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河川堤防における液状化被害と対策
佐々木哲也

キーワード:河川堤防,液状化,東日本大震災

1. はじめに

平成23 年3 月11 日に発生した東日本大震災では、東北地方から関東地方の広範囲にわたって河川堤防が被災し、なかには、堤防機能を失うような大規模な被災も生じた。地震動による堤防機能を失うような大規模な被災の原因は液状化であり、従来から被害の形態として想定されていた基礎地盤の液状化を原因とするものが多数発生した他、これまで地震による堤防の被災として主眼が置かれていなかった堤体の液状化による被災が多数発生した1)
本稿では、東日本大震災による直轄河川の堤防における地震動による被害の概要と、今回の被災を踏まえた対応について紹介するとともに、河川堤防の地震対策を進めるにあたっての留意点につ
いて紹介する。

2.東日本大震災における地震動による河川堤防被害

(1)地震動による堤防被害の概要
直轄河川の堤防の被害は、東北地方1,195 箇所、関東地方で920 箇所の計2,115 箇所で確認
された2)。また、直轄管理区間の被災箇所2,115箇所の中で特に被害の大きかった箇所(東北地方整備局管内29 箇所、関東地方整備局管内24 箇所)では緊急復旧工事が実施された。
堤防機能を失うような大規模な被災の原因は液状化であり、液状化の発生や程度には地震動の強度、継続時間の長さや繰り返し回数の多さが影響したと考えられる。特に、従来から耐震補強の対象としてきた基礎地盤の液状化を原因とするものが多数発生した他、これまで地震による堤防の被災として主眼が置かれていなかった堤体の液状化による被災が多数発生した。
代表的な被害事例として、阿武隈川下流右岸30.6k+34 ~ 31.4k+160(宮城県角田市枝野地先)及び那珂川左岸5.5k.20 ~ 7.0k+25(茨城県ひたちなか市三反田)の事例を紹介する3),4),5)

1)阿武隈川下流右岸30.6k+34 ~ 31.4k+160(宮城県角田市枝野地先)
当該箇所では延長約800m に渡り、沈下や縦断亀裂、はらみ出しが発生した。被災後の状況を写真- 1 に、地震後の地盤調査に基づいて作成された断面図を図-1に示す。特に大きな変状が生じた付近では写真-1に示すように、堤防天端に沈下、陥没が生じるとともに複数の縦断亀裂が生じた。天端の沈下量は最も大きなところで約2.9mである。また、裏のりに大きな水平変位が生じ、裏のり尻部の水平変位量は3m に達するところもあり、崩土は隣接する農地を覆った。このような大きく崩壊した箇所ののり尻付近や堤体の亀裂底部に多数の噴砂痕が確認された。ほとんどの変状が表小段から川裏側にかけて確認されており、表小段から下には目立った変状は見られなかった。さらに、のり尻のごく近傍を除き、川裏側周辺の耕作地等において、特段の変状や噴砂痕は確認されていない。
基礎地盤には層厚15m 程度の軟弱粘性土が存在する。堤体は粘性土を主体とする旧堤とその後嵩上げ腹付された砂質土を主体とする新堤部分からなり、変状は砂質土を主体とする新堤部分に集中していた。また、堤体が軟弱粘性土地盤に下にめり込むように沈下し、地下水位が堤体内に存在している。
これらの被災状況及び地盤調査結果より、砂質土を主体とする新堤部分の地下水位より下の範囲が液状化したことが被災原因であると考えられる。

2)那珂川左岸5.5k.20 ~ 7.0k+25(茨城県ひたちなか市三反田)
次に、基礎地盤の液状化による被災事例として、那珂川左岸5.5k.20 ~ 7.0k+25(茨城県ひたちなか市三反田)の事例を紹介する。当該箇所では、480m の延長にわたり天端を中心に写真-2に示すような複数の開口亀裂が生じた。横断図を図-2に示す。ボーリング調査結果によると、10m 以浅は良く締め固まった砂層(As1 層)が存在し、As1 層とBs 層の境界付近に地下水位が確認されている。また、堤内地側の農地では広範囲に噴砂が確認されている。以上より、主として基礎地盤のAs1 層のうち比較的N 値の低い上部が液状化したことが被災の原因であると考えられるが、地震時の地下水位の高さによってはBs 層の下部も液状化した可能性がある。

