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熊本地震により被災した斜張橋「桑鶴大橋」の復旧について

九州地方整備局 熊本復興事務所
建設監督官
松 尾 仙 彦

九州地方整備局 熊本復興事務所
工務第二課 調査係長
橋 爪 隆 介

九州地方整備局 熊本復興事務所
工務第二課 係員
嶋 田 智 大

キーワード:道路鋼斜張橋の補修、ケーブル交換、モニタリング

1.はじめに
熊本市~阿蘇郡高森町を結ぶ主要地方道「県道28 号熊本高森線」の山間部に点在する橋梁群は、2016 年4 月に発生した熊本地震により甚大な被害が発生し通行不能となった。これらの橋の復旧には高度な技術が必要であることから、2016 年5 月13 日に熊本県知事からの要請を受け、大規模災害復興法に基づき国が代行して「県道28 号熊本高森線」の災害復旧事業に取り組むこととなった。復旧方針は、橋梁およびトンネル・土工についてそれぞれプロジェクトチームを設置し会議を実施した。その中で、国土技術政策総合研究所(以下「国総研」)や土木研究所(以下「土研」)の技術支援を受けるとともに、必要に応じ学識経験者の意見を得て決定した。
本県道は図- 1 に示すように、2016 年12 月24 日に被災の著しい橋梁区間を避けて、本線土工部と旧道を活用した迂回路を供用し、翌年12 月14 日には鳥子地区において、復旧が完了した橋梁と仮橋の利用による交通切替を行っているが、現在も一部橋梁において復旧工事を進めている。
山間部を通る本県道は、地震に伴う地盤の変動などにより橋梁の被災状況が著しくなっていた。その中でも桑鶴大橋は、不等径間かつ曲線橋の鋼斜張橋であり、その特殊な橋梁形式に起因する被災も確認された。桑鶴大橋の復旧設計においては、復旧工事に特有な不確実な要素もあり、従来の新設橋梁に適用する基準だけでは技術的な判断が難しい事項がある。そこで本橋の復旧においては、立体的なシミュレーションにより被災前の状況から復旧完成に至るまでの各施工プロセスの部材の応力状態等を再現するとともに、モニタリング技術を活用し、実際の各プロセスにおける部材の状態を把握した。そして、施工の進展による構造系の変化とモニタリングデータの変化の関係性を検証することにより、復旧設計に内在する不確実性を補完しながら工事を実施した。
本稿では、本斜張橋の構造特性より生じた被災状況を示すとともに、道路橋の斜張橋として国内初の事例である斜ケーブルの交換をはじめ、モニタリング技術を活用した復旧工事の取組みについて紹介する。

2.被災の特徴と健全性の判断
(1)構造的な特徴と被災状況
a)桑鶴大橋の構造的な特徴
桑鶴大橋は、1998 年竣工の橋長160m の鋼2径間連続斜張橋である。平面線形はR=350m の曲線を有しており、またA1 - P1 間は100m、P1 - A2 間は60m の不等径間な橋梁である。更にA1 からA2 に向けて上り勾配であり、主塔の左右で橋の長さが異なる曲線の桁をケーブルで吊っており、斜ケーブルの配置が同一面内にない特殊な形式の斜張橋である。
また死荷重が作用する状況では常にA2 側の支承に上揚力が作用する構造条件となっており、そのためA2 側の支承は地震時の水平力の他、上向きの上揚力にも抵抗する機能を併せ持った支承として設計されていた。

b)上部工の被災状況
上部工の移動は、図- 3、4 に示すようにP1 橋脚上で99㎝、A2 橋台上で85㎝の下部工との相対差のある平面ズレが確認され、A1 橋台を支点とした反時計回りの回転が生じていた。また鉛直方向にもA1 - P1 径間で最大40㎝のたわみが発生し、A2 橋台部では平面曲線外側となる谷側では64㎝、山側では39㎝の浮き上がりが生じていた。
概略的な挙動としては、まず地震動の影響を受け支承が破断したことによりA2 側の桁端部が浮き上がり、更には桁の横移動も発生し、これにより斜ケーブルのたわみや各支承の連結部の損傷、桁との衝突による胸壁・変位制限装置の損傷が発生したと想定される(図- 3 参照)。

