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長崎水害緊急ダム環境整備基本構想について

長崎県諌早土木事務所河港課長
(前長崎県土木部河川開発課建設班
係長兼副参事)
村 川 壽 朗

1 はじめに
長崎水害緊急ダム事業で実施中の本河内高部ダム,本河内低部ダム,西山ダムおよび浦上ダムは,45万都市長崎の市街地にあって,明治期から今日までの百有余年間にわたり長崎の都市形成の歴史と共に歩み続けてきたが,昭和57年あの数多くの悲劇を生んだ長崎大水害を契機に,治水機能を持つ新たなダムとして再生されることとなった。一方近年,余暇活動に対する関心が高まるなかで水辺空間に対する整備の必要性も強く求められている。
このような状況のなか,歴史的,文化的価値を持つダムの再生に当って,「都市ダムとしての整備のあり方と歴史的価値の保全のあり方」について委員会で検討を行ってきた。その基本構想が取りまとまったので、内容について紹介することとする。

2 長崎水害緊急ダム事業の概要
昭和57年7月23日夕刻から夜半にかけ,長崎地域はバケツをひっくり返したような集中豪雨に見舞われた。時間雨量127.5mm,3時間雨量315mm,日雨量527mmという観測史上まれにみるものであった。長崎市街地を貫流する中島川・浦上川は氾濫し,土石流,崖崩れと相まって,死者行方不明者299名,被害総額3千億円を越える大惨禍となった。
被災後,直ちに長崎防災都市構想策定委員会が設置され,「災害に強い街づくりはいかにあるべきか」について諮問された結果,中島川,浦上川の抜本的治水対策が答申され,次に示すようなダムと河道改修により対処することとなった。
① 中島川については,上流の水道専用ダムである本河内高部ダム,低部ダムおよび西山ダムの利水容量の一部を治水目的に変更し,ダムによる洪水調節と河道改修によって対処する。
② 浦上川についても上流の水道専用ダムである浦上ダムの利水容量の一部を治水目的に変更し,ダムによる洪水調節と河道改修によって対処する。
③ この計画によって失なわれる利水機能については,近傍の被災河川である中尾川(八郎川水系)と雪浦川にダムを建設し,洪水調節と合わせてこれを確保する。

3 治水ダム化に伴う状況変化と検討課題
計画の利水専用ダムは,明治年間以来営々として長崎市民へ飲料水の供給を続けてきた。しかし長崎水害緊急ダム事業により,既存の堤体は改築,改良されることとなる。また,貯水池は常時満水位の低下により通常は水が溜らない敷地が生じる。各ダムの状況変化を表ー1に示すが,市内の5ダムを合わせると30haを越す高水敷が出現する。
一方,近年のレジャーを中心とする水辺空間の活用に対する市民の要請も強いものがある。
このため,歴史的遺産の改築に当っては,その保存方法を,高水敷の出現に対しては,利用と修景の方法を,また市民の要請に対しては,都市ダムとしての整備のあり方を検討していく必要がある。

4 ダムを取り巻く環境特性と課題
一般のダムの周辺整備は,ダムの建設される場所が山奥の山間部が多く観光振興や村おこしの核としての位置付けが多い。しかし本事業の対象となっているダムは,市街地に位置し,地域活性化というよりむしろ都市環境の向上を主目的とするものであると考えられる。このようなダムの整備を行う場合は次のような長所もあるが問題点もある。
長 所
① 都市に残る貴重な自然環境として人々の関心が高まる。
② 周辺に人口が多いため日常的に多くの人の利用があり,投資効果も大きい。
③ 周辺の史跡,名勝とのネットワークづくりが容易である。
問題点
① 整備が周辺の土地利用に影響し,乱開発や無秩序な開発を誘う場合がある。
② 豊かな自然を感じるには景観や水質に対して十分な配慮が必要である。
このような観点から,長崎市の環境特性,各ダムの持つボテンシャルを整理し,課題を抽出したのが表ー2である。
市民生活の一定のリズムの中で,そのブランクを埋める整備を考え,新しい存在感を引き出すような配慮をしていく必要があろう。

