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舞鶴橋の景観設計

佐賀県唐津土木事務所長
熊 谷 康 彦

佐賀県唐津土木事務所
工務二課長
光 田 則 人

八千代エンジニヤリング(株)
広島支店技術部主幹
吉 満 伸 一

1 まえがき
わが国の橋の中には,今日から見ても質の高い文化性豊かな立派な美しい橋が数多くある。しかし,戦後の経済復興期,高度経済成長期へと移行するにつれ,道路や橋等は経済性,機能性が重視され,総じて快適性,景観等に対しては,十分な配慮が行き届かなかった面も見られた。
近年,国民の間にも経済的豊かさの充足に伴って,精神的,文化的豊かさを得ようとする欲求が高まり,橋づくりのあり方に対しても,快適で,うるおいのある生活環境の形成や,地域の風土,自然,文化との調和を求める声が国民的ニーズとして定着しつつある。こうした橋づくりへの国民的ニーズに対して,橋の実態は,快適性や景観を重視した施策が展開され始めたことで,改善の方向に向っているものの,今日なお多くのまちで,身近な自然の減少や,まちの没個性化が進み,景観的にも,まちとしての魅力や快適性が失われている点が見られることから,現状では必ずしも,景観に十分な配慮がなされている状態にはなっていない,というのが実情であろうと思われる。
本報告は,都市計画道路東唐津西唐津線の一部をなす舞鶴橋の老朽化に伴う改築を行うにあたり新舞鶴橋の設計において,より価値の高い景観デザインを取り入れた橋面工設計への試み(現在デザイン中)を取りまとめたものである。

2 唐津市の沿革
唐津市は九州の北端に位置し,玄界灘に面した海・陸の自然的条件に恵まれた海浜都市であり,大陸に近く,古来,中国大陸,朝鮮半島との交流が盛んである。「唐に渡るみなと(津)」と云う意味から唐津の地名が生まれたといわれている。幾多の変遷を経て約400年前,初代藩主寺沢志摩守広高が,現在の舞鶴公園に唐津城を築き,城下町となってから唐津の基礎が固まった。
人口約79,000人(62.10),松浦佐用姫と大伴狭手彦のロマン,あるいは,山上億良の万葉の歌など,古代の史話伝説の豊富な佐賀県第二の都市であり,地方生活圏構想の中核都市として位置づけられていると共に,昭和58年には,舞鶴橋周辺を含め都市景観形成モデル地区の指定を受け,地域の歴史,文化,自然の調和した総合的な景観の形成,整備が進められている。

3 景観デザイン検討の必要性
舞鶴橋周辺を含め,都市景観形成モデル地区の指定を受けている唐津城周辺に築造される構造物に関しては,その機能性の検討に加え景観デザインの検討も必要不可欠であることは容易に判断できる。
本来,道路や橋梁等多数の人々が利用し,社会生活を営むうえで,いわば生活環境の一部を形成する主要な施設は,使われ方,見え方等を充分に検討して美しいデザインにすべきであり,とりわけ橋梁は目立ち易い場所に架けられる事が多く,50年以上に亘り周辺に影響を及ぼすため,地域景観に対する責任は重い。

4 景観の現況と計画地域の景観特性
(1)唐津市の景観特性
唐津市は玄海国定公園の中心都市であり,雄大で静寂な広がりを見せる松浦川,町田川の河口とも相まって,その海岸線は唐津市の景観構成要素の大きな部分を占めている。また,唐津市の中心市街地である唐津駅の北部,及び唐津城の西部一帯に広がる城内地区には,歴史的な息吹きを感じさせる街並みが残されており,市の顔となっている。なお,この城内地区は,唐津市の総合的な景観整備のあり方について検討された「唐津市環境保全景観整備計画調査報告書」(55.3)では“水辺景観ゾーン”,“郷土景観保全ゾーン”として位置づけられている。

