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星野川筋宮ケ原地区(福岡県八女市)
豪雨災害復旧における石橋保存のための分水路計画
右田隆雄
西尾慎也

キーワード:平成24年7月九州北部豪雨災害、石橋保存、分水路、平面流況解析、水理模型実験

1.はじめに
福岡県八女市は、平成24年7月九州北部豪雨(以下「豪雨」という)により、人的被害10名(うち死者2名)、家屋被害約1,600 棟(うち全壊60棟)の、甚大な被害を受けた(表-1,写真-1)。

とりわけ、矢部川、星野川、笠原川の3河川の被害は甚大で、原形復旧では豪雨による再度の災害防止が出来ないため、3 河川まとめて改良復旧する矢部川河川災害復旧助成事業として採択された(図-1)

宮ケ原地区は、星野川助成区間17.5㎞の中ほどに位置し、広範囲で浸水し、16軒の家屋浸水が発生した(写真-2,図-2)。

宮ケ原地区には、大正11年架設の4連アーチの石橋「宮ケ原(みやがはる)橋」が架かっており、地域住民からは、宮ケ原橋に流木などが引っ掛かって流れをせき止めたことが家屋浸水の一因と捉えて撤去を望む声があがった。一方、貴重な文化遺産として修復保存を望む声もあり、八女市は歩道としての修復保存を決定した(写真-3,4)。

県はこの決定を踏まえ、被災時の流量を安全に流すため、河川を拡幅し、宮ケ原橋の右岸に中の島と分水路を設けて、橋を30m 延伸することとした(図-3)。本論文では、星野川筋宮ケ原地区の豪雨災害復旧において、1次元不等流計算・平面流況解析・水理模型実験を踏まえて策定した、石橋保存のための分水路計画について報告するものである(図-4)。

2.浸水被害の原因
宮ケ原橋地点における流下能力は、計画規模W=1/50の950m3/sに対して500m3/s不足していた。
また、豪雨により星野川流域では大規模な斜面崩壊が発生し、多くの流木が河道内を流下したが、宮ヶ原橋は基準径間長を満足していないため、出水時に発生した流木が引っかかった。
よって、当該地区の浸水被害の主な原因は「宮ヶ原橋地点の河道不足」と「流木による河道閉塞」と考えられた。

3.1次元不等流計算による計画
災害査定時においては、時間的制約もあり、一次元不等流計算により計画した(図-5,6)。

4. 平面流況解析の必要性
本箇所における1 次元不等流計算には4 つの課題が考えられた。

課題1 石橋(宮ケ原橋)保存
石橋保存の決定は、河積断面を確保するために橋を継ぎ足す必要があるのは勿論であるが、石橋の基準径間長不足のため、流木により流れが阻害されることを設計に考慮しなければならないということであった(写真-5)。
流木が断面を阻害した状態を1次元不等流計算で再現することはできない。

課題2 背後に、家屋のあるなしで、護岸の整備高さが異なる
今回の豪雨による星野川宮ケ原地区における出水流量は1,587m3 /s(以下「出水流量」という)、計画流量(W= 1/50)は950m3 /s であった。
災害復旧助成事業における護岸の整備高さは以下のように、背後に家屋のあるなしで、異なっている。

整備計画(2)、(3)を横断図・縦断図にあらわすと以下のようになる(図-7,8,9)。

1次元不等流計算では、各横断箇所ごとに断面が決定される。そうすると、横断(2)の箇所では背後地が農地のために、HWLでの護岸整備となり、横断(3)の箇所では背後地が家屋のために、H 24.7 出水水位または計画堤防高の高い方まで護岸(土堤やパラペット)を整備する計画となる。
しかし、平面的に考えて、農地において出水流量により溢れた水が、堤内地をどのように流下するかは1次元不等流計算では再現できない(図-10)。

課題3 宮ケ原橋直上流の岩の張り出し
宮ケ原橋より約200m上流左岸では、岩が大きく張り出しているため、この位置で流向が変わり、当初計画の拡幅位置では適正な分派ができないと予想された(図-6)。
岩の張り出しによる流向の変化への影響を、1次元不等流計算で再現することはできない。

課題4 河川がわん曲している
当該区間は河川がわん曲しており、拡幅側の流速は1次元不等流計算による平均流速に比べて、小さくなるため、拡ふく幅が不足することが懸念された(図-11)。

5.平面流況解析モデル
(1) 解析モデル範囲の設定
平面流況解析においては、「わん曲」や「岩の張出し」による流れの影響について再現性を高めるために、宮ケ原橋を中心に上下流約1㎞ずつ約2㎞を解析モデルの範囲として設定した(図-12)。

(2)解析モデル
平面流況解析に用いるモデルは、
 ・堤内地を含めて解析が可能であること
 ・局所的な岩の露出部を表現が可能であること
 ・急勾配であるため、常射流を精度良く解析できること
を考慮して、非構造格子による流況モデルを採用した。メッシュサイズは1m~10mで、宮ヶ原橋の橋脚、岩露出部、堤内地等を50,881分割した。
メッシュ分割を行った格子点上に、河道内については20m~40m ピッチの測量データを用い、堤内地については航空レーザー計測データ(LPデータ)を用いて地盤高を設定した(図-13)。

