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最近の排水ポンプ設備の技術動向

建設省建設経済局
建設機械課長補佐
北川原  徹

1 まえがき
排水ポンプ設備は,通常6月~10月の出水期間中,常に排水運転に備えて待機状態にあるものの残り半年は,休止状態(冬眠)にあるという特異な性格を有している。即ち,出水期は何時何如なる時でも始動指令を受けて排水運転に入り,外水位が低下するまでは運転を中断することが許されないと言う厳しい要求下に置かれる。一方,非出水期は機能低下を防ぐだけの維持管理体制下に置かれ,関係者ですら巡視,点検時以外は立入ることもほとんどない。
このように排水ポンプ設備は,一般産業分野の機械設備と著しく異った設置目的,管理体制下にあるため,設計思想・技術,維持管理体制・手法は私共建設省で独自に確立させていかない限り,他分野のものを模倣・引用してもそのまま役立つものでなく,逆に不合理な場合もある。
建設省が本格的に排水ポンプ設備を設置し始めて,ほぼ20年以上を経た現在,①老朽化の著しい設備がみられ始めた。②設備の保守管理に携わる職員が激減した。③設備数の増加に伴い維持管理費用も急増し始めた。④類似分野で新技術新素材が導入され始めた。等々の問題や状況変化が表面化している。
以上の背景もあって,排水ポンプ設備の設計・管理技術に関する見直しを求める声が強く,事実九州地建が昭和57年度に行った「江川排水機場の合理化設計検討」の例をみるように随所で各種検討,調査ばかりかガスタービンエンジンやセラミック軸受などの新技術,新素材を採用した設備が設置され始めている。全国ベースの動きとしては,現在(財)国土開発技術研究センターにおいて「排水機場設計合理化検討委員会 委員長 河川局治水課 斎藤課長」とやはり排水機場を対象とした「河川管理施設の管理マニアル検討委員会 委員長 河川局治水課 山口流域治水調整官」の2つの委員会活動が,昭和61~62年度の2ケ年計画で進められている。前者の設計合理化検討委員会には筑後川工事事務所の林所長はじめ多数の皆様に参画いただいており,また,宮崎工事事務所の小松川排水機場をケーススタディーとして検討させていただいている。これらの活動状況を最近の排水ポンプ設備の技術的な動向と併せて報告する。

2 排水ポンプ設備の現状
(1)設置状況
建設省,北海道開発局で直轄管理している排水機場は,昭和60年末現在で203機場(ポンプ台数約450台)あり,これを地方建設局別の設置数でみると図ー1に示すとおり,九州地建に約30%に相当する56機場,中部地建30機場,関東地建29機場の順となっている。排水容量でみる,全と体で約2,600m3/sとなり,地方建設局別では関東地建が最も大きく次に九州地建,近畿地建,中部地建が大きな排水量となっている。

過去数年間の運転実績から年間平均運転時間を約30時間と仮定すると1年間に,概ね3億m3の内水排除量となり,これは松原・下笙の両ダムの有効貯水量の丁度3倍に相当する。
資産額からみると,土木施設,ポンプ設備等のー式建設費を排水量1m3/s当り2億円とすれば,今日の価格で約5,000億円の資産が投資されていることになる。
排水ポンプ設備を設置年代でみたのが図ー2である。一部,古い施設として昭和20年代のものもみられるが,昭和30年代には余り設置されておらず昭和40年代から急激に設置され始めている。このことからも,建設省における本格的な排水ポンプによる内水排除の歴史は概ねこの20年であるといえる。

排水ポンプ設備についてもう少し詳しく調べてみたのが図ー3であり口径別ではφ1,500mmが圧倒的に多く,全体の約25%を占めている。現行の揚排水ポンプ設備の技術基準で適用範囲としている口径φ600~2,000mmのポンプが90%である。最大口径としては,φ4,600mmもみられ,これは何れも関東地建に設置されている。
横軸と立軸については,総台数でみるとほぼ半々であるが北海道開発局,北陸地建以外のものは最近ほとんど後者の立軸ポンプが設置されている。

(2)不具合の発生実態
排水ポンプ設備は,いうまでもなく主ポンプ,動力伝達装置,主原動機,自家発電機,補機類,センサー,操作制御盤,除塵機などの多数の機器類の集合体であって,このうち1つの機器が不具合を起こしても排水機能に何らかの影響を及ぼし,時と場合によっては排水不能という最悪の事態を引き起こしかねない。
このことは他の設備,機械も全く同様であり,最近の大きな事故としてジャンボジェット機の墜落やチェルノブイリ原子力発電所の事故が我々の記憶に新しい。このような事態に陥らないために日常の管理を通じて,常に不具合の発生状態を把握し,これを設計技術やメンテナンス手法の改善,改良ヘフィードバックしながら設備の信頼性能を高めていく努力が必要である。
排水ポンプ設備に関する不具合発生実態の最近の調査研究例としては,建設省技術研究会指定課題で全国規模で取組んだ「機械設備の信頼性評価に関する調査研究(昭和59~61年度)」がある。この中間報告によると,不具合箇所,程度,原因は次のようになっている。
① 図ー4は不具合箇所とその程度を調べたものである。発生頻度が高いのは,補機類(真空ポンプ,冷却水ポンプなど),主原動機,センサー(満水検知器,フロースイッチ,圧力スイッチなど),盤類の順となっている。不具合の程度は,主要機器は幸い排水機能に大きな支障を与えないような部分的・軽度な故障がほとんどであるものの,補機類,センサー,盤類には排水機能に支障をきたす危険のある不具合も報告されている。

