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道路整備による交通流動の変化と地域間交流の活性化について

㈳九州建設弘済会 理事長
熊 谷 恒一郎

(前)国土交通省 九州地方整備局
 道路部 道路計画第二課 調査係長
国土交通省  九州地方整備局
 宮崎河川国道事務所 日南国道出張所所長
沓 掛  孝

まえがき
従来から,道路整備が各地域で十分な社会経済的貢献をしているかどうか,議論が続いている。これまで数多くのインパクト調査や整備効果の分析がなされ,個々の道路整備による地域社会への貢献が報告されているが,一方では道路整備の進捗にもかかわらず人口流出や過疎に悩む市町村の事例もあり,所謂ストロー効果等,道路の整備効果を疑問視する指摘もある。
また,近年の財政状況の逼迫から,道路整備は十分に達成されたと言う意見や効率の低い人口の少ない地域での道路投資を抑制する意見が大都市圏を中心に出されている一方で,国や県の行政責任者に寄せられる市町村長等の地元要望は圧倒的に道路整備が多く,各地域の振興を図る立場で判断すると道路整備が最も重要視されている事が覗える。
著者らは,九州地域を対象に昭和46年より3~5年毎に実施されてきた道路交通センサスによる自動車ODの年次的変化に着目し,交通流動が種々の特性を有する各地域における日常生活行動や社会経済活動の反映と見て,永年にわたる道路整備の進捗により,どのように地域交通の増加や地域間交流の促進が図られ,地域の活性化に貢献してきたかを統計的に分析し,道路整備効果の客観的な検証を試みてきた。
本稿はその一端として,基本的な交通流動の指標として発生集中量と走行台キロを取り上げ,その生活圏域間の差異や年次的変化がどのような社会経済的要因により生じるのか,その中で道路整備によるものがどの程度見られるのか統計的に分析したものである。

1 分析方法
離島を除く九州全域27生活圏において,昭和55年から平成11年までの19年間の発生集中量の変化を人口順に図ー1に示す。この間の九州全域の平均増加率1.505,1年当たり伸率1.027であるが,各期間毎に,また生活圏間でも増加率にかなりの開きがある。

この様な年次的変化や生活圏域間の差異がどのような社会経済的要因により生じるのか,その中で道路整備によるものがどの程度見られるのか,重回帰モデル等により統計的分析を試みる。
重回帰分析は各調査年次における生活圏単位のデータにより,発生集中量や走行台キロ等交通流動を表す指標を目的変数とし,道路整備,人口,自動車保有台数,産業等の各指標を説明変数とする線形一次の重回帰式によることとする。目的変数,説明変数についてはデータ収集の可能な範囲で下記のように設定した。

2 生活圏域間の比較分析
2.1 発生量による分析
各調査年次における各生活圏の全発生量と各指標データから,これら要因間の相関関係や生活圏間の差異に対する影響の程度について分析する。

(1)各要因間の相関分析
先ず,これら要因間の相関関係について概要を把握するため,相関分析を行った。
発生量と他の各指標との単相関係数を調査年度毎に図ー2に示す。年度毎に多少のバラッキはあるが,保有台数,人口との相関が極めて高く、改良延長,年間販売額も高い相関を示している。
道路の指標では,十分な機能を有する道路としての改良延長の相関が特に高く,未整備区間の含まれる総延長や混雑区間の特定が困難な整備延長は比較的低くなっている。また高速延長の単相関係数は一般道路の改良延長よりは低いが,昭和55年のデータを除くと比較的高くなっており、関連道路も含めた高速道路網の整備の進捗によるものと考えられる。
産業指標について見ると,年間販売額についで出荷額の相関も比較的高いが,粗生産額は低く、地域経済の中でのウエイトが表れている。

全調査年度のデータによる全要因間の相関関係を表ー1に示す。ただし一般国県道の指標では発生量と相関の高い改良延長のみを採用する。発生量以外の要因間では,改良延長が保有台数や人口と高い相関関係を持っている。人口との相関は人口が道路整備のプライオリティを高めたことによるものと考えられるが,保有台数との相関は,逆に道路整備が自動車保有を促進した結果と考えられる。以上のことから主要な要因間の相互関係を図ー3の様に推定する。

(2)重回帰式による各要因の影響度分析
次に,発生量を目的変数として重回帰分析を行った。その結果を表ー2に示す。
分析精度は修正決定係数0.99で極めて高い精度が得られたが,標準偏回帰係数により各々の影響要因としてのウエイトを見ると,単相関係数が大きい人口と保有台数が最も大きく,道路整備や産業指標については,単相関係数が比較的高い改良延長,年間販売額,出荷額のいずれの値も小さい。従って各生活圏域の発生量(交通の発生頻度)の差異への影響要因としては,日常生活や産業活動の主体となる人口,自動車交通の手段となる保有台数のウエイトが圧倒的に大きく,その中で道路整備の指標がある程度の役割があることは覗われるが,道路整備の影響を定量的に把握するにたる精度は有していないと考えられる。

