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西の内谷川の水辺整備の計画と設計について
(川辺川砂防のセイフティ・コミュニティモデル事業)

建設省九州地方建設局
川辺川工事事務所長
桑 靏 公 生

建設省九州地方建設局
川辺川工事事務所
工務第二課長
鬼 塚  巌

西日本技術開発(株)
土木第一部設計二課
課長補佐
武 富 芳 弘

1 まえがき
川辺川は,流域面積533km2(内砂防対象面積498km2)流路延長62kmにおよぶ球磨川水系最大の支川である。
川辺川の砂防事業は,昭和38~40年と3年連続の集中豪雨による大災害を契機に,昭和42年6月より熊本県の補助事業から国の直轄事業に編入され,昭和63年度までに砂防ダム66基,流路工6カ所3.3kmを完成し,進捗率29%で現在にいたっている。
一方,川辺川流域の関係町村では,過疎化からの脱皮を図るべく「村おこし」の一環として,地域開発が盛んに実施され,川辺川上流域を占める泉村においては,村おこしの一大プロジェクトとして,「平家伝説の里づくり」が計画され,秘境“五家荘”を中心とした観光拠点の整備が進められている。
建設省においては,21世紀に向けた砂防事業のあり方を検討し,地域と一体となった砂防事業を進め,より安全で快適な地域づくりを目指す「セイフティ・コミュニティモデル事業」を実施している。
川辺川砂防事業でも,地域の諸事業と有機的に連携させながら地域の活性化を図り,村づくりの一助を担うため,セイフティ・コミュニティモデル事業を計画し,昭和62年度より実施している。
この報告は,「セイフティ・コミュニティモデル事業」として,川辺川上流支川の西の内谷川とにがこべ谷川の合流点付近で実施している水辺整備の計画,設計と施工の一部について述べたものである。

2 泉村の観光開発1)
泉村は,ほぼ全域が五木・五家荘県立公園の指定区域にあり,なかでも五家荘一帯は九州中央山地国定公園にも指定され,九州最後の秘境と呼ばれており,全国有数の平家落人伝説の里としても知られている。
泉村はこのような恵まれた自然と歴史を背景に観光施設の整備計画を立案し,「樅木園地(吊橋周辺)施設整備事業」および「平家伝説の里づくり(五家荘民家苑)整備事業」として実施している。
前者は,樅木川と西の内谷川の合流点および西の内谷川とにがこべ谷川の合流点付近一帯を五家荘の自然を生かした観光拠点とするもので,従来からある樅木吊橋等の再開発,並びに新たに河川公園,渓流キャンプ場,自然探勝遊歩道等の施設を整備するものであり,後者は,樅木地区に平家伝説館の新設と古い民家の移設を行い,五家荘の歴史探訪の拠点施設を整備する事業である。
 樅木吊橋   L=72m H=30m
 あやとり橋  L=75m B=1.8m H=35m
 しゃくなげ橋 L=59m B=1.8m H=15m
 平家伝説館  木造銅板葺平屋建 245m2
 能舞台     木造銅板葺平屋建
 民家苑     木造茅葺平屋建 124m2

3 西の内谷川水辺整備の概要2)
(1)基本方針
西の内谷川の水辺整備により,砂防機能と周辺の自然環境および地域計画との整合を保ちながら水辺の空間を確保して,地域の人々に憩いと安らぎの場を提供すると共に,水と親しむ美しい渓流を創出する。
(2)整備方針
にがこべ谷川第4砂防ダムで発生する掘削残土を利用して,西の内谷川周辺の渓流キャンプ場の一部と集会所付近を盛土することにより,災害時の避難場所としての広場を造成し,周辺の治水安全度を高めながら砂防機能に支障のない範囲で渓流と人々が触れ合える水辺公園を整備する。
(3)施設計画
水辺公園は,周辺環境との調和を図り,人々が渓流で親しめる施設とする。渓流には飛び石,せせらぎ,滝等を設置し,水と触れ合えるようにする。その護岸工は,渓流キャンプ場と一体となって利用できるように,親水性と景観に配慮した構造とする。

4 計画地点の地形と景観
水辺整備計画地点は,西の内谷川(CA=15.0km2)とにがこべ谷川(CA=7.9km2)の合流点の上下流区間にあり,比較的谷幅の広いV字谷地形を呈している。西の内谷川は,にがこべ谷川と120°で合流した後,左方に曲流し,既設砂防ダムの下流では右方に湾曲した流れとなっている。両渓流とも急流河川であり,特に,にがこべ谷川はI=1/7の急勾配で合流し,合流点周辺の渓床と渓岸は大小の転石と礫で構成され,河床変動が大きく流路が一定していない状況にある。
自然景観の面では,両渓流が変化に富む水の流れと大小の転石により構成され,さらに合流点下流左岸が混交自然林に覆われているため,美しい自然景観を呈している。すなわち,計画地点の景観的価値は,水の流れの多様性と渓岸まで迫った混交自然林の植生にあり,両者が相まって優れた渓流景観を醸しだしているところにある。

