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国東半島宇佐地域の世界農業遺産の認定について
(クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環)
甲斐崎一成
1.はじめに
平成25年5月に大分県北東部の国東半島宇佐地域の「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」が世界農業遺産(GIAHS:Globally_Important_Agricultural_Heritage_Systems)に認定されました。
本地区の特徴であり認定において評価を頂いたクヌギの伐採・再生の循環と谷筋ごとに複数の小規模なため池を連携させた用水供給システムについて紹介します。

2.世界農業遺産について
世界農業遺産とは、国際連合食糧農業機関(FAO)が衰退の可能性のある伝統的な農業や文化、土地景観の保全と持続的な利用を図ることを目的に創設した制度です。
世界農業遺産は、遺跡や歴史的な建造物等の「不動産」を登録、保護しているユネスコの世界遺産(文化遺産)とは異なり、次世代に継承すべき持続的な「農業システム」を認定する制度です。
「農業システム」とは、これまで地域で生産活動を営む人々と地域の持つ自然や文化、そして経済などが絡み合いながら、発展してきたものです。世界農業遺産では、その「農業システム」を維持することよりも、常に新たな知識や技術を取り入れ、より良いものに変えていくことに主眼が置かれています。現在、世界では11カ国、25地域が認定されており、国内では、本地域を含め5地域が認定されています(表-1)。

3.日本最大のクヌギの森林とその多面的機能
国東半島宇佐地域は、九州の北東部に位置し、瀬戸内海の南端に突き出た半島とそれに隣接する地域のうち特徴のある地形及び生態系や農村文化が保全されている国東市、宇佐市、豊後高田市、杵築市、日出町、姫島村の4 市1 町1 村から構成されています。

大分県は、クヌギの蓄積量が日本最大であり、その量は、全国の約22%を占めます。中でも、この地域では、森林面積に占めるクヌギ林の割合が11.2%と、県平均を上回っています。

これは、クヌギがしいたけ栽培の原木や薪炭用材として有用であったため、盛んに里山に植栽されてきたことに由来します。近年は、薪炭用材としての需要はほとんどなくなったものの、原木しいたけ栽培は盛んに行われており、全国的に有名な大分県産原木しいたけの生産量と品質を支えているのは、この日本最大のクヌギ林によるものです。
クヌギは、伐採しても、根株から萌芽して約15年で再生するため、木材資源が循環するという優れた特性を持ちます。さらに、落ち葉やしいたけ栽培で使用を終えた原木は、腐植してミネラルの豊富な土となり、膨軟な保水層を形成します。
また、クヌギは、ほだ木として、しいたけの生長に必要な栄養源を供給し、3~4 年もの間、原木しいたけの生産に利用されます。

クヌギ林が原木しいたけという食料を供給する。
つまり、森林資源が食料を産み出すということが、世界的な食料安全保障の観点から見ても日本が世界一のしいたけ生産国として食料の選択を広げるという重要な役割を果たしています。さらに、原木しいたけの栽培が行われることにより、クヌギ林の伐採と再生が繰り返され、森林の新陳代謝を促し、水源のかん養など森林の公益的機能の維持が図られるとともに、里山の良好な環境や景観保全につながっています。
また、この地域にふりそそぐ雨水は、落ち葉などが堆積した土にしみこみ、有機物や栄養塩を含んだ湧水となり、植物プランクトンや海藻などの栄養として水田農業や沿岸漁業などを支えています。

4.大分県内のため池の状況

ため池は、降水量が少なく、流域の大きな河川に恵まれない地域などで、農業用水を確保するために水を貯え、取水ができるよう、人工的に造成された小規模利水ダムです。

農業用利水ダムとため池の区分けは、堤高15m以上をダム、15m以下をため池と区分けしています。本県のため池の堤体形式は、堤体内部に粘性土質による遮水ゾーンを有する傾斜遮水ゾーン型によるフィルダム形式が主流です。

新田開発や用水不足解消を目的に古代から近代にわたる長い歴史の中で築造され、現代に至っても貴重な水源として農業の礎として役割を果たしている農業土木施設です。
本県には、2,248箇所のため池が存在し、そのうちの約9割が明治以前に築造されており、老朽化による法面浸食や漏水が発生するとともに、ため池の決壊による下流への甚大な被害が危惧されており、緊急性の高い箇所から計画的にため池改修を行っています。