② 図ー5は不具合の発生原因を調べたものである。自然劣化が最も多く全体の半分を占め,次に環境不良,保守点検,不可抗力の順となっている。不可抗力以外の不具合発生原因は,基本的に相当数を減少できるはずであり,適正な保守管理と設計技術などを向上させる必要性を示していると考える。以上の報告は昭和59年の梅雨期における約100機場の調査データをまとめたものである。
なお,ここでいう不具合とは,“各機器が本来の機能を失うことあるいは機能が低下した状態”と定義されており,通常の故障,事故の概念よりかなり広義なものであることに注意されたい。

(3)信頼性低下に影響を与える機器
現行の設計基準に従って標準的な設計を行った口径φ1,500mm,吐出量5m3/sの立軸斜流ポンプをモデルとして,最近,原子力発電所の設計などで取入れられている信頼性解析手法を用いて,不具合発生確率,要因をシュミレーションした1例が表ー1である。これは排水ポンプ設備の始動失敗と連続運転失敗に対する各機器の寄与率を示すものであり,何れの場合も補機類の影響が最も大きく,次に主原動機,除塵機,主ポンプの順になっている。
補機類について詳しく調べてみると,冷却・潤滑水系統,始動空気系統の電磁弁,フローリレー,温度スイッチの作動不良,制御回路の不具合が原因となっている。従って,立軸の排水ポンプ設備の信頼性能の向上を図るためには,冷却・潤滑水系統のセンサ類と制御機器・回路の改良さらには冷却・潤滑水系統そのものの簡素化・省略化が必要であろう。なお,備考にも示したように制御系のみの不具合については解析できていないが,これは,最近の設備は,機器と制御を分離し得ない程に高度化,複雑化しているためである。このことは,後述する設備の合理化設計を行う上で非常に重要であり,設備全体を一体システムとしてとらえて総合的にみた上での信頼性能向上を検討しなければならないことを意味している。

3 排水機場設計合理化検討委員会の活動
〈目的〉この委員会の目的は,排水機場の信頼性向上,建設費の節減,維持管理業務の簡素化・経費節減を図るため現行の排水機場設計の見直しを行おうとするものである。このため,今後,建設される排水機場に対し合理的な設計を行うべく,土木・建設施設,ポンプ設備の両部門で一体となって総合的に検討を進めている。
〈活動内容〉本年度の主な活動内容は以下のとおりであり,図ー6に示すフローで実施している。

(1)設計事例調査結果の検討
昭和61年度に実施した建設省所管等の排水機場の設計事例調査結果に基づき,次の項目について検討を行っている。
① ポンプの種類別(横軸・立軸),形式別(軸流・斜流),容量別(吐出量・口径),原動機の種別(内燃機関・電動機)などと配置・機場面積・容積の関係を解析する。
② 原動機,減速機を冷却するための1次冷却,2次冷却方式,吐出管クーラ,ラジエター,クーリングタワ一方式などの冷却容量などを解析する。

(2)新技術などの採用検討
① ガスタービンエンジンを採用している主ポンプ設備や発電機の事例を参考として,ポンプ形式,容量,建屋面積の関係を解析し,これらを採用する場合の適用範囲を検討する。
② 水中ポンプ,チューブラポンプ,スクリューポンプなどの特殊ポンプの形式別のポンプ容量と適用範囲を検討する。
③ 新素材,新技術の導入の観点から吐出管クーラ,セラミック軸受などの採用実績調査と適用範囲について検討する。

(3)合理化設計の検討
① 吐出水槽の検討
吐出水漕を従来形,パイプスタンド形,直接放流形,堤防横過形に分類し,水理現象解析を実施し,構造の簡素化を検討する。
② クレーン設備と建屋構造の合理化検討
ポンプ形式,容量別に据付時の機械単体重量と維持管理の両面から主クレーン,サービスクレーンの機種,規格を検討し,建屋構造を合理化する。
③ 操作制御・附属設備などの合理化検討操作制御設備などの合理化,簡素化により運転操作と維持管理を容易なものとする。特に設備の信頼性能を向上させるために操作制御系統のシンプル化を検討する。

(4)可搬式高速ポンプの検討
救急内水対策の一環として,現行の定置式排水機場に対し排水樋管等に小型高性能の可搬式高速ポンプを併設して内水排除を行おうとするものであり,この可搬式高速ポンプの仕様形式と適用範囲を検討する。

