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地方部における道路整備の便益計測について
~救急医療改善の面から~

国土交通省 九州幹線道路調査事務所
所長
藤 本  昭

1 はじめに
社会資本整備を取り巻く社会経済情勢は厳しさを増しています。新たな道路事業実施には,その必要性や妥当性についての説明性を高めることが益々重要になっています。このため,一層客観的かつ合理的,公平な,事業評価のための手法を確立する必要があります。
事業評価は通常,費用便益分析により行います。先ず道路整備による時間短縮効果を建設費等で割ったB/Cで判断します。これで不十分な場合は,便益を走行費用減少,交通事故減少,更には環境改善へと拡大していきます。何れも交通量を大きな説明要素としています。
都市部と地方部では種々の分野で確実に生活上の格差があります。生活に必要な都市機能享受の恵みを,都市住民は当然のこととしてあまり自覚することはありません。しかし,都市機能施設に恵まれない地方の場合は,都市へのアクセス性を高めることでこれを補う必要があります。交通量が少ない故,便益が低いと誤解されている地方の道路整備には,この点に着目して交通量に左右されない,この必要性を便益として追加することが,合理的な便益計測ではないかと考えました。
本調査は,都市機能のうち,人の生命に関わる救急医療を取り上げました。この改善効果を地方部における道路整備の便益の一部として金額化する,便益計測の新たなアプローチを試みたものです。以下,熊本および大分,宮崎の3県を調査対象地域とした作業手順(図ー1)を示します。

2 3県の救急医療
2-1 地域保健医療計画における救急医療
保健医療圏・必要病床数
3県の計画では,それぞれの地域特性や課題に対応し,1次および2次,3次保健医療圏を設定しています。特に,2次保健医療圏では2次医療の圏内完結を目指し,入院医療需要に対応できるよう,一般病床の必要数も定めています。この医療体制と施設の集積が救急医療を支える墓になっており,救急医療だけが独立して成立するものではありません。

救急医療体制
おもに救急告示医療体制およびこれを補完するため開始された,初期,2次,3次救急医療体制で構成されています。特に,2次救急医療施設は,初期救急医療施設で対応できない高度な医療を必要とする患者に対し,圏内での救急医療の確保を図るものとされています。また夜間における初期救急医療は,結果として多くが2次救急医療施設で対応されています。

2-2 アンケート調査による救急医療の実態
市町村へのアンケート
3県下の救急医療の実態を把握するため,全196市町村にアンケート(表ー1)を実施しました。99%の194市町村からの協力,回答(表ー2)を得ました。これにより市町村を主な集落毎に分割した798ゾーンの内の792地区(図ー2)からの,症例別患者の搬送先医療施設とその搬送所要時間が分かりました。

アンケートの集計
救急医療の場合,処置時間によって高い死亡率を示したり,助かっても後遺症が残る重篤あるいは重症の患者への対応が特に重要です。これに,主に対応するのは2次および3次救急医療施設です。このため脳卒中,心筋梗塞等の症例を集計(表ー3)しました。結果は,極めて迅速な処置を要する症例(図ー3)であることから,2次救急医療施設ばかりでなく,近くに在る2次的救急医療施設にも搬送していること(図一4)が分かりました。調査では作業を単純化するため,以下,この2次と2次的救急医療施設を合わせて「2次」救急医療施設としました。

タクシー会社へのヒアリング
市町村アンケートから得た回答搬送時間は切り上げ切り下げによる5分刻みが多く,大きなばらつきがありました。このため全市町村のタクシー会社ヘヒアリングを再度行い,搬送時間の精度を上げるため,補完調査を行いました。この結果を「2次」救急医療施設までの搬送時間分布(図ー5)と「2次」救急医療施設までの平均搬送時間(表ー4)にまとめました。
都市部と地方部の搬送時間水準に格差が読みとれます。この都市部平均値15.5分を16分に丸め,これを『都市部における「2次」救急医療施設までの搬送時間サービス水準』としました。

2-3 現況道路網による「2次」救急医療施設までの16分圏域
現況道路網・走行速度
地区の中心から救急医療施設に向かう現況道路網を設定(図ー6)しました。一般県道以上の道路網に市町村ヒアリングから得た搬送に使う市町村道を加えています。設定走行速度は,交通センサスを参考に,以下の通りとしました。
 規格の高い道路;60~90km/h
 国道;40km/h
 主要地方道および県道;35km/h
 市町村道およびランプ;30km/h

搬送時間値の比較
タクシー会社へのヒアリングおよび計算による地区中心から「2次」救急医療施設までの搬送時間値を比較(図ー7)しました。結果は以下の通りです。
 R(相関係数)=0.981
 MAPE(平均誤差率)=16.2%

16分圏域
前述の設定走行速度で,「2次」救急医療施設までの16分圏域を地図に落すと,ハッチの地域(図ー8)になります。これが現況の『都市部における「2次」救急医療施設までの搬送時間サービス水準』地域に相当します。

3 道路整備による地方部の救急医療改善
3-1 将来道路網による16分圏域の拡大
将来道路網・走行速度
将来道路網には現況道路網に未供用の高規格道路基本計画区間および地域高規格道路候補路線以上約830km(図ー9)を加えています。設定走行速度は現況の場合と同じです。