(2)河川堤防の被害と微地形の関係
過去の地震による被害から、液状化の発生地点と微地形分類は強い相関関係を有している事が知られている。これは、液状化の生じやすさが土質、堆積年代、応力履歴などに依存し、微地形分類がこれらを反映したものであるためである。

図-3は、鳴瀬川、吉田川、江合川の土堤に係る被災箇所に絞り、微地形と被災率の関係について整理したものである6)。図中の被害程度については、大規模は崩壊等により治水機能が低下し緊急的な対応が必要な箇所、小規模はあまり深くない縦断亀裂などの被害が生じた箇所、中規模はこれらの間の被害状況の箇所である。図より、干拓地の被災率が最も高く約24%、次いで河川、自然堤防の約15%、氾濫平野の約13%が続く。干拓地の被災率が高い点については中田ら7)の東日本大震災以前の被災事例の分析結果とも整合するものであるが、その他の微地形による違いは明瞭ではない。この地域の堤防が主に堤体の液状化により被災したことと関係している可能性がある。なお、山地・丘陵地でも比較的高い被災率となっているが、小被害のみであり、大・中規模の被災は無かった。
堤防の被害という観点で、治水地形分類における地形区分の中で、特に地震に対する危険性が高いと考えられるのは、旧河道、干拓地なである。これらの箇所では、既往の地震においても地震による堤防の被害が集中しており、入念な調査を行い堤防の耐震性を評価する必要がある。
堤防は延長の長い構造物であるものの地盤調査データ等が十分でないことも多く、弱点箇所の抽出、代表断面の設定、点検・対策の優先順位の設定等にこれら微地形区分と被災程度の関係が有効となる。「レベル2地震動に対する河川堤防の耐震点検マニュアル」8)においては、2次点検として微地形区分によるスクリーニングが示されており、また、照査のための細分区間の設定にあたっては微地形区分を考慮することとされている。
(3)堤体液状化による被害箇所の特徴
堤体の液状化による被害は、堤体内が液状化しやすい砂質土であること、堤体内に水位があることが要因と考えられるが、東北地方太平洋沖地震による直轄河川堤防の被災箇所のうち、堤体自体の液状化が一因と考えられる箇所と近傍の無被災箇所を対象として、被災に及ぼす諸要因を分析した5)

堤体液状化による被災事例を対象に、のり勾配n と沈下率S/H の関係を図-4に示す。
のり勾配n は、変状が生じた方ののり面における平均のり勾配を抽出したものであり、平均のり勾配は当該のり面ののり肩とのり尻を結ぶ直線の勾配として求めている。また、両側ののり面に変状が見られる場合は、いずれか緩い方ののり勾配を抽出してプロットしている。同図によれば、のり勾配が3 割でも大きな沈下が生じた事例が存在するものの、4 割であれば非常に小さな沈下率にとどまっていることが分かる。図-4のS/H= 3 ~ 5 の範囲に見られるS/H の上限は、堤体下部に液状化が生じても、のり勾配が緩ければ変状が天端まで達しにくい傾向を示していると考えられる。

図-5は、被災箇所とその近傍の無被災箇所の堤体の土質について、細粒分含有率と塑性指数を整理したものである。図は堤防の沈下率(沈下量S を堤防高H で除したもの)毎にプロットしている。被害があった箇所については液状化判定の対象となる土質(細粒分含有率35%以下、または細粒分含有率が35%を超えても塑性指数Ip が15%以下)がほとんどであることがわかる。
図-6は、堤防の沈下率と飽和層厚Hsat(堤体下端から堤体内水位までの盛土厚さ)と沈下量Sの関係を整理したものである。沈下量が大きい箇所では、飽和層厚Hsat が1m 以上、かつ堤防高さの2 割以上の場合に堤防の沈下量が大きい傾向がみられる。

堤体内の水位が高くなる条件としては、基礎地盤の圧密沈下や窪地等を埋めて築堤された場合など、堤体の基礎地盤へのめり込み量が大きい箇所や、干拓地堤防等のように平常時より外水位が高く、常に堤体内に浸透している箇所が考えられる。実際にこのような条件の堤防で堤体自体の液状化
と考えられる被害が発生している。これらの検討結果は、堤体土質や堤体下部の飽和層厚により堤体液状化による河川堤防被害を予測する手法として取り込まれている8),10)8),10)。