5 基本計画
基本計画の立案にあたっては,計画地点の特性を考慮して,①砂防機能,②景観,③地域計画との整合,④環境保全,⑤親水性,⑥施工性の要素をできるだけ満足すべきであると考えた。
しかし,全ての要素を一度に満足する計画は難しいため,まず,単独あるいは複数の要素に重点を置いた比較案を3ケース立案し,その後,各案の得失を勘案して,第一案をベースに最終案を決定した。比較案3ケースを表ー1に示す。

最終案の構想は,次のとおりである。
① 景観,環境保全およびキャンプ場用地の確保の面から,流路(渓流)は現状を尊重する。
② 床固工と護岸工の施工性を確保するため左岸山岸に仮排水路を設置する。
③ 仮排水路は砂防工事完了後も残し,人工渓流として整備し,渓流キャンプ場と一体となった親水活動の場として利用する。
④ 人工渓流への分水については,合流点上流の西の内谷川の1号床固工に分水機能を持たせる。
⑤ 合流点下流の2号床固工は,遊砂機能を取り入れるため,キャンプ場の利用に支障を与えない範囲で袖部を嵩上げし,仮排水路まで延長する。
最終案の計画平面図を図ー3に示す。

6 設 計
(1)1号床固工(分水堰)
1号床固工は,仮排水路(人工渓流)への分水機能を備えたものとして設計した。
分水機構は,水力発電施設の渓流取水ダム3)で多く用いられている縦格子型取水工を採用した。これは,堰の頂部(水通し天端)にスクリーンを配置し,流水をスクリーン下部の水路に落水させるもので,ある程度の砂は流水とともに水路に落下するが,玉石や礫は流入を防止できる取水工である。スクリーンを設置する取水工部は,景観の面から水量の少ない時でも床固工の下流へも流水を供給する必要があるため,全水通し幅12mの半分とした。
床固工の表面は,当初の設計では全面に自然石を利用するように計画していたが,自然石が現地で十分に得られなかったため,床固工の下流面は自然石風の化粧型枠を使用した。しかし,下流側壁は自然石の野面石積とし,水叩きも自然石の石張りとした。

(2)2号床固工
合流点下流の2号床固工は,基本的には通常の床固工の形状としたが,水の流れの多様性と親水性の面から,下流面を図ー5のような階段状の自然石による石組みとした。

(3)渓流護岸工
計画地点の渓岸を従来のブロック積護岸とした場合,渓流景観が異質なものとなるため,野面石積を基本とした。さらに,渓岸の現況が大小の転石で構成されている部分もあるので,これらの箇所については,洪水によって転石が移動しないように隙間にコンクリートを注入して間詰めを行うとともに,大きな転石にボーリングして岩盤にアンカーを取るようにした。

(4)既設砂防ダムの改良
2号床固工下流の既設砂防ダムは,かなり古くコンクリート表面の色合いから,本体はあまり異和感はないが,側壁がブロック積工であるため,渓流景観としての一貫性が若干損われている。
このため,水の流れに変化を持たせる意味も含め,下流面を石張りのスロープとするように計画した。

(5)仮排水路(人工渓流)
2号床固工,渓流護岸工および既設砂防ダムの改造の施工性を確保するための仮排水路は,完了後は人工渓流として親水活動に利用することを配慮し,図ー8のような断面形状とした。
県道から見通すことができる仮排水路左岸の護岸は,自然石の野面石積とし,右岸側は自然石と化粧型枠による階段護岸を一部に配した。

仮排水路出口は,I=1/2の急勾配水路となるため,自然石と岩の露頭を利用した落差工とし,人工の滝を創出するようにした。(写真一4)

(6)周辺施設整備
水辺整備の対象区域は,県立公園内に位置しているため,周辺施設整備はあくまでも自然公園にふさわしいものとして計画し,泉村の振興計画にも示されているキャンプ場(収容人員60名程度)を中心とした施設を整備するようにした。
にがこべ谷川第4砂防ダムの掘削残土による盛立造成地は,集会所を中心に周囲に植栽を施した多目的広場として整備し,災害時の避難場所として利用するようにした。

7 あとがき
西の内谷川の水辺整備計画は,河川砂防工事に対しても近年社会的要求が高まってきた景観設計に類するものである。
景観設計においては,設計が現地でどこまで具体化されていくかは,設計をする人はもちろん施工する人とそれを管理する人の感性に大きく左右されるように思われる。
しかし,我々土木に従事するものは,これまで景観に対する感性を磨く訓練が不足していたことは事実である。したがって,これを補う手段として,造園技術あるいはコンピュータグラフィック等の積極的な導入が必要と考える。
平成元年10月末までに,第1号床固工,第2号床固工と仮排水路の施工を終え,平成4年度完成を目指し,現在も鋭意施工中である。
最後に,計画,設計,施工にあたり御協力いただいた関係各位に厚くお礼申し上げるとともに,今後も御指導,御協力を賜るようお願い申し上げます。

参考文献
1)泉村:樅木園地(吊橋周辺)施設整備事業計画書,昭和63年5月
2)川辺川工事事務所:五木五家荘の水辺(パンフレット)
3)千秋信一:発電水力演習,学献社,PP265~PP267,1971年

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