16分圏域の拡大
現況と同じ条件で計算すると,新たな道路が加わったことにより,「2次」救急医療施設までの16分圏域は拡大します。この拡大圏域は黒色の地域(図ー8)になります。ここに居住する人数を集計すると122千人(H7国調)となりますが,この住民も都市部と同じ搬送時間サービス水準で「2次」救急医療を受けることができるようになります。

3-2 救急医療改善効果の金額化
都市部の「2次」救急医療サービス水準大きな規模で都市機能が集積するところでは効率の議論ができます。しかしそうでない地方都市では,ある程度の都市機能集積があってこそ都市としての機能水準が確保されるのではないでしょうか。地域保健医療計画および市町村アンケート,県へのヒアリングより,「2次」救急医療施設の都市部地方部別床数を整理(表ー5)しました。この都市部の6.37床/千人が地方都市部の「2次」救急医療サービス水準を質の面で支えていると考えることにしました。

「2次」救急医療施設の建設運営費
県へのヒアリングで九州7県の県立病院20それぞれの建設費および医業費(薬品代等の材料費を除く)を得ました。これを基に計算を行うと,建設費は平成になり新しく建設された6施設平均値を使って0.37億円/床となります。運営費は,全20施設の医業費(薬品等の材料贅を除く)の平均値が0.111億円/床年となることから,社会的割引率4%として40年分の計算を行うことにより,2.30億円となります。すなわち,これを合計した2.67億円が県立病院1床当たりの建設運営費となります。この値を地方都市部の「2次」救急医療水準を支えるコスト原単位と仮定しました。

地方部における道路整備の便益・結果
道路整備により都市水準医療地域は地方部へ拡大します。この拡大した地域の人口を床数に換算した値と,都市水準の医療を支えるコスト原単位を,掛けたものが道路整備による救急医療改善効果の便益になります。
122千人×6.37床/千人×2.67億円/床=2075億円
すなわち約2100億円が今回の便益となります。熊本および大分,宮崎県下で,約830kmの高規格および地域高規格道路を整備した時の便益を,救急医療改善の面から計測したものです。ただ,作業を進めながら分かったことも多く有ります。この手法では,新しい道路網全体のみならず箇々の道路リンク毎に便益を計測できます。道路整備による便益,約2100億円を生み出したそれぞれの個別道路リンクを合計すると,総延長は約220kmになることも分かりました。その他,国道や県道整備についても便益を生み出す場所が多くあることも分かりました。

3-3 課題および展望
課題
通常の費用便益分析では地方部の道路整備便益を十分に説明していないということが,本作業の出発点です。答えを都市機能享受に関わる都市部と地方部の格差に求めました。地方部における道路整備の便益を計測するため,汎用性のある計測手法として確立できるものはないかと試みたものです。以下,作業を通じてそのための課題と考えたことを列挙しておきます。
①脳卒中,心筋梗塞等への救急対応を2次救急医療に置き換えている
②都市水準搬送時間に都市部の3県平均値を使っている(他に,県別,ブロック別等)
③都市水準医療を3県都市部の人口当たり床数で代表させ,床数に「2次」医療施設を使っている(他に,告示施設床数,必要床数,都市部と地方部の差,救急用病床数等)
④都市水準搬送時間圏域を決める設定走行速度に交通センサスの3県平均値を使っている
⑤コスト原単位に県立病院のデーターを使っている
展望
この計測手法を広く手軽に活用するには,上記課題をある程度整理確認するとともに,基準となる現況道路網による都市部水準搬送時間圏域を決めておけばよいのです。これにより全域で,新たに整備しようとするどの道路についても,救急医療改善効果を簡単に計測,金額化できます。またこの手法では,他の都市機能についても幾つかは,同様の検討をすれば,地方部の道路整備便益として計測,金額化できる可能性があると思います。すなわち,地方部の道路整備にはまだ多くの便益を追加できることが期待できます。

4 おわりに
調査を思い立って2年以上たちます。まとめの方向が見えたのはこの1,2ヶ月の間でしょうか。振り返れば,時間と労力をずいぶん掛けました。作業を進めることにより分かったこともあり,ただ机で思いを巡らすより先ず手足を動かしてみる重要さを再認識する時間でもありました。
道路投資の評価に関する指針検討委員会の『指針(案)』でも,地方部の道路整備の便益計測には,通常の費用便益分析では不十分な場合もあるとして,拡張費用便益分析更には修正費用便益分析,多基準分析等の評価手法の導入も推薦しています。今回の提案計測手法の便益は,『指針(案)』における拡張便益の一部にでも相当するものでしょうか。「地方の道路は交通量が少なく,整備の投資効果は低い」という一面的な議論に対しての,そうではないという議論喚起,回答準備のワンステップにでもなればと思っております。
最後に,3県下の道路系工事事務所とは,アンケートおよびヒアリングを共同で実施し,事務所長間でもTV電話会議で5回にわたる意見交換を行いました。関係196市町村は言うに及ばず,タクシー会社,県庁関係課には資料の入手に御協力を頂きました。このことを記して,関係者への謝辞と致します。

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