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高麗橋復元工事について
-アーチ主力線の考え方-

九州建設コンサルタント株式会社
専務取締役設計部長
佐 藤  力

1 はじめに
高麗橋は,長崎市街地の中心部を流れる中島川の左支川一ノ瀬川合流点から,約80m上流地点(伊勢町~八幡町)に,中国蘇州の平江府の人々によって承応元年(1652年)に創架されたものであるが,昭和46年(1971年)に「中島川石橋群10橋」の一つとして,長崎市指定有形文化財に指定された。
その後,昭和57年(1982年)の長崎大水害に起因した中島川改修工事の進捗に伴い,後日復元することを前提として昭和61年(1986年)に,橋体の現状調査が行われ,解体,撤去されてすべての使用石材が保管されていたが,平成4年8月から平成5年3月(1992年~1993年)にかけて,西山ダム下公園内の西山川に復元移設された。
復元工事は,一度解体した石材を原形に,できるだけ忠実に再構築するものであるが,石造りアーチ橋に関する文献や,復元設計の実務に関しての参考図書類が少く,アーチ橋基本諸元の決定や施工面で多くの問題点が生じ,その処置に苦労することが多い。
ここでは,そのうち最も基本的でかつ重要なアーチ主力線ならびに,アーチ構造物の安定と,安全性の考え方を記述し,今後この種の設計に際しての一参考に供したい。

2 アーチ橋の基本諸元について
石造りアーチ橋のアーチの形状は,半円形,欠円形,楕円形,尖円形等種々あるが,一般に単心正円が広く用いられている。
高麗橋解体時の調査報告書には
① 上流側と下流側は,ほぼ同一半径の円形である。
② アーチ起拱点の高さは,左岸側が右岸側より5cm高い。
③ アーチ頂点付近は,横に広がったつぶれた円形である。
④ アーチの基本諸元
  径間長(スパン)=10.95m
  半径       =6.40m
  拱矢(ライズ) =2.94m
と記載されている。
これら基本諸元の値は,アーチの形状を正円と考えると幾何学的に合致しない。
その理由としては,架設後の長年月の作用荷重や,アーチ基礎石の不等沈下による石橋全体の歪みや,架設時の荷重による支保工の歪みなどによるものと考えられる。
このような状況は,高麗橋に限らず他の石橋についても見られる現象で,この傾向は架設年代の古いものほど顕著で,甚だしいものでは,アーチ石や立壁石その他の隣り合った石材同志のせり持ち(アーチアクション)によって,辛うじて構造物全体の安定を保っているものも見受ける。
高麗橋の復元に当っては,架設当初におけるアーチの形状は,正円を想定して施工されたものと推察し,アーチの半径は左右起拱点の2と頂点の1の合計3点の座標を基にして,復元アーチの基本諸元を下記のように決定した。
  径間長(スパン)=11.4m
  半径       =6.6m
  拱矢(ライズ) =3.273m
  中心角     =119° 27′ 17″

3 アーチの圧力線(主力線)について
石造りアーチ橋が釣り合っている状態を,模式的に示すと(図ー3)のように,左右の起拱点に作用する反力Ra,Rbと荷重の合力Wは,P点で必ず交わらなくてはならない。

この反力を,水平と鉛直の2方向に分解して考えると,次の釣り合い条件式が成立する。
 ∑H=0
 ∑V=0
 ∑M=0
この時,反力の大きさ,方向および作用する位置を定めようとするには,6個の未知数に対して前記の3条件だけでは求めることが出来ない。
そこで後述するような仮定を用いて,これらの未知数を推定する方法を採らなければならない。
いま項点を通る鉛直面でアーチを切断し,その左半部が釣り合いを保つためには,切断面AB———の或る点aに右半部から推力Hが作用しなければならない。
この推力の方向は,アーチおよび荷重が左右対称のときは水平と考えられるので,これを水平推力と言う。
推力Hは,CD———EG———等の線で区分された各郭に作用する外力F1,F2,……と順次に合成され,R1,R2,……となって,各接合部のb,c,……点に作用する。
これらa,b,c,d,eの各点を圧力点と言い,これを結んだ直線が所謂圧力線(主力線)である。

