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岩盤調査への弾性波トモグラフィーの適応例

建設省嘉瀬川ダム工事事務所長
後 藤 凌 志

建設省嘉願川ダム工事事務所
工務課長
鈴 木 伍 男

応用地質株式会社九州支社
地質技術課長
田 中  晃

1 はじめに
ダムサイトなどの基礎岩盤調査は,岩盤の力学的あるいは水理学的性質の分布を把握することを主な目的として実施しているが,従来の調査方法は,地表地質踏査を基本に主としてボーリング調査や横坑調査,およびこれらを利用した各種試験が行われてきた。しかし,これらの調査や試験で得られる情報は,点あるいは線上の情報であるため,断面や平面上の岩盤の力学的,水理学的性質の分布は,得られた情報を基に地質学的推定に基づいて内挿あるいは外挿するという手法がとられている。しかし,変質帯や複雑な岩盤状況を有する風化帯のような場合は,地質学的手法では,精度や客観性の面で充分とはいい難い場合も少なくない。
こうした従来の調査方法に対して,近年多くの機関で開発。実用化が進められているジオトモグラフィーは,岩盤の構造や物性値の分布状況を二次元断面で直接画像化し面的に把握する技術として注目されている。
ジオトモグラフィーには,弾性波や電滋波などの波動現象を扱うものや電気比抵抗を用いるものなど各種の方法があるが,本報文では弾性波トモグラフィーをダムサイトの岩盤調査に適用した例について述べる。

2 弾性波トモグラフィーの概要
弾性波トモグラフィーは,対象とする岩盤の周囲を取り囲むように起振点・受振点を配置し,この間を伝播した弾性波の初動走時(弾性波到達時間)を多方向から多数測定し,そのデータを解析することによって岩盤内部の詳細な弾性波速度分布断面を画像化する技術である。
この弾性波トモグラフィーは従来からダムの岩盤調査などで実施されてきた各種弾性波探査手法と比較すると次のような特徴を有している。
① 屈析法弾性波探査は,地下の速度層境界で屈析した波を地表で測定するため,各速度層は深度が大きいものほど弾性波速度が大きいことを大前提としている。また,各速度層が深度に比して充分な層厚を持たない場合,解析精度は低下する。これに対して弾性波トモグラフィーの場合,対象とする地盤を取り囲むように起振点・受振点を配置することにより,上述のような仮定を設けずに解析できるため,より複雑な速度層構造にも対応できる。
② ボーリング孔を利用する速度検層や横坑を利用する坑内速度測定はボーリング孔あるいは横坑周辺での値が得られるにすぎないが,弾性波卜モグラフィーは断面内を透過してきた弾性波を測定することにより速度分布を面的にとらえることができる。
③ 従来実施されてきた横坑間あるいはボーリング孔間速度測定は,各データの平均速度を利用し,断面内の大局的な速度分布を把握するものであったが,弾性波トモグラフィーは,より多数のデータを解析することにより,詳細な速度分布断面を描くことができる。
すなわち,弾性波トモグラフィーは,複雑な速度構造を有する地盤の詳細な速度分布断面を描くことができる。

3 ダム基礎岩盤調査への適用例
今回,弾性波トモグラフィーを実施したのは,現在,嘉瀕川水系嘉顧川に多目的ダムとして計画が進められている嘉顛川ダム(堤高100m級)のダムサイトである。
ダムサイトの地質は,中生代白亜紀の花崗岩類を基盤岩とし,これを覆う新生代第四紀の段丘堆積物,崖錐堆積物および現河床堆積物より成る。

