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嘉瀬川ダムにおける基礎処理工について
~改定グラウチング技術指針に準拠した施工例ついて~
永松和彦
松本佳之

キーワード:グラウチング、基礎処理工、基礎岩盤

1.はじめに

ダムの基礎処理工は、ダムの安全性や貯水機能に重大な影響を及ぼす貯水池からの浸透流に対し、基礎岩盤の所要の遮水性を確保するために施工されるもので、ダムの安全上、極めて重要な工種になる。
ダムの基礎処理工は、グラウチング、地中連続壁、土質ブランケット等の各工法があり、個々のダム毎に地質状況、改良の確実性等を考慮して決定する。
嘉瀬川ダムでは、このうち最も一般的な工法であるグラウチングによる基礎処理工事を施工した。このグラウチングは、施工状況を直接目視にて確認できないという特有の難しさがあることから安全側の判断がなされ、近年のダムにおいて基礎処理工の施工が質・量的に過大になっている傾向が見受けられた。
これらの状況を踏まえ「安全性の確保という観点だけではなく、必要な安全性を確保したうえで、経済性とのバランスを合理的に保つ」という思想のもと、平成15年7月にグラウチングの基準書である「グラウチング技術指針及び同解説」が改訂された。
本報告は、改訂後の指針に基づいて基礎処理工を施工した“九州管内で第1号のダム”となった嘉瀬川ダムでの施工事例について報告するものである。

2.嘉瀬川ダムの概要

嘉瀬川ダムは、一級河川嘉瀬川水系嘉瀬川上流部にあたる佐賀県佐賀市富士町に建設中の多目的ダムで、堤高97m、堤体積97万m3のRCD工法により施工した重力式コンクリートダムである(図-2.1、図-2.2、図-2.3参照)。

3.グラウチング技術指針改訂の概要
3.1. 指針改訂主旨
3.1.1. 安全性を損なわないという前提でのグラウチングの合理化

3.2. 改訂の主なポイント
3.2.1. 各種グラウチングの施工目的、施工範囲の明確化(図-3.1参照)

3.2.2. 基礎岩盤の多様性の考慮(基礎岩盤性状に適したグラウチング)(図-3.2参照)

3.2.3. 施工中の逐次評価による計画の妥当性検証および必要に応じた見直し(図-3.3参照)

4.嘉瀬川ダムにおける基礎処理計画の概要
4.1. コンソリデーショングラウチング及び弱部補強

コンソリデーショングラウチングは、動水勾配の大きな堤敷上流端~基礎排水孔付近までの堤体岩着部付近の遮水性改良を目的に配置し、弱部補強は、堤体安全性に影響を及ぼす恐れのある断層・破砕帯及び風化部に配置することとした(図-4.1参照)。

4.2. カーテングラウチング

カーテングラウチングは、ダムの基礎岩盤及びリム部において、浸透路長が短い部分と貯水池外への水みちとなる恐れのある箇所の遮水性改良を目的として、深さ方向に岩盤の透水性が改良目標値に達するまでの範囲とし、リム部は地下水位とサーチャージ水位の交点までの範囲とした(図-4.2参照)。

5.嘉瀬川ダムにおける改訂指針に準拠した施工事例
嘉瀬川ダムでは、基礎処理に関する技術的課題に対して安全性の確保だけという旧来の保守的な手法を用いた施工を進めるのではなく、改訂指針に準拠し、合理化は、現場での的確な技術的判断の結果として生まれるもので、ダム技術者が誇りをもって取り組むべき重要な課題として捉え以下のとおり施工を行った。

5.1. 透水帯区分の検討
基礎処理工の施工を合理的に進めるため、施工初期段階で実施設計時の地質解析結果や基礎掘削面での調査結果、また、基礎処理工の施工段階で得られたデータを基に“透水性”と“改良性”に着目した透水帯区分を実施した(図-5.1参照)。