(2)計画地域の景観特性
舞鶴橋の架橋地点とその周辺は次のように位置づけられる。
① 唐津城と共に唐津市のシンボルゾーンを形成し,観光・レクリエーションの核となる。
② 松浦川リバーサイドゾーンの諸施設を有機的に結ぶ歩行者ネットワークの重要拠点である。
③ 豊かな水をたたえる松浦川の河口にあって河川景観の要となっている。
④ 海岸線を結ぶ産業ルートとして1日14,900台の交通量があると同時に,観光客,自転車通学者の通行も多い。
⑤ 高島,鳥島を結ぶ定期船が橋下を運行する。

(3)計画橋梁等の景観特性
新舞鶴橋の橋梁構造形は下記の景観特性を有している。
① 橋長268mのかなり長い橋である。
② 車道は2車線,歩道部は自転車通行部を含め,5m巾である。
③ 中央部橋脚上に,4ケ所の台形状バルコニーがあり,橋上からの眺めが楽しめるようにしてある。
④ アバット部も台形に張り出して,橋詰広場をつくる。
⑤ 桁はリズミカルで現代的な形状の5径間連続変断面のコンクリート桁である。
⑥ 床版がスレンダーに張り出されており軽快な高欄と調和する。

4 景観デザイン検討フロー
(1)橋面デザイン検討フロー
今回の橋面デザインの検討を行うに当り,単に企画設計者等がデザインを検討し採択するのではなく,出来るだけ広く地域住民の意見,要望等を聴き,官民一体となってデザインを創り上げてゆく事が,地域により密着した親しみのわく橋の建設につながると考え,下記フローのもとに,委員会方式で,デザイン検討を行う事となった。

5 景観デザイン検討委員会
(1)委員会発足の意図
景観は自然と人の営みの中から生まれる。まちの景観は,そのまちの歴史,文化,住む人の心を映す鏡であると同時に,まちのイメージを決定づける重要な要素であることから,まちづくり全体に大きなかかわりを持つ。従って,景観形成を進めるに当たっては,十分このことに留意し,都市の景観に対する市民の関心を喚起すると同時に,都市の景観に対する理解の増進を図ることが必要である。
そのために,計画段階から市民の景観形成への参加協力を促していく。さらに,橋梁整備後は周辺住民の維持管理面での協力や,イベント,祭り等における活用を通して自らそれを築くという意識の啓発を図ることが必要である。この様な観点から舞鶴橋の景観設計を行うに当たり,まず,「舞鶴橋景観デザイン検討委員会」が昭和61年10月に発足した。
なお委員会は,佐賀県,県土木事務所をはじめ建設省武雄工事事務所,唐津市,唐津商工会議所,唐津観光協会等の代表者8名で構成されている。

(2)委員会の開催
今まで2回の委員会が開催された。委員会は,委員会設置の目的及び舞鶴橋整備事業の概要を説明することからはじまり,各委員から活発な自由意見が述べられて第1回委員会が終了した。更にこれらの自由意見と上位計画,現地調査等からデザインの基本理念を見い出し,第2回委員会では橋面各部のデザイン案及び橋上パースを提示し,デザインの絞り込みを行った。なお,第3回最終委員会(未開催)では,橋面全体デザイン数案の中から,最終案1案を決定する予定である。

6 橋面のデザイン検討
具体的なデザインの検討及び計画内容を次に示す。

(1)デザインの基本理念
近年,橋梁の景観設計が多くなり,設計者の関心も高まっているおり,舞鶴橋の設計においても社会のニーズに応えるべく「親しみと潤いのある橋づくり」をめざしてデザインの検討を行うことにする。
デザインとは表面的に飾りたてるという意見にとられがちであるが,橋梁付属物(高欄,親柱,舗装,照明等)に過剰な装飾を施すのではなく,橋本体のデザインとの調和,周辺環境との調和をデザインの基本理念として橋面の全体デザインを行う事とする。
(2)視点の検討
・視点位置
橋の見え方として,下記Ⓐ~Ⓓの視点位置からの見え方を検討する必要がある。