(3)河道部の粗度係数
平面流況解析を実施する際の河道部の粗度係数を、n=0.030,0.035,0.038の3パターン計算し、計算より得られた水位と洪水痕跡水位の適合度から算出した誤差率Eが最小(E= 0.023)となる粗度係数n=0.030 を採用した。

6.1次元不等流計算による当初計画に平面流況解析を実施した結果
(1)計画流量950m3 /s(W= 1/50)
1次元不等流計算では、計画流量W= 1/50 に対して、HWL以下で流れるという結果であったが、平面流況解析では、HWLを超過する結果となった(図-14)。
これは、課題(4)で挙げたが、1次元不等流計算による流速3.75m/s に対して、平面流況解析が3.4m/s ~ 3.5m/s と小さくなったため、河積不足により水位が上がったものと考えられる。

(2)出水流量1,587m3/s
1次元不等流計算では、出水流量に対して家屋浸水は防げるということであったが、課題(1)(2)(3)の原因により、家屋浸水する結果となった(図-15)。

7.見直しポイント
(1)課題1(石橋保存)に対して
橋台背面に反力石が確認出来なかったため、アーチ水平力には橋台背面の受働土圧により釣り合いが保たれていると考えた。そこで、橋台背面土の内部摩擦角φ= 36.5°より、橋台背面掘削時に石橋が崩壊しないよう離隔幅を15mとした。
なお、出水により橋台背面の土が流出したが、受動土圧の方がアーチ水平力より大きく、安定が保たれていることを確認した(図-16)。

石橋と継ぎ足し橋梁の離隔幅が15m必要となったことから、中の島を設置して分水路を設ける計画に変更した(図-18①)。
また、流木による影響については、透過粗度(水の流れ難さ)を考慮して解析することとし、閉塞した状況を1.0 径間閉塞、1.5径間閉塞、2.0 径間閉塞の3ケース設定した。
解析より得られた水位と洪水痕跡水位の適合度から算出した誤差率Eが最小(E=0.023)となった、1.5径間閉塞を採用した(図-18②)。

(2)課題2(背後に家屋があるなしによる護岸整備計画の違い)に対して
背後に家屋があるなしによる護岸高さの違いにより、出水流が堤内地を流下して家屋浸水を防ぐため、右岸については堤内地の道路を嵩上げすることで流下を防ぐこととした(図-18 ③)。
また、左岸についてはパラペットにより溢水を防ぐこととした(図-18 ④)。

(3)課題3(宮ケ原橋直上流の岩の張り出し)に対して
平面流況解析による被災時の流速ベクトルは、張り出している岩が水制の役割を成し、流れを内側に向かわせているため(図- 17)、ここに分水路呑口を設けることが最適であると考えた(図-18 ⑤)。また、合流部は、本川と分水路の合流点において水位上昇が発生しない位置とした。

(4)課題4(河川がわん曲している)に対して
内側流速が小さいために、計画流量W= 1/50時HWL を超えたため、拡ふく幅(=分水路幅)を広げることとした(図-18 ⑥)。
計画規模W=1/50 の950m3/s に対して不足する450m3 /s を流せる断面を仮定し、平面流況解析および実験によりその妥当性を確認した。

(5)見直しポイントのまとめ
1次元不等流計算時と平面流況解析時との見直しのポイントを図-18 に示す。

8.計画見直し後の平面流況解析結果
計画見直し後に、計画流量および出水流量で平面流況解析を実施した結果、計画流量ではHWL以下、出水流量では家屋浸水がないことを確認した(図-19,20)。

9.水理模型実験
平面流況解析結果の妥当性を検証するために、水理模型実験を実施した。
(1)実験概要
1)模型縮尺および範囲
模型縮尺は1/40 ~ 1/70 が一般的であるが、堤内地の浸水深さが1.5m 程度のため、模型の水深が3㎝程度となるよう、1/50 とした。また、模型の範囲は平面流況解析と同じ、宮ケ原橋を中心に上下流約1㎞ずつの約2㎞とした。

2)製作
現地の川床は岩であるから固定床。モルタルを木ゴテで整形してほうき仕上げとし、粗度係数n= 0.032 程度とした。地形は被災後の測量結果より復元、浸水家屋、堰、橋梁を再現した。
流木は、実寸法(長さ約20m、径約15㎝)から、長さ350㎜と200㎜、径3㎜の竹ひごを使用した(写真-6,7)。

3)相似則
フルード相似則による、諸量の縮率および代表的水理量の模型値を表-2,3に示す。

(2)実験結果
計画流量および出水流量で水理模型実験を実施した結果、平面流況解析結果と同じく、計画流量ではHWL 以下、出水流量では家屋浸水がないことを確認した(写真-8,9)。

10.おわりに
宮ケ原地区は、平成27年8月より着工し、平成28年度の完成を目指し急ピッチで工事を進めている。
広範囲な浸水で苦労された方々に、「豪雨のときは大変やったけど、県のおかげで前よりもよくなった」と言われるよう復旧復興に取り組みたい。
最後に、被災直後の助成事業計画策定から今回の解析実験に至るまで、並々ならぬご尽力いただいている㈱建設技術研究所の石飛俊男氏に対し、この場を借りて感謝の意を表します。

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