3.河川堤防の液状化対策
従来、特殊堤等を除いた通常の堤防(土堤)では耐震設計がなされていなかったが、1995 年兵庫県南部地震において淀川左岸酉島地区の堤防が約2㎞に渡り最大で3m 程度の沈下が生じた事例等を契機として、直轄あるいは補助河川のいわゆるゼロメートル地帯に位置する河川堤防については緊急的に耐震点検・耐震対策が進められている。ここでは、兵庫県南部地震以降に行われた基礎地盤の液状化対策の東日本大震災における効果と、模型実験による堤体液状化対策の効果について紹介する。
(1)基礎地盤の液状化対策の効果
兵庫県南部地震以降に行われてきた堤防の液状化対策では、堤防の側方変形を抑制して堤防の沈下量を低減することを目的として、主に堤防ののり尻付近に対策が行なわれている。河川堤防での実績が多い工法としては、固結工法、締固め工法、ドレーン工法、鋼矢板等により構造的に抑制する工法である。対策工の設計は「河川堤防の液状化対策工法設計施工マニュアル(案)」11)にしたがい、設計地震動としては中規模地震動(現在で言うところのレベル1地震動)を想定しており、いずれの設計法も原則として震度法により堤防及び対策工の安定性を照査するものである。
今回の地震で大規模な被災が生じた区間近傍にも、このような対策が施された堤防が存在している。図-7に代表的な対策箇所の断面図を示す。当該箇所では川裏側のり尻部にグラベルドレーンによる液状化対策が実施されているが、目立った変状は認められなかった1)

図-8は、兵庫県南部地震以降の中規模地震動に対する耐震点検により対策が必要と判定された区間のうち、対策済み区間と未対策区間における今回の地震における被災程度の割合を整理されたものである。未対策区間においては何らかの被災が49%に生じ、大規模および中規模被災を合わせて22%程度生じているのに対し、対策区間では小規模被災が13%生じているのみで、大規模、中規模被災は生じていない。今回の地震では、一部の地域ではレベル1地震動を大きく超える地震動が観測された地域もあるが、兵庫県南部地震以降に進められてきたレベル1地震動に対する液状化対策が、今回の地震に対して効果を発揮したものと考えられる。中規模地震に対する対策工の設計は、改良範囲内に液状化を生じさせないことや、対策工が外的・内的に安定することを照査しており11)、中規模地震動に対して十分な安全余裕を確保するように設計されていたため、結果として、大規模地震動に対しても対策効果を発揮したものと考えられる。

(2) 堤体の液状化に対する対策
堤体の液状化による被害の対策としては、液状化しない堤体とするために、新たに築堤する場合には液状化しにくい材料を選定すること、十分な締固めを行うこと、既設の堤防には堤体内の水位をドレーン工によって低下させること、のり尻付近の変形を抑制する方法が考えられる。
ここでは、堤体の液状化による河川堤防被害の対策について動的遠心模型実験により検討した結果を紹介する12)。実験では、堤防法尻ドレーン及び押え盛土を対象として堤体液状化対策としての効果を検証した。のり尻ドレーンは堤防の浸透対策として用いられており、のり尻に設置したドレーンにより、のり尻付近の盛土内の水位の低下、地震時の過剰間隙水圧の上昇を抑制、盛土の変形抑制効を期待するものである。実際に、今回の地震において裏のり尻のドレーン工が地震時の変状を抑制したと考えられる事例もある1)。しかし、河川堤防の表のりに対しては、洪水時の堤体内水位の上昇や、浸透経路長の短絡によるパイピングを助長することが考えられることから、ドレーン工の適用が困難である。そこで、表のりに対しては押え盛土によって変形を抑制する工法について検討した。ここで、押え盛土内の水位上昇を抑制するために、砕石による押え盛土を想定した。

