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地域住民とともに自然環境に配慮した川づくりを目指した
「北川河川激甚災害対策特別緊急事業」

宮崎県 土木部 河川課
松 山 英 雄

宮崎県 延岡土木事務所
藤 本 国 博

1 はじめに
突然の豪雨,氾濫する川,濁流に飲み込まれる家々…。平成9年9月16日は,北川流域の住民にとって忘れることのできない日となった。平成9年9月13日~16日にかけて,九州地方を縦断した台風19号に伴う豪雨は,宮崎県北部に位置する五ヶ瀬川水系北川の沿川において,未曾有の浸水被害をもたらした(図ー1)。
このため,北川の治水対策として「河川激甚災害対策特別緊急事業」(以下「激特事業」という)の採択を受け,国及び県が一体となり,緊急的に河川改修を行うこととした。激特事業の対象区間は,五ヶ瀬川合流点から北川大橋までの約15.5km,事業期間は平成9年度~15年度,総事業費は約210億円(国施工区間:約119億円/県施工区間:約91億円)となった。

2 北川における出水状況
(1)北川の概要
北川は,宮崎県最北端の河川で,その源を大分・宮崎に跨る祖母・傾山山系の山岳地帯に発し,大分県宇目町及び北川町を流下しながら支川小川等を合わせ,延岡市街地で一級河川五ヶ瀬川の河口付近に合流する流域面積590㎢,幹川流路延長51kmの一次支川であり,その流域は宮崎大分の2県1市3町に及んでいる。
沿川は,多種多様の動植物の宝庫で,特に下流域においては多数の絶滅危惧植物が集中しているなど貴重な空間を呈している。

(2)降雨概要
北川や隣接する祝子川流域においては,台風19号による降雨は,9月13日~15日にかけて時間雨量10mm以下(累計雨量:100mm~200mm)の小降雨が継続している程度であった。しかし,16日には時間雨量が三川内で55mm,上祝子で61mm,熊田で45mmを記録し,日雨量が500mmを超える降雨が観測されるなど,各観測所でそれまでの最高水位を超える水位を記録した。この豪雨に伴う北川の水位は,9月16日の早朝より急激に上昇し始め(1時間に1m程度の水位上昇),同日の15時に熊田地区で最高水位が+9.84mに達している(図ー2)。
この豪雨による出水規模は,北川の河川流量観測が開始された昭和30年代以降において最大規模となり,熊田地区の流量は約5,000㎥/sと推定される。

(3)被害状況
平成9年9月16日の大出水により,洪水流は北川の多くの区間で堤防を越え,北川町川坂と延岡市須佐の2箇所で破堤を生じたうえ,霞堤開口部からも堤内地へ洪水が流入した。これにより,北川沿川地区878haに及ぶ浸水被害が発生し,ほぼ北川周辺全域が濁流と化した。特に,北川沿川地区の中でも相対的に堤内地盤高の低い家田地区の一部においては,洪水のピーク時の浸水深は約7mにも及ぶ状況であった(写真ー1)。

この出水による浸水被害は,図ー3及び写真ー2~7に示すとおりである。

3 検討委員会の設立
北川激特事業計画の検討に当たっては,北川の豊かな自然をできるだけ損なうことなく,質の高い新しい川づくりに取り組むよう北川「川づくり」検討委員会が設立された。メンバーは,河川環境に詳しい専門家に加え,地域の声を反映した川づくり実現のために,地元代表者の方々にも入って頂いた(図ー4)。

これは,平成9年に河川法の一部を改正する法律が成立し,「河川環境の整備と保全」と「地域の意見を反映した河川整備の計画制度の導入」が加えられたことを受けたもので,検討委員会で検討された内容及び方法は,当時では新しい試みであった。検討委員会は,平成10年2月から平成10年9月まで計5回開催され,2回目からは一般公開で行われた(写真ー8)。

検討委員会での検討内容は以下のとおり。
(1)平成9年9月の浸水被害の把握
(2)過去の洪水の把握
(3)北川の自然環境の把握
(4)北川の社会環境の把握
(5)河道特性の把握
(6)改修計画の策定
(7)改修後の環境変化の予測
(8)事業中及び事業後のモニタリング計画

