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萱瀬ダム再開発工事について

長崎県諌早土木事務所
 河港課ダム建設班技師
里  恒 弘

1 はじめに
二級河川郡川(流域面積59.4km2,流路延長18.3㎞)は,長崎県と佐賀県との県境にそびえる多良岳(標高982.7m)にその源を発し,西流して大村市内を流下し,大村湾に注ぐ県下で有数の二級河川である。本川の中・下流部は,古くから農耕地が開け,灌漑用水として広く利用されている治水上および利水上重要な河川である。

郡川の河川改修は昭和17年8月12日に発生した洪水流量を計画高水流量として昭和23年度から開始し,昭和31年度に完成をみたが,昭和32年7月25日(諌早大水害)の洪水量は既設河道の疎通能力を超過し,大災害を被った。そこで治水計画の見直しを行った結果,上流にダムを建設し,既設河道能力の超過分をダムにおいて調節することとして,萱瀬ダムを昭和34年4月に着手し,昭和37年3月に完成した。その諸元は総貯水容量3,030,000m3,有効貯水量2,630,000m3を有し,ダム地点の計画高水量315m3/sのうち,185m3/sの洪水調節を行うとともに,利水に関しては不特定用水補給に加えて,大村市への水道用水として月量12,000m3の供給を目的とするものであった。

しかし,昭和45年8月,昭和51年9月と,当地方を襲った台風による豪雨により,計画を越える洪水が発生し,下流において甚大な被害を被った。
これらの水害に対処するために,抜本的治水対策を検討した結果,基準地点(荒瀬橋)において基本高水流量が現行625m3/sに対して,835m3/sとなった。郡川の沿川は耕地として高度に利用され,市街地周辺では住居が密集しており,河道拡幅による再改修は極めて困難であった。このため,既設河道の疎通能力の超過分は萱瀬ダムの嵩上げにより,洪水流量の調節を図り,洪水を防御することとした。

2 工事中の貯水池運用計画
萱瀬ダムの嵩上げ工事は,既存のダムの有する治水・利水機能の存続を図りながらの施工が必要となり,国内では前例の少ない,既設貯水池の湛水状態下での嵩上げ工事を実施することとなった。このため,工事中における貯水池の運用計画を検討しなければならなかった。
(1)利水機能の確保について
貯水池内に設置する仮排水路トンネル呑口,取水設備(斜樋),水位低下用放流設備呑口および水位計測塔の工事に際し,水中施工による工事を避けるため,非出水期の水使用の実態を踏まえてこの間の制限(確保)水位を下げることとした。
このため,既設ダムの使用実績データを収集・整理し,既設ダムの利水・治水機能に対する能力を推定することにより,嵩上げ工事中の貯水池水位について検討を行った。
なお,既設ダムのデータ解析の項目および運用実績は,表ー2,表ー3に示すとおりである。

① 利水確保容量
萱瀬ダム嵩上げ工事中の制限水位としては,できるだけ低い水位が望まれるが,既設ダムの運用実績に示したとおり,25年間に5回も利水容量を全て使用したことがあるため,工事中利水容量は取水期において,少なくとも既設ダムの計画利水容量である970,000m3は確保しなければならない。そこで既設ダムにおける計画堆砂量を考慮してみると,100年間堆砂量で400,000m3に対し,昭和63年末時点で実績198,000m3であった。この実績をもとに,嵩上げ工事中平成10年1月における堆砂量(V1)を推定すると
V1=実績堆砂量(S63.12)+比堆砂量×流域面積×9年
=198,000m3+360m3/km2・年×18.9km2×9年=259,236m3 → 260,000m3となる。
従って,既設ダム計画堆砂量400,000m3との差140,000m3を工事中に有効に活用することにより,出水期に確保すべき水位を既設ダムの常時満水位より低く設定できることがわかった。
また,確保容量を25年分重ね書きし,これらを包絡するように期別の利水確保容量を設定すると図ー3に示すようになり,1年間の貯水池運用を期別に分けることが可能である。
なお,期別の利水確保容量は表ー4に示すとおりである。