Ⓐ 唐津城からの視点
観光客等視線は多く,橋上,橋のたもとと共に良く見える。橋面舗装は明快なパターンが望まれる。

Ⓑ 橋のたもとからの視点
高欄や照明は橋の側面形状をつくる重要なエレメントでもあり,全体的な調和が大切である。
船からの視点もほぼ同じ。

ⓒ 橋上の視点
橋の内部景観は車利用者と歩行者では見え方が異なる。橋上は眺望性を大切にしたい。

Ⓓ 対岸の視点
橋の側面形状と橋のたもと空間の河岸がよく見える。後者は舞鶴公園のグリーンになじませる。

(3)デザイン方針
a 全体のイメージ
橋梁の景観は,視点位置により橋上空間として把握される「内部景観」と,周辺からの見え方による「外部景観」に分けられる。両者は表裏一体をなしており,全体的なイメージは統一すべきものであるし,それは,地域特性を生かしながら,橋体の構造形や歩行空間にふさわしいものであるべきであろう。
ここでは特に,唐津城の明快で力強い和風建築,松浦川のゆったりとした広がりのある空間,橋梁構造形ののびやかでリズミカルな現代的な形状に調和するイメージとして,素朴さを残しながら,現代的な和風のイメージを促えることができる。

b 外部景観
外部景観は,一般的に橋体に加え,照明,高欄等で構成されるが,当橋では舗装も唐津城からの視点があるため加えられる。
視点位置により見え方が異なるが,中でも遠くからの見え方と,近くからの見え方の相異を考慮すべきである。遠景では,遠くから見え,橋体とバランスのとれるリズミカルな高欄及び照明柱の配置が求められ,近景では橋体と一体感のある現代的で,のびのびとした形状が求められる。

c 内部景観
内部景観は橋上の空間で,高欄,親柱,照明,舗装等のエレメントで構成される。
内部景観は走行車輌からはスピードを伴った視点でとらえられるが,歩行者からはゆっくりとした動きの視点で触覚と聴覚を伴って把えられる。
当橋では歩行空間が重視され,安全で快適であると同時に魅力的であることが求められる。

(4)橋上各部の基本パターン
a 高欄
代表的な高欄タイプ5種類の特徴と,これらの“橋体との調和”,“河川景観との調和”,“唐津城との調和”,“歩行空間の楽しみ,親しみやすさ”等との相性を述べ,類似事例のスライド等をもとに比較検討を行った。
高欄は本来,通行者の転落を防止することが目的である。しかし,人が橋を渡る時に橋上のスペースを視覚的に印象づけるのは高欄である。歩行の補助に使われたり,寄りかかって橋から風景を眺める等,人の触れやすいヒューマンスケールのエレメントである。
一方,高欄は橋全体に亘って取付けられるため橋の側面形状の一部である。橋梁の構造形と調和のとれた一体感のあるデザインとすべきであろう。

b 親柱
親柱は,高欄の端部に取付けられるが,橋の出入口で橋を渡る人が最初に出会うエレメントである。親柱の基本的なパターンとしては,橋のシンボルとして印象づける柱型と,控え目な表現で橋へ人を迎え入れる壁型とがある。

c 歩道舗装
舗装面は歩行空間の最も基本的なエレメントで安心して歩くことができることが原則である。同時に人が気持ち良く歩くことができるように,歩くリズムや動線に適したパターンとする。橋上の高欄や照明のデザインともバランスがよく,あるいは周辺の連続する歩道舗装等と調和のとれることも大切である。

d 照明
照明は夜間,路面を明るくし,人や車を誘導する等,通行の安全に一役買っているが,同時に橋のある風景を美しくし,歩行空間を豊かにしている。一般に橋梁本体と照明施設は,バラバラに設計されがちであるが,明るさ,光源,照明位置,形式,形状,素材,色彩等,橋梁と一体に検討する必要がある。
一例として,照明位置に関する検討内容を下記に示す。橋上の歩行空間では,照明の位置や高さが歩行空間の立体的な形状をつくり出す。また,橋の側面形状とのバランスのとれること,特に橋脚位置とのバランスも外部景観として大切である。

