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新樅木吊橋(あやとり橋)の設計と施工

熊本県 泉村長
草 西 信 義

前田設計株式会社九州支店
技術部長
松 本 忠 昭

前田設計株式会社九州支店
技術1課長
安 川 隆 介

前田設計株式会社九州支店
技術1課係長
岡 崎  洋

1 はじめに
新縦木吊橋(あやとりの橋)は,熊本県八代郡泉町に架けられた支間72mの人道吊橋である。
本橋の架設地は球磨川下りで有名な球磨川の支流,川辺川の源流に位置し,九州中央山岳地帯の中にある。この付近一帯は九州山地国定公園に指定され,九州最後の秘境ともいわれている。特にこの地区は五家荘と呼ばれる平家落人の伝説を今につたえるロマンに満ちた秘境である。五家荘とはひっそり散らばる五つの集落の総称で,「肥薩国誌」によると藤原氏によって太宰府に流された菅原道真の子孫,左座家が藤原氏の追討を避けてこの地に入り仁田尾,樅木を開いた。また壇の浦の戦いに敗れた平清経の孫3人も逃れ来て,緒方姓を名乗りそれぞれ久連子,椎原,葉木に隠れ住んだという。以来この五つの集落を五家荘と呼ぶようになったといわれている(図ー1)。
このような秘境にふさわしくこの地方では地形上多くの吊橋が実在しているが,昔は大小20余の吊橋があり,竹と藤のつるを使用し部落総出の架替えが大変であったと聞く。

2 旧樅木吊橋
旧樅木吊橋は急峻な渓谷に架けられた橋長75m,水面からの高さ35mの吊橋であった。この吊橋は地元の人々の手により木材切出し用の麻芯ロープを主索とし,左岸は斜面に直接アンカー,右岸は原木を利用した丸太の塔柱を配し巨大な岩石に巻きつけた形式のアンカーとなっている。床組には木材を使用し,敷板を並べ,手摺は竹を用いた単純で素朴な吊橋である(写真一1)。ユラユラと大きく揺れる吊橋上から川を見下ろすと思わず目を閉じてしまいたくなるほどであり,山々の紅葉とともに観光客を楽しませてきた。この吊橋は近年まで住民の生活道としてあるいは児童の通学路として用いられてきた。五家荘は,平家落人伝説が語り伝えられるうえ,天然林や深谷など自然美あふれる観光地として脚光を浴び始め,近年訪れる観光客も多くなっている。この中で樅木の吊橋は村の観光施設として重要な位置を占めている。緒方拳と松坂慶子の主演による映画「火宅の人」のロケーションにもこの樅木の吊橋が使用された。

それまでの樅木の吊橋は昭和39年に樅木地区の住人により,古材のワイヤーロープを用いて架設されたものであるが,その後いたみがひどくなり,昭和49年に再度古材のφ26mm麻芯ワイヤーロープで補修された。これは群集荷重150kg/m2としたときの切断荷重に対する安全率が1.3程度であった。また,丸太の塔柱についても表面はきれいにしているが内部は打診による推定ではかなり腐食が進んでいる様子であり,耐風索がなく横ゆれがひどいため,吊橋の塔柱としては危険な状態と判断された。その為,通行者を5名以内に制限していたが,観光シーズンには20人程度載ることも多く,早急な架替えが望まれていた(写真ー2)。

