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鹿児島市電軌道敷緑化事業の概要
鹿児島市 前村格治
鹿児島市 引地瑞穂
1. 鹿児島市電軌道敷緑化事業の概要
(1)はじめに
本市の路面電車は、昭和3年の開業以来、長年にわたり市民の足として利用されており、現在、2系統、路線延長15mで運行している。また、路面電車は、環境問題が地球規模で深刻化する中、環境にやさしい交通機関として、全国的に見直されてきている。
軌道敷緑化については、先ず、平成16年3月の九州新幹線一部開業時に、西鹿児島(現・鹿児島中央)駅前広場内へ引き込んだ市電軌道敷を芝生により緑化した(延長約140m、緑化面積約220m2)。これは新幹線開業時に、乗り換え利便性向上のために行った市電駅前電停の道路上から駅前広場内への移設にあわせて実施したものであり、駅前広場の植栽と一体化した快適な空間の形成を図ったものである。
この時は、短区間の整備であったが、この経験により、芝生軌道の施工面や年間を通した芝生管理面の課題について対応可能であるとの見通しが得られ、また夏季に、軌道敷の表面温度が芝生面では舗装面に比べて約11℃低く抑えられることや、整備後の市電利用者へのアンケート調査で芝 生軌道化を進めるべきとの意見が多かったことなどから、本市では中心市街地における本格的な軌道敷緑化事業を実施することとした。

(2)整備計画
(Ⅰ)整備区間
鹿児島中央駅前電停~鹿児島駅電停までの延長約2,800mの区間(図-1)を整備区間とし、主要交差点部等を除いた延長約1,900mについて、軌道敷全面(幅員約6m、中央分離帯を含む、図-2)の芝生による緑化を行い、緑化面積は約10,000m2となった。
この整備区間は、市電の利用者も道路の人通りも多い本市の中心市街地内の区間を選定したものである。なお、この区間の道路は、約20年前に架線柱のセンターポール化を実施し、その際にマウントアップした中央分離帯が設置を設置している。


図-1 整備計画図


図-2 芝生軌道断面図

(Ⅱ)事業期間
平成19年1月に工事を開始し、平成19年4月には先行工事区間である鹿児島中央駅前電停~高見馬場交差点間の約860mの緑化が完成、平成20年3月に約2,800mの全区間の緑化軌道が終了し、わが国初の本格的な芝生軌道が実現した。

(Ⅲ)施工概要
まず、軌道内のアスファルト舗装を切削機械で除去し、芝部が電車車輪に悪影響を及ぼさないように、レールから内側に約70mm程度離して土留め壁を設置した。土留め材には亜鉛メッキ製の等辺山型鋼(150mm×150mm)を使用した。さらに、排水溝を約5mごとに設置し、砕石で埋め戻した。その上に植栽基盤を置き、芝生をベタ張りにて植え付け後、目砂、灌水を行って完成した。
施工は、原則として市電の終電後の午後11時過ぎから初電前の午前5時頃までの夜間作業で行った。

(Ⅳ)芝種の選定
使用する芝については、踏圧などのダメージからの回復が早いことや緑色を保つ期間が長いことなどが望まれる。
今回の工事では、平成16年に実施した鹿児島中央駅前電停付近の軌道敷緑化工事で使用し、施工面や維持管理面での実績があることから、高麗芝の品種である「ビクトール」を使用した。この品種は生育が早いことや冬場においても緑が褪色しにくいなどの特性があり、本市のような温暖な地域においては常緑に近い状態で緑を維持することが可能である。

(Ⅴ)植栽基盤の構造
日陰となる部分がほとんど無い軌道敷では、保水性の高い基盤構造にすることが重要である。先の鹿児島中央駅前電停付近では真夏には乾燥により芝生が枯死寸前まで傷むことがあった。植栽基盤の構造は、透水シートおよび保水シートを敷き(写真―1)、その上に火山噴出物の一種であるシラスを原材料として使用した保水性の高い緑化用ブロック(シラス緑化基盤)を置き(写真―2)それを包むように緑化土壌を敷き均したものである。
緑化用ブロックとその下の保水シートの間の緑化土壌の厚さは平均2cm、その上の芝との間の緑化土壌の厚さは平均5cmである。鹿児島中央駅前電停付近での経験を踏まえ、緑化用ブロックをその時より2cm 厚く、8cmとし、新たに保水シートを設置することとした。また。緑化用ブロックは芝生の根茎の伸長を考慮し、5cm程度離して設置した。緑化土壌は黒土の量を少なくし、排水性のよい砂を混ぜることとした。これは、植栽基盤の中に緑化用ブロックを使用していることや、軌道敷内では通常の芝生管理で行うエアレーションなどの芝生の更新作業が実施しにくいため、基盤の締固めによる透水不足が少しでも防止できるようにと考えたものである。

