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歩道空間の再配分による自転車道整備について
~国道202号 福岡市西区拾六町地区の整備事例より~
栁田誠二

キーワード:自転車道整備、道路空間の再配分、道路利用者別の協議、満足度の向上

1.はじめに

近年、自転車の利用については、健康志向や環境にも優しいという背景から格段に増加し、長距離通勤にスポーツ仕様の自転車が利用されるなど、市民の日常生活に欠かせない交通手段となっている(図-1参照)。

自転車利用の増加に伴い自転車に関連した事故の増加や自転車マナーが問題視されるなど、自転車を利用しやすい環境作りは緊急の課題の一つになっている(図-2参照)。

そのため、既存の道路空間を活用し再配分による自転車道整備が進められてきているが、自転車の利便性を重視した結果、他の道路利用者への配慮が不足し十分満足できる自転車道整備とならない事例も報告されている。
本報告では、国道202号福岡市西区拾六町で実施した自転車道整備を通じて、道路空間の再配分の手法や留意点、整備後の利用者満足度調査結果等を報告するものである。

2.工事概要
2.1 地域の現状

国道202号は福岡県福岡市を起点とし、佐賀県唐津市を経由し、長崎県長崎市へ至る主要幹線道路である。
本地区においては、自動車が49,054台/日、自転車が1,149台/12h、歩行者が533人/12h(H17センサス)の利用があり、沿線には店舗や大型マンション並びに住宅地が立地し、沿道施設へ出入りする自動車も多く、交通事故が162件(2006~2009)発生している。
また、当地区は近隣の小・中・高校の通学路に指定されていることから、朝夕のピーク時に歩行者及び自転車の交通が集中するため、自転車に関する事故が18件、全体の約11%に及んでいた。

2.2 自転車利用状況からの問題点

当地区の道路縦断は高崎交差点よりつつじヶ丘交差点に向け下り勾配(最急約6%)となっており、自転車の走行速度は30㎞/h以上に達することもあった。
このため、歩行者と自転車との速度差が大きくなり、急な進路変更や相互認識の遅れ等により、自転車及び歩行者の双方にとって安全安心な通行を確保する事が困難となり、地元からも安全対策を講じるよう要望されていた。
そこで、国土交通省と警察庁により、自転車通行環境整備のモデル地区として、全国98箇所の一つとして当地区が平成20年1月に指定された。

3.当初計画
3.1 当初計画の基本的な考え方

道路空間の再配分による自転車通行環境整備を行う際に注意しなければならない点は、自転車道の環境を最優先に考えてしまい、他の利用者との調和を見失う点である。
今回の計画に際しても、道路構造令をはじめ『自転車道等の設計基準解説』の技術基準に基づき、『自転車利用環境整備ガイドブック』や各地で先進的に整備されている事例を参考として、歩道と自転車道を物理的に分離する構造を前提に自転車道の環境を優先とした計画を進めた。

3.2 当初計画の策定と問題点
3.2.1 計画(案)の策定

基本方針のもと、自転車の利便性を考慮し以下の幅員構成にて当初計画(案) を策定した(図5-参照)。
なお、道路幅員が4m以上確保できる場合は歩道及び分離帯は不変とし、自転車道を最大3mまで拡幅する計画とした。また、自転車の速度低下を促すために適度な平面曲線の設置、さらに上り自転車へ配慮して自転車道の縦断線形に適宜緩和区間を設置する計画とした。

3.2.2 当初計画(案)の問題点

当初計画(案)にて、地元住民及び福岡県警と調整を実施したところ、以下のような問題点が確認された。
  1. 自転車道の幅員が2mでは、上り自転車と下り自転車の離合の際危険
  2. 現況約4.0mの自歩道を幅員2mの歩道とすることは歩行者にとってはサービス低下
  3. 沿道施設に「はみ出し駐車」が散見されるため、実態として歩道の有効幅員2mの確保が困難
  4. 自転車道に曲線区間を設定することにより、沿道施設への急勾配な乗入れ部(約20%)が発生
  5. 自転車道に独自の縦断線形を設定することにより、歩道及び車道との縦断線形が一致せず横断面が凸凹となる区間が発生
  6. 分離帯に横断防止柵を連続的に設置することに対して「圧迫感が強い」「景観上好ましくない」として沿線住民が反対
このような問題点が確認された要因としては、当初計画が歩行者や自転車の利用実態は調査して計画づくりを進めたものの、結果として、自転車利用者の利便性(満足度)向上に主眼を置き、他の道路利用者への十分な配慮がかけていたことが問題であった。
このため、当該事業においては、特定の利用者に偏重した計画とするのではなく、道路利用者間相互のバランスを考慮し、全体として道路利用者の満足度向上を目指し、既設の歩道空間を再配分する計画を策定する必要があるとして当初計画の見直しを実施した。

