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21世紀の川づくり

建設省 九州地方建設局河川部
 建設専門官
島 本 卓 三

1 はじめに
今日,河川行政は,平成9年12月の改正河川法の施行,平成11年5月14日の情報公開法の公布等,大きな変革期を迎えているとともに,公共事業に対し厳しい目が向けられている。
この中で,川づくりに対し,住民参加の川づくり,公共事業評価,多自然型川づくり,コスト縮減等さまざまな試みがなされている。
本稿では,これらの試みがなぜ必要か,また,21世紀の川づくりを行う上での技術的課題について整理を行うとともに,今後の展開について意見を述べるものである。

2 公共事業に対する批判
今日公共事業に対し厳しい目が向けられているが,これを整理すると以下のようなる。
 ◦ばらまき行政
 ◦コストが高い
 ◦ニーズに答えていない
 ◦どういう理由で作っているのか不透明
 ◦縦割り行政になっており,非効率
 ◦作り始めたら止められない
では,なぜこのような批判を受けるようになったのであろうか。
一つは,国地方公共団体の財政事情である。現在,国地方公共団体の借金は約5~600兆円に達していると言われている。これは国民1人当たり約500万円,一家4人とすると一世帯当たり約2,000万円の借金があるということである。
さらに,2015年には日本は4人に一人は65歳以上の高齢化社会になると予想されている。
これらから,今日の日本と公共事業を人に例えれば,2,000万円の借金がある年齢50歳の男性が,物を買うとき(公共事業を行うとき),「ほんとうに必要なの?」「もっと安くならない?」,「むだ使いは止めなさい!」,と奥さん(国民)に言われているということになる。
つまり,財政事情が厳しい中で消費税の導入によって国民の納税者意識が高まり,お金(税金)の使い道について厳しい目が向けられるようになったということである。

3 河川行政の対応
公共事業の批判に対し,今日,河川行政はどのように対応しているかを整理すると以下のようになる。
 ◦ばらまき行政 → 事業の重点化
 ◦コストが高い → コスト縮減
 ◦ニーズに応えていない
   → 多自然型川づくり
      河川法の改正
      ◦環境を目的に入れる
      ◦住民の意見を反映した河川整備
 ◦どういう理由で作っているのか不透明
    → アカウンタビリティの向上
      情報公開
 ◦縦割り行政になっており,非効率 → 行政改革,省庁連携,地方分権
 ◦作り始めたら止められない → 公共事業評価システムの導入
                (事前評価・再評価・事後評価)

4 21世紀の川づくり
21世紀の川づくりは,これら国民の批判に対する対応を行いつつ,どのような川づくりを目指すべきであろうか。
これからの川づくりは,人間の生命や財産を守るだけでなく,もとからあった地域の自然を大切にし,日本を育んできた文化や心をしつかり支える川づくりが必要である。
そうした川を次代に継承し,永く後世に残すことが真の国土保全であり,今の世代に課せられた重要な使命である。自然豊かな川は私たちの生活の基盤である。
川は単なる治水,利水の対象ということを越えて,私たちの心と生存の真の基盤である文化を支えてきたのである。
急激な国土の変貌や生活様式の変化に対応するため,治水や利水に重きを置かざるを得なかった結果,この半世紀の間に川の姿は大きく変化し本来の美しさや個性が失われてしまった。
21世紀の川づくりの目的は,自然の川が持つダイナミズムを考慮に入れながら水害のない安全な川づくりとあわせて,生物にやさしい,しかも美しい景観を持つ川の姿をつくりあげることにある。
その意味で「川らしい川」をつくろうとする21世紀の川づくりは,これまでの川づくりとはその考え方が大きく異なっており,その影響は,河川計画,河道計画,河川構造物の設計・施工,維持管理など河川管理全般に及んでいる。

5 21世紀の川づくりの技術的課題
21世紀の川づくりは掛け声だけでできるわけではない。現地の河道特性,環境特性に応じてさまざまな工夫が必要だ。そこではこれまでの川づくり以上にいろいろな技術が必要となってくる。
計画,設計,施工,維持,管理,材料などのあらゆる分野で川づくりの技術を見直す必要が生じてきている。工学と生物・生態学との技術の融合も必要である。
川づくりのための技術を磨くことは不可欠で重要である。河川工学や生態学を駆使し,さまざまな課題の研究と解明に全力をあげて取り組まなければならない。
そのためには,河川工学的なもの,生物・生態学的なもの,行政的なものなど多種多様な課題があり,これらについてなお一層の調査研究,検討を進める必要がある。