図-9に実験模型を示す。図は、対策工を設けたケースであり、表のりに押え盛土、裏のり尻にドレーン工を設けた状況を模擬している.基礎地盤はカオリン粘土により模擬し、基礎地盤全体にわたって60kN/㎡の先行圧密荷重を与えて圧密させ、堤体自重による圧密沈下の影響を模擬して粘性土上面を下に凸の形状 (堤防中央で0.5m)に掘り込み、そこに堤防模型を作製した。実験は、50G の遠心力場の下に行い、盛土内に水位を与えた状態でレベル2 地震動相当の加振を行っている。
図-10は無対策及び対策ケースの加振後の模型の変形状況を示したものである。無対策では天端沈下量は1.36m であり、堤体下部の飽和域にせん断ひずみが集中し、天端には著しい縦断亀裂、陥没が生じた。これに対し、対策工を施したケースでは、天端の平均沈下量が0.50m に抑制されるとともに、のり面の亀裂も軽微であり、良好に対策効果を発揮した。
既設堤防における堤体の液状化による沈下、変形に対しては、ドレーン工や押さえ盛土によるのり尻部の変形抑制が一定の効果を期待できると考えられる。

4.今後の課題
今回の地震による被害を踏まえて、「河川構造物の耐震性能照査指針・解説」11)の改定および「レベル2地震動に対する河川堤防の耐震点検マニュアル」10)の策定がなされ、堤体液状化による被害の診断手法が盛り込まれたが、暫定的な部分も多い。以下に今回の地震を踏まえた主な技術的課題を示す。
(1)今回の地震では、継続時間の長い地震動が堤防被害を拡大させたと考えられる。一方で、現在の液状化判定法により液状化すると判定される地点においても、今次の地震において液状化が発生していない例が多く見られている9)。堤防の耐震性能照査の精度を向上と併せて、液状化強度に及ぼす地震動継続時間の影響等の解明と、液状化判定法の高度化が必要である。
(2)今回の地震では、堤体の液状化による大規模な被災が目立ったが、堤体の液状化による沈下、変形の定量的な評価には至っていない。堤体の液状化による被災のメカニズムの解明を進めるとともに、より合理的な照査手法の検討が必要である。また、堤体液状化に対する合理的な対策手法の開発も必要である。
(3)レベル1地震動に対して設計された対策や浸透対策として実施した対策が、今回の地震において一定の効果を発揮した。これらを踏まえ、レベル2地震動に対する、効果的な対策工法・設計法の開発を進める必要がある。
(4)堤防の耐震性には、基礎地盤の条件、築堤材料、堤体内の地下水位が大きく影響するが、河川堤防は膨大な延長を有し、また長い年月をかけ数々の改築を繰り返して現在に至っており、築堤材料と基礎地盤条件が複雑であるもののその情報が十分でない場合も多い。このため、より合理的な調査法の開発と経済的な耐震診断技術の開発が重要な課題である。

参考文献
1) 河川堤防耐震対策緊急検討委員会:東日本大震災を踏まえた今後の河川堤防の耐震対策の進め方について報告書,2011
2)国土交通省水管理・国土保全局治水課:河川の被災状況及び復旧状況,河川,2011.9,2011
3)国土交通省国土技術政策総合研究所,(独)土木研究所:平成23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震土木施設災害調査速報,国総研資料第646 号,土木研究所資料第4220 号,2011
4)国土交通省東北地方整備局,北上川等堤防復旧技術検討会:北上川等堤防復旧技術検討会 報告書,2011.12
5)関東地方河川堤防復旧技術等研究会:河川堤防における地震対策の検討とりまとめ,2011.9
6)石原雅規,谷本俊輔,佐々木哲也:東日本大震災による河川堤防の被災率に係る検討, 第48 回地盤工学研究発表会発表講演集,2013
7)中田ら:堤防の地震被害と基礎地盤条件の関係に関する分析, 地盤工学研究発表会講演集,2011
8)国土交通省水管理・国土保全局治水課:レベル2地震動に対する河川堤防の耐震点検マニュアル,2012
9)谷本俊輔,石原雅規,佐々木哲也:東北地方太平洋沖地震における堤体液状化の要因分析, 河川技術論文集, 第18 巻, 2012.6
10)国土交通省水管理・国土保全局治水課:河川構造物の耐震性能照査指針・解説,2012
11)建設省土木研究所:河川堤防の液状化対策工法設計施工マニュアル( 案), 土木研究所資料,No.3513,1997
12)谷本俊輔,林宏親,石原雅規,増山博之,佐々木哲也:堤体盛土の液状化対策に関する動的遠心力模型実験, 第47 回地盤工学研究発表会発表講演集,pp.1349.1350,2012.7

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