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緑川水系加勢川における水質浄化実験施設の試みについて
(~加勢川鯰の学校~)

筑後川河川事務所
 工事施工管理官
(前熊本河川国道事務所
工務第一課長)
河 野 忠 彰

1 はじめに
私たちの生活は,1950年代半ばに始まった高度成長と共に生活が豊かになり,河川水は,人間の生産活動や生活レベルの向上に伴う排水によって汚濁され富栄養化が進行しています。その証として私たちの身近な熊本市内の江津湖や加勢川の旧川では,ボタンウキクサやホテイアオイなどの浮き草が異常繁殖して水面を埋め尽くしています。その原因の一つである水中のチッソ,リンなどの無機養分を取り除くために,平成4年から九州大学農学部縣教授が水面栽培法による水質浄化の研究を進めてきました。これまでに松浦川下流の汽水城(佐用姫岩池)での水質浄化実験(武雄工事事務所:H8~H9)や佐賀県浜玉町浄化センター内の水路での水質浄化実験(九州大学:H8~H10)など多くの研究成果が得られました。(研究成果は、水質浄化と水辺の修景 縣和一あがたわいち宋祥甫ソンシャンフウ 著ソフトサイエンス社2002発行を参照下さい。)
このような背景から加勢川の旧川跡地を活用して,水質浄化と川の学習ができる「加勢川鯰の学校」を整備しましたので,その概要を紹介します。

2 加勢川鯰の学校の目的
21世紀は「環境保全の時代」といわれています。平成9年には河川法が改正され「環境の整備と保全」が位置づけられました。その河川整備にあたっては.地域との連携の重要性が提言されています。
この連携を支えるのは,その地域を流れる自然豊かな河川であり,また,そこに住む地域住民であり,さらに次の世代を担う子供たちです。
この加勢川鯰の学校は,緑川水系加勢川左岸10k800付近にある堤内の旧川跡地(約1ha)を活用して,①水質浄化実験場ゾーン,②ビオトープ池などの自然観察ゾーン,③加勢川に親しむための船着き場やスロープ・観察小屋などを一体整備して,嘉島の「川の拠点」とします。
次世代を担う子供たちや地域住民が「加勢川に親しみ」・「遊び」・「環境学習の場」として,さらに連携の場として活用することを目指して整備を行ったものです。

3 水質の現状
加勢川の大六橋(11k400)における平成6年から平成13年までの水質調査結果では、BOD75%値で見ると平成10年を除いて環境基準値(2mg/ℓ)を毎年超えています。また,チッソ,リンについても経年的に高い値を示しており,水質改善の取り組みが緊急の課題です。

4 下水道処理施設の現状と課題
公共下水道で実施されている水質浄化法は,標準活性汚泥法とオキシデーションデイッチ法です。両方法は酸化条件の下で微生物の分解作用により下水中の有機物を分解させ,沈殿分離する方法です☆1
東京都下水道局のホームページによれば,平成14年度の下水処理場流入水・放流水の平均水質は,BOD163mg/ℓ(3mg/ℓ),COD86mg/ℓ(10mg/ℓ),全チッソ32.3mg/ℓ(14.9mg/ℓ),全リン3.5mg/ℓ(1.1mg/ℓ)です。( )書きは放流水質を示す。最新の技術が導入されている東京都の下水処理場でもチッソ,リンの除去率は,それぞれ54%,69%程度です。
このため河川水が反復利用される大都市部の下水処理場では,さらにチッソ・リンを取り除くため活性汚泥法に加えて高度処理(嫌気・無酸素・好気法など)が一部の下水処理場で始まっています。

5 水面栽培法による水質浄化
(1)水面栽培法の概要
水面栽培法は,水面に筏(植栽フロート)を浮かべ,その浮力を利用して植物の根は水中,地上部はフロート上(水面)で生育させる無土壌植物栽培法です。植物が必要とする無機成分は,すべて水中から吸収するため自然に水が浄化されます。植物種を選べば,年間を通して水面の緑化と同時に有用植物資源の生産が可能となります。その過程で水が浄化されます。水質浄化は水中生態系を活性化し,水中根は微生物,動物性プランクトンに棲息の場を提供するので,水生昆虫,メダカが増え,さらに魚類が多くなるという食物連鎖が成立し,水生動物が多様化します。これを求めて野鳥が飛来し,水面の植物群落に営巣,棲息するようになるので水城全体の景観と生態系の改善による健全な親水域環境(ビオトープ)になります。同時に水面緑化は水域の微気候の改善に寄与するし,水面栽培植物による二酸化炭素の固定と酸素の排出(光合成)は地球の温暖化防止と大気の浄化となります。さらに生産された有用植物資源の活用により資源の広域的なリサイクルが可能です。☆2