c)下部工の被災状況
本橋では建設時における下部工の位置は任意系座標により管理されていたため、地震後の正確な移動方向や移動量を把握することはできないが、近傍の幅杭の移動量(北北東に1215㎜移動)および各下部工間相互の相対変位量を基に、被災前の下部工位置からの移動量を推定した。その結果、全ての下部工が、概ね北(谷側)方向へ約1.3 ~1.5m 程度移動していた。
またP1 主塔の頂部は、橋軸方向ではA1 側へ移動しており、下部工と主塔頂部の相対変位から求めた主塔の傾きは、谷側主塔で0.0055rad(1/182)であった。同様に直角方向への主塔頂部の移動量は、谷側へ平均で83.5㎜移動しており、傾きに換算すれば0.0018rad(1/556)であった。

d) 斜ケーブルの被災状況
斜ケーブルの損傷は、起点・終点側上段の1 ~2 段目ケーブルにおいて、ケーブル本体のよれが確認された他、橋桁に取付けられていた照明柱と接触しケーブル被覆材に擦傷痕が確認された。ケーブル定着部の端部ソケットについては、目視点検にて異常は確認されなかった(図- 3 参照)。

(2)各部材の被災状況と損傷の関連性
上下部工の移動状況と、各部材に発生する損傷状況を重ね併せて整理すると、本橋では図- 4および下記a ~ d に示すような損傷の関連性や連鎖状況にあったと想定される。
[a] 橋軸方向(A2 側)への上部工移動でA2支承損傷
[b] A2 支承損傷によるA2 桁端の浮き上がり
[c]桁浮き上がりによるA1 - P1 径間のたわみによるケーブルの変状と、橋軸方向(A1側揺戻し)の上部工移動でA1 胸壁損傷
[d] 橋軸直角方向の上部工移動によりA2 変位制限構造、P1 支承の損傷

(3)斜ケーブル他部材の健全性の評価
斜ケーブルなどの健全度を評価するに当たり、斜ケーブル本体や定着部の目視調査およびケーブル本体の挙動確認を行った。
判定に当たっては、図- 5 に示す項目ごとに斜ケーブルの健全度を評価した結果、上段の1 ~ 2段目ケーブルは取替え、下段の3 ~ 4 段目ケーブルは再利用とすることにした。またその他本橋を構成する各部材の健全性については表- 2 に示す通り判定した。

a)桑鶴大橋の構造的な特徴
斜ケーブルの破断は確認されなかったが上段1~ 2 段目ケーブルに『よれ』が確認された。これは、A2 支承の損傷により桁端部が浮き上がり、これらのケーブルの張力が抜けるとともに、曲線である上部工が橋軸直角方向にも移動したことに伴って生じたものと考えられた。

b)斜ケーブル定着部の機能
ソケット本体、定着部(亜鉛銅合金)の抜け出し、定着部からの素線の抜け、および主塔・主桁定着部の局部座屈は確認されなかった。

c)残留伸びの有無
地震後のケーブル長を計測し算定した結果、たるみが少ない下段ケーブルの方が延伸していた。これは、上段1 ~ 2 段のケーブルで張力が抜けた一方で、下段3 ~ 4 段目のケーブルには当初よりも大きな張力が作用した影響と推定される。また下段3 ~ 4 段目ケーブルは、被災前後でのケーブル長より残留伸びはあるが、弾性領域内にあることが確認された。

