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古川水門改築における事業マネジメント
ーみんなのプロジェクトマネジメントの試行一

国土交通省 九州地方整備局
 武雄河川事務所 所長
尾 澤 卓 思

1.マネジメントの時代
現代は,目覚ましい科学技術の進展のもとに様々な分野の複合化,総合化が進み,物事を体系的に,俯瞰的に見ることが必要になってきた。また,行政のみならず国民の環境や安全に対する意識が高まり,地球環境問題や危機管理について多くの分野で考えられるようになってきた。さらに,厳しい財政事情のもとコスト縮減が求められ,経済性管理が重要となったり,情報化社会においで情報管理の必要性が高まったりしている。
こうした中で,公共事業を円滑かつ効率的・効果的に行うととともに,透明性を確保し,わかりやすく国民への説明責任を果たしていかなければならない。このため,指標などを用いて目標を明確化し,達成状況を示しつつ評価を行い,常に改善を加えるということを繰り返していくPDCAサイクルを導入したマネジメントが重要である。
マネジメントに関しては,IS09000やISO14000のシリーズや事業評価制度,環境影響評価などが様々な機関で使われており,技術士においても総合技術監理部門が平成13年に設置されている。総合技術監理部門の技術体系を見てみると経済性管理,人的資源管理,情報管理,安全管理,社会環境管理から成り立っており,こうした観点から自分たちの仕事を体系的に見直してみることが,事業マネジメントを導入する上で有効であろう。特に工程管理やコスト管理に偏重したマネジメントでなく,情報や人的資源を考慮するとともに,事業の特性をよく勘案し,安全や環境を適切に管理して総合的なマネジメントを行うことが望まれる。
河川事業を考えると洪水など自然災害の生じる可能性のある中で事業を展開する(例えば出水期における二重締め切りでの工事)ことがあり,厳格な危機管理を行ったり,河川という自然公物を対象に事業を行う(例えば多自然型川づくり)ことから自然環境に十分な配慮を行ったりなど事業特性に応じた要素に力を入れている。人工物を扱う道路事業のマネジメントと異なる部分があることを認識する必要がある。
さらに,事業のプロセスとマネジメントの各要素を考えると図ー1のような構造になる。質の高い事業を効率的・効果的に行うため,工程管理・コスト管理(経済性管理),安全管理,環境管理,人の活用(人的資源管理)をマネジメントの核として実施する。そして,これらのマネジメントは透明性を確保して行われ,わかりやすい情報の提供などによる情報管理を通じて国民への説明責任を果たす。これらのマネジメントにより,国民から信頼され,経済的で質の高い事業を行うことができる。ところが,マネジメントの効果はこれだけではない。これまでの全てのプロセスをうまく行うこと,つまり円滑によい仕事をすることは,体系的に業務が整理され,問題解決能力や説明能力を高めてきた結果であり,マネジメントのプロセスを通じて意思決定者から担当者に至るまで人材育成につながっていることを認識すべきである。よい仕事の達成が人を育てるという人材育成の基本であろう。マネジメントはこのように図ー1の3重の構造になっていると考えられる。
人材育成が重要なテーマの一つとなっている中で事業マネジメントを徹底することにより,事業効果のみならず人材育成効果が期待される。

2.みんなのプロジェクトマネジメント
武雄河川事務所では,マネジメントの時代を迎え,様々なマネジメントの考え方を導入しつつある。昨年の8月には,「武雄河川事務所版環境ISO」のキックオフ宜言を行い,すばらしい地球環境と河川環境を未来に引き継ぐため,環境保全への取り組みを開始し,PDCAサイクルを明確に意識し出した。河川事業においても今年の2月に「みんなのプロジェクトマネジメント」を開始した。
「みんなのプロジェクトマネジメント」(以降はみんなのプロジェクト)は,事業効果のみならず人材育成効果を考えて導入した。
みんなのプロジェクトでは,わかりやすい事業内容と効果を国民に対して明確に示し,工程,コスト,安全,環境について目標を設定し,継続的に評価と改善を行うことで事業の質を高めた適切なプロジェクト管理を行う。さらにその過程の情報をわかりやすく事業者が提供し,地域住民と共有していくことで,事業者や地域住民の「みんな」がプロジェクトマネジメントを通じて,透明性が確保されるとともにコミュニケーションを図り,連携し協力して,効率的・効果的な事業推進を目指すことが可能となる。具体的な仕組みは図ー2のとおりである。
みんなのプロジェクトは,大別すると3つのプロセスから成り立っている。第1に明確なプロジェクト計画を示す。専門用語を少なくし,写真や図などを用い,表現を工夫したわかりやすい事業内容を提示する。事業効果についても定量的分析と費用対効果の分析を行い,明確に示す。さらにプロジェクト推進体制を確立し,担当部署や担当者を周知する。第2に適切なプロジェクト管理を行う。プロジェクト計画を工程管理,コスト管理,安全管理,環境管理の観点からマネジメントを行う。
工程管理では,概略をバーチャートで示し,詳細の進捗管理はクリティカルパスを明確にしたアローダイヤグラム等により行う。コスト管理では,資金管理とコスト縮減を図る。安全管理では,出水期間等におけるリスク管理と公衆災害を含む現場等の安全施工管理を行う。環境管理では,地域や事業の特性を勘案した環境要素において環境影響の評価を行い,必要に応じて環境保全措置とモニタリングによる評価を行う。第3に情報の共有化と意思疎通を行う。プロジェクト計画及びロプジェクト管理の方法や結果を地域へ発信し共有化していくことで,地域住民への説明責任を果たすとともにコミュニケーションを図っていく。情報発信ツールを用意し,説明会の開催などを行う。みんなのプロジェクトの具体的なアウトプットしては,当初の時点でプロジェクト計画,プロジェクト管理情報の共有化と意思疎通について記述したプロジェクト計画書を作成し,公表する。併せて概要版も作成し,公表する。事業中では,プロジェクト計画書に基づく管理をPDCAサイクルにより行い,適宜プロジェクト計画書の見直し,修正を行う。さらに観測結果などの管理報告を掲載する。最終的に事業が終了すると計画,マネジメントのプロセス,報告がまとめて残せる仕組みとした。
今回,みんなのプロジェクトを試行するにあたって第1号として古川水門改築事業を対象に実施した。

