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原の辻はるのつじ遺跡内における津合橋つあいばし
修景検討について
長崎県 岡本征大
1 はじめに
玄界灘に浮かぶ長崎県壱岐市は、平成16年3月1日に芦辺町、石田町、勝本町及び郷ノ浦町の4町が合併して誕生した市であり、総面積約138km2、人口約31, 000人の美しい海と歴史の香りに包まれた島である。
壱岐島では国の歴史的財産とも言える『原の辻遺跡』が発見されている。原の辻遺跡は、主に弥生時代に形成された大規模な多重環濠集落で、古墳時代前半まで存続していたと言われる。原の辻遺跡は、魏志倭人伝の中の「一支国」の王都と特定され、国指定特別史跡として、現在も発掘調査が行われている。
この原の辻遺跡を復元しようと、長崎県と壱岐市により原の辻遺跡復元整備事業が行われており、これに伴い、遺跡区域内に架かる『津合橋』も、今後整備される弥生時代の景観との調和を図る必要があるということから、『主要地方道勝本石田線道路改良工事(原の辻工区)』の一環として、修景の検討が始まった。今回は、この津合橋の修景検討について紹介したい。

図1. 津合橋位置図

2 津合橋の概要
所 在 地
路 線 名
橋   長
最大支間長
総 幅 員
橋 梁 形 式
架 設 年 次
: 壱岐市芦辺町深江栄触
: 主要地方道勝本石田線
: 40.2m
: 19.9m
: 10.8m
: 2径間単純ポステンT桁
: 1979年

写真1. 津合橋現況写真

3 美しいまちづくりアドバイザー制度
津合橋の修景検討・計画は、今後整備される弥生時代の景観との調和を図る必要があるということから、長崎県、壱岐市、長崎県教育庁及び学識経験者で検討会議を開催し、協議することとした。
また、美しいまちづくりアドバイザー制度を利用して、長崎総合科学大学の林学長をアドバイザーとしてお招きし、景観計画のご指導、助言頂いた。

写真2. 原の辻遺跡航空写真

4 津合橋の修景検討の基本方針
4-1. 求められるデザイン
津合橋を含め、遺跡区域内の現代の工作物の景観と、今後整備される弥生の景観とが調和の面で問題となるのは、一般的には当時にはあり得なかった素材や色・形、あるいは高度な技術を要するものなどが考えられた。
このことから、津合橋に求められるデザインの要件として、以下3点を考えた。
① 整備される古代の景観に馴染まない現代的な印象を抑えたデザインとすること。
・現代の素材(アルミ、ガラス、コンクリートなど)の印象を抑える。
・鮮やかな色彩を控える。
② 土木構築物としてのボリュームや力強さ等の威圧感を抑えたデザインとすること。
・広い面や大きな塊の印象を避ける。
・大きな力の流れを感じさせない。
③ 弥生の(自然の)景観に調和するデザインとすること。
・土や木等の自然の素材の印象を生かす。
・デザインとしての形態の引用にも配慮する。
【津合橋に求められるデザイン】
① 現代的な印象は抑えたデザイン
② 存在感は抑えたデザイン
③ 弥生の景観に調和するデザイン
4-2. 検討モデルのデザイン面での評価基準
津合橋の検討モデルを作成することで、遺跡 との調和が図られているかを観ていったが、作 成した検討モデルを評価するために必要な評 価基準を次のように設けた。
【デザイン面での評価基準】
① 現代的な印象は抑えられているか。
② 土木構造物としての存在感は抑えられているか。
③ 「弥生の原風景」に調和しているか。
5 津合橋の検討モデルの作成
以上を踏まえ、修景は露出の大きい橋梁側面及び橋上について、次の6タイプのモデルを作成し、比較検討した。
【タイプ1】角材ルーバー案

