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高強度コンクリートヘの期待

建設省土木研究所
コンクリート研究室長
河 野 広 隆

1 はじめに
この夏からNHKでテクノパワーなる特集番組が毎月放送されています。土木の最先端技術とその裏に秘められた歴史とを紹介していて,われわれ土木技術者が見ていても感心させられることが多く,毎月楽しみにしています。この番組で紹介されている構造物は巨大なものが多く,テクノパワーという言葉がよくあっているようにも思われます。
さて,こうした巨大構造物を可能とした技術のひとつに材料の性能向上があります。土木分野に限らず,材料の技術開発の歴史は高機能化という言葉に集約できると思います。人間のスポーツの世界なら,オリンピックの標語のように「より速く,より高く,より強く」が目標でしょうが,材料の世界なら「より強く,より軽く,より安く」あたりが標語になりそうです。もちろん,他にもさまざま機能が状況に応じて要求されますが,これらの高機能化の筆頭にくるのが高強度化ではないかと思います。
コンクリートの世界でも,現在多くの高強度コンクリートに関する研究がなされています。高機能コンクリートを意味するハイパフォーマンスコンクリート(HPC)の研究が世界各地で行われていますが,HPCには当然のことながらさまざまな機能が含まれます。しかし,その中のトップにくるのは,まず高強度のようです。
では,高強度コンクリートを土木構造物へ利用した場合,土木構造物はどう変わるのでしょうか。また,どこまで変わる可能性があるのでしょうか。
ここでは高強度コンクリートの長所と問題点を見ることによって,この回答を模索してみたいと思います。

2 コンクリートの高強度化のメリット
一般に材料を高強度化すると,それを用いた製品の軽量化や大型化を可能とします。コンクリートの場合も高強度化により,部材の軽量化,スリム化,長大化が期待されています。特に,現在注目されているプレキャスト化,プレハブ化を考えると,部材の軽量化は運搬効率からいってもたいへん魅力的でありますし,都市部の構造物や高架橋などでは桁高減少などの部材断面の縮小もまた特色を生かせるところだと考えられます。
土木分野における高強度コンクリートの利用は決して新しいものではありません。20年も前に,比較的大型の鉄道橋に700kgf/cm2を越えるような高強度コンクリートを用いた事例がありますが,その後,応用範囲は意外と広がっていないのが現状です。
なぜそうなのでしょうか。高強度コンクリートの特長の活かせる構造物とはどんなもので,応用分野を広げるためにはどのようにしたらよいのでしょうか。以下に,こうしたことを考察してみたいと思います。

3 土木分野で実用化されている高強度コンクリート
土木分野の設計基準類の高強度化の歴史をみてみますと,まず土木学会の旧鉄筋コンクリート(以下RC)示方書では,昭和6年版と昭和15年版ではコンクリート設計基準強度の規定がなく,その後同24年,31年,42年版でそれぞれ最大の設計基準強度が160,240,400kgf/cm2と増加しています。ところがそれ以降は現在に至るまでRCに対しては最大値が400kgf/cm2におさえられたまま推移しています。一方,プレストレストコンクリート(以下PC)示方書では昭和30年の初版では500kgf/cm2が,昭和53年版では600kgf/cm2が示されています。昭和55年に出された土木学会の「高強度コンクリート設計施工指針(案)」ではRC用で600kgf/cm2,PC用で800kgf/cm2が示されています。
道路橋示方書ではコンクリート強度は500kgf/cm2のものに対する規定がありますが,この値は昭和39年から変わっていません。ちなみに現在のJIS A 5308レディーミクストコンクリートで指定できる最大の呼び強度は400kgf/cm2です。
土木の分野でも多量に使われている高強度コンクリートの代表例には,ポール・パイルに代表される工場製品があります。特に杭についてみると昭和30年にコンクリート強度が400kgf/cm2以上の遠心力鉄筋コンクリート杭のJISが制定された後,高強度化の一途をたどっていまして,昭和43年にはコンクリート強度が500kgf/cm2以上のプレテンション方式遠心力プレストレストコンクリート杭(PC杭)のJISが制定され,さらには昭和57年にはコンクリート強度が800kgf/cm2程度の高強度プレストレストコンクリート杭(PHC杭)のJISが制定されました。これらはオートクレーブ養生による高強度化を直接に活用したものですが,このところHPC杭が主流を占めるようにまでなり,数年前,PC杭のJISは廃止されました。似たようなものにコンクリート矢板などがありますが,これらも高強度化しています。
同じ工場製品では橋桁なども比較的高強度ではありますが,現在道路橋示方書ではコンクリートの設計基準強度の最大値が500kgf/cm2におさえられているため,一般道路用のプレキャスト桁は500kgf/cm2が最高強度となっています。ところが,道路橋示方書にしばられない軽荷重用の橋桁では高強度化がなされており,700kgf/cm2の設計基準強度のものが数年前にJIS化されています。

