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英国等の道路投資の方向性について

国土交通省 福岡国道事務所長
増 田 博 行

1 はじめに
私は,2001年10月から2002年9月までの約1年間,日英道路技術協力協定に基づき,英国道路庁(Highways Agency)に派遣される機会を得た。
英国では,公共サービスにおける公共と民間の関わり方,道路の戦略的マネジメント,構造物のマネジメント,英国の交通政策、あるいは,行政組織などについて,幅広く勉強することができた。
また,実際に生活をすることにより,英国の様々な制度やシステムが何故そうなっているのか,何故機能するのか,あるいは何故それでいいのかなどについて,歴史的,文化的背景や国民性を肌で感じ,よりよい理解をすることができたと思う。
もちろん,たかだか1年間の滞在であり,その理解が完全であるなどとは思わないが,異なる制度や文化を分かる上で,文献調査やインタビューだけでは十分な理解は難しいこと,そこに暮らし,感じることが大切であることを痛感した。
ここでは,実際に暮らして実感した,英国という国のものの考え方,国民性などの特徴と,道路に関する政策の動向等を簡単に紹介したいと思う。なお,情報は基本的には2002年9月時点のものであり,意見,見解等については,すべて個人的なものであることをお断りしておく。

2.日英の文化、国民性の相違
(1)英国の概要
まず,英国という国を理解していただくために,その概要をまとめる。

① 正式名称
United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)

② 英国についての基礎知識
英国の国土面積は日本の約2/3,人口は約半分で,図ー1に示すとおり,イングランド,スコットランド,ウェールズ,北アイルランド(独立国家のアイルランドとは別。)の4つの地域からなる連合王国である。

英国の略称として,よく使われるものに、UK(United Kingdom:連合王国)とGB(Great Britain:グレート・ブリテン)があるが,前者は四地域全体を指し、後者はブリテン島に位置するイングランド、ウェールズ、スコットランドの三地域のみを指す。
ちなみに,サッカー(英国ではフットボールというが)のワールドカップなどには,この四地域が各々別のチームを出して参加しており,2002年に日本に来たのは,イングランド地域の代表チームである。
各地域の首都は,イングランドは英国の首都でもあるロンドン,ウェールズはカーディフ、スコットランドはエディンバラ,北アイルランドはベルァフストである。
日本と英国とをいくつかの指標で比較すると,以下のようになる。

また,英国は,極めて中央集権的国家であり,税はほとんどが国税で,地方税は,住居にかかる固定資産税のようなものしかない。
近年,上記四地域間での地方分権が進められてきたが,今後は,イングランド内での地方分権が課題のひとつであると言われている。

(2)英国の特徴
私が,仕事や私生活を通じて実感した,英国の文化や国民性についての印象を簡単にまとめると以下のようになる。
 ・性善説に基づく社会システム
 ・自己責任の社会
 ・細やかなサービスという概念のない基本性能の社会
 ・良くも悪くも割り切った責任分担
 ・柔軟な社会システム
 ・英国は機会の平等、日本は結果の平等
 ・郊外における「自然」と「人工的自然」と「人工的工作物」の調和
各々に関して,実感に基づき,少し説明を加えたい。

① 性善説に基づく社会システム
英国は契約社会というイメージだが,日常生活では,むしろ性善説にたった,いい意味での柔軟な社会である。
社会制度も基本的には性善説がベースになっており,不正への対応は罰則等による司法の仕事という認識が強いように思う。
程度問題ではあるが,日本のように,各システム自体で,できるだけ不正を防ごうとするのに比べ,社会コストが小さくて済むと思う。

② 自己責任の社会
交通ルール,日常生活の習慣ビジネスのルールなど,どれをとっても国民の自己責任がベースになっている。
日本は,公共や会社など,組織への依存意識が強いが,英国は個人の権利と義務,自己責任の社会である。この,「自己責任に基づく」社会システムも,社会コストが小さくて済むと思う。

③ 細やかなサービスという概念のない基本性能の社会
すべての社会システムに,いい意味でも悪い意味でも一貫しており,便利さ快適さに対する要求レベルが比較的低い社会である。逆に見れば,日本でありがちな,過剰サービスや本質的でないところで贅沢さを競うような傾向が少なく,堅実な印象を受けた。

