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河川生態学術研究会五ヶ瀬川水系研究グループ講演会
~今後の川づくりへの提言~
島本重寿

キーワード:五ヶ瀬川水系、河川生態学、川づくり

1.はじめに

平成25 年8 月28 日、九州地方整備局において、河川生態学術研究会五ヶ瀬川水系研究グループ講演会が開催され、研究グループの杉尾代表を始め7 名の研究者より研究成果の発表が行われた。
五ヶ瀬川水系研究グループが所属する河川生態学術研究会は、生態学と河川工学の研究者が共同で川のあるべき姿を探ることを目的として平成7年に創設され、河川生態学に焦点を当てた研究活動を通じて、河川の本質の理解を深め、自然環境の整備・保全を積極的に取り入れた新しい河川管理に資する総合研究として全国の代表河川で実施されている。
九州においては、研究対象河川に一級河川五ヶ瀬川水系が選ばれ、五ヶ瀬川水系研究グループによって、複雑な河川生態系の仕組み解明のための様々な調査研究が行われている。
本報文は、講演会で発表された五ヶ瀬川研究グループの研究成果と新たな知見に基づく今後の川づくりへの提言について紹介するものである。

2.五ヶ瀬川水系研究グループについて

五ヶ瀬川水系研究グループは、宮崎県北部を流れる一級河川五ヶ瀬川水系の支川北川において平成9 年に激特事業が始まったのを契機に、平成11 年度に発足した北川研究グループを始まりとしている。平成21 年度に五ヶ瀬川水系研究グループへ名称を変更し、五ヶ瀬川・大瀬川まで研究フィールドを拡大、メンバーも追加して、平成24 年度までの約14 年に渡り、生息生物の生態解明、河川改修による生態系への影響、生態系の応答予測など数多くの調査研究が行われている。
最終フェーズとなった平成21 ~ 24 年度の研究活動においては、全体テーマに「河川環境の維持・管理・再生」を掲げ、3 つの研究課題を設定して調査研究が行われている。

①河川生態系変動予測モデルの構築

 物理系と生物系の研究成果を繋ぐ新しい河川生態系変動予測モデルを構築し、インパクト・レスポンスを解明
②激特事業の保全と再生の効果検証

 北川、五ヶ瀬川での激特事業における生物配慮型護岸、霞堤などの環境保全復元手法の生態学的な効果を把握・評価
③一次生産と生物分布の調査

 河川総合研究グループと連携し、河川生態系の構造と機能を解明これら研究成果は、平成25 年3 月に報告書
「五ヶ瀬川水系の総合研究ー河川環境の維持・管理・再生についてー」に取りまとめられている。

3.研究発表の概要

今回の講演会は、河川事業に携わる河川技術者を対象に、河川環境の保全と整備の向上に資することを期待して、開催されたものである。
講演会で発表された7 課題の研究成果について概要を以下に紹介する。詳細な研究内容については研究者より発表・公表されている個々の研究成果を参照いただきたい。

(1)生物生息場への影響を見越した河道の整備・維持管理検討ツールの作成
  (国土技術政策総合研究所河川研究室
   福島政紀主任研究官)

河川整備には、治水機能の維持、環境機能の維持、維持管理の実現性(コスト)といった複数の要件を満たすことが求められており、河川管理行為(掘削や樹木伐採など)による河道の将来変化を予測し、整備後に現れる河川環境への影響を見定めた上で、河道の整備方法を具現化するためのツールとして、河川生態系変動予測モデルを構築し活用を試みている。ベースモデルとなる河道形状と河床材料の時空間変化を予測する物理基盤モデルと物理基盤の情報から植生の繁茂・遷移・破壊を予測する植生応答モデルを構築し、そこで得られた物理基盤情報を各生物応答モデルに受け渡して、生物応答を予測する新しいシステムを構築している。
今後ツールを活用し、河川生態系を支える河道変化との関連性と仕組みを深く理解すること、設計・施工・維持管理の担当者が情報を共有して河道設計を幅広く議論することが重要であり、柔軟性の高いアダプティブな管理の実践が期待される。

(2)哺乳動物の生息確率・行動予測システム
  (宮崎大学 岩本俊孝教授)

国総研のベースモデルから提供された樹木繁茂の平面分布と経年変化および渦度の平面分布を境界条件として、河川敷において植生環境の変動に応答する陸上中型哺乳動物(タヌキ、ウサギ、アナグマ、イタチ)の行動を予測する哺乳類行動予測モデルを構築している。モデルは、植生群落の変化、デブリ(高水敷に運搬・堆積した土壌内の植物片や有機物だまり)の分解による土壌動物相の変化、動物行動特性と植生選好性、および動物出現率により、動物が行動や移動経路を選択するように構成されており、出水シナリオに基づいて野生動物の行動を表現している。これにより、工事時の騒音や振動等の発生あるいは河道掘削や樹木伐採等による動物の回避行動を予測でき、人為的なインパクトが作用した場合の河川環境の変化による動物への影響が評価可能となっている。
今後は、野生動物が利用する可能性の高い空間を特定した後、河川改修計画・維持計画と照合して、生息空間としての機能が高い空間への影響を推定し、必要に応じて計画を修正するなどの利用が期待される。