5.複数のため池群を連携させた用水供給システム
  
当地域の地形は、中央部にある両子山系の峰々から放射状に延びた尾根と深い谷からなり、平野部が狭小であるため、短くて急勾配な河川が多数あります。また、雨水が浸透しやすい火山性の土壌であるため、古くから地域の人々が、水田を拡大する過程において課題となったのが「水の確保」でした。そのため、安定的に水田農業を営むうえで、ため池は必要不可欠なものでした。加えて、地形的条件から大規模なため池を築造することができなかったため、先人たちは、小規模なため池を複数連携させて必要な水量を確保する技術を確立しました。本地域には、約1,200箇所の小規模なため池が築造されており、周辺には、ため池の水を涵養するクヌギ林が、随所に存在するという独特な景観を有しています。

本地域では、谷筋ごとの河川に平均して約3.5個の小規模なため池があり、これらを連携させた用水供給システムをそれぞれの河川ごとに構築し、人々が共同で作業や管理を行うことで必要な農業用水を確保してきました。その一例として6つのため池を連携させたシステムを運用する国東市綱井地区の事例を紹介します。

6.国東市綱井地区におけるため池連携による用水供給システムについて
綱井地区は国東半島の東部に位置し,表-2に示す6 つのため池を利用し、70ha の農地を灌漑しています。

これらのため池は江戸時代から明治時代にかけて順次築造されたものであり、それに伴い図-3に示す綱井地区の水利系統が形成されました。ため池群は,新池下り、古池下りなど集水路を兼ねた用水路で相互に連結されており、また、地区を流れる重綱川も、ため池灌漑の排水河川であると同時に下流に4つの取水堰を持っており、ため池群と共に水利系統に組み込まれています。そのため、渇水時には、ため池から重綱川に注水し、下流の堰から取水するような運用が可能です。
水管理の体制としては、各ため池の管理者である「池守」が水管理の中心的な役割を担っており、ため池からの放流とため池の水が減少した場合の補給を行います。ため池からの放流は、池守が農地の状態を見て判断しますが、配水状況を確認する役割の「水守」が池守に状況報告を行います。ため池への水の補給は、各池の池守が上流側の池守と交渉して送水します。用水の補給に関して、上下流による優先劣後関係や、番水等の規則がなく、池守の随時の相対協議で臨機応変かつ速やかに送水している点が特徴的です。

綱井地区では、ため池それぞれの池守の他、上番、水守、唐戸番と水管理における役割分担が確立し、ため池連携による用水供給システムが良好に機能を発揮しています。

7.循環型農業システムの維持・強化に向けた取組

世界農業遺産登録を契機に今後、本県では循環型農業システムの維持・強化に向けた取組を積極的に図っていく方針です。具体的には、交流促進、ブランド力の強化、次世代への継承の3点を推進していきます
1つ目は、交流事業の促進です。従来のグリーンツーリズムに、世界農業遺産講座やしいたけの駒うち体験等を加え魅力を高めることを検討しています。

2つ目は、ブランド力の強化です。本県では2014年2月より、世界農業遺産ブランドの認証制度を開始しました。
この認証制度は当地域で生産される農林水産物や加工品を認証品として定め、保証するものであり、地域ブランド商品として幅広く情報発信を行います。

3つ目は、次世代への継承です。世界農業遺産認定地域を次世代に継承し発展させるためには、地域を担う人材の確保と育成が課題となります。
そのため「世界農業遺産次世代継承ファンド」を創設し、ファンドの運用益で、地元小中高校生向けの教育といった次世代育成を行っていく予定です。

既に2013 年度に、地元全24 校の中学生を対象とした世界農業遺産特別授業を開催しました。
この講座を通して、受講した中学生が世界に認められた農法や地域を誇りに思い、見直すきっかけとなっています。

8.おわりに
国東半島・宇佐地域に限らず、若者の都市部への流出による担い手の不足は、地方の抱える共通課題です。しかし、当地域では世界農業遺産認定を契機に、地域内の人々が受け継がれてきた伝統的な農法や文化、景観等を再評価する動きがみられています。こうした取組が地域振興を促すモデルケースとなるように今後も着実に取組を行っていきます。

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