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「長崎県橋梁長寿命化修繕計画」と県職OBの橋梁点検への協力
長崎県 有吉正敏
1.はじめに

アメリカ合衆国のミネアポリス高速道路の落橋事故や国道23号木曽川大橋のトラス斜材の破断など、国内外での橋梁の損傷が、現在、大きな社会問題となっています。
この様な中、国においては、従来の対処療法的な修繕及び架け替えから、予防的な修繕及び計画的な架け替えへの円滑な転換を目的に、平成19年度、長寿命化修繕計画策定事業を創設しました。
本県においても、橋梁を含む公共施設全般の維持管理の重要性を認識し、「公共土木施設等維持管理基本方針」を平成19年3月策定し、公表しました。
この基本方針を受け、橋梁の維持管理計画の策定を進め、平成20年3月17日、「長崎県橋梁長寿命化修繕計画」を全国の他の都道府県に先駆け策定し、公表しました。
この計画を策定するためにも、策定された計画を着実に実施していくためにも、橋梁点検の実施が最も重要であり、困難なことでありました。
その様な時、橋梁点検への協力について私たち長崎県職道路関係技術者のOBの方々が、快く了解していただき、この問題が解決できました。
橋梁点検へのOB協力は、本県道路技術者の意識の高さをものがたるものであり、他県では困難なことであると思います。(他県からの問い合わせに対しOB協力について説明すると、多くが自分の県では同じことは無理との意見でした。)
このため、「長崎県橋梁長寿命化修繕計画」の内容紹介とその策定の経緯に加え、どのようにしてOB協力が実現したのか、その結果どのような効果があったのかについて、点検におけるOBの方々の活躍などを中心に紹介いたします。

2.長崎県の橋梁維持管理の課題
2-1.維持管理計画の必要性
本県は、九州の西端に位置し、海に囲まれ離島も多いことから、西海橋を初め、平戸大橋、生月大橋、女神大橋など全国に誇る長大橋を建設してきており、おのずと維持管理に対する意識は高いものがあります。
この様な中、平成16年度から県管理全公共施設の維持管理計画策定に着手しました。
公共施設の中でも橋梁は、アセットマネジメントの効果が大きいとの考えから、公共施設維持管理基本方針の策定と平行し、本県の中でも最初に維持管理計画を策定することとしました。
しかし、計画策定のためには乗り越えなければならない大きな課題がありました。

2-2.本県橋梁損傷(風土病)への対応
橋梁の補修計画を策定するにあたり問題となる損傷は、鋼橋の腐食などの塩害とアルカリ骨材反応と考えられました。
特に、塩害については、海岸線の長さが全国二位であり海の影響が大きい本県の特徴から、長崎大学の岡林教授は「風土病」と言っています。
離島架橋等は、支間長を長くしなければならないことから鋼橋が多く、潮風による腐食が発生しており、定期的に再塗装を実施していましたが、局部的な腐食により短期間での塗り替えが必要となるものがありました。(写真.1参照)
また、昭和62年頃本県での発生が確認されたアルカリ骨材反応による損傷は、その後、10年間ほどで集中的に補修が実施されましたが、補修後15~20年間がたち、近年再劣化が目立つようになってきていました。(写真.2参照)
これらの対策に、これからどれだけの費用が必要になるのかが不明であり、予算の確保のためにも、投資の最適化のためにも本県独自の維持管理計画の策定が求められました。


