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甑大明神橋の設計施工と斜材振動問題

鹿児島県土木部道路建設課長
早 川 克 典

1 まえがき
甑島は鹿児島県薩摩半島の西方,東シナ海に浮ぶ島で,北東から西南につらなる上甑島,中甑島,下甑島の三島からなる細長い列島である。甑大明神橋(写真ー1,図ー2)は,上甑島,中甑島の間を結ぶ県道黒浜水深線の道路改良工事の一環として計画されたもので,ヘタノ串海峡に架かる橋である。

本橋の完成により上甑島と中甑島が一本の道路で結ばれ,これまで海峡により隔てられていた上甑村が,一つになるという永年の夢が現実のものとなった。
本橋の概要は以下のとおりである。
工事名 :一般県道黒浜水深線 橋梁整備工事
工事箇所:鹿児島県薩摩郡上甑村
橋  種:プレストレストコンクリート道路橋
橋  格:1等橋
橋梁形式:2径間連続PC斜張橋
     PC単純T桁橋
橋  長:420m(6@28.667m+2@85m+3@26m)
有効幅員:8.0m
基礎形式:直接基礎
主塔形式:準A型RC構造
主桁形式:逆台形箱桁PC構造
斜  材:ファン型2面吊7段

2 橋梁形式選定について
甑大明神橋架橋地点はヘタノ串と言われ,架橋位置には,幅22m,高さ15mの航路がある。このため,縦断勾配は起点から6%の上り勾配,終点側に向かって6%の下り勾配になっている。
橋長については,経済性から420mとなった。また航路上の主径間に対しては導流堤幅,航路幅の将来の拡張計画等を考慮して検討した結果,支間は85mとした。架橋地点のヘタノ串一帯は,甑島特有の奇岩がそびえ,甑島の名の由来となった岩を御神体とする甑大明神が祭られている。このため,ルートも甑大明神裏手に回すように計画した。
形式選定においては,甑大明神に敬意を表する意味で神前の御幣のイメージを取り入れながら,主塔には島の発展する未来性を,斜材には島と島を結ぶ絆を,また,漁業で培われた定置網漁を印象的に表現することなど,島の特性を表現できる斜張橋とした。

3 構造概要
本橋は主径間がPC斜張橋,起点側および終点側がそれぞれ3径間および6径間のPC単純T桁橋であるが,以下にはPC斜張橋の概要を述べる。
(1)主 桁(図ー3)
主桁の支持形式は,2径間連続PC斜張橋の特性を生かせることおよび支承が必要ないことから,中間支点部では剛結方式を採用した。主桁断面形状は,幅員,ねじり剛性の確保等を考慮して箱桁断面とし,また桁高は経済性,施工性等を検討して2.0m(等桁高)とした。

(2)主 塔(図ー4)
主塔形状としては,斜材が2面吊りであることから門型,H型が考えられたが,景観性を重視して準A型とした。主塔高さは,航空障害を考慮して海抜60m以下とした。

(3)斜 材
斜材は2面吊りで,斜材吊点間隔は施工性および経済性から10mとし,配置形状は経済性および景観性からファン型とした。斜材ケーブルは,本橋が海洋上での架設となることから防錆性,施工性等を考慮して,亜鉛メッキ鋼線を防錆油およびポリエチレン管で被覆したノングラウトタイプのケーブルを使用した。なお,定着方法はVSL工法を使用した。

4 工事概要
主塔の立つP7橋脚は満潮時に海中になることからA2側より鋼矢板と消波ブロックにより築島して資機材搬入路とした。橋脚,柱頭部施工後,斜材配置がファン型であることから主塔を先行施工した。主塔はストラットを含めて12ブロックに分割して施工し,主塔形状が準A型であることから約10m毎に仮ストラットを設置して施工した。
主桁は主径間部下が航路であることから,両径間とも移動架設作業車(フォルバウワーゲン)を用いた片持ち張出し工法で施工した。主桁張出しブロックは片側22ブロックであり,海洋上での架設であることから外型枠にはステンレス製型枠を用いた。桁踏部6.5mは吊支保工により施工した。
斜材は主桁3ブロック毎に展開・架設・緊張を繰返し(写真ー2),緊張作業は主塔側から行った。斜材張力調整は,主桁張出し施工中には施工誤差が生じた場合のみ実施し,吊支保工部施工前および橋体完成後全斜材に対して実施した。斜材張力調整は,斜材配置がファン型であることより主桁側から調整台車を用いて行った。
施工順序を図ー5に示す。