このように推力Hの大きさ,作用する位置および方向が決定すれば,それに対して一つの圧力線を求めることが出来るが,Hが異なると圧力線も,またその方向も異にする。
たとえば,Hがa点において水平に作用し,その大きさが次第に増加して行くと,b点はCに近づき,同時にc,d,eはそれぞれ外辺に接近して圧力線は,アーチ外辺の或る点で切線となる。
このときその点を通る接合部においては,外力のためにアーチは左回りに回転しようとする限界にあってHは最大値を有し,これに対する圧力線は最大圧力線となる。
これに反して,同じ位置でHが次第に減少すると,圧力線は次第にアーチの内辺に接近し,内辺の或る点で切線となる。
このときアーチは,同じその点を通る接合部において右回りに回転しようとする限界にあってHは最小値を有し,これに対する圧力線は最小圧力線となる(図ー5,a)。
また推力Hの作用する位置を漸次低め,同時にその値を増加する時は,圧力線は内辺と共通の一点を有することとなり,この場合頂部接合部における最大推力に対する圧力線が得られる。
同様に,推力Hの作用する位置を漸次高め,同時にその値を減少する時は,圧力線は外辺と共通の一点を持つこととなり,この場合頂部接合部における最小推力に対する最小圧力線が得られることとなる(図ー5,b)。

4 アーチの安定
圧力線が拱環の中軸線と一致する場合には,接合部において同一応力度の圧縮応力が惹起されることとなり,アーチは最も安全な安定状態にあるものであるが,実際の圧力線は中軸よりも多少左右に偏るものである。
しかし如何なる場合でもアーチが安定の状態にあるためには,次の2条件を満足しなければならない。
① 圧力線は各接合部の中央1/3内にある。
② 各接合部の最大圧縮応力度は材料の許容圧縮応力度以下である。
この安定条件を満足するためには,推力Hや反力Rの作用位置も,必ず接合面の心の内にあることが必要であるが,その大きさや作用する位置,方向が決定されないと適当な圧力線を求めることが出来ないので,これに対しては,或る仮定のもとに圧力線を求めることとなる。
従って学者により種々仮定を異にし,異った圧力線が得られることとなるが,そのうち上記の安定条件に適合するものが存在すれば,アーチはその外力のもとで安定の状態を持続するものとして満足しなければならない。蓋しアーチは外力の作用を受けその最も安全な状態において安定を保つべきものであるからである。

5 最小推力法
最小推力法は「アーチ頂部に生ずる推力が,その最小値をもって釣り合いを保つ」と仮定した解析法である。
この仮定は「アーチの推力は外力によって惹起されるものであるから,すでに外力に対して釣り合いを保つべき値に達した以上,さらにその大きさを増加する必要はない。故にそれは最小値を有しなければならない」と言う理由に基づいたものである。
図ー6において,各接合部に作用する鉛直力q1,q2,……および水平力E,E2,……によって頂部O点に推力H,左端起拱部u点に反力Rが生じ,釣り合いの状態にあるものとすれば

である。
この式で明らかなように,Hはyが大きい程その値が減少するから,Hの最小値は作用点をA1としたときであるが,アーチの安定上最小値としての限界点は

である。

次に距離yを知るためにはHの方向を知らなければならないが,普通これを水平と仮定する。これはアーチの形および荷重が中央より左右対称形をなす時正当であると考えられる。
推力Hの値が小さくなる程圧力線は拱環内辺に近づくが,拱環の接合部CC———1における反力Rの作用する位置U点は,最も内辺に近づいた時でもCよりCC———1の1/3以内に来てはならない。一般にこの接合部を傾斜したものとすれば,U点がC点に近づくに従って,Xはその値を減じyおよびKはその値を増加することとなり,Hの最小値に相当するUの位置は試法によって見出さなければならないが,普通接合部の傾斜如何にかかわらずCU———

