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大臣特認制度を活用した堰の改築
~メンテナンスが容易となり維持管理を含めたコスト縮減が可能に~
小田禎彦

キーワード:起伏堰、堰径間長、大臣特認、水理模型実験


平成22年2月、遠賀川河川事務所では、遠賀川下流において流下能力上のネック箇所となっている大規模取水堰(写真-1)の改築を実施するにあたり、改築後の径間長が河川管理施設等構造令(以下、構造令という)に適合しないこととなるため、構造令第73条第4号の規定(以下、大臣特認という)における特殊な構造の河川管理施設等としての認定を申請した。

1.構造検討にあたって

平成11年に河川管理施設等構造令施行規則の一部が改正され、可動部が起伏式である可動堰(以下、起伏堰という)のゲートの構造基準について、高さの上限基準が緩和され、本川下流部等に設置する大型の堰(ゲートの直高が3mを超える規模)にも起伏堰が適用出来るようになった。
従来、同規模の堰の構造は、引上げ式に限定されていたが、建設及び維持管理コストの縮減の観点及び維持管理の容易性の観点から、起伏堰の適用範囲の拡大が図られたところである。
本堰についても治水上の優位性、景観、経済性等の観点から引上げ式と比較して優位となる起伏堰の採用を目指し検討を進めることとした。しかし、遠賀川河口堰の湛水区間に位置し、下流側に常時水位があるという特殊条件下での起伏堰となるため(図-1)施設点検・整備・更新が困難であるうえ、構造令に適合した径間数でのゲート設備では、これまでの国内施工実績を超える規模となった。このため、堰の維持管理を安全で効率的に、かつ確実に行えるとともに、ライフサイクルコストを含めた経済的な構造とするため、従来の手法にとらわれず、技術面、経済面の両面から検討を加える必要があった。

2.構造の工夫
(1)施設点検・整備・更新を容易にする工夫

管理施設として、堰柱を橋脚と兼用した管理橋を設置することも考えられたが、洪水時に堰柱が水没することで治水上有利となる起伏堰の優位性を活かすためには、管理橋は設けず堰柱間に監査廊を配置することとした(写真-2)。

これにより、日常の点検・整備を容易にするとともに、監査廊内にゲート操作用の油圧配管を配置することで、目視点検及び整備が可能となる。
さらに、オーバーホールや水密ゴム交換などの設備の整備・更新を安全かつ効率的に行えるよう、堰本体直下流に、予備ゲートの戸当たりを兼用した仮設橋橋脚を配置。交換部品や移動式クレーンの搬出入及び交換作業の足場を確保することで、整備・更新時の施工期間の短縮と維持管理コストの縮減を図ることとした。
しかし、なおもゲート設備の規模が大きく、油圧シリンダーのオーバーホール時には、吊り込むために大型クレーンが必要となり、仮橋の主桁(H型鋼) がリース材で対応出来ない。そこで、油圧シリンダーの小規模化を図るため、より経済的な径間数として1径間増やす方針とした(図-2)。
これにより、市場性・汎用性の高い移動式クレーン並びに仮設材での対応が可能となる。

ただし、構造令第5章第38条(可動堰の可動部の径間長)で必要とされる径間長未満となり、構造令に適合しない構造となるため、治水上支障とならないような堰柱及び仮設橋橋脚の構造を検討した。

(2)堰径間長の工夫

構造令第5章第38条の解説に、「堰柱自体による河積の阻害を小さくするため、また、堰柱への流木等の閉塞が原因となる災害発生があってはならないため、できるだけ大きい径間長としなければならない。」との考え方が示されている。
そこで、堰柱等への流木等の集積の回避・軽減策として、堰柱等の上流面を特殊構造(傾斜化)とする方法を考えた。
これは、流木等が傾斜化した堰柱上流面に接触した場合でも洪水流の作用により、堰柱等の天端に向かって流木等を押し上げる流体力を生じさせ、流木等が天端へ流送・越流させ下流に流送されるという仕組みにより、流木等の集積を発生しにくくすることを狙ったものである(図-3)。

この堰柱等の上流面を特殊構造(傾斜化)とすることで、径間長を縮小した構造が、構造令第5章第38条の規定による構造物と同等の効力があると認められないか、大臣特認申請を行うことし、治水上の安全性について以下のとおり検討した。

