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国際緊急援助隊排水チーム活動報告
~タイ王国洪水支援~
中原鶴見
小田禎彦

キーワード:タイ洪水、排水ポンプ車、国際緊急援助隊、官民連携

1 はじめに

2011年7月下旬からタイ王国で降り続いた豪雨によりチャオプラヤ川流域で発生した大規模な洪水は、人的被害に加え、生産活動にも大きな影響を与え、サプライチェーン寸断の影響は日本国のみならず、世界中に波及した。
この洪水からの早期復旧のため、タイ政府は日本政府に対し国際緊急援助隊専門家チームを要請。これに応え、日本政府は排水ポンプ車チームならびに、国土交通省所有の高性能で機動力のある排水ポンプ車10台をタイに派遣した。
タイにおける排水作業は、排水ポンプ車の初の海外派遣であることに加え、国際緊急援助隊として国土交通省、外務省、JICA、民間企業による官民連携のチームで行ったことが最大の特徴である。
この排水チームに、九州地方整備局からも2名の職員(副団長:中原、現場班長:小田)が派遣された。今回の実績が一過性のものに留まらず、タイ洪水支援から得られた知見・経験が、海外を含む今後の災害支援に活かせるよう、現地での活動内容及び課題等について報告する。


2 活動内容
2-1 排水サイトの選定
今回使用した排水ポンプ車は1台にポンプを4基搭載している。1基の重量は35kgと極めて軽量であり、人力で設置・撤去が可能である。一方ポンプ車1台あたりの排水能力は毎分30㎥と大容量であり、また車両にはポンプとともに発動発電機が搭載されているため、自立性、機動性に優れている。このような排水に特化した車両は、世界中にも類が無く、これを活用して排水を行うことは、日本ならではの貢献である。
なお、同タイプの排水ポンプ車は、東日本大震災においても津波浸水地域の排水活動に従事した。

調査班はこのようなポンプ車の能力を最大限活用すべく、タイ側から提案されたサイトを実地に踏査し、堤防などで区切られている場所であること、ポンプ車が安定的に設置できる場所であること、排水先に急激な水量の増加をもたらさない場所であること、ポンプ車による排水が全体の排水作業の中で一定の貢献を示せる場所であること、等の条件に基づいて選定を行った。
タイ側も各地で精力的に排水作業を進めており、状況が時々刻々変化する中で、提示された場所での作業が行えないと判断する場合もあったが、結果的には排水ポンプ車の活用に適したサイト7か所で切れ目なく活動を行うことができた。
当初は主に条件の整った工業団地にて排水作業を実施したが、後半は工業省の協力の結果、「残された」住宅・中小工場地域での活動も実施できた。

2-2 現場活動
現場での活動は基本的にポンプ車3台を1班とし、同時に3か所での排水作業を行った。すべてタイ側との共同作業であり、日本側作業管理者がタイ側作業主任に作業手順を伝達し、実際の排水はタイ側作業員が行った。言語の壁を克服するためマンガを用いて作業手順をわかりやすく提示するとともに、安全の確保についても啓発活動を行った。

現場の状況はそれぞれ異なっていたが、現地で入手可能な材料(丸太、ドラム缶等)や在来の技術を最大限活用し、滑落防止桟橋を設置するなど工夫をこらし、通行車両、歩行者及び作業員の安全確保を図った。その結果、全作業期間を通じて無事故、無災害を達成した。

(現地で入手可能な資材を利用した揚程3mに対する傾斜架台。先端にドラム缶を利用することで水位の変動に追従できる構造とした。滑落防止上り桟橋を設置。)

供用中の道路しか排水先がない現場(バンカディ地区)もあったが、日タイ双方で検討した結果、タイ側により迅速にコンクリートブロックが提供され、これを用いて仕切りを設置し、水勢を減ずることによって排水が可能となった。

タイ側作業員は一度要領を得ると迅速で正確な作業が実施でき、夜間の作業も任せることができた。ポンプ車の扱いも非常に丁寧であった。毎朝の朝礼やボードを通じての情報共有などによりチームワークの醸成に努めたことも、安全かつ効率的な作業の実施に貢献した。

(肩もみスキンシップで身体も心もほぐされて自然と
笑顔が生まれチームの一体感が高まった。)

このようにして、排水ポンプ車の特性を生かし、条件が整ったサイトでの排水に迅速に対応できた。また、ポンプ等の運転の容易さがタイ側手配の作業員による順調な排水作業を後押しした。
タイ側による排水先下流住民への説明や作業員の確保等において若干の問題が生じる場面もあったが、タイ側にとっては不慣れな要請が短時間で行われた面もあったことも考慮すると、総じてタイ側の対応は適切であった。
中でもノンタブリ県(プライバーン町、サイノイ郡)においては住民の方々の絶大なる協力(テントの準備、水草の除去、締め切り堤や釜場の設置、ポンプ設置場所の整地といった適切な事前準備、他)が、円滑な排水作業に大きく貢献した。
サイノイ郡においては、住民が追加的な整地作業を行うことによって当初想定したポンプ車の台数を増やし、排水量を増大することが可能となった。

以上のように、排水ポンプ車の能力が発揮できる場所で32日間の活動を行うことにより、タイの排水作業全体に対し、一定の貢献ができた。


3 活動を通じて得られた教訓と課題

3-1 タイ政府との調整において
今回のカウンターパートであった工業省(工業振興局)は日本側の要望に応えて頂き、工業団地の排水については順調に実施できたが、

① 排水状況に関する情報について、国全体の湛

水エリア、排水活動状況の入手が困難であり、工業団地以外の排水についてのタイ政府の判断に関する情報の入手に苦労したため、国全体のレベルでの情報交換ができる体制が必要である。

