一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
水災害における適応策に関する研究動向
吉谷純一

キーワード:気候変動、地球温暖化、水災害、適応

1. はじめに

気候変動への適応(adaptation)とは、温暖化した世界にどう対処するのかという対策であり1)、現在は温暖化ガスの排出削減策である緩和策と並ぶ温暖化対策の車の両輪として認識されている。国土技術政策総合研究所(国総研)は設立当初より気候変動適応策の研究に着手し、現在も研究を継続している。本稿は、水災害(本稿では、洪水と渇水)を対象とする旧土木研究所時代からの温暖化研究とそれを取り巻く国内外の情勢の変遷、及び国総研が行う地域的影響評価に基づく適応策研究の概要を、所感と共に説明する。

2.気候変動研究の変遷

国土交通省関係での気候変動研究の最初の取り組みは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1次報告書(1990)が発行された時期に重なる。この頃の社会的関心の高まりを受け、旧土木研究所は専門家委員会を開催し気候変動研究の方向性を議論し、これを反映させた気候変動関係の研究を平成2(1990)年度より実施した。気候変動は地球全体の大気循環を計算するGCMと呼ばれる全球気候モデルで予測される。GCM水平分解能は最新では20㎞程度にまで高くなってい
るが、当時は500㎞程度と非常に粗かった。図-1からわかるとおり500㎞分解能では九州はおろか日本の陸域すらまともに識別すらできない。そのため、日本の河川流域スケール(少なくとも20㎞程度四方のグリッド・セル情報で表現される地域スケール)まで、地域気候モデル(RCM)をGCMに入れ子にして計算するための開発研究を米国との共同研究で行った2)。しかし、情報の大本であるGCMは台風性や前線性の降雨、およびこれに大きな影響を及ぼす地形を全く再現できないほど粗い、という致命的な欠点を持ち、さらに計算機資源の制約で北海道、四国、九州は計算範囲外にするしかなかった。また、物理的根拠に乏しいことは承知で、温暖化後の降水量変化を予測する意図で、過去の気象データから平均気温と降水量特性の相関関係も求め、また、気温と都市用水需要の関係を分析した3)

このように、当時はまともな地域的影響予測はほとんどできなかったと言える。このような状況で、IPCC第1次報告書第3作業部会は、緩和策中心の対応(response)のごく一部として適応の概念を示すのみであった。ただし、沿岸域管理分野だけは、海水面上昇の適応オプションとして撤退、順応、防護の考え方をある程度詳しく紹介している。
その後、適応策の国際的な認識は時間をかけて徐々に広まったようである。筆者が、それを強く感じたのは、2001年に開催した日本版IPCC書籍4)の共同執筆者会議であった。その執筆方針は影響評価だけでなく悪影響への対策としての適応策も記載することであった。「水資源への影響」を分担執筆した筆者は、多数の共同執筆者との議論を経て以下の基本認識で執筆することにした。
・ 降雨や流量は気候変化がなくとも自然の変動幅が非常に大きいため確率で評価し、気候変化はそのバランスを変えるよう作用すること。
・ 水資源は需要と供給の両者のバランスの問題なので多様な代替案が考えられること。
・ さらに、現在の変動幅を大幅に超える将来変化は予想されないことから、計画論上の確率評価の問題は生じても、適応策として新たな措置を持ち出して講じることはないこと。
・今でも営々と行っている安全度向上策を紹介し、制約を緩和することも代替案とし、これらをより戦略的に行う必要性を執筆すること。
図-2がこの基本構図である。ここでの需要を被害ポテンシャル、供給を加害外力と読み替えれば、この構図は水災害にそのまま当てはまると言える。

国総研での気候変動研究は、2001年からの第2期科学技術基本計画により推進された。重点分野のひとつ環境分野の地球温暖化研究イニチアチブの一環として日本域の豪雨変化を評価する研究が、また、地球規模水循環変動イニチアチブの一環として短時間降雨予測をダム管理に活用する可能性が研究された5)。この時期には既に20㎞分解能の予測が行われており、気象研究所RCM20による2031-2050年の20年間の日本付近の降雨変化予測から、国総研は100年確率の年最大3時間雨量や日雨量を推定し、全国的に10~20%増加すること等を示した(図-3)6)。地球規模水循環変動イニチアチブは、今後の研究に対し現象解明にとどまらず問題解決シナリオの提案を強く求めていたおかげで(問題解決は科学技術の範疇を超えるため提案の意味でシナリオと呼ばれた)、早期に適応策に着手することができたと言える。ちなみに、同イニチアチブが言及するもう一つの変動である人口爆発への対処を主軸に、気候変動を横断軸にして研究したのがCREST研究プロジェクト「人口急増地域の持続的な流域水政策シナリオ」であった7)

