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防災と交流の拠点づくり 稲葉ダム

大分県 竹田ダム建設事務所
 所長
久 藤 朝 則

1 はじめに
大分県では,現在,竹田水害緊急治水ダム建設事業として,一級河川大野川の支川稲葉川に稲葉ダムを,同じく支川玉来川に玉来ダムを建設中であります。今回,稲葉ダムの建設の状況と建設に伴う住民参加や,自然・環境との共生の事例を報告します。

2 ダム事業の概要
(1)経 緯
大野川上流域の稲葉川は,急流のためこれまで多くの水害を引き起こしてきました。
このため,昭和40年から河川改修等の治水事業に取組み,治水安全度の向上が図られてきましたが,昭和57年7月の集中豪雨により,死者7名,負傷者13名,浸水家屋356戸,浸水農地875ha,被害総額5,308百万円の被害を受けました。この災害を契機にダム建設の検討が行われ,昭和57年より予備調査が開始され,昭和60年に実施計画調査に採択されました。さらにその後,平成2年7月の梅雨前線豪雨により,死者5名,負傷者36名,浸水家屋1,483戸,浸水農地2,087ha,被害総額46,606百万円と立て続けに甚大な被害を受けました。

大野川上流部の地形は,祖母傾山地,阿蘇外輪山,くじゅう連山に扇状に囲まれており,谷は急峻であることから,一旦雨が降れば一気に合流点である竹田市街地に集中し,大きな水害を引き起こす要因となっています。さらに,竹田市は数10mの台地に囲まれた小盆地に市街地が発達しており,各河川はクモの巣状に集中していることなどから,一旦河川から溢れた洪水は,思いもかけない方向に走って被害を大きくしています。また,市街地は河川沿いの河岸段丘や小さい谷の出口の僅かな平地に発達しているため,河道拡幅や,護岸の嵩上げ,築堤等が困難な地形をなしています。
この様な状況から,洪水調節ダムを竹田市街地の上流部に建設して洪水を未然に防ぐと共に,下流域の河川改修事業と一体的な治水計画として見直しを行い,平成3年に竹田水害緊急治水ダム建設事業として事業採択されました。
現在の稲葉川は河川改修により橋梁や護岸も整備され,親水性に富んだ河川が形成されています。しかしながら稲葉川の治水計画は,河川改修とダム建設が一体となった計画であり,現河川で平成2年の水害と同規模の洪水が発生した場合は再び災害が発生し,甚大な被害を被ることは必至であります。
このため,地元,県においても,「災害に強いまちづくり」「安全ですみよいまちづくり」を重点施策として取り組んでおり,また被災地区はもとよりダム建設に係る地権者においても,その重要性を認知して地権者協議会を組織し,平成9年2月に基本協定を締結,さらに平成11年2月には損失補償基準の調印を,また,平成14年6月には内水面漁業補償の妥結・調印を行うなど,事業の推進に協力を得ているところであり,こうしたことからもダムの早期完成が必要となっています。

(2)事業の目的等
当ダムは,一級河川大野川の支川稲葉川に建設される重力式コンクリートダムで,洪水調節,既得取水の安定化および河川環境等の保全を目的とする治水ダムであります。

(3)稲葉ダムの特徴
ダム計画地域一帯は,今市火砕流阿蘇火砕流および宮城火砕流の火山噴出物が,複雑に層を形成した地質であり,漏水対策として貯水池を遮水材で全面遮水する貯水池対策工を計画しています。また,ダム本体基礎部に露出する弱層部に造成アバットメント工法を採用しています。

(4)事業の進捗状況
平成13年度までに付替県道および町道工事を完了し,平成14年度は本体着工に向けて,継続実施している転流工,工事用道路および付替林道の工事を進めています。ダム本体工事については,平成14年10月末に一般競争入札の公告を,12月末に入札・仮契約を済ませ,平成15年3月の議会承認を経て本契約そして現地着工する予定であります。

3 地域との交流
地元では,ダム建設を地域活性化の起爆剤にしようと,周辺において,様々な取り組みをしており,県としても地元市,町と連携して地域振興に取り組んでいるところであります。そのいくつかの事例を以下に紹介します。

(1)琵琶峠の植樹
ダム上流右岸側にある琵琶峠は,ダム貯水池を一望できる展望所となる場所です。ひょうたんの形をした峠で,別名「ひょうたん島」と名付けられている地域住民の愛着のある場所です。平成12年,この峠に地域住民とダム事務所職員が一緒になって桜や紅葉などの植栽を行いました。また春には野焼きを行うなど,地域との交流を図っています。また,地域住民の意見を取り入れて,桜,楓,椿などの苗木から木を育て,ダム完成時に移植できるようにして地元の方々に親しみのあるダムを目指しています。