と仮定する。
いまu点を順次に各接合部の内辺に近い限界点とし,それぞれの推力Hを求めると,それは各接合部の内外辺に引張応力を生ぜしめない限界にあるが,その中で最も大きい値は,すべての接合部に引張応力を惹起しないものであるから,この最大推力Hが安定を保つために必要な最小値の推力である。
一般に外辺または内辺に最も近く通過する接合部を破壊接合と言い,アーチの安定に関しては先ずこの破壊接合を見出す必要がある。
また頂部における半径方向と,破壊接合を通る半径方向との挟角を破壊角と言っているが,通常のアーチでの破壊角は45°~60゜であるから,拱矢が小さい平偏な拱環では普通破壊接合は起拱部に相当する。
図ー7はこの場合における圧力線が拱環の心の中に存在する両限界を示し,(a)は最大推力に,(b)は最小推力に対する圧力線である。

6 最小推力法によるアーチの安定検討
最小推力法では,推力Hは頂部の上方限界点に作用するものと仮定している。
しかしアーチにおいては,外力の作用が極めて不確定であるからこの最小推力の仮定が,必ずしも正当とは言えない。
いま推力が頂部の下方限界点に作用するものとして,アーチの内辺に引張応力を生ぜしめない限界にある破壊接合を求め,その推力を用いて圧力線を求めると最大圧力線が得られる。
しかしながら多くの場合,拱矢の大なるアーチでは,最小圧力線は頂部の上方限界点を,また最大圧力線は頂部の下方限界点を通過しないものであるから,推力の作用する位置は試法によって決定しなければならない。
一般に最大,最小の2推力に対し,図ー8のように2個の異なった圧力線が得られ,この2線は或る点では交差するものである。
したがってこの2推力の中間にある値の推力による圧力線は,すべてアーチの心の中に存在することがわかる。

次に荷重が中央より左右非対称の場合は,頂部に作用する推力が果たして水平の方向であるか,またその作用する位置も限界点であると考えてよいか否かは明らかでないので,前述のように破壊接合を見出すことが出来ない。
しかしこの時,移動荷重の作用する側においては,圧力線は常にアーチの外辺に近づき,また他の側においては内辺に近づくものであるから,圧力線をなるべく断面の中軸付近にあらしめるために,圧力線は次の3点を通るものと仮定する。
 ① 大なる荷重を受ける側の起拱部下方限界点
 ② 頂部の中点
 ③ 小なる荷重を受ける側の起拱部上方限界点
この3点が定まれば,これらを通過すべき圧力線は容易に求められる。
以上のように,アーチの圧力線は或る仮定のもとに求められるが,アーチの安定に関しては種々の荷重状態すなわち
① 拱環(アーチリング)自重のみ
② 拱環の上部を填充し,路面を形成した固定荷重
③ 固定荷重とアーチの片側に等分布移動荷重
④ 路面全体に等分布移動荷重
の各々に対して,いずれも圧力線が必ず心の内にあり,かつ最大圧縮応力度が許容圧縮応力度を超過しないことが必要である。
図ー9は,高麗橋の各荷重に対する圧力線を模式的に示したものである。

7 むすび
本文は,高麗橋復元工事の紹介並びにアーチ主力線の考え方と,併せて設計施工面での苦心談を記述するつもりであったが,内容的には石造りアーチ橋の主力線とアーチ構造物の安定,安全性に対する一般論的説明に終わってしまった。
また記述内容や説明が,不十分で理解し難い文章となってしまったが,詳細については下記の図書類を参照していただきたい。

一本文で参照,参考とした図書類一
1)長崎市役所,九州建設コンサルタント㈱:高麗橋(石造りアーチ橋)詳細設計地質調査および測量業務委託報告書,平成4年7月
2)長崎市役所,九州建設コンサルタント㈱:高麗橋(石造りアーチ橋)復元工事報告書作成業務委託復元工事報告書,平成5年3月
3)平野正雄(京都帝国大学教授,工博):図解力学

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