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日本最古のダム本河内高部ダム
一新しい相棒との共存一

長崎県 長崎土木事務所
 ダム建設室 技師
松 永 孝 司

1 はじめに
本河内高部ダムは,明治24年に完成した日本最古の水道専用ダムです。

この本河内高部ダム・低部ダム及び西山ダムが築造された中島川流域は,古くより洪水の被害にたびたび見舞われていました。なかでも日本の災害史に残る「長崎大水害」は,昭和57年7月23日に,長崎市を中心に死者・行方不明者あわせて299名,被害総額3,000億円以上の大惨事をもたらした経緯があります。
これらの経緯から,中島川・浦上川の抜本的な治水対策が求められ,上流にある既存の利水専用ダム(本河内高部ダム・低部ダム・西山ダム及び浦上ダム)の利水容量の一部を治水目的に変更し,ダムによる洪水調節および河道改修により洪水に対処することを目的とした「長崎水害緊急ダム事業」が,被災翌年に建設採択されました。

その後本河内高部・低部ダム,西山ダム,大阪府の狭山池の3カ所が,建設省(現国土交通省)より近代土木構造物としての歴史的価値を未来へ継承していくことを目的とした「歴史的ダム保全事業」の第1号として,指定をうけました。
現在,長崎県は既設ダムの再開発と歴史的構造物保存の調和を図りながら事業を進めています。

2 既設本河内高部ダムの概要
「長崎水道百年史(長崎水道局編)」によると,『既設本河内高部ダム(以下既設ダム)は,当事長崎県河川課に勤務していた吉村長策氏の設計・監督により,明治24年3月に完成,同年5月より給水を開始しています。
当時の設計図には,貯水池面積一萬六千百四十二坪(53,000m2),容積八千三十一萬五千四百六十四我倫(365,114m3),堤防高さ五十呎(15.2m),長さ四百二十呎(128m),外斜面1:2.5,内斜面1:3と記されています。

堤体内部は良質粘土,精選土,普通土と区分けして設計されており(図ー2参照),心壁部に良質粘土を配置し,心壁部の頂面幅は,六呎(1.8m),底面幅は十八呎(5.5m)とし,心壁部は不透水層まで掘削することにより漏水対策が図られています。既設ダムは土堰堤として日本最初のものであり,設計に関しては当事の内務省御雇工師英国人W·K·バルトンの視察により一部越流部に問題があるが,完璧に近いものであると絶賛されたという記録が残っています。
一方,資材は国内製品の質が悪かったり,大量生産が出来ないなどの理由から外国製を使用し割高となりました。
また,当時は工事の反対運動もあり,住民感情を和らげるために工事費を出来るだけ減額する方法を検討した結果,以下の3つが記録として残っています。
(1)工事材料として大量に使用する煉瓦55万個を長崎監獄に発注して,受刑者に製作させる。
(2)受刑者延べ1万9000人を人夫として雇い,日当は普通人夫の半額10銭とする。
(3)セメントが高価だったため,粘土,石灰,火山灰,石屑を配合した三化土を重要構造物でない放水路の河床基礎として採用する。
幾多の困難を乗り越えて完成した工事の経費は,当初30萬円でしたが,最終的には26萬4375円59銭6厘と記録されています。』
完成後の本河内高部ダムは,長崎市の名所の一つとして,他県から見物に来る人も多く,水道の流行歌ができるほど,潤いと安らぎにあふれた憩いの場となりました。
また,その後土木遺産としての価値が認められ,昭和60年には水道百選,平成2年には先述の「歴史的ダム保全事業」の指定を受け,ダムや周辺の施設を整備し洪水対策の強化と併せ都市住民のレクレーション施設として,新設本河内高部ダム(以下新設ダム)との共存の道へと進もうとしています。

3 新設ダムの必要性について
既設ダムの基礎部については,凝灰角礫岩並びに安山岩溶岩を基礎岩盤とし,堤体コア(粘土部)以外は,旧水田耕作土と推定される段丘堆積層上に築造されています。
堤体の盛立てについては,全て人力作業で約30cm毎に石蛸を用いて締め固めており,地質調査結果から標準貫入試験平均値N<11,湿潤密度γt=1.8~1.6t/m3程度で,アースダムの堤体盛土としては,現在の基準強度と比較すると基準値以下の値となります。
また,取水放流設備について,取水塔から浄水場への送水管を布設した底樋(煉瓦ブロック巻き立て)が,堤体盛土内に設置されており,地震時の問題が懸念されるとともに,昭和57年長崎大水害時には既設ダムを越流した経緯からも,洪水吐きもダムの安全上必要とされる流量を流下させる断面が必要となります。
以上により,現フィルダムの基本形状のまま目的変更を行い,河川管理施設として利用することは,河川法に基づいた「河川管理施設構造令」及び「河川砂防技術基準(案)」による安全性が確保されず,上流側に新設ダムを建設することが必要となりました。

4 新設ダムの概要
新設ダムは,既設ダムから上流側約50mに配置される重力式コンクリートダムです。

新設ダムは平成14年3月に本体発注し,平成17年10月末の完成を目標としています。
現在の状況としては,転流工及び上流仮締切工の施工後,既設ダム上流側の一部掘削を伴う基礎掘削を完了し,平成16年1月から180tクローラークレーンによる本体打設を開始したところです。
貯水池における過去100年間にたまった堆泥を新設ダムの止水のために有効活用することとしているため,常に慎重な施工を心掛けています。
また,新旧堤体間のスペースは,埋め戻して公園整備を行う計画としています。

今回のダム工事で.貯水池を空にして工事を行っているため.水底に眠っていた「幻の石橋」が出現しました。

その昔,「妙相寺」道にあった石橋がダムつくりで水底に沈んだもので,以前は大渇水時にしか姿を現していませんでした。
自然石のアーチ橋は珍しく昭和53年12月に長崎市の有形文化財に指定されています。
工事中については,工事における振動での崩壊を防ぐため,石橋を土で盛って保護した上で施工しているので見ることができません。

5 歴史的ダム保全事業としての取組み
先述の「歴史的ダム保全事業」の取り組みとしては既設ダム天端から堤体下流側については残存させて,現在の景観ならびに旧堤体の歴史的環境の保全を図ることとしています。
また,既設洪水吐きは新設ダムでもその機能を満足させるため,既設の導流部減勢工部の通水部は一部改修するものの,浄水場横の石積みは残存させダム本体の下流面から続く景観は保全することとします。

取水塔及び底樋は,新設ダムの堤敷に位置するため撤去する計画ですが,その歴史的価値に配慮し,一部移転保存することとしました。

6 おわりに
これからの本河内高部ダム建設工事及び新旧堤体間を含めた周辺環境整備に対しては,既設ダムの有する歴史を通して,先人達の願いである「水旱無増減」の思想を後世に伝えるとともに,歴史的文化の香り高い空間としての整備,地域住民にとって身近に訪れることが出来る自然を活用した憩いの場所を創出することを基本として事業を進めていきます。
最後に,先人達の残した功績に敬意を表すとともに,100年後に歴史が受け継がれるような整備となるよう鋭意努力したいと思います。

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