(2)水質浄化用植物
水質浄化の観点からすると,再生力が旺盛で生長量が大きく,経済的利用価値の高いもので多年生の植物がよい。九州大学農学部縣教授が試験した150種近い植物の結果から,シュロガヤツリが水質浄化用植物として最も適していることがわかりました。本種はカヤツリグサ科の多年生草本で,刈り取り,再生に強く,関東以南では冬期の成長も可能で,年間通して生育するので,生長量も大きく,水質浄化能も高い。また,本種の茎葉は50%の収率で良質の和紙に活用できます。☆3
さらに「わらじ」などの工芸品の製作も可能なことから,地域住民との協働による水質浄化事業が可能です。
なお,シュロガヤツリの栽培は,下水処理場などの管理された空間・水域で水面栽培法により栽培管理するものです。

6 施設整備の進め方
加勢川鯰の学校整備は,素案の段階からこの施設を管理する嘉島町役場(建設課)を中心に,利・活用する地域住民や河川愛護団体などと施設整備の内容・運営について意見交換を行う場として懇談会を設置し,工事の進捗に併せて現場見学会なども随時開催しました。

7 水質浄化実験水路の設計
栽培水路には間伐材を利用することから,計画基盤面を周辺の水田より1m低くして,地下水位以下となるように設計しました。水路の規模配置はシュロガヤツリの刈り取り・持ち出し作業を考慮して決定しました。また,維持管理の手間を軽減するため土間部には防草シートを設置し,雑草の繁茂を抑制しています。
〇水面栽培水路(幅=2m,水深=0.8m,延長=約230m,シュロガヤツリ植付面積=約220㎡)
〇揚水ポンプ(水中ポンプ,Q=0.2㎥/min,ソーラー発電=3,000w,運転可能時間=約5時間/日)
〇シュロガヤツリ植え付け密度=約7,000株,栽培ネット(1.5m×0.5m)1枚当たり24株を植え付ける。
〇水質浄化効果の試算値
  ①チッソの平均濃度が2mg/ℓ(実測値)のとき
   →チッソ除去率は約50%となる。
  ②リンの平均濃度が0.2mg/ℓ(実測値)のとき
   →リン除去率は約96%となる。
(試算値は,9日間滞留するとして算定した。)

8 ひょうたん池とせせらぎ水路の設計
栽培水路で浄化された水はひょうたん池に導かれ,せせらぎ水路を通って河川に放流されます。
栽培水路の水面コントロールは,池の出口に設けた堰板(幅30cm)により管理しています。
ひょうたん池せせらぎ水路の構造は,コンクリートを使用せず,止水目的の土木シートを張り,その上に50cmの客土を行い,岸辺との連続性を確保しています。池の水深は,40cm~70cmとし,飛び石と止まり木及び小魚の隠れ家にもなる水面栽培用筏(2基)を浮かべています。
せせらぎ水路も池と同様の構造とし,岸辺には玉石を並べて水路を形成し,周辺が湿地となるように池より更に低くしています。この自然観察ゾーン(ビオトープ)は植物の繁茂を容認する区域とし,除草も必要最小限に抑えています。

9 船着き場スロープ及び観察小屋の設計
低水護岸の構造は,カヌーや筏遊びの利便性を考慮して,護岸の上部は場所打ちコンリート階段構造です。また,滑り防止のためにホウキ目仕上げとし,肩部には船を止めるための係船環救命浮き輪を設置し,安全にも配慮しています。
高水敷への移動を容易にするための緩傾斜堤(4割勾配)とバス等の来場を見込んで坂路と駐車スペースを設けています。
観察小屋(5.0m×6.0mプレハブ構造)には,揚水ポンプの電源を確保するためのソーラーパネル(3,000W),制御機器及びトイレ,水飲み場(足洗い場と兼ねる)を整備し,利用者への利便性も考慮しています。