4 激特事業の整備方針
検討委員会で策定された北川激特事業の主な整備方針は,次の3項目に分けられる。

(1)地域や自然環境への配慮
北川は,たびたびの洪水により被害をもたらす一方,県内有数の透明度の高い清流で,沿川には連続して多くの河畔林があり,多様な生物の生息,生育場としても貴重な役割を果たしてきた。また,水流により河床には瀬や淵が形成され,アユ等の魚類の生息にも適し,下流の友内川周辺の湿地帯には,野鳥も数多く生息する自然豊かな環境を有している。
そこで,北川の改修計画の策定に当たっては,生物の生息・生育環境や地域の社会環境などを十分に考慮して,現況の河川環境をできるだけ保全するとともに,環境を改変せざるを得ない場合においても最低限の改変にとどめ,良好な河川環境の保全・復元が可能となるよう努めた。
①瀬・淵が連続するとともに,自然な水際部が存在し,これらがアユ等の魚類の良好な生息環境を形成していることから,水域及び水際部はなるべく手を付けず,高水敷を掘削することなどにより,洪水の流下能力を確保する。
②樹木群については,下記の観点に基づき保全・伐採を検討する。
 ・北川に本来ある樹木か
 ・自然環境上の機能(魚付き林,動物の生息場所等)
 ・社会環境上の機能(地域の歴史・文化との関連等)
 ・治水上の機能(水防林等)
③高水敷の掘削高については,下記の観点から検討を行い,平水位+1.0m程度とする。
 ・低すぎると洪水時の河床変動の影響により,低水路の低下につながる恐れがある。
 ・高すぎるとすぐに樹木が繁茂し,維持管理に支障をきたす恐れがある。
また,改修計画の検討においては,生物調査,河川調査,地元からの聞き取り調査等の結果をとりまとめた「河川環境情報図」を作成し,環境への影響と治水上の効果等を総合的に勘案できるよう進められた。
河川環境情報図を作成することにより,対象区間の河川環境の特徴や改修に当たって注意すべき場所などを容易に把握することができるとともに,様々な立場専門の方々から構成される委員会において,北川の環境に対する認識の摺り合わせをスムーズに行うことができた。

(2)霞堤方式の踏襲
北川では,これまで霞堤(河川全体の安全性を保つために洪水をある程度陸地側に導く構造の堤防)方式による河川整備を採用してきたが,激特事業においても以下の理由により,引き続き霞堤方式により整備を進めた。
①完全な連続堤防の場合,越水・破堤時の冠水が長期に及び,また,内水排除のための対策が必要である。これに対し,霞堤を設けることにより,堤内地への氾濫水が速やかに河道に戻り,湛水時間が短縮される。
②洪水時における上流からの流れを霞堤開口部から堤内地に一時的に遊水させることにより,下流への流量や流速を低減できる。
③堤防の一部に霞堤開口部を設けた場合,比較的規模の小さい洪水においても堤内地の浸水を発生させることになる。しかし,霞堤開口部から堤内地への流入は,河川水位の上昇に伴い徐々に浸水し流速も小さいため,大きな被害に至らない傾向にある。

(3)施工とモニタリング
北川激特事業は,事業の規模が大きくかつ短期間で行われるため,河川形態や生態系に及ぼす影響は,長期的な視点で継続的に調査する必要があったことからモニタリング調査を行った。調査は,北川の変遷を川全体で捉え,自然環境調査に河道形状・水質を加え調査を行う「全体調査」と,特に大きな改修や保全対策を行った箇所及び貴重種が生息する箇所など,着目すべきポイントについて調査を行う「重点調査」の2つに分けて行っている。
モニタリングについては,事業の実施が河川に及ぼす影響などを把握し,事業の実施に際して,その影響を最小限にとどめる助言や評価を行うことを目的に「北川モニタリング委員会」を設立した(図ー5)。

5 おわりに
北川激特事業においては,全国に先駆けて事業の計画段階から専門家や地元代表者等の意見を踏まえながら,質の高い新しい川づくりに取り組んできた。また,事業後のモニタリングについても現在,継続して調査を行っており,改修計画の成功事例,失敗事例を評価しながら,今後の川づくりに活かしていきたいと考えている。しかしながら,北川の「川づくり」が本当の意味で評価できるのは,これから数年,数十年,ひょっとしてそれ以上先になるのかもしれない。

参考文献
1)河川生態学術研究会・北川研究グループ:「北川の総合研究」(2004)
2)財団法人 リバーフロント整備センター 池内幸司:「北川激特事業における良好な河川環境の保全・復元を目指した川づくり」(1999)

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