それ以降、国総研は地域スケールの影響評価と適応策の研究を継続して行っている。それは、計算機の大幅な性能向上と大型科学技術予算に支えられた気候変化予測研究が次々と登場していること、地球環境分野で極端現象という新語と共に自然災害軽減が以前に増して重要視されるようになったことが関係する。また、地域スケールの影響評価研究は、大型科学技術プロジェクトの後押しもあり、土木分野の一部の水文研究者も精力的に行うようになった。2007年から開始した、地球シミュレータを活用し、IPCC第5次報告書への貢献を主目的とする「21世紀気候変動予測革新プログラム(革新プログラム)」もその一つで、国総研も一員として研究を実施した。
国総研は早期に適応策研究に着手はしたが、適応は緩和程重視されていなかったため、本格的な研究開始までには時間がかかった。その理由は、地域的影響が不明だったこともあるが、地球環境分野では、温室効果ガスの排出削減は温暖化の根本的原因であり、すべての分野の悪影響を回避できるため優先すべき対策と考えられていたためである8)。しかし、温暖化の影響は回避不可能なことの認識の促進、相次ぐ大災害を契機とする温暖化の悪影響の実感、適応能力に乏しい途上国への技術援助圧力等により、適応策も緩和策と同等に見られるようになった。これは、IPCC第4次報告書(2007)での「適応は、過去の排出により既に避けられない温暖化がもたらす影響に対処するために必要である」、「適応策と緩和策のポートフォリオは、気候変動に伴うリスクを縮小できる」といった記載からも確認できる。
この頃の適応策への意識の高まりを受け、国土交通省で議論されたのが、「水災害分野における地球温暖化に伴う気候変化への適応策のあり方について(答申)」9)である。この答申は、激化する水災害のすべてを完全に防御することは難しいため、犠牲者ゼロや国家機能の麻痺の回避など被害の最小化を目標とする基本的方向性の下で、施設だけでなく、地域づくりと一体となった適応策、危機管理対応を中心とした適応策なども含めて、水災害に適応した強靭な社会を目指す必要性を述べている。この答申作成の前提となったのが、国総研の研究による100年間で将来の年最大日降水量は、現在の1.2~1.4倍程度で6),10)、治水安全度は著しく低下するが、対処不可能な規模ではなく、なんとか適応可能な範囲内だろうという判断であった。また、気候変化への新たな適応策がある訳ではなく、従来の課題を見直す好機との認識も深まった。なお、この答申では気候専門の委員の指摘を受けて、climate changeの公式訳である気候変動ではなく、平均値や分散の変化も意味する気候変化という言葉を一貫して用いている。また、同委員から将来予測という用語を用いているが、英語ではpredictionではなくprojectionを用い、本来なら予想と訳しても良いくらいの精度しかないとの意見も、信頼性を判断する上で役に立つ見解と印象に残っている。

3.国総研の適応策研究

社制審答申に応える研究を実施するため、国総研は気候変動適応研究本部を立ち上げ、プロジェクト研究「気候変動下での大規模水災害に対する施策群の設定・選択を支援する基盤技術の開発(平成22-25年度)」を、革新プログラム等の研究課題と連携させて実施している。プロジェクト研究には、以下の洪水、渇水リスク低減に関する6つの研究課題が含まれている。
(1)降雨量予測情報を活用したダム調節の高度化
(2)X バンドマルチパラメータレーダ情報による豪雨監視の強化
(3)気候変動への適応策としての氾濫を考慮した治水施策手法に関する研究
(4)河道掘削、樹木伐採等の維持管理も含めた適応策の効果の総合評価
(5)渇水リスクや水資源確保への影響評価
(6)渇水リスク増加に対応した下水処理水の活用方策に関する研究
治水、利水への影響評価は、まず外力となる地域的な降水量変化を知る必要がある。近年研究され4つの異なる予測結果を入手し、図-4に示す気候区分ごとに、将来(2075-2099年)の年最大日雨量変化率の変化と不確実性(95%信頼区間)を、どの生起確率でも同率の変化として求めた分析結果11)を図-5に示す。倍率はどの地域でも1.4以下で、⑮九州北部では1.1~1.3倍の範囲となっている。

このような情報が得られるようになったことは大きな進歩ではある。しかし、これを計画の判断材料として用いるだけの信頼性があるかどうかは議論の余地があり、筆者はまだないと考えている。その理由は、たとえ4つの気候予測結果の多数決で一致したとしても、いずれも類似のGCM計算条件設定での予測である可能性があり、4つすべてが間違っていることも十分考えられるからである。さらに重要なのは、たとえGCMが実際の現象を正しく再現するとしても、予測計算期間は高々25年間程度であり、25年間程度の計算でスーパー台風の襲来等が再現されていたかどうかは偶然性に支配されることである。これはサンプルサイズ25年間の観測資料から100年確率水文量を正確に予測できるかの問題と同じであり、気候学者や統計学者はあまり気に留めないが計画上非常に重要な問題である。計算なのでサンプルサイズを増やすことは可能であるが、計画期間を長くすると水文統計の前提となる定常性(平均や分散が変化しないこと)の仮定が成立しなくなってしまう。GCMの計算条件を少しずつ変えて、台風性豪雨発生場所を監視しながら、25年間の将来予測を何回も行うような研究が必要なのだろうが、それを行う計算機資源は現在でもないと言える。図-6に示す渇水リスク評価の外力を設定するために分析した4つのGCM/RCM予測による年降水量からもこの問題を見ることができる。RCM20の近未来予測は、極端に多い年降水量となっているが、決して計算間違いではなく、たまたま多雨年が連続して再現されたサンプルサイズの影響というのが気候学者の見解である。

