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魚のライフサイクルを考慮した新たな魚道設計への取り組み

建設省 九州地方建設局
 河川部 河川工事課長
上 村 恭 一

建設省 九州地方建設局
 佐伯工事事務所 副所長
(前)建設省九州地方建設局 河川部
 河川工事課長補佐
岡 田 一 俊

建設省 九州地方建設局
 河川部 河川工事課
 海岸係長
末 吉 正 志

㈱東京建設コンサルタント九州支店
 技術第一部長代理
豊 崎 貞 治

1 はじめに
これまでの魚道は、その河川の主要魚または水産資源として価値の高い魚種だけを対象とし、それらの魚が遡上できる流れを人工的に創り出すための水理的・構造的検討に主眼が置かれていた。
近年、多自然型川づくりに代表されるような生物に配慮した施策が進められるなかで、河川生態系のバランスを保つためには、ある特定の種のみに配慮するのではなく、それを構成するすべての種の生息環境に等しく配慮することが重要であることが再認識されてきた。
したがって、魚道の設計においては、河川を移動する全ての魚種を念頭に置き、それらのライフサイクルと遊泳特性に応じた移動路を確保するよう配慮すべきである。加えて、全川的な川づくりのなかで、これらの生息環境と生育のための移動路を連続的に保全することが重要である。すなわち、魚道は川の縦断方向の連続性を確保するための“川づくりの一環”として捉える必要がある。
本報文では、魚の孵化から成長、産卵に至るまでのライフサイクルに着目し、上下流の川づくりと一体となって魚の生息・移動環境を保全するという観点から、新たな魚道の設計概念を導入した。さらに、モデル河川におけるケーススタディを通して、現実の魚道設計への具体的な適用を試みたものである。ここでは、その基本的な考え方と条件設定を中心に、概要を紹介したい。

2 川づくりと一体となった魚道のあり方
魚類の生息・生育環境の保全を、全川的な川づくりと一体となって行う場合に、川づくりに必要な視点として次のようなことが考えられる。
①特定の魚種だけでなく、河川内の移動が不可欠な全ての魚類・甲殻類等に配慮すること。
②河川縦断方向の生息環境の連続性や、堤内地まで含めた横断方向の連続性に配慮すること。すなわち、川づくりを点として捉えるのではなく、上下流および堤内地を含む面として捉え、必要な生息環境と移動路を確保すること。
③魚道は、横断工作物等の設置箇所において、魚類の遡上・降下を妨げない施設、すなわち縦断方向の連続性を確保するための川づくりの一環として捉えること。
④その場合、対象地点の河道条件だけでなく、上・下流の広い範囲の河状や水理条件、全川の魚の生息状況を把握し、魚道だけで対応できない場合は、上・下流の瀬や淵、緑陰、水制や根固等により洪水時の避難場所を保全するなど、川づくりと一体となった対応を行うこと。

3 魚道設計の基本的な考え方
(1)魚道の目的
目的:その川に棲む全ての魚類のライフサイクルを全うさせること

ライフサイクル=魚の孵化から成長・定着・産卵に至るまでに必要な活動を,時期と成長段階および生息域の関係として捉えた魚の生活サイクル。

(2)魚道設計の3条件を考慮した設計概念
これからの魚道を川づくりの一環として考えていくためには、魚道に求められる条件や、魚道の設計に制約を与える条件など、あらゆる条件についてこれまでにない広い視点から整理しなおす必要がある。
ここでは、対象魚のライフサイクルを踏まえたうえで、魚道に対して魚の側から求められる「魚の条件」というものを設定し、一方では河川の地形や水理条件などによる制約を「場の条件」として考え、さらに法的規制や経済性あるいは地域の要望などを「その他の条件」として付加し、この二つの制約条件のもとで「魚の条件」を最大限に満足させるものが最適な魚道であるという、新しい設計概念を導入した。

〇条件A:魚の条件・・・・対象魚種とそのライフサイクル、体形、遊泳の型、遊泳力など
〔魚道に対して魚の側から求められる条件で,魚道としての必要な機能を規定するものである。主に対象とする魚の生態等より条件づけられるものである。〕
〇条件B:場の条件・・・・河道の地形条件、水利条件、工作物の条件、河道計画など
〔魚道を設計するときに制約条件となる川の特性や,障害物となる工作物の特性などである。〕
〇条件C:その他の条件・・・・法的規制、経済的条件、社会的条件(地元・漁協の要望)など
〔場の条件以外で魚道の設計に制約を与える条件である。〕

(3)3条件の設定における配慮事項
◆魚の条件(条件A)・・・対象魚種とそのライフサイクル、遊泳力、遊泳特性など
①その川に生息する全ての魚類を抽出する。
②抽出した魚を回遊性の区分によりグルーピングし、対象河川における分布域を表す流程分布図を作成する。