3 新樅木吊橋
3-1 計画のイメージ
急峻な谷間にたれ下がり,ユラユラと揺れる旧樅木吊橋は地元の人々の愛着も強く,観光に訪ずれる人々にも親しまれたものであり,旧樅木橋のイメージを残し,五家荘全体の有する素朴さの中にも,新しさを感じさせる橋にすることを設計の基本理念とした。この地一帯は「樅木吊橋公園」と呼ばれ,春の新緑,夏は清涼,秋の紅葉そして冬の樹氷と四季を通じて変化する風景と共に吊橋自体も観光の対象であることから“観光客を集める吊橋”が望まれた。また,当然のこととして自然景観を損なわない形式であることが絶対条件である。
吊橋の形式は,3案について比較設計を行った(図ー2)。
第1案 塔柱式吊橋
本形式は通常用いられる吊橋の形式であり,各地に多数架設されており,“観光客を集める橋”としては不適当である。また,左岸方の切り立った岩場は緑豊かな原生林であり,秋の紅葉の最も美しい部分に塔柱を配することとなり景観上芳しいものとはいえない。
第2案 旧橋をイメージした片側塔柱式吊橋
昔から地元民や多くの観光客に親しまれてきた旧吊橋に類似させた形式で右岸に塔柱を配し,左岸は斜面に直接アンカーする形式である。右岸に配する塔柱は極力低くし,床組は,ハンガーロープで吊られた横桁上を橋軸方向に張り渡したロープで渡り板(歩板)を支持して,渡る人に揺れ心地を楽しませる構造としている。しかしハンガーケーブルおよび取付金具等部材が多く煩わしさを感じさせることは否めない。
第3案 吊橋の原形と思われるカヅラ橋のイメージ
その昔,両岸の樹木を利用して「藤かづら」を編んで架設されたという素朴な吊橋を基本イメージとし,主ケーブル上に直接床組をのせることによりハンガーケーブルを省き,ハンガー材や取付金具の与える煩わしさを解消する。耐風安定索はライズを大きくとり,支索をトラス状に配することにより素朴さのなかにも新しさを感じさせ,周辺の景観と調和するユニークな吊橋である。

以上3案について経済比較を行った結果,各案とも大きな差は見られないが,材料費については,第3案が塔柱が不用なだけ,最も安価である。架設費については仮設ケーブル工の費用が第3案のみに計上されるがこれは主ケーブル架設時の安定が主な理由であり(架設については後述),わが国でも例のない形式で施工例がないため安全対策の一部として考慮したものであって実施工では仮設ケーブルがなくとも十分安定が確認されており,今後は考慮する必要がないものと思われる。これらを考慮すれば経済的にも最も有利といえ第3案を採用することに決定された。
3-2 全体構成
主ケーブルのサグを3.5m(サグ比1/20)とし急峻な谷間にたれ下がるイメージを設定,主ケーブルの上に直接横桁および床版の役割をする丸太を載せ,それを大きく開いた耐風索にトラス状に配置した引き索でしぼり込むことにより(図ー3,写真ー3),橋全体の安定を保つ構造とした。
耐風索と引き索の配置を考えるとケーブルトラス橋ともいえよう。

3-3 ディテール
主ケーブルは左岸の岩盤定着アンカーと,右岸のアンカーブロックに定着されている。耐風索はライズを大きく取ってアーチ状の曲線を描くようにした。耐風引き索はトラス状に配置し,その間隔を大きくとることにより橋全体がシンプルなイメージをもつようにした。主ケーブル,耐風索,耐風引き索ともそれぞれ緊張調整装置を有しており架設後も揺れやねじれなどをコントロールできるようにしている(写真一4)。

床版は杉丸太を用い,丸太の間を2cmほどあけて歩行者に谷底が見えるようにした。これにより風の吹き上げの影響も低減できる。丸太は,耐久性向上のため加圧注入式防腐処理(CCA加工)をおこなっている。
遠方から最も目立つであろう高欄の支柱には,カバ桜の自然木を用い横桁に剛結された芯材(SGP)に,中ぐりをして建て込む構造とした。この中ぐりは本橋製作の中でも極めて困難な作業の一つであった。この支柱はすべて樅木地区の住民により周辺の山地から切り出されたが,まっすぐで,しかも所定の大きさ(14~16cm)の支柱は1本の木から1本しかとれないため,地区住民の全面的な協力なしには実現できないことであった。横桁はH形鋼を使用し高欄支柱および耐風支索の取付に利用し,横桁上面および両端部は床版と同じ杉丸太でカバーした(写真ー5)。親柱には直径65cm(左岸)と45cm(右岸)のクリの木を用いた。高欄のクラフトロープ(ワイヤーロープに繊維を巻きつけたもの)を定着する鋼柱はこの親柱の中におさめられている。橋面から上はすべて自然木であり遠景は,あたかも木橋が谷に架かっているような感じの仕上りとなっている。