写真-1

写真-2

(Ⅵ)事業費
約2,800m区間の軌道敷緑化の総事業費は約3億1,500万円であった。緑化された軌道敷1m2あたり3万円強の整備費ということになる。
財源に関しては、「鹿児島市都心部地区都市再生整備計画」に本事業を位置づけて国土交通省所管のまちづくり交付金対象事業とすることにより、事業費の約4割をまちづくり交付金でまかなうことができた。

(Ⅶ)維持管理費
先行工事区間約860m(芝生面積約2,940m2)の年間維持管理費は約830万円であった(芝生1m2あたり約2,800円)。なお、実施した維持管理作業は、灌水12回、芝刈り8回、施肥3回、目砂1回であった。

(3)整備後の状況(写真-3)
芝生軌道の整備後、先行工事区間では約1年間が経過したところであるが、上述のような芝種の選定や植栽基盤の設置により年間を通して枯死することなく、冬季においても概ね緑を保っている。


写真-3 整備された芝生軌道

2. 芝生軌道の整備効果

芝生軌道についての期待される整備効果として、路面温度の抑制、騒音の低減、街のうるおいの創出や景観の向上などが想定された。そこで、路面温度および騒音については実際に測定して整備効果を把握することとした。また、うるおいの創出や景観の向上などへの効果については、沿線住民、市電利用者等に対するアンケート調査を実施し、それにより把握を試みることとした。

(1)路面温度の抑制(ヒートアイランド現象の緩和)
完成した芝生軌道付近の路面温度の測定を平成19年7月19日に行った。測定地点は、高見橋交差点から鹿児島駅方向に向かって3mの地点である。測定は、赤外線放射温度計を用いて地上1mの高さから路面にレーザを照射する方法で行い、図-3に示すように芝生面3点(レールの間2点(B、D)、中央分離帯上1点(C))、軌道敷外側のアスファルト舗装面2点(A、E)の計5点で測定した。なお、当日は梅雨明け翌日で、天候は晴れ一時曇り、最高気温は30.4℃であった。


図-3 測定位置図

午前4時から翌日0時までの21時間にわたり、1時間間隔で測定したところ、芝生面の温度はアスファルト舗装面より常に低く、11時と15時における舗装面の温度46℃~47℃に対し、芝生面では30℃~33℃で14℃~16℃もの温度差があった。気温が上昇していく午前の早い時間帯でも、5℃~10℃の温度差があった(図-4)。なお、12時の表面温度が低下しているのは、雲により直接の日射がなかったことによるものである。


図-4 温度測定調査グラフ

芝生面の温度が低いのは、芝生と土壌の蒸発散作用によって芝生面近くの大気の温度を下げていることによるものと考えられ、芝生軌道には1日を通して路面温度の上昇を抑える効果があることが明らかとなった。
温度を測定した7月19日は最高気温が30.4度であったが、鹿児島の夏季は気温が35℃以上になる猛暑日も多く(平成19年は13日間)、アスファルト舗装面の温度がさらに上がり、ヒートアイランド現象がもっと厳しくなることも多いと考えられる(同一地点における平成19年7月25日15時(気温34.8℃)のアスファルト舗装面の温度は63℃~64℃であった)。芝生軌道を整備することで、夏季に電停で市電を待つ利用者等が涼しさを感じることができるようになるなど、ヒートアイランド現象緩和の効果を期待できるものと考えられる。

(2)沿線の騒音の低減
芝生軌道においては電車走行時の軌道面からの反射音が小さくなることなどで、沿道の騒音が低減するのではないかと想定し、芝生軌道整備の事前と事後に騒音測定を行った。
(Ⅰ)測定方法
調査位置は高見橋電停~加治屋町電停間の歩道上の近接側軌道中心からの距離9.6m、遠隔側軌道中心からの距離13.4mの地点で、測点は地上高さ1.2mとし、電車走行による騒音レベル(ピークレベル及び等価騒音レベル)を測定することとした。なお、調査位置については、軌道表層の芝生化のみを行い、レールや枕木の交換などの軌道改良は実施していない地点を選定し、芝生化することの効果だけを抽出できるようにした。
事前は平成19年1月18日、事後は平成20年1月17日に、道路交通の影響を受けることの少ない深夜の時間帯に電車を試走させて騒音を測定した。試走は複数回行い、各回の測定結果の平均値を騒音レベルとした。測定方法は『在来鉄道の新設または大規模改良に際しての騒音対策の指針』(環境庁)及び『JIS Z8731環境騒音の表示・測定方法』によった。