当サイトの岩盤は,大局的には地表から深度方向にD岩盤,C岩盤,CおよびC岩盤に区分される。D岩盤は右岸部においてやや厚いが,D・C岩盤の厚さは最大でも約40mであり比較的浅所にダム基礎岩盤として適当な岩盤が分布している。
但し,ダムサイトの左岸アバットメントには,数条の小規模な断層破砕帯にはさまれ沸石脈が密集した幅40~60mの変質帯が上下流方向に連続して分布している。この変質帯は調査の初期段階では大規模な断層破砕帯と想定されていたがその後のボーリング調査や横坑調査の結果,変質帯であることが明らかとなった。また,この変質は,鉱物分析(X線分析・化学分析)の結果,低~中温度のアルカリ熱水変質であることが判明している。
変質帯の岩盤は,一般的な風化岩盤と異なり,次のような性状を有している。
◦ 割れ目や断層沿いの熱水変質作用の程度は,一様ではなく,幅広く劣化した部分や硬質な部分が混在し極めて複雑な岩盤状況を呈する。
◦ 割れ目や小断層が密に発達しているが,これらは変質して粘土を伴ないほぼ密着しているため透水性は,全体的に非常に小さい。
◦ 地表付近では,熱水変質に風化変質が加わり,さらに複雑な状況を呈しているが,風化の及ぶ深度は鉱物分析の結果から,地表より約35mと推定される。
こうした,変質帯の岩盤状況から,当ダムにおいては,変質帯の岩盤区分と各岩盤等級の分布状況の把握および強度評価がダム築造上の最大の課題となっている。
変質帯の岩盤区分は,以下の手順で実施し,より客観的な区分が可能となった。
① シュミットハンマー反発度と地質観察による調査横坑内の岩盤の細区分
② 弾性波速度と岩盤の連続性を考慮した横坑内の岩盤区分
但し,ダムサイトの岩盤区分を行うためには,上記の横坑間の各岩盤等級の面的な拡がり(分布)を把握する必要がある。
しかし,変質帯では硬質な岩盤や軟質な岩盤が複雑かつ不規則に分布するため,各岩盤等級の分布は,横坑,ボーリングコア観察に基づく地質的手法のみでは,推定が困難である。
このため,横坑内の岩盤区分による各岩盤等級の分布と物性分布を把握するため,同一標高に平行して穿れた調査横坑および既存のボーリング孔を利用して弾性波トモグラフィーを実施することとした。
3-1 測定および解析方法
1)測定
弾性波トモグラフィーの起振点,受振点は,図ー3に示した通り同一標高に平行して位置する2坑の横坑と,これらの横坑坑口を結ぶ地表部に配置した。また,横坑間に位置する既存のボーリング孔にも受振点を配置した。

起振点・受振点の配置間隔は6mとし,両者を交互に配置した。また,既存ボーリング孔中の受振点は,横坑と同一標高となる深度に配置し,多方からのデータを効率的に収集できるように計画した。起振点数は42点,受振点数は63点である。図ー4に測定系の概要を示す。

データ収録には,48チャンネルのデジタル・データ収録システム(MCSEIS-1600)を使用した。なお,A/D変換のサンプリング間隔は0.05m sec,ワード数は,2048とし,各チャンネルとも約10m sec長の波形記録を収録した。
測定によって得られた波形記録のうち,S/N比が良好な1285データの初動走時を読み取り,解析のための入カデータとしたが,図ー3の観測パターン図に示した通り,最も山側の一部で波線の方向性が限られている部分があるものの,波線は対象領域を十分にカバーする多方向,多数のデータとなっていることがわかる。
2)解析
弾性波トモグラフィーの再構成手法,即ち,測定された初動走時から岩盤内部の弾性波速度分布を求める手法は,各種考案されているが,解析は図ー5に示した反復法アルゴリズムにより行った。
解析の際には,対象とする断面を小さな正方形セルに分割し,各セル内の速度は一定として,各セルの速度値を求めた。収束の判定には,走時残差の平均値や標準偏差を用いた。

3-2 結果と解釈
弾性波トモグラフィーの解析結果は速度値に応じたカラーコンターで表示・表現した。図ー6に速度分布断面像を示す。解析では,図ー5の反復計算を行い収束と判断した。このときの走時残差の平均値は,ー0.3m·sec,標準偏差は1.1m·secとなり,全データの80%が±1m·sec以内の走時残差におさまっている。走時残差が非常に小さいことや,波線データが断面を十分にカバーしていることから,解析結果の信頼性は高いといえる。