3.「古川水門改築事業」プロジェクト計画書
みんなのプロジェクトを試行するにあたって作成したプロジェクト計画書(A4版,45ページ,以降は計画書)に基づいて事業を実施する。計画書は,事務所,出張所,役場現場の見学ステージ,事務所のホームページで閲覧できる。今後地域住民への配布を考えている。
以下に計画書の内容を紹介しながら,マネジメントの考え方を記述する。

3.1 古川水門改築事業計画
事業計画としては,事業の概要,事業の効果,事業の推進体制を掲載している。
3.1.1 事業の概要
事業の概要は,六角川の河口から約10km左岸,支川古川の合流点に設置された古川1号,2号排水樋門(昭和18年建造)の老朽化に伴い改築し,古川水門として建造するものである。また,佐賀県による支川古川の改修に伴い,六角川への排水能力の向上を図るものである。(写真一1)
平成16年度に特定構造物改築事業として新規採択され,着手した。
古川水門の形式は,門数(1か2)とカーテンウォールの有無による4案の比較から最も経済的なカーテンウォール設置2の門案を採用した。(図ー3)
事業工期は平成16~19年度,事業費は約22億円である。

3.1.2 事業の効果
事業の効果は,外水氾濫と内水氾濫の両方から示す。外水氾濫では,樋門の老朽化による破堤を想定し,氾濫シミュレーションにより浸水範囲や浸水深を算出した。(図ー4)改築によりこうした危険性を回避する。内水氾濫では,シミュレーションにより内水被害軽減効果(5.5時間の湛水時間の短縮最大3.7haの湛水面積の減少)を算出した。
また,治水経済調査により費用対便益分析を行い,費用対便益比2.65を算出した。

3.1.3 事業の推進体制
最高責任者から設計,現場,用地,管理の各窓口の担当者まで実名を示し,責任体制を明確に示した。

3.2 古川水門改築事業管理
事業計画に基づき,工程管理,コスト管理,安全管理,環境管理をPDCAサイクルによるマネジメントで行う。管理する項目に対し,目標を設定し,責任分担を明確にして継続的な評価と改善を行う。
3.2.1 工程管理
水門改築の工程を一般の者にわかりやすく計画書に記載し,履行期限をバーチャート(図ー5)やアローダイヤグラム(図ー6)で示した。アローダイヤグラムでは,クリテイカルバスを示し,できるだけ部分的な作業の遅れが全体工程の遅れとならないようにフォローアップをしていく。各作業の終了とともに日付を記入し,その作業による影響が考えられる場合,工程の修正を行うというルールで管理していく。
また,工程の説明は,わかりやすくするため,専門用語を少なくし,図や写真を多く取り入れた。専門的な工法には,注釈を付けるなどの工夫を凝らした。家屋調査,環境調査,維持管理についても工程と併せて説明を記載した。

3.2.2 コスト管理
資金計画を示し,適正な予算管理を行う。設計変更等によるコスト縮減については事務所内の設計総点検の場等で協議する。
3.2.3 安全管理
安全管理は,出水期間中に堤防開削工事を行うことによる洪水時等における外水,内水に対するリスク管理と現場における安全施工管理である。
外水に対するリスク管理は,出水期に堤防を開削するため,これまでの堤防と同じ機能を確保した仮締切を設定する。締切形式(鋼矢板2重式工法),仮締切堤の高さ(H.W.L),幅(8m)について設計の考え方を計画書に記載した。
内水に対するリスク管理は,旧樋門を撤去するため,内水排水機能を確保する必要がある。このため,既設の吐出樋管の活用と仮排水樋管の設置で旧樋門と同等の機能を確保した。
軟弱地盤のため仮締切堤の動態観測を行ったり,地震や洪水時には重点的な監視を行ったりするなど監視体制を整えている。
現場における安全施工管理は,労働者の労働災害を防止するのみならず周辺住民や一般通行人等に対する公衆災害の防止を目指す。施工業者とともに様々な方策に努める。

