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老朽鉄道橋の耐疲労特性

九州大学工学部土木工学科
助教授
大 塚 久 哲

九州旅客鉄道㈱
 施設部工事課
宮 武 洋 之

九州大学工学部土木工学科
 教授
彦 坂  煕

1 まえがき
九州で初めて鉄道が営業を開始したのは,1889年(明治22年)のことであり,このとき博多―千歳川(現筑後川)仮停車場間で客車6両を引く機関車が一日3往復をしたことが記録に残されている。その8年後の1897年には門司を起点として筑豊地区では後藤寺,西へは武雄,南へは八代とその路線を順調に伸ばしており,1909年には門司一鹿児島間が全線開通している。新線建設に伴い架設された鉄道橋のうち,今も現役としてその使命を果たしている老朽橋も多いようであるが,その大部分はいずれ近いうちに新橋との交代が必要となるであろう。
JRとしては独自の取り替え規準を整備し,順次老朽橋の架け替えを実施しているが,長年月自然環境にさらされ続け,しかも供用中に応力変動を繰り返し受けた橋梁が,どの程度腐食し耐疲労強度があるかを調査することは,今後この種の老朽橋の残存寿命判定基準を整備していく上で必要なことである。
本文では,著者らが行った疲労実験等の結果を報告する。

2 試験桁
試験桁は供用期間92年の後,3年間の放置期間をもつ経年95年の桁であり,上下対称1桁断面の2主桁で,フランジは2つのアングルと1つのカバープレートで構成され,全てリベットで組み立てられている。試験機の能力から2主桁のままでは実験できないので,写真一1に示すように現地で対傾構・横構を切断し,プレートガーダー2本に分離して大学内に搬入した。搬入後,静的載荷実験を行ってから,さらにプレートガーダーを水平に切断し,圧縮フランジを溶接して2体の疲労試験桁と,中立軸付近の余った部分から引張試験片を作成した。図ー1に静的曲げ載荷試験桁と切断箇所を,図ー2に曲げ疲労試験桁を示す。

3 腐食状況
試験桁の腐食は上フランジと下フランジとで異なる。上フランジでは枕木直下で腐食が激しく,頭部が欠損しているリベットも見受けられるが,下フランジでは内側の水分が溜まりやすいところで腐食損傷が大きい。写真ー2,3にショットブラストにより塗料と錆を取り除いたあとの桁表面の腐食状況を示す。

板厚の減少率を具体的に算出するため,フランジを1~2cm間隔のメッシュに区切り各点の板厚を測定したところ,上フランジは枕木下で21.8%,その他で2.7%と枕木下での腐食損傷が格段に激しいことがわかった。外側と内側で比較すると,それぞれ12.3%,12.8%でありほとんど差がない。一方,下フランジは外側で11.7%,内側で18.6%の板厚減少率であった。
これらの測定値より桁全体としての断面2次モーメントの減少率を計算すると,9.2%であった。
ウェブの腐食は下フランジ側アングル材直上に局部的に生じており,中には貫通孔が開いているところもあったが,それ以外のところではほぼ健全であった。リベット接合部の緩みは全く存在しない。

4 機械的性質
使用鋼材の化学組成分析と引張試験を行ったところ,表ー1に示すように現在の鋼に比しリン,イオウが若干多いものの,試験桁鋼材はSS41と同等であることがわかった。降伏点応力と引張強度の平均値はそれぞれ29.5kgf/cm2,44.1 kgf/cm2であり,ヤング率の平均値は2.1×10 kgf/cm2であった。

5 最大履歴応力
AE試験は稼動中の構造部材の亀裂発生をすみやかに検知できる非破懐試験法として実用化されているが,橋梁の分野における利用例の報告は少ない。著者らは本実験の機会を利用して,最大履歴応力推定のためにAE試験を実施した。
静的曲げ載荷試験桁と曲げ疲労試験桁の両桁に対し漸増載荷および漸減除荷試験(2回繰返し)を行い,AE信号の測定を行った。AEセンサーはスパン中央に近い引張側フランジ上面に,リベット(スパン中央点より約0.9mの位置)を中央に約9cmの距離を置いて設置した(写真ー4)。図ー3,4は両桁の繰返し載荷時の計測結果で,横軸にひずみゲージの読みを,縦軸に累積カウント数をとっている。2回目の載荷時には荷重の最終段階付近までAE信号はほとんど発生していない(カイザー効果)が,最終段階でAE信号が急増している。また,除荷時にもAE信号が発生していることがわかる。ここで,2回目載荷時の最終段階で発生する程度のカウント数は応力履歴を受けていても発生すると考え,1回目の載荷でこれと同数のカウント数が発生するひずみを履歴ひずみとすれば,図ー3からは225μ,図ー4からは245μと読み取れる。したがって,本桁は約470から510kgf/cm2程度の最大履歴応力を受けているものと推定される。