10 施設の管理・運営
(1)管理運営の基本的な考え方
〇施設の位置づけは,河川水の水質浄化実験施設として整備するものであり河川管理施設とします。(法改正により河川法第一条(目的)に環境の整備と保全が位置付けられた。又,敷地は国土交通省所管の河川敷(2号地)です。)
〇施設の役割分担は,①施設の整備及び大規模な補修は国,②施設の管理運営は嘉島町とします。
〇施設の管理運営にあたっては,国と嘉島町の間で管理の基本事項(位置及び範囲,定義,管理区分,維持管理等)を定めた管理協定を締結します。
〇その後実質的な管理母体となる協議会を設立し,地域住民(NPO等)が主体となった管理運営を行います。
〇協議会(懇談会メンバーと同じ)は,①地域住民が利用,運営し易い施設とするための議論の場とする。②ボランティア活動として地域住民が責任を持って運営することを原則とする。③行政は,そのために出来る範囲で支援アドバイス等を行う。
以上,三つの基本的な考え方を第8回懇談会に提案合意しました。

(2)その後の経過
〇5月30日に嘉島町長と熊本河川国道事務所長との間で管理協定を締結しました。6月から嘉島町が管理・運営を行っています。
〇シュロガヤツリの成長が安定化した8月から水質浄化効果を検証するための水質調査,シュロガヤツリの生育調査及び生物調査等を熊本河川国道事務所で実施しています。また,その観察データは随時,当施設を利用した観察会などで活用・公開しています。
〇10月2日には,嘉島西小学校5年生56名が総合学習の一環として当施設を利用した観察会,魚取りが開催されて,子供たちの生き生きした活動が行われました。
〇今後の展開は,嘉島町とNPOが活動主体となって①加勢川探検,②和紙作り教室,③わらじ作り教室,④カヌー・筏教室⑤炭焼き教室など,順次整ったものから実行に移されます。

11 今後の課題
加勢川鯰の学校施設の整備は,地域との協働を前提に素案の段階から嘉島町役場を中心に地域住民の参加を得て懇談会形式により対話を行いながら施設整備を行いました。
懇談会の運営は,宮地揖夫氏や川尻町で地域活動を実践している村田幸博氏,井村紘氏の協力を得て,運営したことで地域の信頼も厚く,地域に根付いた懇談会ができました。その結果として3月22日(土)の植付作業は,地域のおじいちゃん,おばあちゃんや子供達30名が参加していただけました。
今後の課題は,完成したこの施設を次世代を担う子供たちや地域住民が初期の目的に向かっていかに活用,運営していくかに懸かっています。
そのため河川管理者としてこれからも支援していきたい。そして造ってよかったと地域に喜ばれる施設となることを念願しています!

12 あとがき
シュロガヤツリの生育も順調で原水に近い1列目の成長が最も良く,2~3~4~5列目となるに従い草丈,色,根長,茎数と減少しており,水が浄化されている様子が一目で分かります。
9月の魚介類調査では,オイカワ,モツゴ,ギンブナ,メダカ,ブルーギル,ミナミヌマエビの幼魚やウシガエル,スクミリンゴガイが観察され,ひょうたん池やせせらぎ水路の周辺には雑草が繁茂し,適度の日陰と目隠しができ豊かなビオトープが形成されつつあり,これからが楽しみです。
NHK熊本放送局の生中継(7月4~5日)で水質浄化実験施設の試みが九州,沖縄,中国地方に放映されたことで,鹿児島市,武雄市等多数の自治体の下水道担当部局等から現地見学や導入に向けての問い合わせが寄せられています。あらためてテレビの力を再認識しているところです。
この加勢川鯰の学校整備にあたって,ご指導・助言をいただいた縣和一九州大学名誉教授をはじめ,懇談会に参加いただいた嘉島町内の皆様並びに嘉島町役場の多くの方々に厚くお礼申し上げます。また,当レポートの作成にあたり資料提供をいただいた熊本河川国道事務所の関係各位に厚くお礼申し上げます。
なお,当施設の見学については,嘉島町役場建設課まで問い合わせ下さい。(電話:096-237-1111)

参考文献
☆1、☆2、☆3縣和一・宋祥甫著「水質浄化と水辺の修景」ソフトサイエンス社

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