③その魚の生活史における移動(回遊)の重要性や河川の固有種などの要件に配慮して、設計対象魚を選定する。
〇通し回遊魚および河川内回遊魚
対象地点が流程分布内に含まれる魚種は全て対象とする。
〇河川内定着魚
洪水後の復帰回遊が必要な魚種を対象とする。(淡水域の魚が洪水時に汽水・海水域まで流され、洪水後、元の淡水域に戻る必要がある場合など)
〇偶来性淡水魚および海水・汽水魚
対象としない。
④設計対象魚のライフサイクルを把握し、魚が成長のどの段階で対象としている横断工作物と出会うのか。それは遡上時か、降下時かなどを確認する。

⑤対象魚が、対象地点を通過するときの、目的、成長の段階、体長、体高、遊泳力等を整理し、その他魚道設計において配慮すべき事項を加えて「魚の条件」を設定する。
⑥遡上だけではなく、降下魚対策にも配慮する。
(産卵魚あるいは、ほとんど遊泳力のない孵化魚など)

◆場の条件(条件B)・・・・河道の地形条件、水理条件、工作物の条件など
①対象地点のみお筋、瀬・淵、砂州などの河床形態の把握が重要である。
②平常時、増水時の魚類の遡上径路および集魚箇所の予測が重要である。
③魚道の下流には、洪水時の避難場所になるような河岸の窪み、低木などによる淀み域が必要である。
④魚類が遡上・降下する時期の河川流量をもとに、平水から洪水にかけての流況のステージと魚の遡上の関係に配慮し「設計対象河川流量の範囲」を決定する必要がある。
堰など横断工作物の上下流の水位・流速は流量規模により変化し、魚の遡上もそれに大きな影響を受ける。流れの状態(流況)は、平常時から増水時にかけて次の3つのステージに区分して考えることができる。
ステージⅠ:流量が小さいため上下流の水位差が大きく、自然遡上はできないが、魚道が機能して遡上可能となる状態。
ステージⅡ:流量が魚道の設計対象流量を超えるほどに増加して魚道が機能できず、さらに上下流水位差が大きく自然遡上もできない状態。(魚にとっては待ちの状態で避難場所が必要)
ステージⅢ:さらに流量が増加して堰がもぐり流下となる状態。このステージでは、増水時は堰上下流間の水位差は大きいが、減水時(下図の斜線区間)には上下流水位差が小さくなり自然遡上が可能となることがある。

⑤可動堰の場合は人為操作が加わるので、操作条件を把握しておく必要がある。すなわち、ゲート全開時の河川流量が設計流量の上限となり、その後はステージⅢの状態となる。
⑥水理条件は魚道機能に直接影響するので極めて重要である。特に、平常時から増水時にかけての上下流の水位・流速分布を把握しておく必要があり、方法として次のような手法がある。
下流のミオ筋が単一で直線に近い場合
流れは一次元(横断方向の変化がない)と考えてよいので、不等流計算により推定できる。ただし、上下流広範囲に把握しておく必要がある。
瀬や淵がありミオ筋が複雑に分岐している場合
このような河道では横断方向に水位差を生じるが、不等流(一次元)計算ではそれが表されない。そのため魚道入り口の高さや水位条件の設定が実態とかけ離れたものになり、結果として魚道の機能を大きく低下させることがある。
適正な水理条件を得る方法としては、a)現地で流れの状態や水位・流速を調査し、その結果をもって流況を推定する方法、b)平面二次元の流況を、水理的シミュレーションにより推定する方法、などが考えられる。b)の方法については今回のケーススタディで試行し、比較的良好な推定結果が得られたが、時間とコストの面で課題が残る。
「場の条件」の設定に高い精度を要求されるような場合を除き、a)の方法と不等流計算を併用し、経験により精度を確保する方法が得策であろう。

◆その他の条件(条件C)・・・法的規制、経済的条件、社会的条件など
①魚道の計画・設計にあたっては、河川管理施設等構造令などの法的規制が制約条件となる。
②魚道型式や規模を決定する場合に経済性が制約条件となる場合がある。
③同様に地元や漁協からの要望などの社会的制約が条件となる場合がある。そのため、事前の調査や協議が必要である。