3.治水上の安全性の検討
(1)検討方針

構造令第38条の規定に照らし、径間長縮小に伴い①堰柱の数が増えることによる河積の阻害による水位のせき上げ、及び②流木等の集積に関わる治水上の安全性の観点から検討を行うこととした。
なお、当堰には堰柱の直下流に維持管理用の仮設橋橋脚を併設しているため、橋脚の設置状況を考慮し、河積の阻害による水位のせき上げ及び流木等の集積に関わる治水上の安全性について、堰柱と橋脚の複合的影響が懸念されるため、両者を一体とした構造物として治水上の影響検討を行うこととし、検討にあたっては、構造令に準拠した堰として一般的な堰柱構造(直立小判型)の堰と比較検討を行った。

(2)検討内容
a)堰柱等による河積の阻害率について
河積の阻害については、構造令第36条の解説に、可動堰の固定部等は、同令第37条(流下断面との関係)の規定により、流下断面内に設けてはならないこととなっているので、河積阻害で最も問題となるのは、堰柱の幅である。との考え方から、「堰柱(管理橋の橋脚含む)による河積の阻害率(計画高水位における流向と直角方向の洪水吐き部の堰柱の幅の総和が川幅(無効河積分は除く)にしめる割合)は概ね10%を超えないものとする」と示されている。
申請案における堰柱及び仮設橋橋脚による河積の阻害率は、堰柱断面積計算の場合7.41%となるが、堰柱幅計算の場合10.81%となるため(図-4)、整備計画目標流量流下時における堰上流の水位を一般的な堰柱構造(直立小判型)の起伏式の堰及び引上げ式の堰とを、堰柱等によるせき上げ背水計算により比較し、治水上の安全性の確認を行うこととした。

b)堰柱等による水位のせき上げについて
構造令準拠案と申請案のせき上げ水位比較の結果、整備計画目標流量流下時における水位のせき上げ高が、構造令に準拠した引き上げ式の堰によるせき上げ高より小さい値となり、構造令に準拠した起伏式の堰では同等程度と見なせること、及び、すべての堰において計画高水位を下回っていることから(表-1)、堰柱等による河積の阻害が洪水流下など治水上の安全性の障害とならないことを水理計算により確認した。

c)堰柱等への流木等の集積について
遠賀川流域は、流木の発生源となる森林が流域の外縁部に位置し、山地部の占める割合が比較的小さく、流木が発生しにくい地形を形成している(図-5)。

これまで、平成15年7月の局地的集中豪雨(気象観測開始以来最大の1時間に80mmを記録)で、遠賀川上流域の支川穂波川において流木が橋梁に集積されたことが報告されているが、当該堰が位置する下流域では橋梁等への流木等の顕著な集積は報告されていない。ちなみに、遠賀川河口堰湛水域への漂着物のほとんどは草本類で、流木はほとんど含まれておらず、木質類は漂着物全体の約1%程度、その内、流木は最大で6m程度と報告されている(写真-3)。

しかしながら、堰柱等への流木等の集積に関わる治水上の安全性の確保の観点から、堰柱等の上流面を特殊構造とした申請案が、構造令38条等で規定する径間長で、一般的な堰柱構造(直立小判型)とした堰に比べ、流木等の集積が回避・軽減され、同等以上の効力が認められるかの確認は、水理計算では限界があるため、水理模型実験を実施することとした。

(3)水理模型実験による確認
a)流量条件の設定
実験で再現する対象流量として、河口堰に塵芥等の流下物が漂着するときの流量が1,000m3/s程度であることを踏まえ、堰柱が水没する前の1,000m3/s を下限とし、整備計画目標流量である4,400m3/s を上限とした。

b)流木等条件の設定
実験で再現する流木長は、流域の既往の風倒木調査結果(図-6)を基に8m、13m、18m、23m の4種類とし(写真-4)、投入本数は、参考文献に基づき500本とし、剛体の丸棒を使用した。