④ 良くも悪くも割り切った責任分担
良くも悪くも割り切った縦割りの責任分担であり,担当領域が明確な範囲では組織内部での責任の所在は明確だが,境界領域は抜け落ちがちであるように感じた。
また,責任分担が細分化しているため,責任の所在が明確な反面,一連の業務であっても自分の担当分野以外のことには責任を感じないという傾向が強いようである。これは,官民公私を問わず見られる傾向である。
このような割り切りが通用するが故に,省庁における企画部門と実施部門の分離が,外庁化という形で行われているわけであるが,その英国においてすら,分離に伴う意思疎通の齟齬,より一層の無責任体質化の問題を指摘する声もあった。

⑤ 柔軟な社会システム
英国の様々な社会システムは非常に柔軟であり,日本のように必要以上に形式にとらわれることなく,実態にあった効率的なシステムであるという印象を受けた。
日本では,たとえば,法律や規則の制定時に想定していなかった間題が生じたときに,無理にでも現行の規定を当てはめようとする傾向が強いが,法律等を守ること自体が目的ではなく,実現すべき状態をうまく実現することが目的で,法律等はそのための支援ツールの一つであることを考えれば,特に行政行為に関わる分野においては大いに見習うべき点であろう。
これは,「慣習法の文化」,「性善説の文化」とも共通の文化的背景によるものだと思う。

⑥ 英国は機会の平等、日本は結果の平等
英国は,自分は自分,人は人の個人主義の文化であり,機会が平等であれば,結果はその人の能力や努力により違って当然であり,また,その違いを気にすることも少ないように感じた。
日本は,結果に至るまでの経緯や能力,努力,適性の差は無視して,結果の平等を重視する傾向が強いようである。

⑦ 「自然」と「人工的自然」と「人工的工作物」の調和
他のヨーロッパ諸国と比べても,英国の地方部の景観はすばらしい。これは,国土が広大すぎないことやなだらかな丘陵地帯が多いという地形的な要因にもよるが,いずれにしても,「自然」と「人工的自然」と「人工的工作物」の調和の賜物である。英国に限らず,ヨーロッパの整然とした美しい町並みは,違法建築物は強制撤去するというような,公共性を重視する伝統にもよるが,まねをするには、文化や国民性まで変える覚悟が必要であろう。

(3)日英の行政的アプローチの差
日英を,行政的アプローチの観点から比較してみると,次のようなことが言えるのではないだろうか。

① 英は慣習法に基づく社会⇔日本は大陸法に近い
仏独は大陸法の社会で,原理原則からの演繹という手法を取る文化であるが,イギリスは慣習法に基いており,(2)①,⑤でも述べたように,相対的に柔軟である。

② 英は細かい試行の積重ね⇔日本は完璧主義
英国は,失敗に対して寛容な文化風土であり,物事に対する取り組みはトライ&エラー型で柔軟に対応できる。
日本は,結果責任を強く意識する文化であるため,めどが立たないとやりにくい。したがって,海外の事例や実績待ちということが多くなるのであろう。
次の図は,英国と日本のアプローチ方法の差をイメージ図にしたものである。

③ 英国は自国主義⇔日本はキャッチアップ主義
英国は,解決すべき問題が生じた場合他国の事例より自国の歴史にヒントを求める傾向があると聞く。日本は,先進諸国へのキャッチアップを目指す場合が多いが,これは②とも関係するであろう。

④ その他
日本では,公共主体と民間主体や国民を対比する場合に,よく「官」と「民」という言葉が使われ,「官」には権力の側というイメージが多かれ少なかれあると思う。英国でいう「Public」と「Private」には,そのような特殊なイメージはなく,純粋に「公」と「私」というイメージでしかない。
日本も「官」と「民」という対立図式ではなく,「公」と「私」というパートナーとしてとらえることが冷静かつ前向きな議論のためにも必要だと思う。

3 道路投資とその動向
(1)日本および各国の道路整備水準
図ー3に示すとおり,日本の高速道路供用延長は人口一人当り,あるいは自動車一台当りの水準でフランスの三分の一,ドイツやイタリアのおよそ二分の一である。
イギリスの場合、日本の高速道路に相当する,アクセスコントロールされた自動車専用道路としては,いわゆるモーターウェイ(M路線)があり,その整備水準だけを比較すれば日本とほぼ同等である。しかしイギリスの一般国道であるA路線のうち,上下線分離の道路(Dual Carriage Way)(D.C.W.)は,実質的にM路線と同程度の規格で,制限速度もM路線と同じ70マイル/h(約112km/h)である。
これらの路線は,M路線と補完しあって高速道路ネットワークを形成しており,これを加えた場合,イギリスの整備水準はフランスの高速道路と同等で,日本をはるかに凌いでいる。
そしてこれは,実際に英国を車で走行してみて受けた実感に合った指標である。
また,フランスやドイツなどにも同様の一般道路(非自動車専用道路)があり,実際の日本との「高速走行可能なネットワーク」の差は,さらに大きいと考えられる。