(5)合理化設計試験施工の検討
昭和62年度以降に着工予定の排水機場の設計に試験的に上記の検討結果を採用して,合理的設計手法の確立に資する。第1番目として,小松川排水機場を検討対象としている。
〈中間報告〉現在,とりまとめ作業の段階であって,委員会において最終審議されたものが,㈶国土開発技術研究センターから報告されるので詳しくはこれをご覧いただきたい。ここでは,主に排水ポンプ設備に関して,得られた検討結果について中間的に紹介する。

1)新技術などの採用検討
① セラミック軸受
排水ポンプの羽根車と主軸を支える水中部分の軸受構造は,メンテナンスフリーと排水中に油が漏れることを避けるため特殊なゴム軸受を採用している。ゴム軸受は運転中,常に清水による潤滑と冷却を必要とする。この潤滑・冷却水系統の作動不良や制御回路の不具合が排水ポンプ設備の信頼性能を損っている大きな要因の1つであることは既に設明した。一方,セラミック軸受は潤滑水や冷却水がなくても,運転できるので,軸受用の潤滑,冷却水系統が不用となり,システムが簡素化でき維持管理の容易化と信頼性能向上に大いに役立つと期待されている。
検討結果によると製作技術の制約条件から口径φ2,200mm以下のポンプまでが適用可能とされている。大口径用には,セラミックの製造・加工技術の進歩を待つことになるが,当面の課題としては,セラミック自体の品質,軸受の構造・寸法の標準・規格化が急務である。なお,セラミック軸受の採用実績は表ー2に報告されている。
九州地建をはじめ,全国的に採用され始めているので,これらの実績を踏まえて早急に標準化を図ることになろう。

② 吐出管クーラ
ディーゼルエンジンは,トラック,建設機械,自家用発電機,小型・中型船舶の原動機として,現在,最もポピュラーに使われている。排水ポンプ設備も主原動機としてこのエンジンを標準としているが,エンジン冷却水系統にまつわる不具合発生が問題となっていることは前述のとおりである。特に,洪水時の河川水を利用する間接冷却方式では,機器の汚れ,腐食,詰まりが発生しやすい。
吐出管クーラは,吐出管内に設置した熱交器で冷却水を冷すものであり,冷却水系統の機器内に清水のみを通水でき,しかも,システムも著しく簡素できる。この吐出管クーラは,セラミック軸受の採用と相乗し,排水ポンプ設備の信頼性能向上と維持管理を容易化させることができる。
冷却水槽も省略できるので,排水機場の合理化設計にも大いに貢献できると思われる。
検討結果によると,適用は口径φ2,800mm以下のベント形ケーシングポンプに採用可能とされている。表ー3に吐出管クーラの採用実績を示すが,中部地建で原形を考案し,遠賀川工事事務所において高性能,小形化し実用化を促進した経緯がある。今後の課題としては,これらの実績を踏えて,構造,形状,寸法,性能などの標準・規格化を進める必要がある。

2)特殊ポンプの採用可能性
水中ポンプは,ボンプ本体内に電動機自体を組込んであり,据付・設置が容易であること,特別な冷却・潤滑水などの補機を必要としないことなどが特長である。また,自家発電機や制御設備などは必要であるものの全体として機場をシンプルに設計できるため,最近,小規模排水ポンプ設備として採用され始めている。
一方,電動機,電力ケーブルを水没させているため,常に水密と漏電に対する監視が必要でありこの維持管理がかなり繁雑となる。地方自治体等が水中ポンプを設置し始めて概ね10年を経ており,この間に過半数が修理またはオーバホールを行っているとの報告があることからも耐用年数は通常のポンプの約半分程度と見込まれる。ポンプ容量としては,ポンプ内に組込まれる。多極モータの製作限界から口径φ900mmまでとされている。水中ポンプを採用するとどの位,設備が簡素化できるかを検討した結果を図ー7の概念図に示す。
スクリューポンプは,水中ポンプなどと併せて委員会で視察調査を行ったところ塵埃も同時に排出できるメリットはあるものの効率が悪く大容量設備としては余り有効でないと思われる。

3)ガスタービンエンジン
ガスタービンエンジンは,構造がシンプルで冷却水を必要としないことから排水ポンプの主原動機としてその採用が早くから検討されていた。最近,排水ポンプ用原動機として2軸式ガスタービンエンジンが開発されており,今後,本格的に採用できれば,現在抱えている問題をほとんど解消でき,これが当面は究極の姿と考えられる。図ー8に,現状技術で採用できる段階の節水形と併せてガスタービンエンジンを採用した場合の概念図を示す。

4 おわりに
以上,ごく簡単ではあるが,排水ポンプ設備の最近の動向を紹介した。
今回,ケーススタディーとさせていただいた小松川排水機場にはセラミック軸受,吐出管クーラの採用のほかにポンプ構造改善により建屋の高さを低くすることなどが検討されている。
今後も,皆様とともに信頼性能向上と建設・維持管理費の節減などを目指して,排水ポンプ設備の技術向上に努めたいと考えている。

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