流木の比重についても、前述の文献で整理された流木の比重分布で、今回の実験では下限である0.7、上限のものとして1.04、1.14の3種類を対象とした(図-7)。

また、実際の流木は枝葉が付き、ヨシ等の草本類も多くみられることから、可撓性を有する流木模型も用いた。長さは8mとし、草本はナイロンロープ、枝葉付き流木はヌンチャク型の樹脂製丸棒を使用した(写真-5)。

c)模型の再現方法と縮尺
模型として再現する径間数については、低水路に計画している径間数が5径間であること、水理解析より堰柱が水没する前の主流位置などを考慮し、堰中央の3径間を模型として再現することとした。範囲・縮尺については、模型の再現精度を考慮し、堰上下流それぞれ450m、縮尺は1/30を採用した(図-8)(写真-6)。

d)流木の投入方法
実験で使用する流木等の投入方法については、最も捕捉されやすい条件を考慮し、流木の長軸が堰柱に直角で、一様な密度で流下するように投入することとし、投入回数は予備実験により設定(表-2)。それぞれの実験条件において5回を基本とし、捕捉される流木の本数の精度に応じて回数を増減させることとした。

e)実験結果
流木等の模型諸元(長さ、比重、種類(樹木を想定した堅い材質または草本や根茎を想定した柔軟な材質)、枝の有無など)や実験条件(流量、一度に流下させる流木の種類・本数など)の組み合わせが異なる複数の実験ケースの結果から、堰柱等が水没する条件下においては、堰柱等の上流面を特殊構造(傾斜化)とした起伏式の堰が、構造令に準拠した起伏式の堰に比較して流木等の集積が抑制されることを確認した(写真-7)(図-9)。

また、流木等の模型が最も集積する実験ケースにおいて堰上流における水位のせき上げ高を測定した結果から、せき上げによる流下能力の不足が特に懸念される整備計画目標流量流下時においては、堰柱等の上流面を特殊構造(傾斜化)とした起伏式の堰の方が、構造令に準拠した起伏式の堰に比較して、せき上げ高が同等またはそれ以下となることを確認した(図-10)。

よって、遠賀川における流木発生状況に関する流域特性と水理模型実験による検討結果を総合して、堰柱の上流面を特殊構造(傾斜化)とすることで流木等の集積が洪水流下など治水上の問題とならないまで抑制できることを確認した。

4.大臣特認申請

これまで、構造令の大臣特認手続きは労力が多く(事業者による「学識者を含む委員会」の開催等)柔軟な運用がなされておらず、ダム以外でも大臣特認制度が適用できるようになった平成9年以降1件(平成13年、福島県の猪苗代湖十六橋水門改修)のみであった。
しかし、平成21年7月、認定手続きの円滑な運用を図るため、河川管理施設等構造令技術検討会(以下、技術検討会という)が河川局内に創設され、技術検討会における助言や意見が、学識経験を含む意見と同様に取り扱えることとなった(図-11)。そこで、今回、この技術検討会を活用し、一連の検討結果に対する技術的な意見を求めることとした。
技術検討会では、検討結果に基づき、治水上の安全性について、構造令の規定によるものと同等以上の効力を有することを確認するための検討が行われ、その結果、堰柱等による河積の阻害が洪水流下など治水上の安全性の障害とはならず、また堰柱等の上流面を特殊構造(傾斜化)とすることで流木等の集積が洪水流下など治水上の問題とならないまで抑制できると評価された。
これを受け、平成22年2月大臣特認申請を行い、同年5月に、構造令第38条の規定によるものと同等以上の効力があるとして認定された。
当該堰は、平成23年1月以降、工事に着手し、平成27年に完成予定である。

5.おわりに

今回、特殊条件下の堰として検討を実施し、大臣特認申請を行ったが、今後、同様の事例が検討される際、今回実施した堰柱上流面の傾斜化及び起伏堰における堰径間長の考え方が参考になることを期待する。また、今回の構造は、従来の手法にとらわれることなく、新しい技術開発への意欲で、技術系職員が議論を重ね検討した成果である。
大型プロジェクトに限らず、今後も技術者間で議論を重ねることで、インハウスエンジニアの設計と施工に関する専門的な技術力の維持・向上に努めたい。
最後に、水理模型実験などの技術的な検討を行うにあたり、国土技術政策総合研究所並びに土木研究所にご協力をいただいたことに謝意を記す。

参考文献
  1. 1)坂野章:橋梁への流木集積と水位せきあげに関する水理的考察、国土技術政策総合研究所資料第78号 2003年3月

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