木製ルーバーで桁を覆うことで、橋の存在感を弱めるようにした。
【タイプ2】丸太のルーバー案

皮付きの自然丸太を用いて陰影をつくり、桁を見え難くした。
【タイプ3】丸太の縦格子案

太い丸太の枠組みに、丸太の縦格子を組み込んだものとした。
【タイプ4】丸太と植物案

丸太のトレリスに常緑のツタを這わせ、桁部を隠すようにした。
【タイプ5】丸太と割り竹の桁カバー案

丸太を用いた犬矢来状の桁カバーを施したものを考えた。
【タイプ6】角材木組み案

角材の枠組みに厚い板を落とし込むものとした。

6 検討モデルの評価
6-1. 評価項目
各モデルのデザインや特徴をもとに、比較評価を行ったが、デザイン面だけでなく、耐久性、保守性、コスト面を評価項目とした。
デザイン面
・用いる素材において現代的な印象は抑えられているか。
・橋の存在感は抑えられているか。
・特定の印象を想起させないか。
耐久性
・ 部材の耐久性能は十分か。
保守性
・ 保守管理は容易であるか。
コスト面
・ イニシャル、ランニングのトータルコストが妥当であるか。
6-2. デザイン面の評価
タイプ1の角材ルーバー案は、ニュートラルな形態と繊細な陰影が生み出す奥行き感や軽やかさから、コンクリート橋の持つ力強さを抑える効果が期待できるとして、素材、存在感の抑制、特定の印象を与えないものと評価した。
タイプ2の丸太のルーバー案はルーバーを皮付きの丸太に置き換えたものであるが、景観としての印象は大きく変化することが分かった。特に、丸太の持つ自然の力強さは、コンクリート桁を隠す効果が得られる一方で、橋の存在を強調する方向にも向き兼ねないとし、存在感を抑制することは困難と考えた。
タイプ3の丸太の縦格子案は、或る意図を持って作り上げられた構築物という印象を見る者に与え、橋に別の存在感を生じさせる恐れがあった。
タイプ4の丸太と植物案は、生育状況によっては周囲の自然と同化した景観を作り出すこともできるが、橋梁の景観としては違和感も否めないものと考えた。
タイプ5の丸太と割り竹の桁カバー案は、見る者に京都町家の「犬矢来」という特定の印象を想起させる恐れがあり、さらにその印象が当遺跡に相応しくないものと判断した。
タイプ6の角材木組み案は、角材による柱梁の枠組や貫の意匠を橋梁に用いるのは必ずしも適切ではなく、無理のある引用と考えた。

表- 1. デザイン面での評価

6-3. 耐久性の評価
各タイプでの使用素材の劣化、腐食、景観支持部材への荷重がどうなるかを評価した。構造計算の結果、景観支持部材への荷重は、支持部材に影響を及ぼすほどの差異が各タイプで見られなかったが、皮付き丸太、植物もしくは竹を使用した場合、劣化や腐食面に疑問が残った。

表-2. 耐久性の評価

6-4. 保守性の評価
橋梁の添加管路の保守点検、修景材自体の維持管理について比較評価した。添加管路は目視確認ができることが重要であるため、目視点検できる状態あるいは比較的容易に取り外しができるルーバーの取り付け方法が求められる。修景材についても隠蔽部分の少ない目視が可能なデザインとすることが良いと考えた。

表-3. 保守性の評価

6-5. コスト面の評価
ランニングコストは主に補修費・改修費のコストであるが、耐久性の問題と関連が深く、耐久性評価と同様とした。また、タイプ1、タイプ3、タイプ6の材料を用いた場合、エコアコール薬剤の注入による防腐処理を行えば、公称90年の耐用年数があることも分かった。
イニシャルコストは主に景観材の材料費及び取付工事費であるが、市場調査の結果、下表のような評価となった。

表-4. コスト面での評価

以上4項目からなる比較評価の結果、タイプ1の角材ルーバーを採用することとした。角材ルーバーの材料には、耐久性が高く水にも強い、国産のヒノキを採用することとし、さらに耐久性を高めるためエコアコール薬剤による耐久処理を施すことした。

7 ルーバーの取り付け
原の辻遺跡の景観の阻害とならないよう、遺跡内では電線地中化を行っており、津合橋でも通信系埋設管及び電力系埋設管を添加する。そこで問題となったのが、添加される埋設管を、どう点検するかということであった。
これに対処するため、埋設管の目視点検できるよう、ルーバー間に約15cm の隙間を作り、確認できるようにした。また、詳細点検時にはボルトを取ることで、ルーバーの取り外しができるようにした。
さらに、ルーバーが強風などでブレることなどを防止するため、地覆にアンカーで固定するとともに、下部にはブレ止め金具を配置し、ルーバーの上下で固定するようにした。しかし、津合橋曲線橋のため、張り出し長さが変化する。このため、調整ストッパーを配置することで、ブレ止め金具の配置長さを調整することができるように、工夫した。

図-2. ルーバーの取付け図

8 まとめ
津合橋の前後の歩道は、既に土色のカラー舗装で施工することが決定しており、色彩の連続性を考慮して津合橋の歩道色も土色のカラー舗装とした。縁石も同様の理由から、擬石縁石とした。親柱の色は、防護柵のダークブラウン色と、歩道舗装の土色との中間色を基本とし、高欄の色も前後の防護柵に合せ、ダークブラウン色とした。
橋脚については、当初、モルタル吹き付けや石材貼り付け、あるいは化粧型枠工法による表面仕上げの改修を検討していたが、現在の橋脚でも景観を阻害しないということから、修景はしないこととした。

表-5. 津合橋各部の修景方法


写真3. 津合橋上のCG

写真4. 津合橋側面のCG

9 最後に
津合橋の景観にあっては、橋の存在感を消すことは良いが、そのために橋梁に対し弥生時代の引用のデザインを用いてはならないという制約を与えられた。そのような橋梁の修景などできるのであろうかと頭を抱えることになったが、多くの方々のご教授やご意見、ご協力があり、当地の主旨に見合った橋梁デザインを決定することができたと思う。
津合橋の修景工事は平成21年度に着手・完成する予定だが、原の辻遺跡の景観に溶け込むことができるのであれば、うれしい限りである。

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