(3)ボウズハゼの出現モデル.瀬の指標種として
  (九州大学大学院 鬼倉徳雄助教)

北川における魚類の生息分布と生息環境の調査結果に基づき、ボウズハゼを生態系の典型性を示す指標に設定し、ベースモデルの物理基盤情報の中から中央粒径値、流速、水深、水深の2 乗値を説明変数として選定して一般化線形混合モデルによるボウズハゼ生息予測モデルを構築し、ボウズハゼがその地点での生息を好む度合い(選好度)を評価している。ベースモデルの広域な物理基盤の情報から広域的なボウズハゼの選好度指標値を算定してその変化を評価することで、出水に伴う自然撹乱や河床掘削などの人為的なインパクトが水域に作用した場合の河川環境に与える影響、生息適地の変化を評価可能としている。
ボウズハゼは瀬の指標として極めて有効であり、健全な環境を維持する河川では、縦断方向に瀬と淵が交互に配置されるため、本種の生息ポテンシャルの高低が交互に見られることを目安に、今後の河道管理へ応用が期待される。

(4)汽水性甲殻類の分布と保全
  (福岡大学 伊豫岡宏樹助手)

汽水域の生物生息機能の評価として、汽水域の流況と河床材料の変動といった物理的環境の変化に応答するカニ類に着目し、生息分布域を予測する甲殻類生息予測モデルを構築している。モデルは、北川におけるカニ類の生息分布と生息環境の調査結果に基づき、評価対象としてカワスナガニ、ケフサイソガニ、タイワンヒライソモドキ、ヒメヒライソモドキ、トゲアシヒライソガニモドキの5 種を選定し、これらの生息を決める重要な環境因子として、底質環境(60%粒径、均等係数、曲率係数)、塩分、標高、河口からの距離および各2 乗項を説明変数とする一般化線形混合モデ
ルを構築している。
カニ類の保全には、人為的なインパクトによる影響予測や代替ハビタット創出の際の総合的な判断が重要であり、種ごとの生息に適した空間特性を明らかにし、ハビタットが重なる種の生息環境を奪わないこと、汽水域における河道掘削時には、潮間帯の保全や塩水楔の浸入長の変化への配慮が必要であることなどが提言された。

(5)植被指数の定量解析による植生域変動の予測
  (九州河川研究所 杉尾哲代表)

北川の3 砂州を対象に、マクロな植生の破壊や回復を表現する植生域変動予測モデルとして、年最大流量の無次元掃流力を説明変数として植生の被覆状況と繁茂状況を表現する植被指数の変化を算定し、その変動が航空写真の画像解析から得られる植被指数の観測値を表現するように構築されている。植被指数の年変化と無次元掃流力の関数式から、植生の破壊と回復を定量的に表現でき、出水に伴う自然の撹乱や河床掘削などの人為的なインパクトが植生に与える影響を評価可能としており、植生の回復と破壊の限界は無次元掃流力0.1 として求められた。
治水安全度と生態系の生息環境の保全の両立が期待される今後の河道の植生管理において、①無次元掃流力が0.1 となる限界値流量を算定し、その再現期間を求めて、植生の破壊頻度が低い横断面を把握すること、②植生監視指数(限界値流量に水路敷幅を乗じた値)を算定し、植生の回復状況と繁茂状況を重点的に監視する横断面を把握して適切な樹木伐採を実施すること、③河道改修において無次元掃流力を算定して植生の破壊頻度を確認し、計画断面の是非を検討することなどが提言された。

(6)従来型護岸と緩勾配河岸による生物相の差異
  (九州大学大学院 林博徳助教)

激特事業による河道掘削と護岸改修において、五ヶ瀬川の感潮域に設置された緩勾配河岸は、河川改修で失われがちな潮間帯の保全を行った河岸である。覆土により整備された緩勾配河岸と従来型垂直護岸(空石積)の周辺に生息する底生生物を調査し、多自然川づくりにおける効果を検討した。研究の結果、緩勾配河岸の方が垂直護岸河床部よりも多様な底生生物を育む河川環境になっており、生物の多様性や希少種の保全の面から効果が期待できるが、石積部ではエビ・カニ類が多種類生息し希少種も確認された。
これを踏まえ、生物多様性の保全・回復に繋げるための感潮域の河岸整備手法として、①従来のコンクリート垂直護岸だけでなく、空石積護岸や覆土による緩勾配河岸のバランス良い配置を行う、②緩勾配河岸の横断勾配を一定区間または設置場所ごとに変えて多様な生息場を作る、③潮間帯に特異に生息する昆虫類やカニ類のために緩勾配護岸の上部は干潮時に干出するように設計することなどが提言された。

(7)一次生産速度の測定
  (宮崎大学 鈴木祥広教授)