(3)内内・内外トリップの比較
発生量を生活圏内々と生活圏間(内外)トリップに区分してその分析結果を図ー4に比較する。
その結果,内々トリップの発生量は単相関係数,重回帰分析による標準偏回帰係数とも殆んど全発生量と同様の傾向となっており,前節の分析結果には,全発生量の中で圧倒的に大きいウエイトを占める生活圏内々の発生量の特性が強く表れている。
一方生活圏間の発生量では,全ての単相関係数はじめ標準偏回帰係数が低い値を示しているが,これは相手方の生活圏のデータおよびその間のリンク特性(道路整備状況)なしで説明することが困難であることを示している。

2.2 走行台キロによる分析
交通流動をより的確に表す指標として発生量1トリップの重みを考慮する。交通流動の内容としては車種,目的,移動距離等が考えられるが,ここでは移動距離の要素を取り入れ,各トリップ毎にトリップ長を乗じた所謂走行台キロを用いて生活圏別に集計し,2.1節の発生量の場合と同様の分析を行う。分析の結果を表ー3に示す。

単相関係数を2.1節の発生量の分析結果(表ー2)と比較すると全項目とも走行台キロの方がやや低めとなっている。これは発生トリップに距離を乗ずる走行台キロの特性から保有台数や人口が原単位となりづらい事,長トリップのウエイトが増すため内々率が低くなり生活圏データとの相関が低下する事によるものと考えられる。しかし出荷額と年間販売額は同程度であり,走行台キロが生産活動に伴う交通の実態に近い指標である所以かと考えられる。
重回帰分析の結果を発生量の場合(表ー2)と比較すると,分析精度は修正決定係数0.92でやや低いが,標準偏回帰係数を見ると,保有台数の値が最大となり,人口が下がり,改良延長の値が増大している。従って各生活圏域の走行台キロ(交通の延べ移動量)の差異への影響要因としては,保有台数と人口だけでなく改良延長が大きな役割を果たしており,道路整備の進捗が交通のトリップ長を延ばし走行台キロを増加させたと考えられる。

2.3 1人当り交通流動の分析
ここで1人当りの交通流動を地域の交流活性度の指標と考え,改良延長,保有台数,粗生産額,出荷額,年間販売額の各1人当りの指標との関連について同様の分析を試みる。
1人発生量の分析結果を表ー4に示す。各指標の相関係数は相関の高い人口で除するため大幅に低下しているが,1人当り自動車保有台数(保有率)は高い値を示しており,また重回帰分析による標準偏回帰係数を見ても,保有率のみが有効な値を示している。

同様に1人走行台キロによる分析結果を表ー5に示す。1人発生量の場合に比較して保有率の相関係数は低下しているが,逆に改良延長はより高い値を示しており,また重回帰分析による標準偏回帰係数を見ても,保有率のみでなく改良延長も有効な値を示している。

修正決定係数は1人発生量で0.78,1人走行台キロで0.61であり,相関の高い人口で除するため,2.1節,2.2節の生活圏単位の分析による結果と比較するとやや低いが,一応の分析精度を保っている。したがって生活圏単位の分析と同様に,1人当り交通発生頻度(発生集中量)の観点からは自動車の保有率が地域の自動車依存度もしくは活用度を表す重要な指標となっているが,一人当りの延べ移動量(走行台キロ)の観点からは保有率だけでなく改良延長が交通のトリップ長を延ばし走行台キロを増加させる大きな役割を果たしたと考えられる。

3 年次的変化の分析
3.1 各生活圏毎の年次的変化の分析
ある生活圏における昭和55年から平成11年までの発生量と改良延長,人口,保有台数,産業指標等の関係データの年次的変化を図ー5に示す。この間の調査回数が5回とデータ数が少ないが,人口の増加が僅かにもかかわらず改良延長や保有台数の伸びとともに発生量が増加している様子が覗われる。
各々の生活圏の立場でこれまでの道路整備による交通活性化の効果を見るため,上記の関係についての分析を各生活圏域毎に実施した。なお産業指標データは公共事業のデフレータを用いて平成11年を基準年とする実質価格に修正している。

(1)発生量の年次的変化
先ず全発生量と各指標間の年次的変化の相関分析結果を図ー6に示す。殆んど全ての生活圏で改良延長か保有台数のいずれかが最も高くなっている。圏域間分析で相関の高い人口について見ると,県庁所在地などを除いては人口が減少しているため負の相関となっており,人口の増減にかかわらず発生集中量が増加している。産業指標では出荷額,年間販売額との相関は比較的高い生活圏が多いが圏域間にばらつきが大きく,粗生産額は殆んど全ての生活圏で低い値を示している。

以上のことから,全ての地方生活圏において発生量の年次的変化は道路整備と保有台数との相関が高く,たとえ人口の減少している地方生活圏においても道路整備の進捗と自動車保有の増加による道路利用環境の向上が交通活性化に大きく貢献していると考えられる。