一方,本桁の最大入線機D50,D51(KS相当値=15.6tf)による計算最大応力は463 kgf/cm2(スパン中央点より0.375mの位置)であり,AE計測結果からの推定値とほぼ一致する。このように,AE信号発生におけるカイザー効果を利用すれば実桁の最大履歴応力が精度よく推定できることがわかった。

6 曲げ挙動
静的曲げ載荷試験を図ー1に示すような1点曲げ載荷により行った。荷重(P)は,0tfから45tfまで7.5tf刻みの6段階で載荷したが,各荷重段階ごとのたわみ増加量の平均値の分布を図ー5(a),P=45tfでの応力分布を図ー5(b)に示す。図中,原断面は図ー1に示す断面を用いて計算した理論値であり,実断面は腐食による断面減少率を考慮して計算した理論値である。図には有限要素法による実断面の数値解析結果も合わせて示している。
本桁は桁高が高いために,せん断変形を考慮していない梁理論によるたわみは実断面寸法を使っても実験値と合わないが,有限要素法による実断面の計算値と実験値はほぼ一致していることがわかる。従って,腐食による断面減少以外に老朽化による曲げ剛性の低下はないといえよう。

7 疲労強度
曲げ疲労試験は図ー2に示す2点曲げ載荷により行い,繰返し載荷は正弦波の片振荷重とした。荷重条件を表ー2に示す。表中U,Lはそれぞれもとの桁の上,下フランジから製作したことを示す。
図ー6に3本の疲労試験桁に生じた疲労亀裂の発生箇所を示す。A桁,B-U桁は応力範囲が比較的大きく,各桁とも最初の亀裂はアングル水平脚腐食凹みあるいは腐食により生じた貫通孔から発生し,アングル水平脚が破断した後,隣接したリベット孔のカバープレートに亀裂が生じた。
写真一5はアングル水平脚の亀裂,写真一6はカバープレートの破断状況を示す。リベット孔からの最初の亀裂は,フランジ縁端側から生じ,縁端到達後,フランジ中央側から新たに生じた亀裂がもう一方のリベット孔に向かって進展していった。

表ー3に上記の疲労亀裂の発見時繰返し回数と計算応力範囲を示す。リベット孔の亀裂発生には,アングル水平脚破断による応力上昇が影響していることも考えられるが,その影響を具体的に考慮することは難しいのでここでは無視している。実断面に基づく応力は,フランジの原厚と亀裂発生断面のフランジ最小厚との比を原断面に対して算出した応力に乗じて求めている。表中の応力範囲の単位MPaは国際単位で,1MPa=10.2 kgf/cm2である。
B-L桁は応力範囲が小さく,等曲げ区間で実測600 kgf/cm2程度であり,800万回でも亀裂は生じなかった。

図ー7,8は表ー3をもとに,それぞれアングル水平脚の腐食凹み(または貫通孔)からの亀裂とカバープレートリベット孔からの亀裂に対して,応力範囲と繰り返し回数との関係を示したものである。直線A,Bは国鉄の非溶接継手に対する疲労設計曲線であり,Aが高力ボルト摩擦接合継手の母材,Bが普通ボルト継手の母材に対する曲線である。
これらの図表から,以下のことが知られる。
(1) 原断面に基づく応力では全てB等級以下であり腐食を考慮することが必要である。
(2) リベット孔からの亀裂は実断面に基づく応力によればほぼB等級とみなせる。
(3) 腐食凹みからの亀裂は断面減少を考慮にいれてもB等級より疲労強度が低く,応力集中の度合いが高い。
(4) 最大履歴応力の推定値が前述のように,約500 kgf/cm2であり,600 kgf/cm2に対して800万回まで無破断であることから疲労限はもっと高い応力域にあるといえる。
(5) 下フランジ水平脚の腐食凹みから亀裂が発生しても,桁全体の剛性の低下は少なく,カバープレートとリベットが健全であれば十分な補修補強の期間がある。

8 あとがき
橋梁に限らず新しいものは着実に古くなっていく。古くなったものをどのように維持し,補修補強し,取り替えていくべきか。これからより多くの土木技術者がこの課題に取り組まなければならなくなるだろう。合理的な点検・補修・取り替えの判断基準を作るための基礎的な調査研究を今後とも継続していただきたいと考えている。

謝辞:鋼材の化学組成分析には川崎製鉄㈱研究開発センターのご協力を得た。記して謝意を表する。

参考文献
1) 宮武他:90余年供用した2主桁リベット鉄道橋の疲れ強さ,土木学会第45回年講,1990.9.
2) 大塚他:90余年供用した2主桁リベット鉄道橋のAE試験と最大履歴応力の推定,同上
3) 土木学会:国鉄建造物設計標準解説,鋼鉄道橋,1983.
4) 三木他:70年間使用された鋼鉄道縦桁の疲れ強さ,東工大土木工学科研究報告No.37,1987.
5) 山田他:50年供用したリベット継手の疲労試験,構造工学論文集,Vol.36A.1990.

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