これまでの,高速道路延長による各国比較は,実際にヨーロッパの国々を走行してみると,実感に合わないと言わざるを得ない。日本と欧州等の高速道路ネットワークの整備水準を比較する場合,通常,日本は高規格幹線道路,海外は高速道路を対象にしているが,「高速走行可能なネットワークの比較」という趣旨から考えれば,対象を自動車専用の高速道路に限ることに問題があり、走行可能速度等のサービスレベルに着目すべきである。
日本の場合,地形や沿道利用の状況,法的規制などの理由から,自動車専用道路でないと高速走行性が確保できないということであって,他国の場合は,その状況に応じ,比較すべき対象を選定すべきであり,自動車専用の高速道路だけで比較することは,誤解を生じることになる。
英国については,A路線のうちのD.C.Wをカウントすることで,かなり実感に近い比較ができたが、高速走行性と直接関係する指標として,道路の制限速度に着目することも有効と考えられる。
この場合,英国では,60および70マイル/h(各々約96および112km/h)制限のネットワークが該当し,日本の場合,80および100km/h制限のネットワークが比較対象となりうる(図ー4)。
この比較では,両国の格差はより鮮明になり,日本の100km/hの道路延長を比較対象とした場合で40倍近い格差,80km/hのものも含めても20倍近い格差がある(いずれも自動車保有台数あたりの道路延長での比較)(図ー4)。

また,このような高速走行可能な道路の利用度を比較すると,日英で3倍以上の開きがある(図ー5)。

なお,実際には,英国にはさらにB,C路線にも60マイル/h制限の区間がかなりあるが,データ制約上入れていない。ただ,両国の速度規制のスタンスの差を考慮すると,対象をA路線以上に絞る方が,「快適な高速走行性の確保された道路」を比較する上では、妥当とも考えられる(図ー6)。
この手法であれば,他の国についても比較しやすく,実態にも近いと思われるが,比較の際に速度規制についてのスタンスの差を意識しておくことも必要であろう。

(2)道路投資の方向性
① 英国の動向
英国では,保守党時代の「小さな政府」志向が交通インフラの衰弱という負の遺産を残したとの認識から,2000年に,総合的な交通サービス向上に向けた「10ヵ年計画」(’Transport 2010:The 10 Year Plan’)が策定された。これは,交通政策が2010年までに達成すべき目標を提示したものである。
‘The 10 Year Plan’は、2001/2002会計年度から2010/2011会計年度までの10ヶ年で1,800億ポンド(36兆円)の投資を計画している。内訳は表ー2のとおりであり,民間投資560億ポンド(11.2兆円)を含む投資合計1,210億ポンド(24兆円)は,過去10年間の投資に比べ,2.3倍という計画である。

投資の内容をもう少し詳細に分析してみると,The 10 Year Planは,総合交通といいながらも,実際は、道路にかなりの重点を置いた投資計画であることがわかる。
公的支出(公共計)のシェアで,は道路44%,鉄道21%と、道路重視である(表ー3)。また,戦略的道路の公的支出(公共計)の過去10年分に対する伸びは、54%増で鉄道を上回っている(表ー4)。

戦略的道路への投資計画を示すのが,図ー7であるが,地方部の道路も含めれば伸び率はさらに大きくなる。この図を見ると,英国では,マーストリヒト条約に示された統合通貨ユーロ参加のための条件である「単年度財政赤字額がGDPの3%以内」をクリアしたころから積極投資へ転換している。つまり,顕在化してきた道路への過少投資の弊害を解消しつつ、この条件をクリアするために,90年代初期からPFIも活用して投資を確保してきたこと,そして,条件をクリアした後は、更なる投資の必要性に応えるために,公的支出を増加させる方針であることが読み取れる。