(1)河道計画
自然の川は,上流から下流までのさまざまな河道形態をもっており,瀬や淵,川幅が広くなったところや狭くなったところなど変化に富んでいる。
このような自然の川が持つダイナミズムを取り入れた河道計画を採用することによって,縦断的にも横断的にも複雑な断面を持つ川を計画的につくりあげることができる。
すなわち,計画の段階から河床の変化を予測し,それにあった対策工を実施する。これによって河床を平坦化する必要もなく,水衝部の根入れが浮き上がるといったことも少なくなる。
河道計画は河川全体の環境の骨子を決定づけるものであり川づくりを進めるうえで極めて重要なものである。標準断面で代表されるような直線で囲まれた単調な縦横断形ではなく,河道の改変を必要最小限にとどめ,川の変化を取り入れた,できるだけ自然の変化に任せたものとする必要がある。不規則な形状の河道の水理,流れによる河道地形の変化,植生が流れや河道地形形成に与える影響などの調査研究が必要である。

(2)河岸防御計画
河岸防御計画は河岸に作用する流れや洗掘深などの外力と河岸防御の必要性を十分検討し,河川の特性に応じた必要最小限のものとする必要がある。このためには,河岸にどのような外力が作用するのか,形状,土質,植生の状況に応じて河岸はどのように変化し,どの程度耐えうるのかの調査研究が必要である。
また,今後は,法面保護工,根固工,水制工などの河岸保護工に,蛇籠,布団籠,沈床,粗朶,法枠,巨石,コンクリートブロック,ジオテキスタイル,植物繊維,芝・柳などの各種植物などさまざまな素材を用いたさまざまな形状の工法が採用され,しかも施工時から年々状態が変化する。このため現場には非常に多種多様な工法と状況が登場する。これらについて,どのような工法が河川にどのような場で有効適切であるのかについても調査研究が必要である。

(3)河川環境
河川に生息・生育する生物の生態について調査研究はもちろん,河川の物理環境と生物の生態との関係を調査研究することも不可欠である。
河川の形状,河川を構成する水の状態,河川を構成する土の状態などの物理環境は自然な状態で常に変動しており,特に洪水によってしばしば大きく変化する。縦断形状,横断形状,空間の広がり,空間の連続性などの河川の形状,水量,水質,流速,水深,水温,地下水の状態などの水の状態,河床材料,高水敷を含む河道内の土壌の構成と性質などの土の状態など,各要素が複合して,瀬や淵,ワンド,干潟,湿った水際,乾いた河原,そのほか多様な河川環境が出現する。
どのような物理環境の場にどのような生物がどのように生息・生育するのかを知り,物理環境が変化したときの生物がどのようの変化するのかなどを把握することは,川づくりを的確に進めるうえで極めて重要である。

(4)多自然型川づくりの評価
現在多自然型川づくりを進めているが,多自然型川づくりの目標の設定,効果の把握などにおける指標づくりも望まれる。多自然型川づくりは河道の全体的形状や生物の総体を対象とするものであるため,河川の多様な生物と場の状況を総合的に評価するとともにこれらをわかりやすく示すことができる手法の調査研究が必要である。このような評価手法や指標は,多自然型川づくりのみならず河川の水管理や流域環境の監視など川づくりの幅広い範囲へも活用されよう。また,アカウンタビリティの向上のため,環境の経済評価についても研究を進める必要がある。