写真.1 鋼橋部分腐食


写真.2 アルカリ骨材反応再劣化

2-3.橋梁点検の省力化
維持管理計画策定のためにも、その着実な実施のためにも一番重要なことは、効果的、効率的な橋梁点検体制の確立であると考えました。
また、損傷した橋梁を架替るべきか、補修で対応すべきか、または何もしないのかの判断は、その維持管理に責任を持ち、予算を握っている県職員にしかできないと考えました。
したがって、その判断の根拠となる橋梁点検はコンサルタント委託ではなく職員自身による実施が不可欠でした。(損傷程度を自分の目で見ないと正確な判断はできない)
しかし、現実は、入札制度の複雑化や情報開示等のため、職員の仕事量はますます多くなっており、この様な状況で、さらに橋梁点検を職員のみで実施することは困難な状況でした。
この様な問題を抱えたまま、平成18年度に、橋長15m以上の約600橋について、職員による橋梁点検を実施しました。
しかしながら、懸念されたように、業務多忙のため期限までの点検実施が完了できず、しかたなく点検の一部やデータ入力をコンサルタントへ委託する事務所がありました。
また期限までに点検完了した事務所も、かなりの業務量増であり、他業務への影響が生じました。
このため、道路関係職員のOB会である道路交友会の吉川秀人会長に橋梁点検へのボランティアとしての協力について相談したところ快く聞き入れて頂き、吉川会長の声かけに賛同した有志の方々に集まって頂き橋梁点検への協力について相談したところ、皆さん快く協力して頂くこととなりました。
この結果、平成19年度の橋梁点検からOBに協力して頂き、職員とOBの組み合わせにより2倍のスピードでの点検が可能となり、橋梁点検省力化の問題を解決できました。
OB協力の効果は、省力化だけではなく、想像以上の様々なものがありました
この効果の内容については後述します。

3.橋梁維持管理の基本方針
3-1.公共土木施設等維持管理基本方針
本県の公共土木施設の維持管理の基本方針を示す、「公共土木施設等維持管理基本方針」が、平成19年3月公表されました。
この方針は、本県が管理する公共土木施設の維持管理計画の策定方針を示しており、計画策定においてはアセットマネジメントの考えを導入することとしています。
具体的には、維持管理目標の設定、点検の実施、健全度評価、劣化予測、管理計画の策定、人的資源の確保を求めています。
これらのことを踏まえ、橋梁の維持管理計画を策定することとしました。

3-2.橋梁維持管理ガイドライン
このガイドラインは,「施設の延命化,維持更新コストの最小化・平準化」を目指し、アセットマネジメントの考え方を導入することで,限られた予算条件の下で施設の特性に合わせた最適な維持管理計画を立案し、事業実施につなげていくための具体的な評価・実施手法を取りまとめたものです。
また,平成18年12月に橋梁を対象とした新規制度として「長寿命化修繕計画策定事業の創設」が国土交通省道路局から発表されたため,一部これを考慮した内容としています。

4.橋梁点検の実施
4-1.管理橋梁の状況
県管理橋梁は橋長15m以上が633橋あり,架設年次ごとに分類すると1960年代から2000年の間に多くの橋梁が架設されており、架設のピークは1990年代であります。(図.1 架設年次別橋梁数グラフ参照)


図.1 架設年次別橋梁数

そのため、計画策定時(2007年)には、架設後50年以上を経過している橋梁(1957年以前に架設)が20橋であり,全体の約3%と全国の比率(約6%)より低くなっています。また、20年後(1977年以前に架設)には223橋となり,全体の約35%を占めることとなりますが、これも全国の比率(約47%)より低くなっています。
架設位置に着目すると,塩害の影響を受ける環境(海岸線から200mまでの範囲)に位置する橋梁は228橋と全体の約36%を占めており、離島・半島が多く海岸線の長い地形を有する本県の特徴となっています。
また、橋梁種別では,PC橋が最も多く407橋あり、次いで鋼橋が164橋となっています。PC橋とRC橋のコンクリート系橋梁が全体の約7割を占めています。


図.2 塩害環境橋梁数


図.3 橋種別の橋梁数(橋)

4-2.点検内容
橋梁の維持管理を適切に行っていくためには、点検の内容と確実な実施が最も重要と考えます。しかし、国と同じ内容の点検を実施することは、県の人員体制からも財政面からも困難なため、本県にあった点検手法の確立が必要でありました。また、点検者ごとに評価、記録方法が異なると、点検結果を維持管理に活用できないため、点検のマニュアル化とシステム化を同時に進める必要がありました。
このため、平成18年度には、省力化・効率化を図る概略点検手法を採用することで橋梁の専門家でなくとも実施可能な点検内容とした、長崎県独自の点検手法を作成しました。
この着実な実施のため、平成18年10月には約80人の職員の参加により、点検の研修、現場実習を行いました。その後、11月から12月にかけて15m以上の橋梁633橋の点検を実施しました。


写真.3 研修状況

4-3.点検結果
先にも説明したように、本県の橋梁は比較的新しいものが多く、点検の結果、約6割は、健全度が91~100と判定されました。
今回の点検で発見された、損傷の代表例を橋種別に、下記に示します。

