズ掘りと釣りなど、遠賀川と河川敷を活用した体験型の活動メニューが準備されています。毎週末にイベントが行われ、平日(月曜休館)も利用を受け付けていることから、建物の内と外は、「いつも」、「誰かが」集まってくる空間になっています。
 また、市内外からのアクセスがよく、清潔なトイレがあり、開放的な施設であることから、公共的な行事の場としても利用されています。例えば、乳幼児検診、読み聞かせ会、環境教育研究会などの利用が多くなっています。さらに、平成19年10月には福岡県内唯一のフルマラソンが、水辺館スタート・ゴールにして開催されました。
 開館以来、まもなく4年を迎えますが、水辺館と遠賀川河川敷が地域が、交流拠点として機能するようになってきています。
 このような多角的な施設利用は、NPO法人「直方川づくりの会」の自発的で献身的な運営によるものです。今回の河岸整備は、水辺館を中心とした河川利用の実態と将来性を踏まえ、実施されるものです。そのため、水辺とのふれあいや、水面の見とおし、さらに親しみやすい河川景観の形成が、事業の重要な目的となっています。
 

 【直方の緩傾斜河岸】

 
 3 「夢プラン」方式の合意形成
 整備イメージの具体化にあたっては、平成16年10月に発足した「遠賀川を利活用してまちを元気にする協議会」によって合意形成を行いました。協議会には、住民を代表する方々と直方市長、学識経験者が参加しています。自由な意見交換の場であることから、議論は紛糾することもありました。特に、利用頻度の少なかった水上ステージの埋め戻しや、市民駐車場の移設については、顔を紅潮させながらの意見交換が行われ、事務局でもある河川事務所としてはハラハラしどおしでありました。
 

 【10年前の遠賀川】

 
 この状況で議論が収斂していった背景には、「遠賀川夢プラン」の存在があります。プランの副題は「遠賀川の将来についての提案書」となっており、平成8年から活動している地域住民グループが十年前に作成したものです。作成にあたってグループの方々は、河川管理について勉強され、国内外の他河川の事例を調査し、行政職員とも意見交換した上で、河川事務所や市役所に対する提案を示しました。また、プランを公開してより多くの住民の意見を募り、環境学習などの住民活動を開始し、現在も継続しています。
 「夢プラン」の特徴は、「ふるさとの地域や川が、いつかこんなになったらいいなあ」というイメージの共有を図ることと、「誰がいつまで」という義務を負わせていないことにあります。この戦略的なあいまいさが、多くの人の参加を可能にし、自由な発言を引き出すことに繋がっています。地域づくりにあたって合意形成を図るのは、必ずしも容易ではありませんが、「夢プラン」方式は、住民と行政の合意形成における一つのモデルを示したものと考えられます。
 

 【遠賀川夢プラン】

 
 4 学識経験者の知恵
 協議会の合意形成には、「まちを元気にする協議会」に参加している生態系や土木の学識経験者の存在も大きなものがありました。
 専門的な知識経験に基づく見識はもちろんですが、地域の外の視点から見た意見を、地元の行政や住民に与えていただいたことで、熱くなりすぎる議論を建設的に進めることができました。大局観のあるコーディネートは、今回の合意形成に欠かせないものでありました。
 また、議論の収束させるために不可欠だったのが、大学の協力を得て作成した大型模型です。「百論は一見に如かず」ですし、平面図やパースではイメージしにくい空間の感覚が得られやすくなります。何より、協議会全体の理解を深めるために必要なものでした。同じものを見ながら、イメージを共有したうえで意見し合うことが、住民参加型の川づくりのためにとても重要な役割を果たしてくれました。
 特に設計に関する指導を得た中で、施工後、住民の方から高い評価をいただいたのは、地形の微妙な変化を与えたことです。遠目には平面的に見える緩傾斜も、その上を歩くと河川の縦断方向にも横断方向にもなだらかな起伏がついています。この設計により、芝生の上での空間の広さを感じ、視覚にも微妙な陰影があって、落ち着いた自然な風景を演出しています。
      

【河岸のイメージの共有】

【河岸の大型模型】

 