(4)3条件から導かれる魚道設計条件と設計方針
以上のような広範囲の状況把握と条件検討を踏まえ、最終的に次のような条件が設定される。

実際の設計では、以上の3条件を満足する魚道が常に可能であるとは限らず、むしろ難しい場合のほうが多い。そのような場合には、「場の条件」「その他の条件」を、できるだけ「魚の条件」に近づける方策が必要である。
一つの方法としては、まず、全ての条件を同時に満足させることを考えず、各々の条件にそれを満足するような魚道のパターンをいくつか考え、さらにそれらのパターンの組み合わせによって、いくつかの魚道設計(案)ができる。
これらの案を全て同列に比較評価し、各条件の満足度から総合的に判断して決定する。
①原則として「魚の条件(A)」は極力満足させるものする。
②「場の条件(B)」については、対象流量や水位条件の範囲を広げるなどの方策で、(A)条件に近づけることを考える。
③「その他の条件(C)」については、投資可能限度を引き上げる、基準の弾力的運用を図る、などの方策が考えられる。
ただし、②と③は相反関係にあるので、バランスを見て判断する必要がある。

4 モデル河川におけるケーススタディ
以上に述べたような魚道設計の考え方を、モデル河川・T川の中流部にあるO堰の魚道に適用し、ケーススタディを試みた。
(1)魚道の3条件の設定
①魚の条件設定
T川のO堰付近に生息している魚類、またはO堰を通過すると思われる魚類を河川水辺の国勢調査より抽出し、回遊性による区分(グルーピング)を行った結果が表ー3である。
なお、T川は中流ダムにより魚の生息域が大きく2分されO堰はその下流にあたるので、通し回遊魚についてはダム下流の6箇所の調査地点を対象とし、現地調査で確認された全ての種を抽出した。また、通し回遊魚以外の魚種については堰直近の調査地点で確認された全ての種を抽出した。

これら抽出した魚種のなかで、ここでは次のような考え方により魚道の設計対象魚を選定した。
・通し回遊魚は堰地点を通過することが成育の必須条件となるので、全ての魚種を対象とした。
・河川内回遊魚も同様に、堰地点を通過することが成育の必須条件となるので、全て対象とした。
・定着魚については、O堰地点が河口から数十km上流であり、流された魚は淡水域内に定着可能と判断されることから、魚道の対象魚から除外した。但し、オイカワについては漁業上重要であることを考慮し、対象魚種に加えた。
設計対象魚のなかで、T川の代表的な魚であるアユのライフサイクル図を作成したものが図ー6である。外の対象魚についても同様に作成し、それをもとに、対象魚がO堰地点を通過するときの成育段階、体長、遊泳力など魚の条件を整理した。

②場の条件設定
O堰下流は、流れが3本のミオ筋に分かれ、瀬と淵が交互する複雑な地形を成している。そのため、場の条件設定においては、地形図、航空写真、現地視察、測量等により河状を十分に把握した。
そのうえで、平常時から洪水時にかけての流況変化を二次元(面)的に検討し、魚の遡上路、集魚場所、洪水時の避難場所(淀み域)などを、比較的精度良く推定できたものと考えている。結果として次のような条件が設定された。
・河道の地形条件:河床の基盤が強固であるので砂洲や瀬・淵の分布は将来とも変化しない。
・流況:ステージⅡ,Ⅲについては自然遡上は困難な状況であるので、避難場所で対応する。
・遡上経路と集魚箇所:河岸、砂洲の水際部には流速の遅い部分が生じており、遡上経路は確保されている。流況から判断すると集魚箇所は5箇所考えられる。
・設計対象流量、水位:渇水流量の20m3/s から、ステージⅠの上限流量70m3/sまでの範囲を対象とし、河道水位を面的に推定した。
③その他の条件
特に大きな制約条件はない。

(2)3条件を踏まえた魚道の基本設計
3条件を踏まえた大まかな手順として、①下流の集魚箇所を考慮した魚道位置の選定(B条件から5箇所)、②水位、流速の条件を考慮した魚道タイプの選定(A,B条件から4タイプ)、③魚道の幅と縦断勾配の決定(A条件から各タイプ1ケース)、④これらの組合わせ案の設定、⑤A,B,C条件の満足度とバランスを総合的に比較評価のうえ最適案を決定、⑥魚道のみでカバーできなかった魚の条件について上下流の川づくりでの対応方策を検討、というように進めた。
結果として、総合的な観点から、機能・効率・経済性にバランスの取れた魚道計画が可能となったものである。

5 おわりに
本検討は九州地方建設局河川部の「魚道検討会」における成果をまとめたものである。検討にあたって各専門分野から貴重なご意見、ご指導をいただいた中村俊六先生(豊橋技術科学大学教授)、木村清朗先生(元九州大学教授)、浦勝先生(九州工業大学教授)、ならびに十数回におよぶ会議・打合せに参加され熱心な議論をいただいた九州地建検討会メンバーの方々に深く謝意を表し、むすびに替えたい。

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