4.当初計画の見直し
4.1 見直しの基本的な考え方

見直しにあたっては、今回の歩道空間に関係する道路利用者(利害関係者)相互の視点にたって問題点を整理した上で、道路利用者毎の問題点に対する改善策が新たな問題とならないかなど各利用者への説明、並びに関係機関との調整を実施しながら計画づくりを進めた。
なお、道路利用者毎の改善策が相互に矛盾するような場合、利用者の優位性を考慮しながら、最終的に道路利用者全体としての満足度が向上するよう調整した。

4.2 道路利用者(利害関係者)の抽出

道路利用者全体としての満足度向上を図るうえでは、自転車利用者だけでなく、歩行者及び自動車利用者についても利害関係者として考慮する必要がある。
また、併せて当該道路が地域の景観に与える影響や沿線の各家屋及び店舗等への乗り入れに大きな影響を及ぼすため、沿線住民も利害関係者に含めて検討を進めることとした。

4.3 各道路利用者への確認調査等の実施

各道路利用者の問題点、望まれる改良案については、地元関係者及び高校生を対象に以下の確認調査を実施することにより意見の収集を行った。
4.3.1 アンケート調査
調査内容としては、ヒヤリ・ハット体験や現在の道路構造に対して不満を感じている事項を確認した。
まず、地元関係者に対して、当該路線を利用する立場(歩行者・自転車・自動車・沿線住民)を明確にした上で、アンケート調査を実施した。
また、当地区を通学路として利用する高校生に対して自転車利用車の立場からアンケート調査を実施した。
さらに、当地区を通過利用している方々に対しても、当該路線を利用する立場を明確にしたうえで、同様の調査を実施した。
4.3.2 ヒアリング調査
アンケート調査では確認しきれない問題点や過去の交通事故の発生状況及び各道路利用者の立場毎に望ましい道路空間のあり方等について、関係住民及び高校生を対象にディスカッション形式によるヒアリング調査を実施した。
4.3.3 現地調査
当地区の交通特性に合わせ、朝・昼・夕の各時間帯に歩行者、自転車、自動車の通行状況を確認し、危険性や問題点を確認した。
また、ヒアリング調査に確認された事故事例などを現地にて被害者(歩行者)や加害者(自転車)の立場で再現し、それぞれの視点から現況の道路構造に対する問題点や自転車道整備に伴う影響を確認した。

4.4 問題点の整理並びに改良案の策定

前述の調査結果並びに利用実態から利用者毎に問題点を明確にし、各利用者にとって望ましい改良方針をまとめた。
4.4.1 歩行者にとって望ましい改良方針
  1. 歩行者と自転車は速度差が大きく同一の空間を利用することは危険であり、歩行者と自転車の利用空間は区分が必要
  2. 現況の歩道幅員(約4.0m)は歩行者にとって歩きやすいため、改良後も出来るだけ広い空間が必要
  3. 歩道幅員が十分あることにより違法駐車が発生し、結果的に空間を著しく阻害するため違法駐車対策が必要
  4. 現況の乗り入れ部は緩勾配であるため自動車が十分に速度を落とさないまま進入することから、速度低下を促す対策が必要
  5. 自歩道部でバス待ちをする利用者が歩行者等の通行を阻害しており、バス利用者が待機するための空間の確保が必要
4.4.2 自転車にとって望ましい改良方針
  1. 歩行者と自転車は速度差が大きく同一の空間を利用することは危険であり、歩行者と自転車の利用空間は区分が必要
  2. 縦断が急で自転車の走行速度が高くなるためスピード抑制対策が必要
  3. 幅員が広いと違法駐車が発生し、結果的に走行空間を著しく阻害するので違法駐車対策が必要
  4. 走行線上に車止め等の障害物があると追突事故の発生が懸念
  5. 沿道施設へ乗入れする自動車が速度を落として進入するよう対策が必要
  6. バス利用者が自歩道部で待つことによる通行阻害があるためバス利用者に対する対策が必要
4.4.3 自動車として望ましい改良方針
  1. 縦断勾配が急なため、自転車の走行速度があがりやすいので速度抑制対策が必要
  2. 沿道家屋等からの出入り交通との衝突をさけるため、走行速度が高い自転車はできるだけ車道側を走行させることが必要
4.4.4 沿線住民(バス利用者を含む)として望ましい改良方針
  1. 幅員が十分あるため違法駐車が発生し、結果的に歩行空間を著しく阻害するので違法駐車対策が必要
  2. 自歩道部でバス待ちをする利用者が歩行者等の通行を阻害しており、バス利用者が待機するための空間が必要

4.5 改良方針の相対関係について
前述の各道路利用者毎の改良方針を全て実施する場合構造的な矛盾が生じる。このため、各道路利用者の改良方針が他の道路利用者に及ぼす影響を各道路利用者単位で検証した(表-1参照)。

4.6 満足度向上を目指した計画基本方針

前述の検討結果を踏まえ、歩行者と自転車の利用空間を物理的に分離することとし、また、その構造は圧迫感を考慮して防護柵等による面的な構造ではなく、できるだけ簡易な構造とすることとした。
また、各道路利用者に割り当てられる幅員については、各者の利用実態から最低限確保すべき幅員を設定し、全幅員に余裕がある場合は前述の検討結果を踏まえ歩道幅員を拡幅することとした。また、各者の配置は沿道の家屋等への出入りに配慮して利用速度が高い順に車道側から自転車道、歩道の順とした。
なお、車道と自転車道の間には植栽帯を設置し、バス利用者に対しては当該空間の一部をバス待ち空間として確保することとした(図-6参照)。