5.1.1. 未風化透水帯
岩芯は未風化で硬質、割れ目沿いの一部に熱水変質粘土やマサを挟在する。透水性は2ルジオン以下が主体で高角度割れ目や低角度節理が透水の要因と考えられ、高角度断層周辺では鉛直施工による改良効果が得られ難い(写真-5.1参照)。

5.1.2. 風化透水帯
風化の影響により岩芯まで褐色酸化や軟質化し、割れ目がマサ化した風化部及び未風化の残留核が混在する。主な透水要因は10ルジオン程度のマサを挟在した割れ目と20ルジオン以上のペグマタイト脈や風化残留核に発達する開口気味の割れ目と考えられ、限界圧力も低く高圧注入が出来ないため、通常施工で目標値を達するには規定孔4次孔以上の施工が必要となる(写真-5.2参照)。

5.1.3. 左岸変質帯
断層及び断層周辺で熱水変質を強く被り、岩芯まで軟質化するが、締まりは極めて良好で熱水変質粘土が厚く充填している。透水性は殆どが2ルジオン未満で難透水を示す(写真-5.3参照)。

5.2. 未風化透水帯での施工事例
5.2.1. 未風化透水帯における課題
未風化透水帯の施工初期における透水試験及び水押し試験の結果、図-5.2のP-Q曲線に示すとおり、昇圧した直後から流量が逐次減少するP-Q曲線が約4割程度確認された。

現在のルジオンテスト技術指針・同解説に示されている一般的な透水試験方法は、昇圧前の測定流量からの差違が±10%以内になった段階から安定状態とみなし、各圧力段階ごとに10分間の流量を計測(水押し試験は5分間の流量を計測)することとしている。このため図-5.3の注入チャートに示すとおり逐次流量減少傾向を示す場合、10分間の最初と最後では流量差が大きく各圧力段階で大きめの流量計測値を採用することになり、透水性状の過大評価に伴う過大施工が懸念された。

5.2.2. 課題に対する対応

逐次流量減少傾向を示すP-Q曲線は、不飽和領域での高透水部(透水部が閉じた場合が多い)で見られるが図-5.4の概念図に示すとおり、本施工区間は地下水位以下の飽和領域であり、このような解釈は適用できない。また、乱流の発生による管内損失水頭の誤差と解釈される場合もあるが、ルジオン値はシングルルジオンであるため乱流の発生も考え難い。この他に、通水部の目詰まりによる現象と解釈されることもあるが、本施工箇所は未風化の岩盤で削孔終了後の洗浄は充分に留意し、濁りが取れたことを確認したうえで透水試験を実施しており、目詰まりが頻繁に起こることも考え難い。
そこで現場では、P-Q曲線において最昇圧時に凸型の2次曲線的になる現象(図-5.2の点線部)は、通水する割れ目沿いの摩擦力が流速の2乗に比例して大きくなることから、流速の増加に伴う摩擦力が極端に大きくなり、圧力の増加分に対する流量の増加が小さくなったものと解釈した。
また、昇圧時に比べて降圧時の流量が減少する現象は、図-5.5の概念図に示すとおり、昇圧時は図中の青矢印のとおり試験孔内から地山に向かっていた動水勾配が、最高圧力から降圧すると試験孔周辺の水頭に比べて孔内の水頭が小さくなり、図中の赤矢印のとおり地山から孔内に向かう動水勾配ができて地山内の水が試験区間に戻ってくるため、昇圧時の同一圧力より流量を少なく計測しているものと解釈し、未風化透水帯は各々の通水幅が狭くて割れ目の連続性が乏しい難透水の岩盤であると評価した。このような岩盤の試験方法として各圧力段階で通水時間を延長して定常流量を得て計測することにより、ダム湛水後の安定した加圧状態に近く適切な透水性評価が可能になると考えた。通常試験では各圧力段階で10分間の流量計測を行うところを1時間に延長して試験を実施した結果、図-5.6に示すとおり、通常試験のP-Q曲線は「逐次流量減少パターン」となるが、長時間の透水試験のP-Q曲線は「直線パターン」となり、ルジオン値は通常の試験よりも小さくなることを確認した。