写真.4 PC橋の損傷事例

写真.5 鋼橋の損傷事例

4-4.OBによる橋梁点検状況
先にも述べたようにOBの方々には、平成19年度の橋長15m未満全橋梁1,338橋の点検から参加いただきました。
当初は、点検には半年近い期間がかかるのではないかと予測していましたが、OBの方々の協力により2ヶ月間ほどで点検を完了することができました。
また、平成20年度は、「長崎県橋梁長寿命化修繕計画」の点検計画により、橋長15m以上142橋、橋長15m未満180橋、計322橋の点検を実施しました。
平成19年度、20年度のOBと職員による橋梁点検の状況(写真-6.7)を下記に紹介致します。

写真-6.点検状況(1)

写真-7.点検状況(2)

5.長崎県橋梁長寿命化修繕計画

点検結果をもとに、下記(図.4)のとおり対策区分を決定しました。
この対策区分をもとに、補修が必要な161橋の架け替え及び修繕を平成20~29年度の10年間で、約120億円の費用を投入し集中的に実 施する「長崎県橋梁長寿命化修繕計画」を策定し、 平成20年3月公表しました。
この計画の詳細な内容は、道路維持課のホームページに掲載していますので、興味がある方はご覧ください。ここでは、計画策定において想定した投資シミュレーション結果(図.5)を示します。


図.4 健全度による対策区分


図.5 投資シミュレーション結果

6.橋梁点検のOB協力による効果

先にも述べましたが、橋梁点検へのOB協力は、当初は職員では手が足りないための省力化のために始めたものでありましたが、実施してみると、その他にも様々な効果がありました。
その効果を一言で表現すると「技術伝承」となるのでしょうが、この一言では表現できない、様々な効果がありましたので、一緒に点検した職員の声の一部を紹介します。
【OBと一緒に橋梁点検をした職員の声】
○橋梁建設当時の建設方法を知っており、桁の形状から橋梁構造の大まかな予測ができ、健全度評価の参考になった。
○昔の施工方法等についての知識伝承が図られた。
○建設当時の橋梁の「今だから言える失敗談」の ような話を聞けた。
○高度経済成長時代の「質より量、スピード」を求めるような話を聞けて良かった。
○判定で悩むときに、自分の意見や判断を述べると、同意をしてもらえたり、また別の意見をもらい、判定を変更したりしながら素早い点検が出来たと感じている。
○昔の苦労話や、的確なアドバイスなど聞くと、土木は継承の仕事だな、OBの方々の話を聞く機会をもっと作らなければ維持管理はうまくいかないのではと強く感じた橋梁点検でした。
○長年の経験で培かわれた知識を基に適切に点検・判断され、また建設当時の橋種および施工方法等を聞くことができ職員指導にもあたって頂いた。これは技術の継承にとっては充分意義があるものでした。
○当事務所に協力していただいた方は、どちらも対馬経験者(一人は上県経験者)で、対馬の地形等を十分熟知された方々だったので、その経験などをもとに判断や指導をしていただき非常に参考になった。
この様にOB点検の効果について多くの声を聞くことができました。これらは、「土木の仕事は技術伝承がいかに重要であるか。」を物語っていると思います。
これからも、長崎県の伝統として橋梁点検へのOB協力が、継続していくことを強く希望するとともに、橋梁点検以外にも、若手職員とOBの方々が直接意見交換をし、様々な技術が伝承されるような機会を作る必要があると感じました。

7.おわりに

「長崎県橋梁長寿命化修繕計画」は様々な方々の協力により計画の策定、公表まで、なんとかたどり着くことができました。しかし、維持管理で最も大切なことは、職員一人一人が、今回のOBとの橋梁点検で伝承された「土木技術者の心」を持ち続け、さらに後輩へ伝承することであると思います。
このためにも、橋梁点検へのOB協力は今後も続けていきたいと考えています。
最後に、計画策定にあたり熱心に指導していただいた岡林教授をはじめとする長崎大学の方々。橋梁点検にボランティアとして、進んで参加し、後輩の職員を指導していただいた吉川会長をはじめとする長崎県道路関係職員OBの方々に心からお礼申し上げます。

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