(2)相ケ鶴の石蔵・旧井手邸の保存
ダム近郊の久住町白丹しらに町は,かつて肥後藩が参勤交代のときに使っていた街道筋にあたり,現在もその古い町並みや文化財が点在しています。平成12年度に文化財保護の観点から,この地区にダム建設に伴い水没する相ケ鶴にある久住町指定文化財の石蔵を移設しました。この石蔵は,洪水に対して安全に農機具や種子を保管できるよう石造りとしたものです。また,江戸時代の豪農の旧家であった旧井手邸の解体撤去を行い,その材料を老朽化が進んでいた公民館の建て替えに再利用しました。
旧井手邸は座敷と納戸の間に間仕切壁のある食い違い型四間の平面構成をしており,日本の民家の中では希有な間取りです。この間取りは大分県大野郡,東・西国東郡,北海部郡から熊本県阿蘇郡,福岡県浮羽郡にかけて分布する広間型の民家の原型であります。材料の状態は良好で,構造材の約8割を利用することができました。今回,全面的な再生工事という特別な機会であることを捉え,昭和9年に切り妻屋根に変更された形状を建設当初の寄棟の形式に戻しました。
さらに歴史ある屋敷の価値を低下させないように背面にトイレ,収納,洗面所からなるサービス空間を付加しました。また,旧井手邸敷地内の敷石やカヤの木などは,旧態に近い形で公民館敷地内に配置しました。
こうして,白丹町公民館は,
  ① 地区住民の集会の場
  ② 料理や工芸・工作など体験プログラムの場
  ③ 各種の講座や教室の場
などの地元だけでなく他地域とも交流ができるような多目的な活動ができ,さらに地域の町並みや歴史的資産を保護しながら生まれ変わることができました。

(3)農産加工所・炭焼き施設
農産加工所(川の駅あじさい)と炭焼き施設(ガマダース)は,平成12年に竹田市が事業主体となり建築し,ダム湖が一望できる県道沿いにあります。農産加工所は,現在地元主婦10名ほどで,地元でとれた野菜や山菜を使った料理,まんじゅうなどを販売しています。炭焼き施設は,地元住民により活発的に使用されています。現在この二つの施設は,地元住民の憩い,交流の場としても利用され,ダム完成後には,地元住民だけではなく観光客にも,ふれあいの場としての利用が期待されています。

(4)黄牛 あめうしの滝
ダム下流にある黄牛の滝には,昔から「滝つぼに竜が棲んでおり村人に危害を与えるため,僧侶が牛の首を滝つぼに投げ入れて竜を鎮めた」という伝説があります。この滝は高さ25mの雄大な滝ですが,滝つぼの下流は絶壁が続き,なかなか立ち入ることができない滝でした。しかし,平成13年度までに県,市により遊歩道駐車場,トイレを整備し,滝つぼまで近づけることができるようになりました。それ以来,変わった名前のこの滝に多くの観光客が訪れるようになっています。また,これを契機に地元住民で地元の新鮮な野菜や山菜を並べた直売所を設け地域活性化を図っています。

4 環境保全への取り組み
ダム建設事業は,広範囲に渡って面的な整備を行うため,周辺環境に与える影響は決して小さくありません。そこで,ダム建設に当たって,環境調査を実施し,動植物の生息状況を把握し,その保護対策を検討してきました。さらに,工事に伴い発生する建設副産物の処理についても有効活用を図るべく対応を検討してきました。そのいくつかの事例を以下に紹介します。

(1)オオイタサンショウウオの保護
オオイタサンショウウオは,環境省レッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類に指定されている両生類です。オオイタサンショウウオは,標高10~800mの池沼や水田などの止水域に生息しています。成体の体長は10~18cm,体色は黄褐色から暗褐色をしています。12~4月にかけて,水たまりに産卵し,幼生は主に水生動物を食べながら,8~9月に,変態して陸上で生活します。小型サンショウウオ類の中では分布域が狭く,大分県が主な生息地となっています。しかし,都市部やその周辺では,土地開発や休耕地の増加などにより,消減する生息地が多くなっています。
このオオイタサンショウウオが,ダム貯水池内の池沼に生息が確認されました。このため,学識経験者の指導を受け保護池を貯水池外に設置しました。現在も継続的にモニタリング調査を実施し,工事区域内の成体,卵を保護池に移動させています。今後も学識経験者などの意見を取り入れながら,調査を継続実施する計画であります。

(2)小動物への配慮
カエルや昆虫など小動物が側溝に落ち込み,外に出られなくなることがあります。そこで,付替道路においては,小動物が脱出できるよう階段式の側溝を10mおきに従来の側溝脇に設置しています。

(3)建設発生土の有効活用
当ダムでは,本体掘削や原石山掘削などにより約160万m3もの建設残土が発生します。この残土を有効利用するために県の他部局と連携し,圃場整備事業を導入するなど,本体掘削や原石山掘削を開始する平成15年度から隣接する山間の田を埋め,約20haの水田を整備する予定です。

(4)移動式再資源化施設
工事区域にある木の根株の処分を,少しでも環境への負荷を低減させようと移動式再資源化施設によってチップ化し,堆肥として再利用しています。

5 おわりに
昭和57年7月の水害から本年は,20年目という節目の年になります。平成3年に建設事業の採択を得て,関係機関の協力により地質調査や工法の検討を行ってきました。阿蘇火砕流等の火山性地層の中にダムを建設することは,施工例も少なく技術的な検討に日数を要しましたが,地元の強い要望や地権者のご理解を得て,本年度本体着工の運びとなりました。
今後も,住民の尊い人命や財産を守るという本来の目的に加えて,地域住民の意見や,有識者の助言を取り入れた新しい水辺空間の創出,周辺整備を進め,地域振興の手助けとなる真に地元に喜ばれるダムづくりを推進して行きたい。

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