(Ⅱ)測定結果
芝生軌道の整備前と整備後の騒音レベルは表-1のようになった。


表-1 整備前と整備後の騒音レベルの比較

芝生軌道整備後の騒音レベルは、ピークレベルは近接側軌道走行時に4dB小さくなり、遠隔側軌道走行時に1dB小さくなった。等価騒音レベルは、昼間、夜間とも3dB小さくなった。これは、軌道表層のアスファルト舗装を除去し、芝生及び緑化ブロック等の緑化基盤に置き換えたことで、吸音効果が高まったことによる騒音レベルの低減であると考えられる。なお、ピークレベルの近接側軌道走行時の低減が大きく、遠隔側軌道走行時の低減が小さいことについては、遠隔側軌道走行時の音は元々、中央分離帯による回折効果があり、芝生の吸音効果とは複合的な関係があることの影響であると推測される。また、遠隔側軌道と近接側軌道の騒音レベルの差が、距離が1.4倍程度であるにもかかわらず、7~10dBの差が出ていることについても中央分離帯による回折効果によるものと推測される。

(Ⅲ)騒音低減の効果
騒音の距離減衰を線音源の「-3dB/倍距離」と想定した場合、沿線の騒音の低減効果は次のように説明することができる。
電車通過時の最大の騒音レベルは82dBから78dBへ4dB小さくなった(ピークレベル、近接側軌道走行時)。4dBの低減は、今まで軌道から20m離れた地点で聞こえていた音が、8mまで近寄らなければ聞こえないほど騒音レベルが低減したことに相当する。また、電車走行の1日平均の騒音レベルが59dBから56dBへ3dB小さくなった(等価騒音レベル)。3dBの低減は、今まで軌道から20m離れた地点で聞こえていた音が、10mまで近寄らなければ聞こえない ほど騒音レベルが低減したことに相当する。
軌道緑化事業を計画した段階では、騒音低減効果についてはそれほど大きな期待はしていなかったが、芝生軌道にすることで沿線の騒音レベルを大きく低減できることが明らかとなった。

(2)軌道敷緑化事業に関するアンケート調査
軌道敷緑化事業に対する沿線住民や市電利用者等に対するアンケート調査を実施し、芝生軌道整備に対する評価の把握を試みた。
調査結果は、以下のとおりである。
アンケート調査の回答数は、「市電利用者・来街者」が422票(回収率21%)、「沿線住民・従業者」が139票(回収率28%)であった。
軌道敷緑化事業の実施・推進に対しては、「市電利用者・来街者」、「沿線住民・従業者」ともに「良い・賛成」との回答が9割近くであり、高い評価を得ていることがわかった(図-5)


図-5 軌道敷緑化の実施・推進に対する評価

また、市電利用者・来街者に軌道敷緑化に期待する効果を聞いたところ(複数回答可)、「景観・まちの魅力の向上」、「ヒートアイランド現象の緩和」が多くあげられた(図-6)。また、沿線住民・従業者に図-7に示す各項目について、軌道敷緑化が貢献していると思うかどうか聞いたところ、「景観・まちの魅力の向上」に貢献していると評価する人の割合が特に高かった(図-7)。上記のように、アンケート調査結果からも軌道敷緑化事業の効果が市電利用者や沿線住民等から高く評価されていることが確かめられた。


図-6 軌道敷緑化に期待する効果


図-7 軌道敷緑化による貢献・寄与に関する評価

4.まとめと今後の課題

芝生軌道の整備効果について、軌道敷表面の温度や騒音レベルを実測することにより、ヒートアイランド現象緩和や沿線騒音低減の効果を確認することができた。また、アンケート調査により、市電利用者や沿線住民等からはそれらの効果はもとより景観やまちの魅力の向上の効果があったと評価されていることが明らかとなった。
ヒートアイランド現象緩和や景観向上の効果が認められるのは事業実施前から想定していたところであるが、騒音レベルが4dB(ピークレベル)も低下するという大きな騒音低減効果があることは予想以上のことであり、芝生軌道整備は多面的な効果をもたらすことが明らかとなった。
今後の課題としては、芝生の灌水や芝の刈り込みなどの維持管理の効率的な実施方策を検討し維持管理費用の抑制を図ることや、電停部での市電乗降者の踏圧や交差点境界部での自動車の踏圧による芝生の枯死の防止方策の検討などが挙げられる。
なお、芝生の枯死の原因としては、軌道敷内へ自動車が進入し芝生を踏むことによるものが大きいが、道路の中央分離帯がマウントアップされていることで、軌道敷内への自動車の進入が少なくなっていたことが芝生の枯死の防止に大きく寄与したものと考えられる。
今回整備した芝生軌道により、本市の中心市街地に新たに約10,000m2の緑空間が生まれ、鹿児島中央駅前から市内随一の繁華街である天文館地区へ続く緑のじゅうたんとして新たな観光資源となることも期待されているところである。
今回の整備の結果を踏まえ、本市においては軌道敷緑化事業をさらに推進することとし、平成24年度までに併用軌道区間全線を芝生軌道とすることを決定した(図-8)。これが完成すると延長約8,900m、面積約30,000m2の芝生軌道が実現することとなり、ヒートアイランド現象の緩和や沿線騒音の低減、景観向上などについてさらに大きな効果が発現するものと考えられる。このことにより鹿児島市のまちの魅力が高まり、来街者の増加等によりまちの活性化につながることを願うところである。


図-8 今後の整備計画図

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