(2)治水機能の確保について
現在,既設ダムの洪水調整は,予備放流機能を有するコンジットゲート2門(100m3/s×2)により行っていたが,嵩上げ工事中の洪水調節計画として最適な設備および方法を検討した結果,工事期間中の洪水調節設備としては,次の方法が考えられた。
 ① 既設放流設備を利用する方法
a.既設コンジットゲートのみを利用する
b.既設低水放流設備を利用する
 ② 新たに放流設備を設ける方法
c.旧堤体を改良した仮排水路を設ける
d.仮排水路トンネルを設ける
以上4案が考えられたが,以下の理由によりa~c案は適当でなかった。
a案はコンジットゲートからの放流のみで洪水調整を行うので,予備放流等により下流堤体工事が中断されやすく,工程的にみて問題がある。
b案については,洪水時の流入量に対して放流量が極めて少ないため,洪水調節が不可能である。
c案は旧堤体を改良し仮排水路とするものであるが,この方法には「堤体に穴をあける案」と「既設天端の一部を切り欠き水位上昇時の流路とする案」が考えられた。しかし,穴をあける案は貯水池を湛水したままの施工が困難であり,天端を切り欠く案は,予備放流水位を設定し,一定率一定量放流のもとで治水能力を確保するという既設ダムの治水機能を満足できない。
よってd案の仮排水路トンネルを設ける案を採用した。
仮排水路トンネルを設けるにあたり,次の3案で検討を行った。
(a)全期間を通じて,仮排水路トンネルのみで洪水調節を行う。
(b)全期間を通じて,仮排水路トンネルと既設コンジットゲートを併用して洪水調節を行う。
(c)非出水期を仮排水路トンネルのみ,出水期を既設コンジットゲートのみで洪水調節を行う。
この3案をそれぞれの問題点および実行するための可能性を検討した結果を表ー5に示す。
以上,利水機能および治水機能を併せた総合的な判断より,工事中の貯水池運用計画方法は,洪水調節と利水安全度面で問題のない5案により行うこととなった。なお,運用方法は,表ー6に示す。
以上述べてきた貯水池の運用計画をもとに萱瀬ダムの施工計画を行った。

3 施工計画
萱瀬ダムの嵩上げ工事は,先にも述べたように貯水池を湛水したままでの工事であるため,貯水池の運用計画に制約を受けた形での施工計画が行われたが,その基本方針となったのが次の事項である。
(1)既設コンジットゲートは,工事期間中を通じて放流可能な状態で存続し,従来どおりの洪水調節を行う。
(2)仮排水路トンネルは,既設コンジットゲートからの放流が堤体工事に支障を与える2回(2年次・3年次)の非出水期に転流・洪水調節を行う。途中1回の出水期には,仮排水路トンネル呑口は制水ゲートにて閉塞し転流を行わない。同時に既設コンジットゲートによる放流による影響を受けないよう工程を調整し,施工計画を作成する。以上の事項を考慮した施工計画の概要を表ー7,コンクリート打設計画を図ー4,施工計画模式図を図ー5に示す。出水期には既設コンジットゲートによる従来の洪水調節を行うので既設コンジットゲートの放流に影響をうけるブロックについては非出水期に施工を行うようにした。

4 おわりに
現在萱瀬ダム嵩上げ工事は仮排水路トンネル,減勢工を完了し,本体コンクリート131,000m3のうち,約121,000m3(平成10年3月末現在)を打設している。
また,この工事において,非出水期の工事進捗が全休の工程を大きく左右することになるため,各年度毎の工程管理が非常に重要であり,今年度は取水塔(斜樋),取水放流設備等が非出水期の工事にあたる。
以上,萱瀬ダムの嵩上げ工事に関して,利水・治水機能を維持した工事中貯水池運用計画および施工計画の概要を取りまとめた。貯水池内に湛水したままの状態での嵩上げ工事ということで,施工時の安全を第一とし,貯水池運用計画については,ダム操作の複雑化を極力避けることを念頭において検討を行った。
最後に,萱瀬ダムの設計・施工にあたり多大なるご尽力を頂いている建設省河川局開発課,同土木研究所,㈶ダム技術センターおよび関係各機関に対し,深く感謝の意を表します。

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