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阪神大震災の教訓

九州大学工学部建設都市工学科
 教授
彦 坂  熙

去る1月の兵庫県南部地震発生後6日目から2日間,KABSE(九州橋梁・構造工学研究会)調査団の一員として現地調査の機会を得た。大阪市内のホテルから現地へのアプローチに時間を取られたため調査個所は限定されたが,まだガレキ撤去前の生々しい惨状を直接目にすることができた。人間の技術が如何に進歩しても大自然の猛威はコントロールできないことを,改めて知らされる光景の連続である。これまで世界各地の大地震被害調査に豊富な経験をもつ国内外の多くの学者・技術者が異口同音に,今回の被害状況は未経験の想像を絶するものと報告している。地上の構造物のみならず,地下鉄のようにこれまで常識的に地震に強いとされてきた地下構造物までが破壊したのも世界で例がない。
大阪一神戸間の交通幹線は,平面道路の国道2号と43号を除いて,高架式の阪神高速道路神戸線と湾岸線,JRの山陽新幹線と在来線,私鉄各線がことごとく寸断されていた。高架構造の被災はこれら各路線が今回の地震で動いたとされる活断層に近接かつ並行していたことによると思われる。このようなケースでの構造物に対する地震作用は揺れというより衝撃力になるとする説があるが,その水平および鉛直成分の構造物に対する作用効果を含めて全く未知の問題といえる。阪神高速道路神戸線で600mの高架橋を支える連続した17本のRC橋脚を瞬時に倒壊させた地震力の実態に,今後どの程度迫れるのであろうか。関東大震災と違って今回は多数の強震記録が得られており,滑った活断層近傍の衝撃的地動の解明が少しでも進むことを期待したい。たまたま本稿を書いている最中(5月7日13時前)に,「ドーン」という衝撃音を伴う地震に見舞われた。最初の一撃だけで揺れを繰り返さない珍しい地震である。福岡市の震度は2,震源は20kmほど離れた太宰府市付近の地下10km,マグニチュード3.9とのことであった。福岡市に住んで地震を体感するのは数年に1度であるうえに,地震のことを書きながら地震に会うという偶然が重なって,あまりいい気はしなかった。
阪神大震災直後には「日本の土木神話の崩壊」なる語が新聞・雑誌の記事によく使われ,被災した高速道路,新幹線,港湾等の建設を担ってきた土木技術(者)への風当たりが強かった。「日本の土木構造物は世界一厳しい耐震基準により安全に設計されている」と聞かされてきたが,根拠のない神話に過ぎないと言いたかったらしい。加えて,多くの専門家が「設計で想定外の大きな地震だった」と語ったことを,無責任な弁解だと槍玉にあげた報道もあった。決して技術を過信することなく,多年の震災経験や耐霙工学の進歩に伴う新しい知見を反映させて逐次整備された耐震基準に則り国の基幹となる社会資本の形成に鋭意努力してきた土木技術者には,反論もあるはずである。しかし,地震発生時刻がもう少し後にずれていた場合に予想される高速道路や鉄道の大惨事を思う時,最大級の地震に対しても人命の損失は防ぐという耐震設計の最終目標を達成できなかったことは,謙虚に反省しなければなるまい。
神戸市のような近代的大都市が直下型の強震に襲われたのは,世界で初めての経験といえる。わが国の高速道路や新幹線にこれまで地震の被害がほとんどなかったのは,たまたま大きな地震を受けなかった幸運によるものとの見方がある。米国カリフォルニア州の高架道路は,1970年代以降数回の中規模地震に際してその性能不良を露呈したが,日本では初めての実地試験の試験官が不運にも兵庫県南部地震という大物であった。72年前の関東大震災は教訓とするには余りに犠牲が大きすぎたが,発生周期の長短はあるものの日本全土が大地震の繰り返し襲来を避けられないのであれば,大正12年という近代化の初期に大震災の洗礼を受けたことは,日本の耐震工学・耐震設計の発達を促進したという評価もある。これを契機に,地震に弱い西洋式のレンガ造建築が放棄されて鉄筋コンクリートや日本独自の鉄骨鉄筋造が導入されたり,震度法による耐震設計が確立されている。
日本列島は地震の巣の上に作られているといっても過言でない。日本の内陸活断層のほとんどの活動履歴がまだ解明されていない現状では,直下型地震の震源がどこに選ばれるかは不運な偶然であり,神戸の代わりに東京,名古屋,福岡等のいずれが選ばれていても不思議はなかったのである。現行の耐震設計において,地域区分Cの設計震度は地域区分Aの70%に低減してよいことになっているが,区分Cの地域の地震はAのそれに比べて発生周期が長いだけで,直下型地震であれば必ずしも大きさに地域差があるわけではない。
5,500人を越えた阪神大震災の犠牲者の9割以上が老巧木造家屋の倒壊によるものといわれており,これは神戸だけの特殊事情でなく日本全国同じである。避難所としても有効に機能する学校校舎や老巧化したインフラ,ライフラインの更新,補強を含めて,今後の都市防災対策に生かすべき神戸の教訓としなければならない。経済的な制約はあるが,施設の重要度による優先順位付けを確立して遅滞のない行政施策の実行が望まれる。
阪神大震災の惨状は,テレビを通じて世界中に伝えられた。自他ともに認める経済大国日本の近代都市がほんの10秒間ほどの地震でもろくも崩壊し,5,500人の犠牲者と30万人の避難民を生むとは誰も信じられなかったであろう。とりわけ,自動車や電子機器など高品質のハイテク製品を作ることで知られた日本人の多くが住む,いかにも地震や火事に弱そうな木造住宅の映像に外国人は驚いたらしい。「日本の国家は豊かであるが,個人は豊かでないようだ」との感想も聞かれた。狭い国土と過密な都市人口をかかえる世界第一級の地震国日本であるが,豊かな暮らしは安全な杜会・生活環境の上に築かれるものである。阪神大震災が新たに突きつけた課題を克服し,今後一層高度な、地震防災技術の確立を図っていくことが求められている。

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