5 基本理念と基本方針の設定
前記の検討課題より5つの基本理念とそれぞれの基本方針を設定した。
(1)基本理念ー1
水と生活 人々 水のかかわりの学習
(人と水のかかわりを学び,水の尊さ・恐ろしさを理解する)
水は地球上のすべての生物の源である。自然の構成員の一人である人間にとっても,水は生きていくうえで最も基本的なものである。水道水源であるダムや貯水池とじかに触れ合うことにより,水の大切さを理解する場とする。洪水のない安全で活力のある街づくりを行うため,地域と一体となったモデル事業として位置付ける。
① 基本方針 1-1
水と人々のかかわりを学ぶ場の整備
水を供給する水道施設の重要性を身近にわかりやすく理解してもらう場として「水道記念館」の整備を行う。展示物などは,精神的成長期にあたる児童・少年等の青少年が楽しみかつ理解できる内容とする。
② 基本方針 1-2
水質保全対策
本計画対象のダムはいずれも水道水源としてのダムでもあり,水質保全を原則とする。
③ 基本方針 1-3
治水機能の確保
計画治水機能を侵すことのないように配慮する。
④基本方針 1-4
治水事業促進のためのPR
今後の治水事業促進のため地域づくりと一体となって整備を進め,本事業のPRを行う。
(2)基本理念ー2
人と自然 共存の歴史学習
(歴史的ダムの活用により,自然と人間のかかわりを学ぶ)
人が造り出した雄大な土木構造物であるダムは人と自然との接点でもある。人間の社会活動と自然との調和が強くさけばれる現在,歴史的な過程における自然と人間生活の調和を振り返り,学ぶことの必要な時代でもある。歴史的な価値を持つダムを活用し,学ぶための場としての整備を行う。
① 基本方針 2-1
実物のダムをはじめとするダム博物公園の整備
ダム博物公園は,水道記念館を配した周辺を拠点として,いくつかのダムを結んだネットワークで構成する。また,ダム周辺の歴史的,文化的施設も本計画のなかに位置付け,活用と保存を図る。
② 基本方針 2-2
映像メディアによるダム史のPR
水膜スクリーンやダム本体をスクリーンとした映像メディアにより,ダム史のPRを行う。イベント時には野外劇場としても活用する。
(3)基本理念ー3
水と緑と光 快適な都市環境の形成
(都市生活に潤と安らぎを与えてくれる)
市街地の川や湖の水と緑の空間は,都市に残る数少ない自然であり,都市で生活する人々は,この自然と豊かな日差しのもとでふれあうことで,ひとときの落ち着いた人間らしい時間を過ごすことができる。また人々のライフパターンの変化に伴い夜間利用や夜間景観も重要なテーマである。自然湖沼や大河川を持たない長崎では,貯水池の静水面は親水レクリエーション空間としての期待が大きい。
①基本方針 3-1
周辺の緑地の保存
ダム周辺に残る良好な緑地は都市に隣接する貴重な緑でもあり,整備に当っては極力保存する。
② 基本方針 3-2
魅力あるレイクフロントの整備
水位変動による水際線の影響を最少限に押えると共にデザインなど景観面や親水面に配慮した整備を行う。また,イルミネーションやライトアップなどによる夜間景観の創出を行う。
③ 基本方針 3-3
市民の身近な憩いの場づくり
市民にとって身近に訪れることができる貴重な水と緑と光の空間として整備を行う。
また,市民自ら維持管理できるような気運を高める整備を行う。
(4)基本理念ー4
湖とダム 新たな観光資源の創出
(異国情緒あふれる観光都市長崎の新しい観光資源として)
国際観光都市としての特色は,鎖国時代唯一の外国文化との接点であったことによる異国情緒あふれる歴史的な資源にある。また丘陵地や斜面が多いという地形条件にも依存している。5つのダムと既存の観光地をネットワーク化することにより新しい観光資源として整備を図る。
① 基本方針 4-1
人が集う水辺空間の整備
多くの人々が集まってくる魅力ある貯水池にするためには,緑地,水質など諸環境の保全に対する配慮も必要である。さらにシンボル的施設の整備を積極的に図る。
② 基本方針 4-2
湖面の積極的利用
湖面の活用として,ボート・湖上ステージ等積極的な導入を図る。
③ 基本方針 4-3
観光地とのネットワーク形成
市内の多くの観光地とネットワークを図り,新たな観光地として位置付ける。
(5)基本理念ー5
ダムと街 適正な土地利用の誘導
(ダム周辺の開発に伴う乱開発を防ぎ適正な街づくりを行うために)
ダム周辺の乱開発や望ましくない土地利用を誘発することを防止するため,適正な土地利用の規制と誘導を行っていく。
① 基本方針 5-1
ダム周辺の乱開発の防止
ダム周辺の緑地を保存すると共に,住宅地区の快適性を保持するため,都市計画との整合を図りながら,土地利用の規制・誘導のための指針を検討する場を設ける。

6 各ダムの整備方針と整備内容
基本理念と基本方針に基づき各ダムの整備方針を設定した。その内容は以下の通りである。
(1)本河内高部・低部ダム
両ダムは近接しており,一体的な整備を行うものとする。整備方針は表ー3のとおりである。
さらにダムと周辺地域の状況を写真ー1に示す。

(2)西山ダム
右岸・下流は市街地に隣接しているが,左岸・上流側は良好な自然環境が残されている。整備方針は表ー4のとおりである。

なお,本ダムは長崎水害緊急ダム事業のなかでも最も早い工事進捗にあり,ダム本体工事は平成3年度に概成した。平成4年度は,グラウト等の残工事とダム下流の周辺整備を実施する予定である。新ダムの堤体は周辺環境に配慮し,石畳模様を配した化粧型枠を使用した。また天端通路は県下全市町村の“花”をあしらった石畳舗装とした。さらに高欄には,グラバー邸の屋根の格子模様をイメージした濃緑色の鋳鉄製を使用した(写真ー2)。

(3)中尾ダム
他の4ダムに比べ,市街地から多少離れてはいるが,周辺の景勝地や土捨場跡地の利用など多様な整備が考えられる。表ー5に整備方針を示す。

(4)浦上ダム
今回のダム群の中では,貯水池面積および利用可能な高水敷地が最も広い。また周辺は宅地化が進み人口が急増している地域でもある。
ダムサイト右岸側には良好な自然環境が残されている(写真ー3参照)。
表ー6に整備方針を,図ー2に整備構想を示す。

7 おわりに
これらの基本構想は,平成元年度から平成2年度の2ケ年間にわたり,長崎水害緊急ダム環境整備検討委員会で検討され,平成3年2月に

   ニュー長崎レイクシステム
一清く・安らけく・楽しく・美しく一

として答申されたものである。
委員会は,鈴木忠義東京農業大学教授を委員長として,学識経験者,建設省,県,市により構成された。
今後はこの答申をもとに県・市間で調整を図りながら実現へ向け検討していくこととなる。

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