(5)景観デザイン検討委員会の意見
第1回,2回の委員会において,各委員から次のような意見が出された。
◦ 風景に消えいる様な橋で,歩行者が通る時に「散歩」している様な橋であってほしい。
◦ 人口8万程度の城下町に架る橋である。
◦ デザイン設計上の参考としてほしい橋は次の通りである。
松江大橋,女鳥羽川に架る橋,久寿里橋,幣舞橋,中津川に架る橋,宝塚大橋,隅田川に架る橋群等。
◦ 整備中の二ノ門堀とマッチしたもの。
◦ 唐津城周辺の風景によく調和するように。
◦ 高欄に「曳山」のロープ等をデザイン化して盛り込んで欲しい。
◦ 照明は「ガス灯」などロマンを感じるものにできないか。
◦ 橋上から夜釣等が出来ないようにして欲しい。
◦ 橋名「舞鶴」の名を表わすように鶴のイメージを取り入れて欲しい。
◦ 橋の一部に松浦佐用姫像を置けないか。
◦ 橋名板に唐津焼を使って欲しい。
◦ 親柱は壁型でもよいが,風が通るようにして欲しい。
◦ 照明柱は高欄側に設置した方が景観上好ましいと思われる。又,個数は少ない方がよい。
◦ 歩道の自転車道と歩行者道は,標識板等は設けず,舗装面のサイン等で検討出来ないか。

(6)橋上全体デザインヘの方向付け
調査,分析及び委員会意見からデザインの基本理念を見出し,橋上各部の基本パターンを基に,橋梁本体及び周囲の景観に調和する橋上各部のデザインを立案し,全体デザインヘと進めて,舞鶴橋の景観デザイン検討が完了することとなる。
ここに,全体デザインヘ導くための各部デザイン案を述べる。
a 高欄
◦ シンプルで現代的な橋体と調和し,開放的で周囲の自然(水平ライン)へ溶け込むような形状・・・・・ 横桟型又は縦桟型
◦ 城や石垣の力強い造形や素朴な素材感に調和する材料・・・・・ 石材又は鋳鉄
b 親柱
◦ 限られた設置スペースの中で,城とも調和しながら自然に消え入るように存在を強調しない形状・・・・・ 柱型又は壁型のシンプルな形状
◦ 高欄の素朴感に調和し,城及び護岸の石積みに調和する材料・・・・・ 石材
c 歩道舗装
◦ 歩行の楽しさ,視点位置(城)を考慮した和風イメージのおおらかなパターンの模様・・・・・ 矩形又はストライプパターン
◦ 高欄や石垣の素朴感と調和し,安全性,耐久性のある舗装材・・・・・ 石材又は磁器質タイル
◦ 城の白壁と黒瓦,石垣にも調和する自然な色調・・・・・ モノトーン調
d 照明
◦ 車輌交通量の多さ,歩車道両面の照明に適した形式・・・・・ ポール照明
◦ 橋の側面形状とバランスのとれた照明柱の配置・・・・・ 橋脚上とその中間部
◦ 橋上空間に照明柱を目立たせず,広々とした歩行空間を得る配置・・・・・ 高欄側設置
◦ 高欄親柱,城及び周辺景観へ調和する形状・・・・・ 1灯式,角又は丸型器具
◦ 暖かみのある光源・・・・・ 高圧ナトウリム

これらの各部デザイン案を橋上視点として描くと,図ー8に示す橋上パース案が景観の姿として考えられるが,これらは今後委員会で最終的に決定されることになる。

7 あとがき
新しい舞鶴橋の工事は,昭和62年1月に着工し,現在下部工の施工中であり,昭和67年3月に完成を予定している。
現在,唐津市でも,唐津城周辺及び橋詰駐車場附近の景観形成を検討中であり,今後,これらを含めた景観デザインの調整が委員会で進められることになるだろう。唐津市の地域性,アメニティを求める現代の社会風潮を考えて,今回は橋面工のみのデザイン検討であるが,今後,橋梁だけに限らず,この種の景観設計が増加し,多少なりとも地域の市民生活に,安らぎを感じさせることが出来れば幸いである。

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