(2)1人発生量の年次的変化
次に1人発生量と,改良道路の網密度,保有率,1人当たりの粗生産額,出荷額平均,年間販売額との関連について同様の分析を試みる。
相関分析の結果を図ー7に示すが,発生量の分析結果と全く同様のパターンであり,殆んど全ての生活圏で改良網密度と保有率の向上が交通活性化に大きく貢献していると考えられる。また図中には改良網密度と保有率の相関係数も併せて示しているが,両者は極めて強い相関関係が見られ,改良網密度の増加が保有率を向上させ1人発生量を増大させている。

3.2 変化率の分析
(1)1人当り交通流動の変化率
昭和55年から平成11年までの各生活圏の交流活性化の度合いを見るため,1人発生量,1人走行台キロに加え,広域化の指標としてトリップ長の変化の割合にも着目し,道路整備の各指標との関係を分析する。分析結果を図ー8に示す。ここでアクセスとは各生活圏の高速道路へのアクセス水準を表すため,中心都市から高速インターまでの所要時間に反比例し15分を基準値1.0として定義した指標であり,Δアクセスとは調査年次間の変化量である。

先ず,1人発生量および1人走行台キロの変化率の相関係数を2.3節の圏域間分析の結果(表ー4,表ー5)と比較すると,保有率は低下し改良延長等の道路関係指標の影響が相対的に増加しており,3.1節の各生活圏毎の分析の結果を裏付けている。
次に1人当り交通流動の各指標間の比較を行うと,1人発生量の変化率では保有率との相関係数が最も高く,1人走行台キロでは1人改良延長,1人改良延長の変化,保有率の変化との相関の強さがほぼ同程度であり,トリップ長を見るとアクセス11との相関のみが高い値を示している。以上のことから,1人当りの交通発生頻度は保有率の変化に大きく影響されるが,交通総量では道路整備水準のウエイトが増し,交通の広域化の観点からは高速インターヘのアクセス水準の影響が高いことが覗われる。

(2)各生活圏の交流活性化度の分析
以上,検討してきた各生活圏の1人発生量と1人走行台キロの変化率の関係を図ー9に示す。ただし発生量の観測値の種々の変動を考慮し全調査結果の回帰式より変化率を算定した。横軸に交通の発生頻度の変化が,縦軸に広域化の程度が散布図として示されており,図上の斜線がトリップ長の変化を示す。都市圏と地方圏,高速道路等へのアクセスの観点から次の4地域への分類を試みた。

都市圏では,発生量,走行台キロとも増加量は小さく,都市化の進展による交通発生の抑制や他の交通手段の整備等による道路への依存の低下による影響が表れていると考えられる。
また地方圏ではⅠ~Ⅲ類とも,小規模で人口が減少している地方生活圏において,発生量の大きな伸びを示すものが多く,道路への依存の強さが覗える。また広域化の程度は多少の例外はあるが,高速道路等へのアクセスによりある程度明確に区分されている。
地方圏Ⅰのうち宮崎県域の都城,小林の各生活圏で,両指標とも変化率が際立って低くなっているが,昭和55年の調査前に国道222号の加久藤峠の開通,高速道路の一部供用,国体開催等により昭和55年の交通量が大幅に増加した結果ではないかと考えられる。
また地方圏Ⅱのうち佐伯生活圏だけはトリップ長の大幅なのびを示しているが,大分生活圏との日常生活交流や福岡生活圏等との広域交流の大幅な増加によるものと考えられる。
地方圏Ⅱ,Ⅲに属する生活圏の多くは,東九州,西九州,南九州西回り自動車道等の高規格道路の整備が計画されており,今後の整備が進めば地方圏Ⅰの領域に移行することが期待される。

あとがき
以上,道路整備が生活圏の交通流動にどのような影響を与えているか,生活圏単位のデータにより種々の観点から統計的分析を試みてきた。分析検討の結果をとりまとめると,下記のとおりである。
① 調査時点において各圏域間を比較すると,日常生活や産業活動の主体となる人口や保有台数のウエイトが圧倒的に大きいが,個々の地方生活圏の年次的変化や変化率の分析では,人口に代わり道路改良延長のウエイトが増大しており,たとえ人口の減少している地方生活圏においても,道路整備の進捗と自動車保有台数の増加による道路利用環境の向上が交通活性化に大きく貢献している。
② 交通の発生頻度ともいえる発生集中量への影響要因としては,人口,保有台数のウエイトが大きいが,交通の発生総量とも言うべき走行台キロでは道路改良延長の役割が増大しており,さらに広域化を示すトリップ長では高速道路アクセスとの相関が高い等,其々の道路整備の進捗が交通特性に反映され交通の総量を増加させていると考えられる。
特に①については,九州全域(全国)を見渡す視点と特定の生活圏域(市町村)を継続的に見る視点での道路整備に対する評価の違いにつながるものであり,地方における道路整備の要望の強い所以と考えられる。
今後はこのような交通流動の変化による生活圏間の交流連携状況の分析を行い,道路整備による交流圏の拡大や地域構造の変化について明らかにして行きたい。

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