1)速度分布
◦ 地表面付近は,1.5km/sec以下の速度値を示し,この速度層はL-2坑では坑口から4m付近まで,L-3坑では坑口から10m付近まで分布する。
◦ これ以深の横坑沿いでは除々に速度が増加し,L-2坑では坑口から約18m,L-3坑では,坑口から約24m付近で2.5km/secの速度値となる。一方,横坑間ではこの低速度層は薄くなっており,速度は急激に増加している。
◦ 両横坑の深度100m以深は4.0km/sec以上の速度値を示し,速度変化は小さい。
◦ 地表の低速度部および山側の高速度部に狭まれた部分は,複雑な速度値の分布状況を呈する。最も広く分布するのは3.5km/sec前後の速度値であるが,部分的には3.0km/sec以下の低速度部や4.0km/sec以上の高速度部も見られる。これらの低速度部あるいは高速度部は,連続的な広がりをなすものではなく島状であるが,大局的にみれば上下流方向に延びている。
2)既往岩盤区分図との比較
これまでに実施されたボーリング調査,横坑調査結果に基づく岩盤区分図を図ー7(a)に示す。図ー6に示した速度分布図と比較すると両者の整合性は,以下に示すようにかなり良いと言える。
◦ 速度は,地表からの水平深度10~20m付近で急激に大きくなり,以浅は2.3km/sec未満の低速度を示す。L-3坑では深度20m以浅に崖錐堆積物が分布し,速度分布は崖錐堆積物の分布とほぼ一致する。但し崖錐堆積物はL-3,L-2坑のほぼ中間部で消滅し,L-2坑位置には分布しない。
◦ 横坑で確認した主要な断層は6条あり,これらの断層の推定延長位置は,1条の断層を除いて上下流方向に延びる低速度ゾーンとほぼ一致する。特に,F-4断層の位置は明瞭な低速度ゾーンとして表われている。なお,各断層に対応すると考えられる低速度ゾーンの幅とその連続性は一様ではない。

◦ 2条の断層(F-9’およびF-5断層)に狭まれて分布する変質帯には,C~C岩盤が混在するが,既往の解析結果では,大局的には断層沿いにC岩盤が分布し,断層から離れるに従ってC~C岩盤となるとの推定であった。また,C岩盤は既往ボーリングの結果から両横坑の中間部に3箇所分布するものと推定していた。速度分布を見ると,大局的には岩盤区分と整合しており,全体に3.1~3.9km/secの速度を主体とし,島状に推定していたC岩盤の分布は形状・規模に相違があるものの3.9km/sec以上の高速度部として検出されている。
◦ 両横坑の深度約100m以深は概ね3.9km/sec以上の高速度帯となっている。この高速度帯の分布は,変質帯と坑奥側の岩盤を画するF-5断層以深となっており,F-5断層以深の岩盤が安定したC~C岩盤となっていることを考え合わせると速度値,速度分布状況共事前の想定と良く対応している。ただし,両者を詳細に比較すると,幾つかの点で相違点が認められる。これらを列挙すると以下の通りである。
(イ) F-10断層以浅は,岩盤区分でC岩盤と推定しているのに対し,弾性波トモグラフィーでは,3.5km/sec以上の比較的高速度を示す部分がかなり存在している。
(ロ) L-2横坑の坑口より深度16mまでは,従来C岩盤と判断していたが,弾性波速度値は1.9km/sec以下と小さい値となっている。
(ハ) F-9断層の推定位置には,4.3km/sec以上の高速度部が検出されている。
(ニ) 両横坑間の中間部にF-4断層に起因すると推定される局所的な低速度部(2.3km/sec~2.7km/sec)が検出された。
3)弾性波トモグラフィー結果による岩盤区分の検討
先に述べたように横坑内の岩盤区分は,坑道沿い弾性波探査の結果を1つの指標として行っている。そこで弾性波トモグラフィー結果の解釈に先立ち両者の比較検討を行った。
図ー8に両者の弾性波速度の比較を示す。図から明らかなように,弾性波トモグラフィー結果と坑道沿い弾性波探査の結果は良く一致しており,同一位置における両者の速度の差は,平均0.05km/secである。