3.2.4 環境管理
事業における環境への影響要因と工事の実施中に影響が想定される環境要素を選定した。(表ー1)また,環境要素の選定した理由も計画書に記載した。

環境影響が想定される場合に環境保全対策やモニタリングを行う。
振動・騒音・粉塵対策は,騒音規制法及び振動規制法の特定建設作業の規制に関する基準(騒音85dB,振動75dB)を遵守し,できるだけ低減することを目指して,資材・機材運搬車両の堤防天端通行時,家屋近接箇所の鋼矢板打設時,旧樋門撤去時の各ケースにおいて検討した。資材・機材運搬車両の堤防天端通行時には,堤防天端のアスファルト舗装と散水の実施,堤防天端通行車両の低速走行(20km/h以下)の徹底を行う。家屋近接箇所の鋼矢板打設時には,油圧圧入杭打抜機により振動を低減させる。旧樋門撤去時には,ハサミ状の圧砕機により騒音·振動を低減させる。
濁水・コンクリート灰汁対策は,濁水について排水処理施設で高分子凝集剤による沈降などで処理し,コンクリート灰汁について必要に応じて炭酸ガス等による中和処理をする。
廃棄物等対策は,建設リサイクル法,廃棄物の処理及び清掃に関する法律等を遵守し,適正な措置を行う。資源の有効な利用の確保及び廃棄物の適正な処理を図るため,建設副産物の発生抑制(Reduce),建設資材の再利用(Reuse),建設副産物の再資源化(Recycle)という「3R徹底事業」として請負施工業者が取り組む。
武雄河川事務所版環境ISOでは,二酸化炭素削減等に向けて施工業者へ環境対策チェックシート(図ー7)により協力を要請する。
モニタリングは,振動・騒音調査と水質調査を行い,調査結果は随時公表していく。

3.3 情報の共有化とコミュニケーションの推進
情報の共有化とコミュニケーションの推進を図るため,情報発信ツールを用意した。計画書の見直し・修正と併せてプロジェクト管理の報告を継続的に発信するため,武雄河川事務所ホームページや朝日出張所の広報誌を用いる。また,工事看板,武雄河川事務所の広報誌「武雄河川ホットニュース」,江北町の町報紙「こうほく」を適宜活用する。
事業説明会を開催し,地域住民と意思疎通を図り,事業の円滑な推進のための協力関係を築く。また,事業説明会の経過報告(概要)を計画書に記載する。
工事現場には見学ステージ(写真一2)を設置し,工事の進捗状況を見てもらい,必要に応じて説明をしていく。

4.試行を開始して
みんなのプロジェクトは,事業特性を考えて業務の洗い出しと体系的な整理により必要なマネジメントを総合的に実施するものである。これにより,従来バラバラにあるいは不完全な形のPDCAサイクルで実施していたマネジメントが改善され,各担当の事業者,地域住民などのみんなが全体像や現在の状況を把握でき,課題の解決や円滑な推進に連携・協力できるようになる。
計画書を作成する段階から各担当者間の連携が進み,それぞれの役割と位置付けが明確になった。例えば,ゲートを担当する機械課の職員も水門本体の土木の仕事を理解できより緊密な連携を図れるようになった。
みんなのプロジェクトを開始してから,プロジェクトチームの意識が芽生え,計画書を作成したことにより,現在何を見ればよいか,何を行わなければならないか,今後に向けて何を準備しなければならないか,など現在時点での視点が明確になった。これは準備不足やミスの回避につながると思われる。計画書の存在意義は大きい。今後要所々で見直し・修正を図っていく必要がある。また,併せて経過や完了の報告を簡単に記載し,記録として残していく。
人材育成効果としては,計画書がよいテキストになる。水門の改築や各マネジメントの仕方が全体としてわかるというものはこれまでなかった。担当職員の理解を深めるだけでなく担当以外の職員の研修にも使える。今後は,事業の進展とともにマネジメントを通して職員が育つことを期待している。
地域住民も見学に結構来られ,関心の高さが窺える。十分な情報提供が重要である。
みんなのプロジェクトは,試行を開始したところであり,今後継続的に行うことで良い点や悪い点などが明らかになり,さらなる改善を図っていきたい。
具体的な目標を明らかにし,達成状況を評価していくことが,当たり前となってきた時代において,マニフェスト制度なども導入されている。我々も,少なくともオープンなマネジメントで計画や事業の目標,達成の程度,適正な執行状況等を提示していくことが必要であろう。
また,今回のようなプロジェクトの進め方をするようになれば,第三者による事業プロセス評価の必要性も今後視野に入れておいた方がよいと思える。
今年度は他の事業でもみんなのプロジェクトの試行を考えており,順次増やしていく予定である。

参考文献
1)社団法人日本技術士会;技術士制度における総合技術監理部門の技術体系,平成13年6月

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