3.復旧対策工の検討
(1)要求性能の設定
桑鶴大橋は、第2 次緊急輸送道路に指定される路線に架かる橋梁であり、重要度区分は「B 種の橋」である。復旧に際しては、レベル2 地震動に対し「耐震性能2」の機能を満足することを目標とし、交換となる支承や再構築となる部材は、H24 道示V 耐震設計編に準拠し「耐震性能2」に対する限界状態を設定するものとして復旧対策工の検討を行った。

(2)復旧計画における数値解析の実施
a)数値解析の目的と活用方法
本橋は特殊な橋梁形式であり、上・下部構造の移動や、また主塔が僅かではあるが傾いた状況でもあることから、竣工当時の条件とは異なってきている。そこで本橋の復旧計画においては、被災時現況~復旧施工の進展に伴う構造系変化の影響を把握すること、また施工時の計測管理へ活用すること、そして今後の維持管理に向けた情報を取得していくことを目的として数値解析を実施した。

b)被災状況の再現
被災した本橋および構成している各部材の状態を把握するために、被災状況の再現解析を実施した。竣工当時の初期状態からの変化として、A2支承とP1 支承の鉛直・水平拘束の解放、各下部構造の沈下、P1 を起点としたA1 とA2 の相対変位による支点移動、P1 主塔の傾斜を再現した結果、以下の事象が分かった。
① A1 上の支承は、直角方向の水平支持機能を保持したが、P1 とA2 の支承は直角方向の水平支持機能を喪失したことで、主桁にはA1 を回転中心とする水平面内の変位が生じる。
②谷側の最下段ケーブル(CA - 4,5 G1)は設計張力に対して約2 倍の張力が生じており、これは地震後に行ったケーブル張力の計測結果と同様の傾向を呈する(図- 6 グラフ参照)。
③A2支承が鉛直方向の支持機能を喪失すると、主桁のA2 側端部が持ち上がって上段の1~2段目(CA - 1~2、7~8)ケーブル張力が緩み(主塔は起点側へ傾斜)、第1 径間主桁が下方にたわむ変形となる。加えてP1 支承の鉛直方向の支持機能喪失で、主桁の鉛直方向の変形はほぼ再現される。
④主塔の変形は、P1 基礎の傾斜を考慮することで概ね良好に再現される。
⑤主桁と主塔の応力度はすべて降伏応力度以下であり、弾性変形状態である。

c)被災状況まとめと復旧手順
被災状況の再現より、上部構造に変位(横方向と鉛直方向)が生じた要因は、P1 上とA2 上の支承が、水平支持機能と鉛直支持機能を喪失したことに起因していると考えられる。
したがって、まず鉛直力を支持するためのベントで上部構造を仮受けした後、ケーブルで吊った状態のまま横方向にずれた変位を是正することとし、その上で変状の生じた上段1 ~ 2 段目の斜ケーブルの取替えを行う。そして次に、主桁のA2 桁端部を下方向に引き下げることで主桁の鉛直方向の変形を戻し、その後ケーブル張力の調整を行う復旧手順とした。

(3)復旧計画の策定
この被災状況の再現結果による復旧手順を基に、復旧計画の策定を行った。
今回の被害はA2 側の支承が鉛直支持および水平支持機能を併せ持っていたため、支承の破壊が起因となり、連鎖的に損傷が拡大したと想定される。そこで復旧に当たっては、A2 の支承部が破壊すると桁端部が浮き上がり復旧が困難となるため、水平力の支持機能と鉛直負反力の支持機能は独立して確保することが出来る構造とした。すなわち図- 7 に示すように、水平力と鉛直正反力に抵抗する「支承」を設置した上で、浮き上がりの鉛直負反力に抵抗する「負反力対策工」として橋台と桁を4 本のPC ケーブルで連結した。さらに万一レベル2 地震動の限界状態を超過し、負反力対策工が破壊したとしても、桁端部が容易には浮き上がらないよう、別系統の「上揚力対策工」をフェールセーフ機能として設置した。