② 通訳を介しての作業のため、調整に非常に長時間を要するため、事前に通訳に資料を渡しておく必要がある。

③ 排水サイトにおける情報提供について、某工業団地では、団地から油が流出しているのか水が黒く、また、硫化水素の臭いが酷く、タイ側で、作業員の安全確保のために水質検査を行ってもらったが、タイ側から水質検査の結果について報告がなかった。災害対応の多忙な中にも最低限のルールは必要であり、時間がない中、何を優先するのかを事前に整理する必要がある。

3-2 サイトハンティングにおいて
活動場所の決定にあたっては、タイ側の要請を元に、実際に現地に赴き、排水活動の可否を審査した。その際、東日本大震災等での活動経験を活かし、まず安全第一という観点から排水箇所の選定を行ったが、

① 排水ポンプ車の活動条件が現地まで周知されていないため、明らかに活動に不適な箇所に調査に赴く事となった。
今後は、事前に現地語でわかりやすい活動条件の資料を作成し配布する必要がある。(今回、活動の後半にマンガと現地語を用いて資料を作成し説明)

② 現地の地図の提示が無く、活動箇所の位置が把握できず、また、排水が可能かどうかの判断が難しいため、現地の地図等を事前に入手、あるいはGPS機能を備えた最新機器を手配する必要がある。

③ 活動における留意事項として、現地調査では、その場でポンプ排水の実施を求められるため、現地での即答を避け事務局に持ち帰り「安全、効果」等を確認後、調査班の合意を得てタイ側へ回答を行った。
また、日本の排水活動が新聞等で報道されると排水活動を行っている近傍住民から、直接現場へ排水要望があった。排水場所は「タイ政府との調整」のうえ決定することから、現地での要望は国の出先機関を通じて申請してもらうこと。
さらに、日本の排水ポンプ車チームは3班体制で活動しているため、安全性の観点から、1班のエリアとして班長の目が届く範囲内ということで、むやみにサイト数を増やさない事をチームに徹底した。

現地調査へは調査班の他に排水活動が順調に進んでいる班の作業管理者(ゼネコン)の方にも随行をお願いし、仮設等の相談等に乗ってもらったことから、新しい転身地でのスムーズな展開に役立った。

3-3 現場班の活動支援において
現場班の安全確保と負担の軽減に配慮して、各班の合意を得、柔軟に現地体制や人員配備を実施した。
ゼネコン、ポンプメーカー、ロジ班(JICA)の連携が極めて重要であり、このため情報共有も密接に実施した。
但し、活動情報共有のためのミーティングが長時間化したため、より効率的なミーティングの検討が必要である。

3-4 その他(検疫)
使用したポンプ車を日本に持ち帰るにあたっては検疫が必要であるが、そのための洗浄作業の調整や準備に時間を要した。
現場班指導の下、工業省の協力を得て洗浄作業を実施したが、検疫に必要な洗浄レベル(土、植物の葉、昆虫の卵、バクテリア)が不明であり、どこまで洗浄作業を行うかの判断に苦慮した。汚れたホースの洗浄を中心に多大な時間と労力を要した。
運送会社に任せられる範囲と自らが行わなければならない範囲が明確でなかったことが、大きな要因であった。
今後は、基準の事前確認と、検疫の必要な輸送等の経験のある業者への委託等を念頭においておく必要がある。


4 おわりに

今回の活動は、日本の緊急援助隊にとって初めて経験する排水ポンプ車隊であり、チームも様々な組織からの人員が急ごしらえで結成された官民連携のチームであったが、事故もなく順調に活動を終了することが出来た。チームのメンバーは土日・祝日も休まず、排水という1つの目標に向けて一丸となってチームワークを発揮し、タイと良好な関係を構築し活動した。
そして、「目に見える」成果を上げ、タイ側から高い評価を得た。
成功の背景には、海外での豊富な工事経験、タイ語能力のある建設会社の技術者及びポンプメーカーの技術者、この方々の経験や知見が大きく寄与しており、民間各社の協力なしでは成し得なかった活動であった。(㈱大林組、鹿島建設㈱、㈱クボタ、清水建設㈱、㈱竹中工務店、西松建設㈱、三井住友建設㈱(五十音順))
また、ロジ班(JICA)の献身的な活動も大きかった。宿泊調整、物資の調達、交代要員、配車管理、本部会議の準備、資料作成等々、彼らの活動により、安心して現場活動に専念出来た。
さらに、1ヶ月という長期にわたり高い質の通訳を確保できたことも1つの要因であろうし、チームの一員として欠かせないメンバーであった。最後に、通訳のみなさんが1人ずつ、涙をこぼしながら「タイのためにがんばってくれてありがとう」と感想を述べられた時には心に響いた。
そして、もちろんタイ側関係機関及び地元住民がよく対応してくれたし、タイ側作業員は、作業の意義を説明し、手順を決めて明確に指示すれば、きちんと仕事をしてくれた。排水作業は、多くのタイ人作業員に支えられた。
このように、今回の活動は多くの方々の協力により成し得たものであり、どこか1つでも欠けていたら、このような成果を上げることは出来なかったと思う。
コミュニケーションを上手く図ることで、一丸となった排水ポンプ車チームのチームワークがもたらした成果であろう。

今回、国際緊急援助隊として初めて海外での支援活動をおこなったが、タイ側と共同で作業を進め、タイの洪水被害からの復旧・復興への支援に貢献できたことは大きな喜びであり、タイ国が1日も早く復旧することを願う。


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