(5)多自然型川づくり施工後の追跡調査
橋や道路,トンネルなどの土木構造物は工事が完了すれば構造物も完成したことになるのが普通だが,多自然型川づくりは工事が完了したところで完成というわけではない。工事そのものは,植物が生えるような河岸をつくり,魚がすめるようなしかけを水中にしたところで一旦終わる。
しかしその後,植物が生える緑の水辺となるのを待ち,自然の流れによって瀬や淵ができ,多くの魚たちがすむ川となるのを待って,ようやく多自然型川づくりが完成したことになる。だから,施工後もよく川の様子を見なければならない。施工後の川が自然な姿となるように施工後数ヶ月ないし数年は自然の力にまかせ,変化を見守り,その時点で工事をしたものに修正すべきところがあったら手を加える。そしてまたしばらくは自然にまかせる。このような繰り返しを経て,しだいに自然な川の姿に近づけていく。
川は時間をかけて川自身につくってもらう。人間はきっかけを用意していい方向へ誘導してやればいい。時の経過と洪水や渇水の影響によって川は本来の形,生態系を自らつくりだしてくれるはずだ。子供を育てるように川もじっくり見守って育ててあげることが必要である。
以上のほか,流域全体の高水・低水計画,流域や沿川の環境と河川環境との関係,河川微地形変化の追跡,河川横断施設などの構造物設計・計画手法,多自然型川づくりによる河川の自浄作用の増進,植生の維持管理,材料の開発,環境負荷の少ない工法・施工法,自然景観の評価と創出の手法,CGなどによる計画策定支援手法,各種技術基準類の改訂など多くの検討課題がある。

6 21世紀の川づくりの展開
(1)流域への展開
川の環境は流域というものに規定されている。河川の環境はその河川の背後に控える流域の環境を考えずに語ることはできない。川を流れる水の量や水質はもちろん水中の栄養,河川敷の植物,河道を構成する土などの河床材料,河床勾配,河川内を行き来する鳥や獣や昆虫といった生き物など河川環境の大枠はその川の背後に控える流域がどのような状況になるかによって大きく変わってくる。河川周辺の生物や人間社会との係わりも大きい。
生態系を構成する生物的な環境ばかりでなく物理的な環境も,結局のところ流域の気候,地形,地質,林相,土地利用,人間活動などの状況に支配されている。
川づくりを推し進めて行くと,地域計画,流域環境計画や水と緑のネットワーク計画など河川と流域,周辺を一体として考えることが必要となってくる。流域をよくすることは川をよくすることであり,川を監視することは流域を監視することにもつながる。

(2)住民参加
川は元々地域のものである。水質悪化や治水優先の画一的な川づくりなどにより一時川から遠ざかっていた地域や住民が,今どんどん水辺に戻ってきている。
しかし,河川は日本中に無数にある。これらのすべてについて河川管理者という行政部門だけで治水も環境も何もかもを見つめて行くのはむずかしい。よりよい川づくりのためには,郷土を愛する地域住民との連携が大切である。
21世紀の川づくりは「川づくり」からより広く「水辺づくり」,「地域づくり」へと広がって行く。問題意識と責任ある地域参加,住民参加がこれからは今まで以上に重要である。

7 さいごに
21世紀の川づくりは国民の批判に対応するだけではなく,河川管理者がどういう川にしたいかというコンセプトを明確にし,それを住民に示し意見を聞きながら川づくりを行うことが重要である。川はそれぞれ歴史も状況も違う。そのため,河川ごとに,川の環境・歴史・文化を踏まえながら「○○川らしさ」というコンセプトを作る必要がある。「○○川らしさ」をつくる21世紀の川づくりに必要なキーワードを整理すると以下のようになる。
 ①「住民参加」
 ②「川らしさ(歴史・文化・環境)」
 ③「アカウンタビリティ・情報公開」
この3つのキーワードは,互いに密接な関連がある。住民参加を実現するためには,河川情報の積極的な情報公開や,なぜ必要なのかに対するアカウンタビリティ(説明責任)は不可欠である。
また川らしさを維持するためには,地域住民の理解と住民参加が必要である。
このキーワードを実施するためにも,河川技術者は,さらに川づくりのため技術を磨くことがたいせつである。
川づくりの技術はまだ全てが確立されたものではなく,そのため完成後様々な問題が生じている事例も多く見られるのが実状である。
川は場所により様々な状況にあり,また時間とともに変化するものである。
これからの川づくりは,今までの以上に歴史・文化・環境等の河川状況をできる限り把握するとともに将来の状況を予測し,場所の状況に合った工法を選択し,その必要性について住民に説明する必要がある。言い換えれば「河川技術者の技術が一番試される時代」となってきている。
しかし,考え方を変えれば,これからの川づくりは,まだまだ調査研究する分野も多く,チャレンジしていくことも必要であり,河川技術者として今が一番楽しい時代ではないかと思う。

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