5.2.3. 施工結果

長時間透水試験は適切な透水性を評価する丁寧な透水試験であると考えられるが、この試験方法を全ステージにおいて実施することは工期や費用の面から合理的ではないため、現場では施工初期に同一ステージにおいて通常の透水試験と長時間透水試験を行いデータの収集を行った。その結果、図-5.7に示すとおり、通常の透水試験でルジオン値が2.9以下であれば、長時間透水試験で改良目標値のルジオン値2.0以下が得られていることを確認した。従って、施工後半は、通常試験のみで施工を進めルジオン値が2.9以下であれば所要の遮水性が得られていると考え追加孔判断や透水性評価を行った。
この結果、適切な透水性の評価に基づく合理的な施工により過大施工を抑止できたと考えている。

5.3 風化透水帯での施工事例
5.3.1. 風化透水帯における課題
風化透水帯は、本体工事発注前のグラウト試験により、図-5.8に示すルジオン値の低減図のとおり、次数の進捗に伴うルジオン値の低減が得られず、特にマサ化した部分については5次孔(孔間隔0.375m)においても5ルジオンを超過する箇所が残存しており、内挿施工による改良効果が得られ難いことが考えられた。また、図-5.9のとおり、特に試験区間の浅い部分では、0.3Mpa前後の低い圧力での限界圧力が発生していることから、基礎岩盤の有害な変形等を起こさないように配慮すると注入圧力も制限されるため、グラウチング改良効果が得られ難く施工量の増大が懸念された。

5.3.2. 課題に対する対応

風化透水帯では、写真-5.4 に見るとおり、通水規模や透水特性の異なるものが点在(参照)し、グラウチングによる改良効果が得られ難いことが予測された。そこで堤体及び基礎岩盤に対し有害な変形や破壊を生じない範囲で改良効果が最大限得られる適正な注入圧力を設定するため、孔内の原位置での圧力計測が可能な孔内圧力センサーを用いた透水試験を実施し、詳細な透水性状と限界圧力の把握に努めた。
また、グラウト開始配合についても工事発注前のグラウト試験の配合(開始配合C:Wが1:6)では粘性が高く目詰まりを起こしてセメントミルクの到達範囲が限定されたことが考えられることから、低濃度化したグラウト配合(開始配合C:Wが1:10)で試験施工を行った。更に写真-5.4に示すとおり、規定孔の最終次数孔になる4次孔(孔間隔0.75m)でコア採取を行い、セメントミルクの充填状況を詳細に分析した。その結果、ペグマタイト脈沿いや風化残留核の開口割れ目にはセメントミルクが確認されものの透水部と考えられる酸化した割れ目やマサ化した箇所にはセメントミルクの挟在は確認されないことから通常施工では改良効果を得られ難いと考えられるため、材料変更による改良効果や改良限界を確認した(写真-5.5参照)。