4 高強度の活かせる構造とは
一般に材料の強度特性を表すのに,その材料の強度を比重で割った比強度という指標を用います。同じ比重であれば,当然強度が高い方が比強度は大きく,同じ強度ならば比重が軽い方が比強度は大きくなります。例えば車や航空機の場合には,新しい,比強度の大きい材料が出てくると,わりと直接,構造体そのものの設計にそれが反映されます。そして,より軽いもの,あるいはより大きいもの等が設計可能となるわけです。ところが,土木のコンクリート構造物の場合には強度が倍になったからといって,スパンが倍の橋や重さが半分の橋が,すぐに可能にはならないのです。その理由を考えてみましょう。
高強度コンクリートが最も使われそうな橋梁のような曲げ部材を例にとり,まずRC部材の場合を考えてみます。RC部材ではコンクリートの引張力を無視し,鉄筋とコンクリートの弾性率の比を一定として設計するため,鉄筋の量か鉄筋強度を変化させない限り,コンクリートを高強度化しても許容曲げ耐力はまったく改善されません。たとえ高強度コンクリートの弾性率を高く見積もっても,その効果はわずかです。終局耐力についても鉄筋の条件が変わらない限り,コンクリートの高強度化の効果は微々たるものなのです。このため曲げ耐力を上げるには,鉄筋を高強度化するか,鉄筋量を増加させるかしなければならないのです。
鉄筋を高強度化したときを考えると,コンクリートは高強度化すると多少は弾性率が増加しますが,鉄筋は高強度化しても弾性率はほとんど変化しないという特性があります。このため鉄筋強度を増加させてコンクリートとつり合わせようとすると鉄筋のひずみは鉄筋強度に比例して増加してしまうという結果になってしまいます。RCの場合,耐久性上の観点からひびわれの幅を制限するために,ひびわれ幅と直接関係のある鉄筋のひずみをおさえています。地震時の設計など一時的な荷重に対しては耐久性を考慮しなくてよいので,鉄筋の高強度化のメリットが出ますが,継続した荷重についてはRCでは鉄筋を高強度化しても,そのメリットがないのです。
鉄筋の量を増やしていった場合はどうかというと,コンクリート強度が2倍,3倍となったことに対応して鉄筋の量を2倍,3倍と増しますと,部材の終局時の靱性の問題やせん断強度をどう確保するかということもありますが,まず単純に配筋が不可能になってくるでしょう。
こうしたことを考えてきますと,RC曲げ部材ではコンクリートの高強度化の直接のメリットを生かせないということになります。RCでも曲げに対して軸力が卓越する場合は,建築の柱部材のようにそのメリットが活かせますので,地震の少ないようなところではかなりの高強度コンクリートRC造建築物が見られます。
ではどのようにしたらコンクリートの高強度を活かせるのでしょうか?答は歴史的に見てもいえることですが,PC構造ということになるでしょう。PCの原理そのものは,すでに110年以上前に米国人によって提唱されていましたが,当時は高強度の緊張材が得られなかったことと,コンクリートそのものが低強度でクリープ,乾燥収縮等も大きく,このため緊張後のリラクゼーションが大きすぎて,PC構造として成り立たなかったのです。これが1920年代に両材料の高強度化により実用化に向かい,それから建設用の構造部材として成り立つようになったのです。この歴史からいうと,PC鋼材の高強度化とコンクリートの高強度化は今後もPC構造にメリットをもたらしてくれるように思えます。

5 PC構造物の高強度化の課題
ではPCではコンクリートの高強度化が問題なく構造物の性能向上につながるかというと,必ずしもそうはいかない面があります。例えば同じ部材断面でPC鋼材とコンクリートの強度を単純に倍にしたと仮定しましょう。本来は細かい差異が出てきますが,ここではそれを無視しますと,大まかにいって部材の耐力は倍になります。ところが前にも述べたようにPC鋼材の弾性率は変化しませんし,コンクリートの弾性率(Ec)も,例えばACIや建築学会ではEcを強度の平方根に比例するとしていたり,土木学会の高強度コンクリート設計施工指針(案)では600kgf/cm2以上の強度に対してEcを一定にしている等のように強度ほどには大きくならないのです。つまり部材の剛性はほとんど大きくならないのです。このため耐力は倍になっても,そのときの変形量も倍になってしまうのです。杭のような部材ではあまり問題とはならないかもしれませんが,橋桁などではあまり変形が大きいと問題となります。この問題を低減するには,断面が小さくても断面二次モーメントEIが大きくなるよう,断面係数の効率の高い断面を検討することなどが必要でしょう。
さらにこれまでは高強度コンクリートの設計を一般コンクリートの設計の延長で考えてきましたが,実際には高強度コンクリート特有の特性を考えなければなりません。まず,許容圧縮応力度と終局時のコンクリートの応力分担についてですが,図ー1に示しますように高強度コンクリートの応力ひずみ曲線は一般コンクリートのそれとはかなり異なっています。ひとつは,弾性域とみなせる直線部分が大きいことと,もうひとつは最大応力を越した後の脆性的な挙動です。これらのため,終局時のコンクリートの応力分担を従来のコンクリート同様に図ー2で示す方法で算定すると過剰に見積かねませんし,許容応力度も従来の延長線上で考えると,同等の安全率が得られるかどうか疑問があるとする見方があります。こうした特性を許容応力度の設定や,終局状態の考え方にどう反映させるか,また,一般のコンクリートとの境界部分をどう考えるかなどの課題があると考えられます。