さらに別の問題がある。予測期間が25年間と短くとも、この間の気候は変化し続けているため、厳密には従来の水文統計手法は適用できない。これは、非定常性(non-stationarity)が進行したとき、どのような手法で計画や管理をすべきかという議論12)の一部である。これに関しては、対数ピアソンⅢ型を米国標準手法とした米国地質調査所が中心となり、温暖化がなくとも気候は常に変化しているにもかかわらず無理やり定常と見なしているだけという前提条件から計画や管理に適した水文統計手法までの議論を進めている。国総研は、この分野の科学的進展を評価の上、計画での利用を検討する必要がある。
適応策の研究として、国総研は現在、先述のとおり、ダム調節の高度化、レーダ情報による豪雨監視の強化、氾濫を考慮した治水の研究を行っている。これら個々の適応策を組合わせたとき、河道掘削・樹木伐採等の維持管理方策も含めてどの程度水害リスク低減に寄与するのかの総合評価を、ケーススタディ河川流域を対象に現在行っている。これを可能にしたのは、リスク評価技術の進歩である。リスク指標としての経済被害は従前から評価手法が普及していたが、最近は人的被害(死者数等)の評価も可能となっている。これにより、例えば豪雨情報提供のような非構造物対策による避難率向上や早期避難の効果を、構造物対策と同列に評価することも可能になる。また、リスク評価には構造物の維持管理の効果や機能喪失の不確実性をも考慮できる等の特徴がある13)。研究は進行中であり、研究の中間成果は国総研の気候変動適応研究本部ホームページ(http://www.nilim.go.jp/lab/kikou-site/)で参照できる。

4.おわりに

2011年のタイ洪水時に、融資・援助機関から防災の主流化(mainstreaming)という言葉が何回も発せられた。防災は単に開発コスト増をもたらすのではなく、最初から開発計画に組み込むことで、結局はトータルのコストを削減できることを含意するようである。水災害の適応策も同様で、今まで種々の制約から十分に実行できなかったことを実行可能にする良い機会と捉え、それにより安全度向上に寄与する方向に向かえばと思う。
また、気候変動予測の信頼性を計画に関する意思決定への反映という観点から評価し、それを関係者が認識できるようにすることは非常に重要である。気候学者が精度はないと考える短時間雨量をあれこれ分析し、意思決定の根拠としてしまう、あるいは逆に、現在のGCM研究で十分に水災害適応の意思決定が促進すると考え気候研究者が水災害適応の研究に使いにくい研究に進むといった齟齬をきたすかもしれないからである。国総研は今後ともこのようなギャップを埋めるための研究活動を継続して行うつもりである。

参考文献
1)三村信男:地球温暖化対策における適応策の位置づけと課題、地球環境vol.11 no.1、2006
2)土木研究所:地球温暖化が日本域における水文循環に及ぼす影響の予測に関する研究報告書、土木研究所資料、第3432号、1996.6
3)土木研究所:地球温暖化が水資源に及ぼす影響に関する考察、土木研究所、第3478号、1997.3
4)原沢英夫、西岡秀三:地球温暖化と日本―自然・人への影響予測 第3次報告、古今書院、2003.10
5)「国土技術政策総合研究所:気象予測データの利用可能性に関する研究、国土技術政策総合研究所資料No.210、2004.12
6)気象庁気候・海洋気候部、気象研究所、国土技術政策総合研究所:地球温暖化に伴う降雨特性変化に関する共同研究報告書、国土技術政策総合研究所資料、No.320、2004.03
7)砂田健吾、CRESTアジア流域水政策シナリオ研究チーム:アジアの流域水問題、技報堂出版、2008.2
8)高橋潔:環境問題基礎知識 温暖化への適応策、国立環境研究所ニュース、24巻2号、2005
9)社会資本整備審議会:水災害分野における地球温暖化に伴う気候変化への適応策のあり方について(答申)、平成20年6月
10)国土技術政策総合研究所:気候変動による豪雨時の降雨量変化予測-GCM20による評価を中心に-、国土技術政策総合研究所資料、No.462、2008.5
11)服部敦、板垣修、土屋修一、加藤琢磨、藤田光一:気候変化の治水施策への影響に関する全国マクロ評価、河川技術論文集、第18巻、2012.6(印刷中)
12)竹内邦良:連邦水関係機関共催「非定常性、水文頻度解析、水マネジメント」ワークショップ参加報告、河川763号、日本河川協会、2010.2
13)藤田光一:リスクを意識した治水技術体系の展望と課題、平成23年度国土技術政策総合研究所講演会講演集、国土技術政策総合研究所資料、No.655、2011.12

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