5.3.3. 施工結果

改訂指針に準拠して、注入材料は『セメントと水を基本とする』ことと、『孔間隔が75㎝より狭くなると想定される場合は、複数列配置により厚みのある遮水ゾーンを形成することで改良目標値を緩和できる』ことを考慮し、①単列で2ルジオンの改良効果が得られると想定される超微粒子セメント(高炉Bの粒子径に対し、粒子径が1/10程度細かい) を使用し、5次孔の施工を行った場合、②復列で5ルジオンの改良効果が得られると想定される高炉B種セメントを使用し、5次孔の施工を行った場合の2つの案について机上で工期及び費用を検討した結果、①は使用材料が高価であるが、②の復列に比べ施工量が少ないことから工期も短くて約2割程度安価になると見込まれたため、単列で超微粒子セメントを用いた材料変更による施工で所定の遮水性を確保することとした。
また、超微粒子セメントを使用しての施工は、高価な材料を用いた施工になるため、より合理的な材料切替を行うには、図-5.10に示す注入実績図のとおり、①高炉B種セメント使用による施工(41BL)、②1次孔から超微粒子セメントを使用した施工(42BL)、③内挿施工による改良効果が得られ難くなる3次孔から超微粒子セメントを使用する3ケースの試験施工を行った。その結果、①のケースでは、改良目標値を達するには7次孔(孔間隔0.09m)の施工を要することが確認され、②のケースでは、施工量は少なくなるものの初期の次数孔において大量注入や注入時間の長期化が確認され、③のケースでは施工範囲に点在する高透水部での大量注入や注入時間の長期化が確認された。これらの試験施工の結果を受け、高価な材料の過大と思われる注入の抑止を行うため図-5.11に示すとおり、透水性とセメントの注入量の関係を分析した結果、10≦Lu<15では、高炉B種セメントはすべて100kg/m未満でルジオン値に対するセメントの注入量が少なくて、超微粒子セメントでは、ルジオン値にかかわらず規定中断が生じているものの15ルジオン以上のステージになると発生頻度が高くなる傾向がある。従って本施工は1次孔から超微粒子セメントを使用し、改良効果を初期段階から得つつ高透水部での過大注入を極力回避するため、15ルジオン以上のステージでは高炉セメントに切り替えて施工を行った。

5.4. 左岸変質帯での施工事例
5.4.1. 左岸変質帯における課題
左岸変質帯自体はで難透水帯であるが、熱水変質を受け軟質化している岩盤であるため、基礎掘削による緩みの影響で比較的浅い部分での透水部の残存が懸念された(写真-5.6、5.7参照)。

5.4.2. 課題に対する対応
左岸変質帯の掘削面における浅い部分(基礎岩盤から深さ5mの範囲)で深さ方向に1mごとの透水試験を実施した。その結果、図-5.12に示すとおり、約8割が改良目標値である2ルジオン以下の難透水帯であった。また、図-5.13に示すとおり、上下流方向の調査でも深部方向に連続した透水部の残存は認められなかった。

5.4.3. 施工結果
左岸変質帯は、図-5.14 の注入実績図に示すとおり、コンソリデーショングラウチング及びカーテングラウチングのパイロット孔・1次孔(2ステージ)で、それまでの調査結果と同様に改良目標値である2ルジオン以下の難透水岩盤であることを確認した。この施工結果を受け、本施工ではカーテングラウチングの2次孔以降及びチェック孔を省略した。

6.おわりに

改訂前の指針は既往の施工実績を標準化したものであるのに対して、改訂指針はグラウチングの目的から根本的に見直し、そのあるべき姿を追求したもので、現場技術者の的確な技術的判断や個々のダムごとの適切な対応と創意工夫を必要としている。ダム建設工事の施工中という時間的な制約があるなかで、より合理的な対応をするためには、基礎岩盤内の浸透流の理論的基礎を詳細に把握しておくと共に、その適用限界と実際の問題に適用する際の修正及び補正方法について明確な知識を持っておく必要がある。また、基礎処理に関しては、地質条件によりその対応が大きく異なることから、ダムの堤体や基礎岩盤の構造設計のように一般論的な形でまとめられて発表される事も少ないため、過去の数多くの事例の中から貴重な工事例として参考とすべきものについて正確に把握しておく必要もある。更には施工進捗状況に合わせ合理的かつ継続的にグラウチングを見直すためには、時勢に応じた地質情報の把握、施工データ分析及び解析、詳細な施工管理が必要不可欠であり、発注者、設計者、施工者の各立場の技術者が高度な技術力を保有していなければ、これらの合理化は為しえないことも本現場の経験により痛感したところである。
ダムの基礎処理については、湛水後も継続的な検証を行い、基礎処理計画や設計の見直しが必要と考えられ、これらの成果が管理移行後の計画的維持管理のバックデータになると共に、つまるところ“ダム技術継承”及び“さらなる合理化”に繋がるように情報提供を行い、意見交換や議論を深めて後発ダムでの円滑な事業進捗が図れるよう継続して取りまとめを行い、報告していきたいと考えている。

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