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大分県の円筒分水工

日本文理大学 工学部建築学科 
環境・地域創生コース 教授
池 畑 義 人

キーワード:大分県、円筒分水、地域資源、水争い

1.はじめに
農業用水路の水を公平に分配するということは古くからの農業水利における重要な技術的課題であった。この公平な分配のために水路の分岐点で堰上げた用水をゲートによって配分するゲート式分水工、流れを射流化することによって水平方向の速度差を解消する射流式分水工など様々な分水工が開発されてきた。このような分水工の一種である円筒分水工とは、二重または三重の円筒で構成される水利構造物である。幹線水路の用水は内円筒の底部から湧出して、内円筒を越流する。内円筒上部が水平ならば円筒上縁での越流水深は一定となるため、内円筒と外円筒の間を仕切れば均等に水が分配できる。内円筒にはスリットが設けられることも多い。
多くの円筒分水を上から見ると、湧き出し部と越流部が同心円で形成され、その幾何学的な美しさと中心部から湧水のように湧き出す水が周囲に広がる様子が多くの人の関心を惹きつけている。近年ではインターネット上で円筒分水に関する情報交換も行われ、データベースも作成されている1)。また円筒分水は用水を公平に分配でき、その様子が可視化されていることから降水量が少ない地域において、水を巡る地域間の諍いが発端となって建設されることが多い。
大分県でも北部の降水量が少ない地域と南部の透水性が高い地盤で構成された地域において、貴重な用水を公平に分けるため円筒分水が建設されている。大分県における主要な円筒分水の位置を図-1に示す。宇佐市に4基、竹田市と豊後大野市に1基ずつ、合計6基の円筒分水が存在している。なお大分県では円筒分水のことを円形分水と呼んでいるので、本稿においてもそれに倣って施設の名称には円形分水を用いている。

2.大分県内各地の円筒分水
2-1宇佐地区の円筒分水
宇佐地区では、1960年代に始まった大規模灌漑事業に伴って上乙女、天津、葛原、赤尾の4つの地区に円筒分水が建設された。大分県北部の宇佐地区は瀬戸内海式気候に属し、年間を通じて少雨の傾向にあることから、宇佐平野と周辺地域には多くのため池が造成されてきた。一方で宇佐平野では遠浅な海を埋め立てて積極的な新田開発も行われてきた。この宇佐平野では1964年に国営駅館川総合開発事業が始まり16年間をかけてため池を結ぶ用水を整備し、それと並行して大分県が大規模な圃場整備事業を行ってきた。

宇佐地域の4基の円筒分水はこれらの事業における用水路整備の際に建設されたものであり、全てコンクリート製である。これらの4基の円筒分水は1960年代以降につくられ、最近になって竣工50年を迎えているため、土木学会選奨土木遺産委員会規則第6条2)から土木遺産の定義を最近満たしたことになる。宇佐地区の円筒分水はいずれも直径が約6m程度で、越流部の円筒の内側にスリット付きの円筒を備えた三重円筒で形成されている。これらの4つの円筒分水は四角形の四隅を形成するように配置されている。このように円筒分水を格子状に複数配置したのは、複雑な水路網の設計にあたって流入流量に依存しない正確な流量配分を行うことが必要だったことが理由だと推察される。それぞれの円筒分水の写真を図-3に示す。図-3(a)の上乙女円形分水は宇佐市の円筒分水の中で最も知名度が高く、唯一インターネットのデータベース1)で紹介されている。図-3(b)の天津円形分水は約15m四方のコンクリート基礎の上に2本の水路が掘られている。図-3(c)の葛原円形分水は住宅地内に造成されていることが特徴である。図-3(d)に示す赤尾円形分水は4基の中で最も内陸に位置し、近くにはため池が迫っている。
前述のように宇佐地区における上乙女円形分水以外の円筒分水はインターネットのデータベース1)にも掲載されていない。