従って,坑道沿い弾性波探査で得られた弾性波速度と岩盤区分との対応関係は,弾性波トモグラフィー結果に適用でき,横坑間全体の岩盤区分の推定に適用することに問題がないことを意味する。
弾性波トモグラフィー結果に基づく横坑間の岩盤区分結果を図ー7(a)に示す。
先に記述した既往岩盤区分(図ー7(a))との相違点については以下のように解釈した。
① (イ)については,弾性波速度値およびその分布からF-10断層より河床寄りにもC岩盤が分布するものと推定できる。
② (ロ)について,当初の岩盤区分では横坑側壁で認められた開口した割れ目は,掘削に伴なうゆるみによるものと解釈していた。しかし1.5km/sec以下の低速度ゾーンが坑壁部のみならず広く分布することから低速度ゾーンには,坑壁で認められるような開口した割れ目を伴う岩盤が分布するものと考え,D岩盤と評価しなおした。また,このD岩盤の分布は速度分布より推定した。
③ (ハ)については,F-9断層の延長部に高速度部が分布することから,L-3坑の深度66mの断層は,F-3断層(L-2坑,深度58mの断層)に連続するものと考えられる。
④ (ニ)については,L-2横坑の深度87mに存在する断層の延長が横坑間の中央部でF-4断層に収れんするものと推定され,断層の収れん部の著しく劣化した岩盤が顕著な低速度部として検出されたものと考えられる。
なお,島状に分布する高速度部は,既往ボーリングで確認されているC岩盤の分布と同様な岩盤の分布を示すものと解釈される。
4)ボーリング調査による岩盤区分の検証
弾性波トモグラフィー結果により再検討した岩盤区分図を基に調査を計画・実施した。新たに実施したボーリングは,10孔有りそのうち6孔が両横坑沿いに位置し,残り4孔が両横坑の中央部に配置されている。これらの調査結果を加え再検討した横坑間の岩盤区分図を図ー7(c)に示す。先に示した弾性波トモグラフィーに基づく岩盤区分図(図ー7(b))と比較すると大きな相違点はない。ボーリング調査により確認された特徴的な点は以下の通りである。
◦弾性波トモグラフィーの速度分布からF-10断層より河床部に推定したC岩盤の分布は,ボーリングCD—8孔により把握され,推定が妥当なものであることが確認された。
◦F-9,F-10断層間およびF-5断層より山側に分布すると推定されたC岩盤の分布がボーリングCD-7-4孔,CD-6-1孔,により確認された。
◦F-3,F-4断層間に検出された島状の高速分布から推定したC岩盤の分布は,ボーリングCD-7孔により把握され,推定が妥当なものであることが確認された。
なお,図ー7(b)と図ー7(c)の相違点としてF-10断層に収れんする新たな断層(F-12)の分布がある。この断層はL-3坑よりも下流側のボーリング2孔で確認されたものである。弾性波トモグラフィーの速度分布を見るとこの位置には低速度ゾーンの谷状の分布が認められ,これまで見た地質,岩盤状況と速度分布の対応の関係から見ると推定した断層の延びと位置はかなり確度が高いものと評価できる。

4 あとがき
今回,ダム基礎岩盤調査,特に岩盤状況が複雑な変質帯の岩盤区分を行うために弾性波トモグラフィーを実施した。弾性波トモグラフィーの速度分布に基づく岩盤区分の結果は,その後のボーリング調査結果により把握され妥当なものであることが確認された。
この調査から弾性波トモグラフィーは,岩盤内部の状況を弾性波速度分布により面的に把握することができ,岩盤の工学的な評価の基礎となる岩盤区分との対応もつけやすく,従来の調査手法に比べ岩盤を評価する上で有益な情報が得られることがわかった。特に,面的な情報が得られることから,調査の中間段階に有効に利用することによって効果的な調査を行うことができ,その利用価値は高いと云える。
一方,弾性波トモグラフィーにより得られた速度分布は,ボーリング調査や横坑調査からの地質情報により解釈されるが,今後の課題としては,条件の異なる多くのサイトで適用事例を積み重ねていくとともに,解釈技術の向上を計っていくことが重要と考える。

参考文献
◦大友秀夫(1986):“ジオトモグラフィー技術の現況”,物理探査,vol39,PP.384-397
◦小島圭二,神尾重雄,石橋弘道,内山成和,斎藤秀樹,島裕雅(1989):ジオトモグラフィーによる岩盤の画像化(その1) ―岩盤の物体分布の画像化―

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