4.復旧工事におけるモニタリングの活用
(1)施工時モニタリング
特殊な構造をした斜張橋の復旧であり、構造の一部変更の他、ケーブル交換、張力調整を行う等、既設道路橋の斜張橋では国内初となる事例であり、設計や施工方法に関する知見は少なく不確実性も潜在する。よって前述した立体的なシミュレーション(骨組解析)により、施工の各ステップごとの部材の応力状態や主塔の傾斜等を事前に把握した上で、実施工ではモニタリングによりその挙動を確認しながら実施する方針とした。
また特殊な斜張橋の損傷であり、地震後において橋の各部材に生じている実際の応力状態は必ずしもシミュレーションの値どおりではないことも考えられるため、各施工段階における管理項目は補修プロセスの進展に伴う構造系の変化が把握できるように表- 3 に示す計測項目を決定した。すなわち、主桁や主塔の応力、主塔の傾斜、ケーブル張力等を計測して、施工の進展による計測データの変化を確認し、想定している変化が生じているかなど設計や施工の妥当性を確認しながら施工を進めていった(図- 8 参照)。

(2)モニタリングデータの維持管理への活用
施工時モニタリング項目を利用して、復旧後の橋の維持管理に役立つデータをあらかじめ本工事段階で取得し、次の地震等における健全性の診断時に有用な基礎データとできるようにも配慮した。その際、データの取得が簡単な原理で容易に実施できる方法とした。
①ケーブル張力計測
主桁を支持する斜ケーブルに人力で小さな振動を与え、ケーブルの揺れ方を加速度計により測定し、ケーブルに作用する現在の張力を確認する。ケーブルの固有振動数と張力の関係は、ケーブル架設の段階で取得したデータを活用する。ケーブルに作用する張力が大きいほど、戻ろうとする力が大きくなり振動が速く(振動数が高く)なる。例えば振動数が低いと張力低下が発生していることが分かる(図- 9 参照)。

②橋体固有振動数計測
図- 10 に示すように、復旧が完了した斜張橋に人工的に小さな振動を与え、主塔頂部や橋桁に設置した加速度計により、主塔や橋桁の揺れ方の特徴を確認する。今回取得した復旧完成形での振動特性データは、次の大きな地震等の際に同様の加振計測により取得するデータと比較し、健全性を確認することに活用できる。

5.復旧対策技術の現地説明会の開催
供用再開に先立ち、熊本復興事務所と国土技術政策総合研究所熊本地震復旧対策研究室(以下「復旧研」)では、権限代行にて復旧対策を実施した本橋における復旧対策技術の説明および今後の維持管理等について、管理者となる熊本県への説明会を開催した。現地説明会には、熊本県土木部および阿蘇地域振興局の職員7 名が参加され、本橋の構造と復旧方法を踏まえ今後の維持管理に役立つデータを熊本県に提示したほか、維持管理における計測項目の現地計測状況の公開を行った。

6.おわりに
本橋の補修工事は、本稿で紹介したモニタリングを併用しながら無事完了し、平成30 年7 月20 日に供用を再開したところである。
本橋の復旧設計および工事の実施にあたっては,国総研や土研、復旧研ならびに大日本コンサルタントや日立造船・諫山工業JV 等の工事関係者が一体となって早期復旧に努めてきた結果であり、ここに感謝の意を表する。
今後は、桑鶴大橋の維持管理に向けたモニタリング計画の手順書としてとりまとめた後に、熊本県へ最終移管を行う予定である。本稿が斜張橋の震災復旧の事例として有用な情報となれば幸いである。

参考文献
1)星隈順一:桑鶴大橋の復旧対策技術の現地説明会を開催~復旧プロセスで得たデータを今後の維持管理に活用~、土木技術資料、第60 巻、第9 号、pp42 ~ 43、2018
2)西田秀明、鈴木慎也、瀧本耕大、星隈順一:震災復旧工事における施工段階での情報取得と維持管理への活用、土木技術資料、第60 巻、第 10 号、pp24 ~ 27、2018

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