次に,圧縮以外の強度についてですが,引張や曲げ,せん断,付着強度は圧縮強度ほどには伸びません。このため,こうした強度に対する許容値についても再考が必要です。
ただし,土木研究所でここ数年行ってきている実験からは設計基準強度が750~800kgf/cm2程度の高強度コンクリートを用いたプレテンションPC桁では従来の設計法の延長線上で設計しても問題がないという結果が得られています。
さらに,高強度コンクリートでは材料特性としての乾燥収縮量やクリープ量は一般のコンクリートのそれに比較して,かなり小さくなることが実験等で示されていますが,現行の一般コンクリートの設計の延長線上で設計を行うと,この特性が十分に反映されてないことになります。鉄筋のかぶりについても,高強度コンクリートの特に工場製品については見直すことも影響が大きいと考えられます。かぶりについては,前述した剛性を上げるのに効率的な断面を検討する際には大きな影響を持つと考えられます。なぜならば同断面積でIを大きくしようとしますと,部材厚を薄くし,効率よく断面を配置しなければなりませんから,大きなかぶりというしばりがあるとこの自由が低下するのです。軽量化を考える場合には,特に環境条件のきびしいところでは,かぶりの確保は大きなネックとなりえます。こうしたところでは鋼材は塗装鉄筋や防食テンドン等を用い,かぶりを最小限におさえるような規格の設定も考慮しなければならないでしょう。
表ー1に図ー3の条件でいろいろな設計条件を変えた場合の,PC橋桁の必要断面を示しています。この表から,コンクリートのクリープ,乾燥収縮や弾性率の値の設定影響が大きいことがうかがえます。特にケース4ではクリープ係数の設定の差による,下縁応力の低下が顕著で,この条件でいけばさらに桁高が5cm程度低くできることになります。弾性率,許容応力その他の規定値,構造細目等はそれぞれが独立したものではなく,からめて検討されなければなりませんが,高強度コンクリートの特性を十分に生かせるような基準作りを進めていくことが,高強度コンクリートの活用の道を大きく開くことになると考えます。
参考のために表ー2にPC部材の高強度化による,断面減少,軽量化の試算の一例を示します。これを見ても,コンクリートの高強度化は大幅な断面減少と軽量化を実現する可能性が大きいことがわかります。

6 施工面からの問題点と提案
現在,建築も含めた各分野で現場打ちコンクリートの高強度化が検討されています。ゆくゆくは,800kgf/cm2や1000kgf/cm2の現場打ちコンクリートが珍しくなくなるでしょうが,現状を見ると製造や品質管理の問題等があり,すぐに現場打ちコンクリートで一般の構造物の高強度化を目指すのは問題が少なくないと考えます。このことは冒頭で述べたように20年前に施工例があるにもかかわらず,実施例が伸びていない事実からも見てとれます。一方では工場製品で700~800kgf/cm2の製品が非常に一般化しています。これと前節で述べたかぶりの規定値が工場製品で小さいこと,工場で促進養生を行うとクリープや乾燥収縮の値そのものがかなり小さくおさえられ,コントロールしやすくなることなどを考えますと,まずは工場製品の高強度コンクリートの範囲を拡大していくことが現実的のように思えます。工場製品とし強度を活かせるものには橋桁だけでなく,トンネルのセグメントを始めとして多くのものが考えられます。土木構造物でも,まずは工場製品で高強度化を広めて,現場打へと広げていくのがよいように思われます。

7 おわりに
ここではおもに,近い将来に応用が可能な高強度コンクリートについて述べてきました。実際には,既に超高強度と呼ばれる1000kgf/cm2を越えるコンクリートについても活発に研究がなされていて,こうしたコンクリートを実用化するのもそう遠くないと思われます。この場合には,前節で述べてきました高強度コンクリートの特性をさらに十分に考慮していかなければならないと思われます。いずれにしろ,高強度コンクリートは新しい可能性を切り開く可能性を有していますので,大いに注目していきたいものです。

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