4.7 計画案に関する合意形成

計画案に関する合意形成を円滑に進めるためには、関係住民や近隣の学校等に対して、最終的な計画案を提示し理解を求めるのではなく、お互いの道路利用者が利害関係にあることの理解やお互いの満足度の向上のために計画づくりに参加してもらう事が重要と考えた。前述の検討経緯をすべて提示し、各道路利用者の望ましい改良案や改良案相互の相対関係、総合的な調整を経た計画案という段階的な説明を実施した。
このように関係住民等との合意形成を丁寧に進めることは、関係住民等との協議が円滑に進むだけでなく、関係住民等の中にもそれぞれの道路利用者の立場に立った視点で道路利用を考える契機となり、自分たちが被害者だけでなく加害者になる可能性があるという認識が高まることとなった。
この結果、地区全体として主体的に交通安全の対策に取り組むという気運が高まり、完成前の道路管理者と住民及び公安委員会との合同安全点検の実施等に繋がっていったものと推察される(写真-2、3参照)。
前述のとおり関係住民等との綿密な協議の結果、図-7に示す幅員構成により整備を実施した。

5.整備後の評価
5.1 整備後のアンケート調査

当該計画の整備効果を把握するために、利用状況をアンケート調査並びに現地実態調査により把握した。(H22.7月実施、有効回答数:740)
この結果、歩行者及び自転車の双方とも60%以上の方々から整備前と比べて『利便性が向上』したとの回答を得た(表-2参照)。また、利用空間が制限されることにより、使いづらく(悪く)なったとの結果も予想していたが、それぞれ1割以下であったことは興味深い。

また、現地実態調査の結果90%以上の自転車が自転車道利用を遵守しており(表-3参照)、ヒヤリ・ハット件数も整備前と比較して半数以下に減少している状況から安全性は向上したと推察される(表-4参照)。

5.2 利用者意識調査

自転車道や自転車歩行車道の歩道空間の違いによる利用者意識を把握するため、10歳代から
50歳までの男女20名のモニターを募集し、福岡県内でモデル地区として整備した自転車道について、現地点検及び座談会も実施している。
年齢層毎に行った座談会では、構造に対する意見や利用者マナーに関する意見、さらには改良案などの利用者の声として率直な意見が数多く出された。
主な意見としては以下の通りである。
  1. 自転車と歩行者の通行空間が分離されている箇所は通行しやすかった
  2. 通行ルールを守らない自転車がいると、分離の有無は関係無く危険
  3. 自転車空間の狭い箇所で、歩道との分離柵は非常に危険
  4. 自転車走行箇所の表示はできるだけ大きくしてほしい
  5. 自転車歩行車道に新たに自転車の通行ルールを設けることは、利用者が混乱し現況より危険になることもある

6.まとめ
6.1 道路利用者全体の満足度向上

今回の自転車道整備では、全体としての満足度の向上を目指して各道路利用者の視点に立って改善策を検討し、次に改善策相互の関係を整理し、最終的に相互の優先度等を勘案しながら調整を図るという段階毎の計画手法を採用した。また、この検討過程を関係住民や利用者に提示し合意形成を図ったことによって、全体としての満足度の向上に資することができたと推察される。
今回の歩道空間の再配分による自転車道整備を行う場合の注意する事項をまとめると以下の通りである。
  1. 計画づくりに際しては、地域の道路構造、利用形態を十分把握し、沿線住民も含め道路利用者全体に配慮した計画づくりを進める必要がある
  2. 合意形成に関しては、計画段階から各道路利用者にも参加する場面を積極的に設けることにより、自転車道整備の必要性やそれぞれの立場を理解し合える計画づくりに近づける
  3. 沿線の自転車を利用する主体(高校生)にも声かけを行い、共有する歩道空間を意識させることにより自転車のマナーアップにも寄与できる

6.2 今後の課題等(まとめ)

、自転車同士の事故は発生していないが、自転車と自動車の接触事故は発生している。主な原因としては、取り付け道路との交差点付近では物理的に歩道との分離が図られておらず、一部の交差点付近で整備前と変わらない状況になっており、歩道空間の再配分の場合の課題としては残っている状況であり、引き続き検証していくこととしたい。
最後に、自転車利用の環境改善ニーズは、今後も更に高まることが予想され、既存の道路空間を再配分する手法は、有効な手法のひとつになるであろう。今後の自転車道整備に、今回の整備事例が参考になることを期待する。併せて自転車の通行マナーを向上させる取り組みについても、行政、利用者一体となって進めていかなければならないことは言うまでもない。

参考文献
1) (社)日本道路協会:自転車等の設計基準解説
2) 国土交通省道路局、警察庁交通局:自転車利用環境整備ガイドブック

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