 【緩傾斜河岸の芝生】

 
  5 直方市役所の管理
 整備の行われる河川敷は、直方市に対して占用を許可しています。市がリバーサイドパークとして管理、運営していることから、河川敷は市民による日常的な利用がなされ、大規模なイベントの舞台ともなっています。
 日常の管理で最も重要なのが草刈りです。この河川敷一帯は約30万m2もの芝生広場となっていますが、直方市では夏期毎週、冬季隔週の芝刈りをしており、広場は一年を通じて見晴らしのよい丘陵のような景観となっています。そのため、ジョギングや犬の散歩などの利用はもとより、なだらかな形状の上の通勤・通学路ともなっています。
また、公園の一部はオートキャンプ場として利用されています。国道の脇で、まちに隣接した立地ですが、アクセスのよさ、静かな喧噪による安心感を提供しており、利用者のいない週末はありません。
 イベントでは、春のチューリップまつり、夏の花火大会、秋の産業まつりが盛大に行われています。このとき河川敷は、一面が弁当広場になったり、観客席になったり、催し物会場となったりしており、ゆるやかな傾斜が巧みに利用されています。
 さらに直方市では、公園全体(水面を含む)に対して傷害保険を掛けています。親水性に配慮した河川整備が行われていることから、利用される方の怪我などの不測の事態が発生した場合には、より適切な対応が可能になっています。
 このような完成後の市役所による管理も、「夢プラン」の実現のために不可欠な要素です。そしてそれよりも、夢を語り合う段階において、市役所が、将来の管理体制を考えながら、住民や河川事務所との意見交換に参画したことが、直方の川づくりの成功の元だったと言えます。
 直方市には、住民活動の限界や河川事務所の所管範囲を理解し、それをカバーしてもらっています。また発散しがちな議論を、「できないものはできない」と現実に近づける引き締めもしてもらいました。直方の川づくりを実現に導いた市役所に、改めて敬意を表します。
 

【水辺館前のサクラ】

【遠賀川でのカヌー体験】

 

【チューリップまつりの河岸】

【遠賀川での釣り体験】

 
 6 河川管理上の特性
 緩傾斜の河岸整備は、河積拡大、コンクリート低水護岸撤去の他にも、河川管理上のいくつかの利点があります。
 その一つが洪水時の流速分布の改善です。今回の整備は、高水敷を水面に向かって切り下げるものですが、堤防前面では逆に盛土しており、計画高水位時の水深を低減しています。これにより、流水による堤防への外力が軽減することとなります。
 変化のある緩傾斜では、水位の上昇によって水際線が形を変えながら大きく移動します。このことが、地域住民に対して、洪水時の河川への注意喚起へつながる効果を持つものと考えられます。特に地球温暖化の影響で、計画を上回る降雨も想定される現状では、出水時の住民避難が重要です。緩傾斜の河岸の上を、出水時に「水が近づいてくる」ことが視覚的に理解できることが、住民が避難行動を始める動機づけになることを期待しています。
 

 【整備前の流速分布】

 

 【整備後の流速分布】

 また水位が低下する際には、水平面な高水敷では流速がなくなって流下していく浮遊ゴミが残されますが、緩傾斜では洪水後のゴミが相対的に少なくなっていました。流域で発生するゴミが、下流に集まることが問題となっている中で、その対策は河川管理上の大きな課題です。ゴミを出さない、出たゴミを流さない、中上流域で片づける、という取り組みを流域全体で検討する必要があります。
 また、河川敷に下りて水際に近づくことによって、住民自身に河川センサーになってもらっています。ちょうど堤防前面に設置した管理用通路が住民の散策路となっているため、住民の日常生活の中で堤防や施設を監視することとなっています。また、水に触れることによって、ぜんざい川と呼ばれた頃とは比較にならないほど透明度が改善されていることと、やはり清流と呼ぶのは難しい水質にあることを体感できます。特に上流域の方の水質への関心を高め、下水道の普及促進への間接的な効果を期待しています。
 

 【洪水時の水際線】

 

 【洪水時のゴミ】

       
 
 7 おわりに
 直方の緩傾斜河岸の整備は、十年前からの住民のユメをカタチにしていく事業であり、現在も進行中です。よりよい川に仕上げていくように努力していきます。併せて、水辺館の活動を軸として、地域の方に遠賀川まで下りていただき、直方の「らしさ」や「誇り」を感じてもらえれば嬉しい限りです。
 

 【水辺館と水中鯉のぼり】

 
 またこのような川づくりが、九州の他地域でも、それぞれの特徴を活かしながら進められることを願って止みません。ぜひ一度、直方を訪問し、河岸と水辺館を見て、そこで行われている活動を研究してみてください。