3-4 解 析
従来の吊橋は主ケーブルからハンガーロープを介して床組を吊る形式で転倒等に対する安定は問題にならないが本橋のような上路式の場合は群集荷重の偏載による橋軸廻りの変位が問題となる。そこで予想される荷重に対して「小規模吊橋指針同解説(日本道路協会)」により予め主要寸法を簡易計算で求めて,安定確認解析を行った。
解析には微小変形理論(NASTRANのプログラム)を用い,変位,応力の算出を行った,その結果応力に対しては簡易計算で求めた値とほぼ同じ値が得られたが,変位については図ー4に示す如くケース1とケース2では大きな差がある。又ケース1から推定して群集が幅員片側に集中して谷底を見下ろすようなケースの場合,荷重群の重心がさらに外側に移動し危険な状態となる事が予想される。それを防止するためには主ケーブルの間隔は歩道幅より広く(できれば高欄支柱より外側)すればよく「小規模吊橋指針・同解説」により設計を行って特に問題はないものと判断された(図ー4)。

3-5 工事概要
工事は索道の設置,仮設塔柱および仮吊索の設置,アンカー工事,主ケーブルの張り渡し,床組工,耐風索・支索の設置,緊張・サグ調整の順で行われた。これらのなかで仮設塔柱および仮吊索については,本橋のような形式の吊橋の架設例が過去になく,安定に対して大きな不安があり,主ケーブル,耐風索等が所定の形状となる迄の間仮吊索から主ケーブルを吊って安定を保つよう配慮したが,結果的には主ケーブル2本を張り渡した状態で考えていたより剛性が大きく安定しており,仮吊索は不要であるとの結論が得られた。
アンカー工事は左岸の岩盤用アンカーで削孔作業中,岩質に亀裂があり浸水,風化による粘土化がかなり進行していることが判明し,当初設計の樹脂アンカー12本にアースアンカー3本(8m×3)を追加し,アースアンカーのみで安全性を確保できるようにした。
全体緊張,サグ調整に当っては,耐風索の張力導入により橋全体の安定を図ることになるが,本吊橋は死荷重が大きく主ケーブルがφ56mmと太径の為非常に安定した状態であった。したがって設計では耐風索張力を4.0tとしていたが,張力を大きくすると安定度は増すが,揺れない,おもしろみに欠ける橋となる為耐風索張力を1.0tに変更した。
3-6 安全性の確認
特殊な構造形式であることから供用開始前に載荷試験を行い安全性を確認した(写真一6,7)。橋全体に65人が載ったときのたわみは約9cm,橋の中央部に30人が載ったときのたわみ約7cm,これは設計時の計算値より若干小さい値であるが,耐風索の張力を4.0tから1.0tに小さくしたための影響と思われる。又,振動試験も実施したが,本橋は2.625Hz程度に共振点をもっており,人の歩行や風による振動とは振動数が異なる。共振点においても対数減衰率は0.038程度であり,26周期(10秒)前後で振幅は10分の1まで減衰するという結果を得,充分安全であることが確認できた。

4 むすび
泉村は全面積(266.73km2)の93%が山地であり,これまで林業が地域経済を支えてきた。しかしながら林業が長期的に低迷を続け,若年層の都市流出による人口減少が今も続き,地域経済は沈滞している。このような中で,平家落人伝説のロマン,自然美,そして山地特有の特色を最大限に活用した観光の導入により,地域経済の活性化を図ることを村づくりの基本方針にしている。樅木地区は,泉村でも一番奥まった集落であり,五家荘民家苑のオープン,吊橋公園,峰越林道,渓流キャンプ場など観光の拠点となる施設の整備が進んでいる。このような状況のなかで熊本県で進めている遊歩道計画の一環として,新樅木吊橋の下流30mに第2樅木吊橋も最近完成し親子吊橋として注目されている。第2樅木橋は新樅木吊橋のデザインと異質のものではちぐはぐなイメージとなるので,新樅木吊橋をスケールダウンして同形式の吊橋としている。又,平成元年10月末には国道445号線二本杉一吐合間の梅ノ木轟に橋長116m支間105mのPC吊り床版橋(幅員1.3m)が完成している(写真ー8,9)。

熊本県では“くまもと日本一づくり”運動が提唱・推進されているが,新樅木吊橋は世界的にも珍しい構造形式の橋であり,梅ノ木轟のPC吊り床版橋もわが国では例の無い長大スパンとなり,これらの吊橋が橋梁技術者に興味を持っていただくとともに新しい観光の目玉となって村起こしにつながることを期待している。
おわりにこれらの吊橋の設計に当たっては東京工業大学橋梁研究室三木助教授に貴重な提案,助言をいただきました。ここに深く感謝の意を表します。

参考文献
小規模吊橋指針・同解説
橋梁と基礎 Vol22,No.12,1988

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