同計画は,「自動車交通から公共交通へのシフト」の部分だけがクローズアップされがちであるが,公共サイドの支出は,むしろ道路に重点が置かれており,鉄道は民間投資を中心としている。
つまり,「自動車交通から公共交通へのシフト」は,
 ・道路交通の分担率の高さ(旅客で90%以上)(図ー8)
 ・それを支える道路ネットワークの充実
 ・鉄道等公共交通機関のサービスレベルの低さ
というような英国の現状を踏まえた表現手法の一つであって,‘The 10 Year Plan’の本質は,十分な道路ネットワークと十分なメンテナンスのための投資を前提とした,道路を含めた適切な交通機関分担であると言える。
日英では,道路や鉄道等のストックやサービスレベルの状況が異なるため,ふさわしい表現が異なるということである。このような,各国固有の背景を抜きにして,日本における議論と欧州における議論を混同することは,適切ではない。

② 欧州各国の動向
図ー9は、各国の高速道路投資の方向性を図示したものである。横軸は,初期投資の負担を税金(公)によるか民間資金(民)によるかを,縦軸は,最終的な負担を税金(公)によるか通行料金等(民)によるかを表している。これによれば,直轄事業やイギリス,ドイツ方式は,第I象限に,日本,フランス、イタリアなどのリアルトールによる有料道路方式(通行者から料金を徴収する方式)は,第Ⅲ象限に位置するということができる。また,イギリスのシャドートールによるDBFO方式(通行者からは料金を徴収せず,公共主体が民間運営主体に対し支払い契約に基づき税金等で支払う方式)は、第Il象限に属する手法である。

各国の向いている方向性は、以下のように言える。
(英国)
〇道路特定財源,有料道路制度ともに持たず,道路機能確保のための投資の不足が問題となったことが,DBFOによる民間資金導入の背景にある。ただし,DBFOによる道路建設のシェアは10%に満たない。
〇ベクトルは 第I象限からやや第II象限方向へ。
〇新たな財源としての渋滞課金(第III、Ⅳ象限)も模索。
(フランス)
〇税による負担を抑えつつ道路投資へのニーズに応えるため,引き続き有料道路制度を活用。
〇伝統的なコンセッション等による民間資金の活用を継続。
〇ベクトルは,第I象限内でやや左下方向へ。
(ドイツ)
〇第2次大戦前に国家戦略として概成させた高速道路のストックと,道路特定財源により道路整備に対応。
〇東西ドイツの統一による短期的財政制約を解決するためにPFIによる民間資金を限定的に活用。また,一部有料道路制度も検討。
〇ベクトルは,第I象限からわずかに第II,Ⅲ象限へ。
(イタリア)
〇税による負担を抑えつつ道路投資へのニーズに応えるため,有料道路制度を活用。
〇伝統的なコンセッション等による民間資金の活用を継続。
〇さらに,短期的財政制約を解決するために新たなPFI手法の導入も検討。
〇ベクトルは 第Ⅲ象限内でやや左下および第II象限方向へ。

このように、日本以上にストックが形成され整備水準の高い欧州先進国でも,道路のニーズに対する財源の不足を補うため,民間資金や有料道路制を活用しようとしていることが分かる。
(日本)
〇有料道路制度の縮小による財源の一部税金化?
〇ベクトルは,第Ⅲ象限内でやや右上へ?

4 おわりに
英国等の欧州諸国に比べて,いまだ道路ネットワークの形成段階である日本において,ニーズを踏まえ,地域特性と目的に応じた適切な交通機関分担を進めるためには,ベースとなる道路ネットワークのサービスレベルの向上やその戦略的整備が、より重要になると考えられる。
また,一方では,日本でも一定の道路資産のストックが形成されていることから,今後は維持管理の重要性が高まることも,重要なポイントとして認識しておく必要がある。
このようなことから,今後の日本の道路政策においては,
 ① ネットワーク形成
 ② ストックの機能向上
 ③ ストックの機能維持
 ④ 良好な環境と景観の確保
などの観点の違いを明確に意識した,戦略的な目標設定と投資が必要であろう。
また,それと並行して,公共交通機関のレベル向上や,地域の特徴に応じた戦略的投資を行い,利用者の自発的で健全な交通機関選択を進めることが重要である。
道路政策に限らず,諸外国の制度から学ぶことは有効であるが,自国への適用を考える際には,各国の文化,国民性,他の社会制度等の背景を十分に理解した上で検討し,アレンジすることが必要不可欠であることを痛感した。
また,公共側の「権限意識から責任意識へ」と個人側の「権利意識のみから自己責任意識とのバランスヘ」とが,今後の日本のあり方を考える上でのキーワードのひとつになると強く感じた1年間であった。

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