付着藻類が行う一次生産は河川中流域における基礎的な食物エネルギーを供給しており、一次生産速度を定量的に評価することで、生物環境や生態系を評価することが可能となる。実河川における一次生産の定量方法の確立を目的とし、五ヶ瀬川中流域において、河川総合研究グループの萱場氏が提案する溶存酸素の観測方法を適用し、一次生産定量を試み、また五ヶ瀬川と北川の比較を行い、一次生産速度に影響を及ぼす要因について考察を行っている。結果、溶存酸素の連続観測によって実河川での一次生産速度の推定が可能であり、複数の河川において比較が可能であること、五ヶ瀬川と北川の比較では、北川の総生産速度は2.9 倍高いことを明らかにしている。
これまでの流量や水温、水質などの間接指標による河川生態系の管理から生物反応に基づく直接指標による管理への転換が期待され、全国109水系の一級河川での計測による地域特性の把握、連続観測点の増設による季節変化や流下方向の変化等の情報の蓄積、観測区間における藻類、水生昆虫、魚類等の生物種と生物量に関する定期的な調査により一次生産速度との関係を明らかにすることなどにより、管理対象とする河川区間において保全・再生すべき生物種・生物量の目標値が設定可能となることが提言された。

4.研究結果の総括と今後の川づくりへの提言

講演会の最後に、杉尾代表より、グループ全体を総括し、調査研究結果の総括と今後の川づくりへの提言がなされたので、その一部を紹介する。

①河川生態系変動予測モデルの構築
【研究結果の総括】

 ・モデルの構築は、河川生態系の定量的な表現に関する先駆的な研究となった。
 ・自然撹乱や河川事業に対する河川生態系の影響予測に適用でき、環境に与える影響の理解に大きく貢献した。
【主な提言】
・河道の設計・管理には、河川生態系と河道変化との関連性と仕組みの裏付けとその情報共有による幅広い議論が必要である。
・改修計画策定時には、様々なシナリオに基づく植生回復及び動物の行動及び動物相の多様性を評価して、最適な改修計画を立てることが必要である。
・多くの河川環境下での予測と実測の照らし合わせの蓄積と研究の継続が必要である。
・河道の植生管理に、植生状況の変動を定量的に把握できる無次元掃流力の活用が求められる。
・植物多様性の保全には、過度に樹林化させず、樹林面積が10~15%、草地面積が40~50%、裸地面積が35~50%の状態を維持することが望ましい。
・ヤナギ類は成長を放置せず、間伐が容易な樹高2m 程度の若木の段階で間伐する。

②激特事業の保全と再生の効果検証
【研究結果の総括】
・保全再生工法はいずれも大きな効果を発揮し、環境への影響は認められなかった。
・大規模な河川改修であっても環境に十分配慮することによって環境への影響を緩和しうることを証明し、河川改修時の環境への配慮の重要性を示した。
・各研究者が行った評価方法は、今後の河川事業の環境的側面からの評価に有効な方法である。
【主な提言】
・河道の改修には、生息空間の復元の機能を有する流下有機物の運搬・堆積・分解のプロセスを大きく変化させない配慮が必要である。
・霞堤内河川の環境は特異的であり、独自性の高い環境は積極的に保全すべきである。
・感潮域の河道掘削は、潮間帯に負荷をかけない配慮が必要であり、汽水域では塩分の浸入長を変化させないことが重要である。
・感潮域のワンドは重要であり、その生態的な機能を保全する必要がある。
・感潮域の河岸整備には、従来のコンクリート垂直護岸だけでなく、空石積護岸、覆土による緩勾配河岸をバランス良く配置すると良い。

③一次生産と生物分布の調査
【研究結果の総括】
・五ヶ瀬川と北川での河川生態系の構造と機能について理解を深めることができたが、多数の研究者が長期にわたり調査研究しても、全容を把握できるまでに至っていないため、今後も継続して研究を重ねていく必要がある。
【主な提言】
・流域全体での定期的かつ長期的な水質の調査、上流・中流・下流での水位・流量の観測、藻類の増殖制限因子および安定同位体比の情報の蓄積が必要である。
・藻類、水生昆虫、魚類などの生物種と生物量の調査結果と一次生産速度との関係を明らかにする必要がある。
・川の個性の把握や河川環境の保全・復元には、地形・地質や河川の階層性を踏まえ、河川構造と生物相との関係を検討することが必要である。
・自然豊かな水域環境を保全し、後世の人々が持続的に利用可能な状態を保持すべきである。

5.おわりに

今般の河川管理においては、治水・利水の機能確保だけでなく、河川が本来持っている自然環境の役割を重視し、河川環境の保全と整備が求められているところである。五ヶ瀬川水系研究グループの研究成果である生態学的な視点からの新たな知見とそれに基づく川
づくりの提言を、今後の河川管理の参考とし活用して参りたい。
また本報文が多くの河川技術者の目に触れることにより、研究成果が広く情報共有され、活用されることを期待したい。
最後に、本講演会で研究成果を発表し、有益な提言をいただいた7 名の先生方、ならびに講演会にご出席いただいた顧問の小野勇一先生に感謝申し上げますと共に、五ヶ瀬川水系研究グループの調査研究に携わられた研究者皆様に深く感謝の意を表します。

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