2-2音無井路十二号分水
音無井路十二号分水は図-4に示すような直径6.4mの円筒分水で、土木学会の近代土木遺産Cランク3)に位置づけられており、大分県では歴史的な土木構造物として高い知名度を誇っている。後述のように1934年の竣工当初は図-5に示すような石造であったが、1984年に現在のRC造に改修された。図-4と図-5を比較すると、素材の変更はあるものの原型が忠実に再現されていることがわかる。十二号分水という名称の由来は、管理者である竹田市土地改良区が作成した看板によると取水口から円筒分水までの暗渠に12個の土砂の排出口が設けられたことといわれる。一方で、竹田市歴史的風致維持向上計画の報告書4)によると升の側面の窓が建設当初は12個であったことが名称の由来ともいわれる。しかし、図-5に示した改修前の写真を確認したところ、窓の数は現在と同じ20個であった。
大分県の豊肥地区は、現在では大分県でも有数の米どころとして知られている。しかしここに至るまで、阿蘇火砕流の堆積物で構成された土地は堅い地盤と柱状節理による高い透水性のために用水の確保に悩まされてきた。そのため古くから灌漑事業が行われており、同地区には井路と呼ばれる疎水が張り巡らされている。
音無井路も同地区の疎水の1つで1693年に岡藩士の須賀勘助の進言によって最初の開削が計画され1715年に工事に着手された。しかしながら、完成目前になって洪水で施設が損傷したため建設は中止された。この責任をとるために須賀勘助は切腹をしたと伝えられる。その後、音無井路は幾度かの建設計画が持ち上がったものの工事費の調達ができずに計画は断念されたといわれている。1876年に再び建設の気運が高まり調査を開始し、1883年に工事に着手し1892年に音無井路十二号分水の地点まで通水したが、この時点では音無井路の完成したのみで、円筒分水は計画されていなかった。
音無井路通水後に近隣でも灌漑事業がすすめられた結果、音無井路への用水の供給が減少したため3つの幹線水路への水の分配を巡り、音無井路の水を供給する地域の住民の間で紛争が生じたといわれる。このような水争いを沈静化するために、公平に水を分配する装置として円筒分水の建設が計画され1934年に現在の音無井路十二号分水が竣工した4、5)。音無井路十二号分水の完成によって水争いには終止符が打たれたといわれている。その後、1984年に農林水産省の土地改良施設維持管理適正化事業により石造からRC造に改修されている。しかし形状は変更されず、今も建造当時の姿をとどめたまま稼働を続けている。

豊肥地区には石橋や水路橋など多くの土木遺産があるが、音無井路十二号分水は国の重要文化財に指定されている白水ため池(通称白水ダム)と並んで非常に知名度が高い。この理由として、水争いを終わらせたという物語性、周囲を田畝に囲まれた風光明媚な環境、道路からのアクセスにしやすさ、酒造メーカーのコマーシャル6)に採用されたこと、白水ため池とセットでの訪問などがあげられる。

2-3烏岳円形分水
烏岳円形分水は長谷緒井路・分水器とも呼ばれている。この円筒分水は、大野川の支川の1つである奥岳川上流を水源とする長谷緒井路の施設で、1935年に着工され翌年に竣工し、1938年に通水した。大分県農林水産部農村計画課4)によると、当時の庄屋である伊東研蔵が計画を立案したが工事は一度中止になった。その後、長谷川村の三代憲人村長が中心となって建設を推進したとの記述がある。
図-6に示すように28個のスリットを有しており、2方面に分水をしている。烏岳円形分水は近くまで県道が通っており、県道から現地までは水土里ネットが案内板を整備しているためにアクセスは容易である。

3.おわりに
大分県指定の重要文化財である白水ため池は富士緒井路土地改良区が管理しているのをはじめとして、本稿で紹介した音無井路十二号分水は竹田市土地改良区、烏岳円形分水は長谷緒土地改良区が整備を行っている。このように大分県における農業水利施設の多くは受益者で構成される土地改良区が維持管理を行っている。
音無井路では、毎年春になると土地改良区の役員で清掃活動と水恩祭を行っている。また、円筒分水の近くの水田では小学生が農業体験を行って地域資源である円筒分水への理解を深めている。
一方で、音無井路十二号分水を有する竹田市と、烏岳円形分水を有する豊後大野市は深刻な人口減少に悩まされ、消滅可能性都市の候補にもあげられている。このような地域にとって、地域資源の活用による交流人口の増加は喫緊の課題といえる。円筒分水は地域資源としてのポテンシャルを有しており、地域の石橋などの土木遺産と組み合わせて観光コースをつくるなどの活用策も考えられる。今後は、大学も地域と連携して地域の円筒分水の保存だけでなく活用の方法も検討していきたい。
本稿の作成にあたって、竹田市土地改良区の皆様には貴重な資料をご提供いただきました。また、大分県農林水産部農村整備計画課、豊肥振興局農林基盤部の皆様には調査への便宜を図っていただきました。第一工業大学の本田泰寛准教授には、円筒分水の調査にあたり様々なアドバイスをいただきました。ここに記して感謝の意を表します。

参考文献
1)円筒分水.com:https://entoubunsui.com/
2)土木学会選奨土木遺産委員会規則
3)土木学会土木史研究会編:日本の近代土木遺産-現存する重要な土木構造物2800選、土木学会、2005
4)竹田市:竹田市歴史的風致維持向上計画、第2章竹田市の維持向上すべき歴史的風致、2014
5)大分県農林水産部農業計画課:大分県の歴史的農業水利施設1、美しい農業施設<農業用水路・ため池他>
6)二階堂有限会社:CM「未知の力」篇、2006図-6烏岳円形分水

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