5 斜材振動
5-1 振動状況
主桁張出し施工中においては,特に斜材の振動問題は生じておらず,強風時(10~20m/s)に高次振動モードの微振動が一部の斜材に生じたにすぎない。しかしながら,斜材張力調整後,11月末の低気圧接近による雨を伴う強い季節風(15~20m/s)において,一部の斜材に激しい振動が生じた。また,それ以降においても同様の気象条件において同程度の振動が生じた。
この斜材振動の特徴としては,
① 風に対して,主塔風下側,つまり風向に対して下り勾配である斜材に顕著な振動が生じた。
② 振動時の風速は10~20m/s程度である。振動する場合は必ず降雨があるが細雨程度でも振動が生じた(風速が同程度でも降雨がなければ振動しない)。
③ 振動が生じた斜材は主に上2段であるが,気象条件によっては上5段まで振動した。
④ 振動は1次~2次振動モード(固有振動数1.0~3.0Hz)の範囲であった。
⑤ 振動の生じた斜材の1,2次振動モードの渦励振共振風速は1~2m/s程度であり,振動が生じた際の風速よりかなり低い風速である。
⑥ 振動は,例えば上1段目に生じずに2段目に生じる場合もあり,左右の斜材でも同時,同程度には生じていない。
⑦ 振動方向は,面内および面外両成分からなり楕円状であった。
⑧ 振動は発散的であり,最大振動時には橋体に振動を励起した。
⑨ 当初,面内方向のみにクレモナロープを用いて制振対策を実施したが,面外方向の振動は制御できず面外方向にかなり顕著な振動が生じた。
以上の特徴により,今回発生した斜材振動はレインバイブレーションと考えられた。
斜材張力調整後にこのような振動が生じた原因としては,
① 斜材張力調整後,今回振動が生じた斜材の常時の微振動が大きくなった。このことは,斜材張力調整(10~20%程度張力増加)により,斜材の減衰性が低下したものと考えられる。
② 主塔の足場を撤去した。このことで主塔風下側の斜材に作用する風の乱れは小さくなったと考えられる。
などが挙げられる。
なお,施工中においては,斜材に対して面内および面外方向ヘクレモナロープを用いて制振対策を実施し,レインバイブレーションに対処した。
5-2 斜材振動に関する検討概要
本橋の詳細設計は平成元年度で,当時斜張橋の斜材振動問題に関しては実態が未だよく把握されておらず,また風洞実験を検討するには設計コストがかかりすぎることから,施工中に状況を把握して必要に応じて制振対策を行うこととしていた。このため,主桁張出し施工中から風向・風速,橋体振動および斜材振動の観測を行った。
このうち,降雨時の斜材振動状況記録を図ー6に示す。なお,これは観測のためクレモナロープを撤去した状況において記録されたものである。斜材振動波形は口金口部から斜材長の1/12離れた測点における測定値である。
風向に対して下り勾配である斜材(S-1L)の振動は,上り勾配である斜材(S-1′L)の振動に比べて面内,面外振動ともそれぞれ20倍程度大きく,レインバイブレーションが風向に対して下り勾配である斜材にのみ発生している状況が示されている。

レインバイブレーション時の斜材の最大振幅(S-1L面内方向)は,斜材振動の卓越振動次数が2次であることから

よって,レインバイブレーション時には,最上段斜材で27cm程度の片振幅が生じている。
斜材は,振動することにより変動応力が生じる。観測された斜材振動波形より斜材定着位置(口金口部)における変動応力を算出し疲労に対する安全性を検討した結果,制振対策が必要となった。
5-3 レインバイブレーションの制振対策
レインバイブレーションの制振対策としては,現在用いられているものとして以下のものが挙げられる。
① 斜材相互連結方式
斜材相互をステンレスワイヤーで連結する方式である。美観,維持管理,面外振動に対処できないことなど多くの問題点がある。
② 空力的対策
斜材の断面形状を変更し安定化を図る方式である。本橋に使用する場合,斜材に2重に外套管を設置することが必要で,風洞実験を実施しなければならない等問題点がある。
③ ダンパ一方式
斜材にダンパーを設置して減衰を増加させる方式である。近年最も実績が多い方式である。美観上の問題に対しては高欄等より低い位置に設置することで対処している。荒津大橋,青森ベイブリッジ等レインバイブレーションが観測された橋梁に対してダンパー設置後振動が生じていないことなどから,その有効性は実証されている。
以上のことから,本橋においてはレインバイブレーション対策としてダンパー方式を採用することとした。なお,ダンパーとしては,実績,維持管理,経済性等から考慮して粘性せん断型ダンパーを使用することとした(写真ー3)。
ダンパーは固有振動数が3Hz以下の上5段に設置するものとした。

6 あとがき
本橋は平成5年3月に供用開始,地元の生活利便の向上,観光開発に大いに役立っている。
本文では,PC斜張橋のレインバイブレーションを中心に報告したが,本橋完成後のダンバーの効果については,今後調査したい。

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